35話─キルトの実力
時は少しさかのぼる。朝食の席にて両親と兄を説き伏せたフィリールは、食事を終えた後自身の指揮する金獅子騎士団の宿舎へと向かった。
城を出て東に三十メートルほど進んだ場所にある、広い演習場を備えた宿舎に入るとすでに騎士たちが鍛錬を行っていた。フィリールに気付くと、全員が鍛錬をやめ整列する。
「全員整列! フィリール隊長、おはようございます!」
「ああ、おはようみんな。急で悪いのだが、大事な話がある。集まってもらえないか?」
フィリールの言葉を受け、騎士たちは彼女の元に集まる。全部で四十人いる騎士たちのほとんどは、若い女性だ。
同じ女性であるフィリールの強さと気高さに憧れて彼女の元に集まり、騎士となった。もちろん、フィリールの性癖は理解している。
「大事な話とは何でしょう? まさか、他国への遠征ですか?」
「いや、違うんだエイプル副隊長。……本日付で、私はこの金獅子騎士団を辞することを決めた。急な話で、本当に済まないと思っている」
騎士たちを代表して、エイプルが質問をする。フィリールは申し訳なさそうな顔をして、彼女たちに頭を下げながら騎士団を辞めることを告げた。
「な、何を言われるのです!? この騎士団は、隊長あってこそなのですよ!?」
「これまでは、私もそう考えていた。だが、まずは私の話を聞いてほしい」
驚くエイプルたちに、フィリールは昨日までに起きた出来事と、自身の考えを話す。タナトスからデッキを受け取り、サモンマスターの道が開いたこと。
キルトに己が進むべき道は何かを問い、彼と共に戦うことを決意したこと。すでに父を説得し、騎士団を辞職する許可を得たこと。
そして、二代目隊長としてエイプルを推薦してきたこと……全てを包み隠さず、仲間たちに話して聞かせた。
「そうなんですね……でも、それが隊長の望みなら。私たちは笑顔でお見送りします!」
「そうですよ! 騎士団を辞めたからって、もう会えなくなるわけではないですし。場合によっては、共闘することも出来ますもんね!」
「ありがとう。こんなわがままを聞いてくれて、みんなには感謝しかな」
「……メです。ダメです! 他のみんなが許しても、このエイプルが許しません!」
事情を理解した騎士たちは、寂しさを覚えつつもフィリールの新たな門出を祝福する。が、ただ一人……副隊長のエイプルだけは拒絶した。
そんな彼女に、フィリールは違和感を抱く。エイプルは自分への忠誠心が高いが、今日の彼女はどこか狂気をはらんだ目をしていたのだ。
「そのキルトとかいう奴が、隊長をたぶらかしたんですね? 分かりました、私にも考えがあります」
「エイプル? おい待て、どこに行くつもりだ!? まずい、彼女を止めるぞ!」
「は、はい!」
濁った光を目に宿し、エイプルは演習場を飛び出していく。止めようとするフィリールたちだったが、もう遅かった。
ラーファルセン城に入り込んだエイプルは、皇帝がキルトを呼んだという話を耳にしその時を待った。そして……皇帝夫婦との対談のなか、キルトの元に現れたのだ。
「キルト、私はお前に決闘を挑む! お前みたいなどこの馬の骨ともしれない輩に、隊長は渡さない。私が勝ったら、隊長は騎士団に留まってもらう。そして、二度と関わらないでもらおう!」
「ふん、いきなり現れて何を言うかと思えば。貴様……我が伴侶をコケにして、ただで済むと思うのか?」
「思ってなどいない。どの道私は、陛下の前で無礼を働いたのだ。勝ったところで、縛り首になるだろう。だがそれでもいい。隊長が騎士団に留まってくださるならば」
異様な雰囲気を纏うエイプルは、ルビィに睨まれても一切怯まない。キルトや皇帝夫婦が戸惑うなか、テラスにフィリールが現れた。
「いた、やっと見つけ……って、父上に母上!? それにキルトまで!」
「おお、フィリール! これはどういう事なのだ? 何故エイプル副隊長がこんな真似を?」
「陛下、先ほども申し上げました通り私は隊長に騎士団を去ってほしくないのです。隊長がいない金獅子騎士団になど、存在意義はないんですよ……隊長が去るなら、いっそ騎士団もこの国も潰れてしまえばいい」
「フィリール様、皇帝陛下! この人から離れてください! どこか変です、何者かに操られている可能性があります!」
エイプルの濁った目、そして彼女から僅かに漂う闇の眷属の魔力を察知したことから、キルトはそう叫び注意を呼びかける。
「キェェェェェ!!」
「うわっ!」
「きゃああ!」
「二人とも、危ない!」
直後、エイプルは奇声をあげながら腰に提げていた剣を抜く。キルトは皇帝夫婦を守るため、椅子を蹴って立ち上がる。
エイプルが振り下ろした剣を左手で掴み、そのまま中庭の方へ押し出していく。ルビィとフィリールが加勢しようとするが、キルトがそれを止めた。
「お姉ちゃんとフィリール様は陛下やメイドさんたちを安全な場所に逃がしてあげて! この人は僕がなんとかするから!」
「出来るのかキルト、エイプルは私に次ぐ強さがあるんだぞ!?」
「大丈夫、学園時代にエヴァちゃん先輩に鍛えてもらったから! えいっ!」
心配するフィリールにそう答えた後、キルトは義手に力を込めて刃を握り砕いてみせた。どう見ても、人間の子どもが出せるパワーではない。
ルビィたちが呆気に取られているなか、キルトは武器を失い呆然としているエイプルの懐に潜り込む。相手が我に返った時には、もう遅かった。
「これでも食らえっ!」
「う、ぐふっ!」
全力を込めた義手パンチをみぞおちに食らい、エイプルは崩れ落ちた。あっという間に鎮圧してみせたキルトに、ルビィが近寄る。
「驚いたな……単独でここまでやれるとは思っていなかった。やはりキルトは凄いな!」
「わっわっ! み、みんな見てる、見てるから! だから頬ずりはやめて、恥ずかしいよぉ!」
キルトを抱き上げ、頬ずりするルビィ。恥ずかしがるキルトの元に、皇帝夫婦が近付き頭を下げる。
「キルトくん、本当にありがとう。妻の病を治してもらっただけでなく、こうして命まで救われるとは」
「え!? 母上の病をキルトが!?」
魔法で作り出したロープでエイプルを縛っていたフィリールは、マグネス八世の言葉を聞き驚く。ミューリから一部始終を聞かさせ、目を丸くした。
「ええ、いつもは魔法薬で症状を抑えることしか出来ないのだけれど、あの子たちが治してくれたの。胸の苦しさが、すっかりなくなったわ」
「そうだったのですか、母上……。キルト、ルビィ。ありがとう、私からもお礼を言わせてもらうよ」
「いえ、いいんです。僕がしたくてやったことですから。それに、お礼を言うべきはルビィお姉ちゃんですよ。お姉ちゃんの血のおかげで、病気が治ったんですから」
「いや、そういうわけにもいくまい。キルトが頼んだから、彼女は血を母上に与える気になった……そうだろう? ルビィ」
フィリールにそう言われ、キルトは照れ隠しにそう答える。そんな少年に、フィリールはそう言う。それから、ルビィに問う。
「当然だ。我の血のことがおおやけになれば、大勢の者が一儲けしようと我を狙うことになるだろうからな。そんなリスク、キルトの頼みでなければ冒すわけなかろう」
「だそうだ。父上も母上も私も、キルトに礼をしなければな。ふふ、期待していてくれよ?」
「その通り。これはもう、どんな礼をすれば報いることが出来るやら」
「あ、あはは……あ!? エイプルさんが目を覚ましましたよ!」
キルトが愛想笑いをしていると、エイプルが目を覚ます。が、身体を縛られている上に、自害防止にため猿ぐつわを噛まされているため何を言っているか聞き取れない。
なお、エイプルはフィリールの趣味により亀甲縛りにされていた。それはそれは見事な縛り方だったと、のちにルビィは語る。
「むぐぅぅう! あぐあぁぁ、ふがぁ!」
「ふむ、まだ正気には戻っておらぬか……。仕方あるまい、こやつにも血を与えてみるか」
「それで正気に戻せるの?」
「まあな、並みの洗脳であれば一発で解ける。ま、そのためには口ではなく耳に血を入れる必要があるが」
「み、耳に血を入れるの……? なんだか痛そう」
エイプルが何者かに操られている可能性を考慮し、洗脳の解除を試みるルビィ。フィリールに頼み、エイプルの身体を横に向けてもらう。
フィリールが暴れるエイプルを押さえ付けるなか、ルビィは親指の腹を噛んで血を滲ませる。そして、そのまま指をエイプルの右耳に突っ込んだ。
「ふごっ!? ふぐぅ、むがぁぁぁ!!」
「どうどう、落ち着け。あまり暴れると尻尾で顔をはたくぞ」
「す、凄い光景だな……そこのメイドよ、ミューリを連れて下がってくれ。くれぐれも、他言はするなよ?」
「は、はい」
ミューリが顔色を悪くしているため、マグネス八世はメイドにそう命令し共に下がらせる。そんななか、エイプルはぐったりして動かなくなった。
果たして無事正気に戻れたのか、それとも……。
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