36話─クレイの策略
それから少しして、エイプルが目を覚ました。血の効果があったようで、目には綺麗な理性の光が灯っている。
マグネス八世の指示で、フィリールは猿ぐつわを解いてエイプルが話せるようにする。すると、エイプルは開口一番に謝罪の言葉を発した。
「も、申し訳ありませんでした! 正気ではなかったとはいえ、数々の無礼な振る舞い……かくなる上は、私自身の命で償いを」
「待て待て、そう一足飛びに命を捨てようとするんじゃない。エイプル、何があったんだ? 私たちに教えてくれないか」
「うむ、その様子だとやはり何者かに操られていたようだしな」
「うん、もしかしたら裏で理術研究院が関わってるかもしれないし。エイプルさん、話を聞かせてもらえないかな」
即座に舌を噛み切ろうとするエイプルをフィリールが押し留め、そう口にする。ルビィとキルトも、まずは真相の解明をしようと提案した。
実際、このままエイプルが自害してしまうと何故こんな事態になったのかが分からなくなってしまう。そうなると、今後に不安を残すのだ。
「……そうだな、私もそれがいいと思う。エイプル副隊長、君は何故正気を失うようなことになったのだ?」
「は、はい。昨日の夜、騎士団の仕事を終えて酒場で部下たちと一杯やった後、帰路に着いたのですが……その時に、フードを被った女に話しかけられまして」
「ふむふむ、それで何があったのだ?」
「その女は、酒場の店員だと名乗り……新しく考案した試作ドリンクを試飲してくれる人を探していると声をかけてきたんです」
皇帝に促され、昨夜の出来事を話すエイプル。その酒場の店員が一枚噛んでいると、キルトとフィリールは推測する。
「その時、私はほろ酔い状態で……恥ずかしい話ですが、判断力が落ちていました。試飲するだけならと、彼女が差し出した小瓶の中身を飲み干したんです」
「その結果、正気を失うことになったというわけか」
「はい、そのドリンクを飲んだ瞬間に意識が遠のいて……今思えば、確実に薬か何かが混入していたのでしょう。そうして今日、こんな無礼な行いを……本当に申し訳ありません」
本来、エイプルは警戒心が強い。酔ってさえいなければ、怪しげな申し出を断ってそのまま家に帰っていただろう。
だが、彼女はドリンクを飲んでしまった。結果、未遂に終わったとはいえ危うく皇帝夫婦を害しかけてしまったのだ。
「陛下、全ては私の油断が招いたことです。どのような罰もお受けします、私は……」
「よい、エイプル。君自身が望んで行ったわけではないということが分かっただけで十分だよ。事に及ぶ前に、キルト君が鎮圧してくれたからね」
「ああ、そうだ……キルトといったな、君にも申し訳ないことをした。あんな無礼なことを言ってしまって、本当にごめんなさい。君はミューゼンを守った英雄なのに……」
「いいんです、陛下もおっしゃられていましたがあなたの本心ではないのが分かりましたから」
皇帝もキルトも、エイプルを殺すつもりはさらさらなかった。彼女が自分の意思で凶行に及んだのならともかく、操られた状態でのこと故に不問に処することにしたのだ。
「とはいえ、罰を与えぬわけにはいくまい。エイプルよ、皇帝の権限により君をしばらくの間金獅子騎士団の副隊長の職から解任する。その期間、今回の事件を引き起こした人物の調査を行え。よいな?」
「はい、かしこまりました! 私のように、操られて凶行に及ぶ者が現れないとは限りません。そうならぬよう、全力で調査に当たります!」
が、このまま一件落着とはいかない。エイプルを洗脳した謎の人物を放置していれば、また同じような事件が起きてしまう。
そうならぬよう、マグネス八世はエイプルへの罰という名目で調査を命じた。償いのためにと、エイプルはやる気を見せる。
「ふむ、そうなると私の退職はしばらく先延ばしになりそうだ。キルト、済まないが君の仲間になるのはもう少しだけ待ってもらえないか?」
「ええ、いいですよ。というか、僕も調査を手伝います。僕の勘が告げてるんですよ、この事件……理術研究院が関わって──!」
「ん? キルト、どうした?」
「……何かに見られてるような気配を感じたけど、気のせいだったみたい」
話をしているなか、ふとキルトは背後へ振り返る。が、そこには何もいない。問うてきたルビィにそう返事し、キルトはまた前を見る。
そんな彼の数メートル後ろに、魔法で透明になったハチが飛んでいた。それも、ただのハチではない。尻にある針の部分が、大砲のような形状になったハチだ。
「あっちゃー、失敗しちゃったわぁ。キルトを消耗させつつ、あわよくば皇帝を暗殺しようと思ってたんだけどぉ。そう上手くはいかないものね~」
その頃、シェンメックの南東部にある貧民街の一角にある空き家にてクレイがそう呟いていた。城に送り込んだハチを通して、事の顛末を監視している。
全ては、彼女が仕組んでいたのだ。酒場の店員を装い、自身で配合した洗脳エキス入りの飲み物をエイプルに飲ませて操っていたのだ。
「だから、そんな小細工など必要ないと言ったのだ。やるなら正面から堂々とやればいい」
「分かってないわねぇ、理術研究院で一番の武闘派のゾーリンがやられちゃってるのよぉ? 相手を弱らせないと、勝率が上がらないわぁ」
キルトたちの様子を見ているクレイに、空き家の隅から声がかけられる。クレイが振り向くと、部屋の角に一人の男がいた。
藤色の人民服を身に着け、頭に絡み合う二匹の蛇が描かれたバンダナを巻いた厳めしい顔付きの男だ。指一本で逆立ちになり、腕立て伏せならぬ指立て伏せを行っている。
「余計な小細工はやめろと言っている。俺の目的は一つ、強者と戦い己の武を磨くこと。相手を弱らされたら、目的が達成出来ん」
「あらあらぁ、ウォンったらそんなこと言っていいのかしらぁ? あんまりたてつくと、院長に報告し」
「するならすればいい。言っておくが、俺はお前たちの仲間になったつもりはない。今回も、強さの極地に至る可能性を与えてくれた義理で付き合っているだけだ。成功しようが失敗しようが、今後は貴様らに手を貸すつもりはない」
タナトスから第二世代機サモンギアを与えられた人物の一人、サモンマスター玄武ことウォン・レイ。彼はクレイの言葉をぶった切り、つれない答えを返す。
彼自身は、理術研究院に与するつもりは全くない。タナトスへの恩義のため、一度だけ力を貸すという認識でいるのだ。
「ふぅん、強気な発言ねぇ。いいのかしらぁ、今すぐに息の根を止めてあげてもぉ……いいのよ?」
「へそで茶を沸かすような冗談だな。言っておくが、俺に毒は効かないぞ? 幼少の頃から、修行の一環として少しずつ毒物を摂取してきたからな」
腰から下げたデッキホルダーに手を伸ばすクレイを見て、ウォンは鼻で笑う。そんな彼を見て、クレイは悔しそうに顔を歪ませる。
純粋な実力では、クレイはウォンに遠く及ばない。相手の言う通り毒が効かないのなら、こちらから打てる手は何もないのだ。
「本当かしらねぇ? まあいいわ、試すのは先延ばしに……あらぁ? どこに行くつもりかしらぁ?」
「お前と話していても面白くない。直接出向いて……キルトといったか、あの少年と戦う方が余程有意義そうだ。というわけで、今から会いに行く」
「そう、なら勝手にしなさぁい? 無様に負けても、助けてあげないわよぉ」
「お前なぞの助けなどいらん。自分の窮地くらい、自力でくぐり抜ける。それが出来ねば、潔く死ぬさ」
そう言い残し、ウォンは空き家を去る。一人残ったクレイは、癇癪を起こし手当たり次第に物を投げ付けて八つ当たりを行う。
「あああああもう! 何なのかしらねぇ、あいつ! タナトスったら、面倒臭い子をスカウトしてぇ! ……こうなったら、例の『異世界転移計画』から成功者をこっちに寄こしてもらうしかないわねぇ。明日には計画が行われるから……ワタシが動くのは、それを待ってからにするわぁ」
物に当たって鬱憤を晴らしたクレイは、数分経ってようやく冷静さを取り戻す。エイプルを使った計画はしくじったが、それで全てが終わったわけではない。
むしろ、これからが始まりなのだ。フィリールとウォンを除く、新たなサモンマスターは残り三人。そこに転移計画の実験体を入れれば四人。
全員をいいなりに出来れば、戦力は十分。クレイはそう考えていた。
「うふふ、楽しみだわぁ。またキルトの身体に、傷を刻んであげなきゃ。次は、いよいよお楽しみにとっておいたアソコに……うふ、うふふふふふふ」
ハチの目を通してキルトを眺めながら、クレイは不気味に笑う。その目は、操られていた時のエイプルのように濁った光を宿していた。




