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37話─ウォン・レイという男

 正気に戻ったエイプルは、縄を解かれ自由の身になった。キルトやルビィと共に、早速調査に向かおうとする。


 が、その前にやることがあると、ルビィはマグネス八世の元に歩いて行く。


「皇帝よ、一つ頼みがある。我の血については箝口令を敷き、他言しないでもらいたい。血の効能がおおやけになれば、不届きな輩が襲ってくることになるのでな」


「そうだな……あい分かった、妻や使用人たち含めよく言い聞かせておこう」


「助かる。我はともかく、キルトや侯爵殿が狙われるようなことは避けたいのだ」


 エルダードラゴンであるルビィの体液には、あらゆる傷や病を癒やす力がある。そのことが世間に知れ渡れば、よからぬことを企む者が必ず現れる。


 そうなれば、サモンマスターの活動をするどころではない事態になりかねない。それを危惧し、あらかじめ頼んでおいたのだ。


「僕からもお礼を言います、陛下。ルビィお姉ちゃんの頼みを聞いてくださり、ありがとうございます」


「なに、君たちには大恩がある。これくらいは当然させてもらうよ」


「さ、そろそろ行こうキルト。グズグズしていると、エイプルを操っていた者が逃げ」


「あ、こちらにおられましたか! キルト様、あなたに会いたいという者が城に来ています!」


 話を切り上げ、早速街に調査に向かおうとするフィリール。が、そこに衛兵が走ってきてそう告げた。


「え、僕……ですか? 陛下やフィリール様ではなくて?」


「はい、その人物から伝言を預かっています。『理術研究院の計画について話がある』と」


「!? ……なるほど、分かりました。では、その人のところに案内してください」


「ハッ!」


 衛兵の言葉に驚いた後、キルトはすぐに来訪者の元へ向かうことを決める。念のため、ルビィやフィリール、エイプルも同行することに。


 兵士に連れられ、城の正門に案内されたキルトたちを待っていたのは……クレイと別れ、単独で行動を開始したウォンだった。


「あなたが、僕に会いたいという人ですか?」


「ああ。お初にお目にかかる。俺はウォン・レイ、武の頂を目指す者だ」


「理術研究院の計画とやらを知っているそうだな。何故それをキルトに伝えた? 罠にでもかけるつもりか?」


 左手で握り拳を作り、右の手のひらに合わせつつお辞儀をするウォン。そんな彼を警戒し、キルトを抱き寄せながらルビィが問う。


「先に一つ、言っておくことがある。俺は今回を除いて、奴らと関わるつもりはない。だから、連中の計画をバラしに来た」


「関わるつもりがない? それはどういうことなんです?」


「俺は武の道を極めるため、強い者と戦いたいだけ。このデッキを受け取ったのも、さらなる強さを引き出すための手段に過ぎん。連中のくだらん計画になど付き合う気は初めからないというわけだ」


 懐から、横を向いた亀のエンブレムが彫られたダークグリーンのデッキホルダーを取り出すウォン。が、キルトからすれば鵜呑みに出来る話ではない。


「その言葉が本当だと、証明出来ますか?」


「お前が嘘をついている可能性も考慮しなければならない。こちらはすでに、エイプルが被害にあっているのでな。素直に信用することは出来ない」


「それもそうだな。では、これを渡そう」


 正論を口にするキルトとフィリールに対し、ウォンは頷く。そして、魔法を使い虚空から大きな封筒を取り出してキルトに渡す。


「これは?」


「俺の上官を気取っている女、クレイから盗んできた作戦資料だ。奴らが進めている計画について書いてある、読むといい」


 封筒の裏には、理術研究院で使われている砂時計の形をした押し印があった。それを見て、キルトはウォンが嘘をついていないと確信する。


「! 今、クレイと言いましたね? そうか、ゾーリンの次はあいつが……」


「あの、キルトさん。そのクレイという人とは知り合いなのですか?」


「……敵ですよ。実験と称して、僕の身体に消えない傷を散々付けてくれた悪魔みたいな女です」


 忌々しげなキルトの呟きを聞き、恐る恐るエイプルが尋ねる。すると、憎悪と嫌悪感に満ちた声でそんな返答が来た。


 幼い少年のものとはとても思えない声色に、ルビィやエイプルは鳥肌が立つ。フィリールの方は、別の意味で震えていた。


「いい声だ……そんな声で罵ってもらいたい……いかんな、想像したら興奮し」


「はい、隊長は一旦退場しましょうね。話の腰がバキ折れしますから」


「ああっ待て、引きずっていくんじゃないエイプル! せめて耳を引っ張って……おっ❤」


 ドMモードに突入したフィリールを、エイプルが無理矢理引きずっていった。途中から要望通り耳を掴んで引っ張っていったようで、あえぎ声が聞こえる。


「……話を戻そう。俺は連中に従うつもりはない、かといってこのまま帰ってはタナトスへの義理が果たせない。そこでだ、サモンマスターとして俺と手合わせしてもらえないだろうか」


「ただの手合わせでいいの? それでもタナトスは納得しないと思うけど……」


「いや、奴にはデッキを受け取る時にハッキリ言ってやった。お前の言う通り、刺客として戦うのは一回きり……以降はもう関わらないと。向こうもそれを承知で、こうしてデッキを渡した。最低限の義理さえ果たせれば、俺も向こうも後はどうでもいいのさ」


 ウォンの言葉に、キルトは考え込む。どうにも、ボルジェイをはじめとした理術研究院とタナトスとの間に、目的の『ズレ』があるように思えたのだ。


(ボルジェイの目的は、僕の抹殺……それと、たぶんだけどこの大地の侵略のはず。でも、タナトスからはいまいちそういう意図が見えないな……。純粋に、サモンギアのデータを取りたいだけなのかな)


 フィリールやウォンへの言動を聞くに、タナトス個人の目的にはキルトの抹殺が含まれていないように感じられたのだ。


 とはいえ、本人に聞かない限り本心は分からない。今はそれより優先して解決することがあると、キルトは思考を切り替える。


「で? 僕と戦うってのは別にいいよ、以降しつこく付き纏ってこなければね」


「安心しろ、何度も言うが連中の刺客として戦うのは今回が最初で最後だ。だが……」


「だが、なんだ? 何を企んでいる?」


「今回の戦いの結果によっては、武の極みを求める者として度々手合わせを頼むことになるかもしれない。それくらいなら、許してもらえるだろう?」


 そう口にして、ウォンは笑う。彼は、クレイから渡された資料によってキルトの強さをすでに把握している。


 そして、一つの予感を抱いていた。今目の前にいる少年が、生涯をかけて追いかけることになる強者であるだろう、と。


「だ、そうだ。キルトよ、どうする? 我としては、信用するべきではないと思うが」


「うーん……じゃあ、こういう時は闇の眷属の作法に則って判断させてもらおうかな」


「ほう、してその作法とは?」


「全身全霊でウォンさんと戦う! で、その中で本質を見極めさせてもらう!」


「シンプルなやり方だな。ま、キルトがやるつもりなら我は否定せん。何があってもお前を守ってやる、心配はいらぬぞ」


 八年もの間、暗域で暮らしたキルトには闇の眷属の思想が染み付いていた。すなわち、『相手の本質は拳と武器を交えて判断する』というものだ。


 ここで止めても話は進まないだろうと、ルビィもやる気を出す。そんな彼らを見て、ウォンもまた闘志をバチバチに燃やしていた。


「感謝する。俺にとっては、これがサモンマスター玄武としての初陣だ。君を失望させない戦いが出来るよう、全力を出させてもらう」


「うん、サモンマスター同士でのこういうの戦いは僕も初めてだよ。これまでは命の奪い合いだったし」


「そこまで意気込む必要はない。だが、そうだな……邪魔は排除せねばな!」


 互いにそう口にした後、ウォンはおもむろに背後へ裏拳を放つ。すると、何かが潰れる音が響いた直後に小さなハチが地面に落ちた。


「なんだ、このハチは? いつの間に現れたのだ?」


「こいつは、クレイが俺を監視するために付けていたビービットだ。この戦いを奴に見せてやる必要はないからな、横やりを入れてくるだろうことを考慮して先に潰した」


「油断も隙もない……あの時、テラスで感じた視線はやっぱり……」


 ハチだったものの残骸を見つめ、キルトはそう呟いた。が、すぐに思考を切り替える。今は、ウォンとの戦いに集中しなければならない。


「街の外に行こう、ここで始めるわけにはいかないだろう?」


「うん、もちろん。行こう、お姉ちゃん。先輩サモンマスターとして、負けられないよ。この戦い……いや、決闘は」


「任せておけ。我とキルトが揃えば敵はない」


 キルトとルビィが言葉を交わした直後、十一時を告げる鐘の音が鳴り響く。ウォンとの戦いが、始まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり正面から来たか(ʘᗩʘ’) しかも手土産の証拠物件まで持参するとは久しぶりに礼儀の通った奴だな(゜o゜;
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