34話─皇帝との対談
次の日の朝、十時の鐘が鳴った頃。キルトとルビィはマグネス八世に呼ばれてラーファルセン城にやって来ていた。先日のお披露目式でのお詫びをしたい、とのことらしい。
シュルムは別邸にてバルクス皇子との会談があり、エヴァは帝都散策をしたいとのことで同行はしなかった。メイドに連れられ、城の中庭にあるテラスに案内される。
そこにはすでに、マグネス八世とその妻ミューリがいた。席に着くと、皇帝が深々と頭を下げた。
「キルトくん、昨日は娘がとんでもないことをして申し訳ない。さぞ驚いただろう、本当に済まなかった」
「いえ、とんでもありません! 顔をお上げください、陛下」
「ふふ、あなたは優しいのね。これなら、安心してフィリールを任せられ……ケホッケホッ!」
優しげな笑みを浮かべ、キルトに声をかける皇后。が、直後苦しそうに咳き込む。妻の背中をさすりながら、皇帝は話し出す。
「大丈夫かい? ミューリ。君は昔から肺の病を抱えているんだ、やはり私に付き合わず寝ていた方がいいのではないのか?」
「うふふ、心配してくれてありがとうオルド。でも、たまにはこうして外を出歩かないと身体が弱ってしま……う、ケホッケホッ!」
(そうか、皇后様病気なんだ……だから昨日の舞踏会に出席してなかったのか)
また苦しそうに咳き込む彼女を見て、キルトはミューリの病気を何とかしてあげたいと考えた。皇帝夫婦が話している間に、ルビィに耳打ちする。
「ねぇ、お姉ちゃん。皇后様の病気、治してあげたいんだ。だから……」
「ふむ、我の体液が欲しいというのだろう? なら、血を与えるとしようか」
キルトたちの話が終わったタイミングで、マグネス八世が声をかけてくる。フィリールのことで話があるそうなのだが、先にキルトが話を切り出す。
「皇帝陛下、もし僕たちが皇后様のご病気を快癒させられるとしたら……どうします?」
「なに!? そんなことが出来るのか! ミューリの肺の病は、一流の治癒術師ですら治せなかったのだぞ? もし出来るのなら……どんな礼でもしよう、妻を病気から救ってくれ!」
「では、我の出番だな。そこのメイドよ、出来るだけ綺麗な水と、切れ味のいいナイフを持ってきてはくれないか」
「は、はい!」
皇帝が頭を下げると、ルビィが頷く。テラスの外に待機していたメイドに声をかけて、必要なものを持ってきてもらう。
少しして、清らかな水が注がれたグラスと、豪華な装飾が施された鞘に収められた短剣をトレーに乗せたメイドが戻ってきた。
「お待たせいたしました、ご用命されたものをお持ちいたしました」
「まあ、これで何をなさるつもりなのかしら?」
「皇帝陛下、皇后様。今は人の姿をしていますが、ルビィお姉ちゃんは実はエルダードラゴンなんです」
「なんと、エルダードラゴンとな!? 伝承で語られる、もっとも神に近いと言われるドラゴン……」
「左様。我の体液には、あらゆる傷や病を癒やす力がある。こんな風に、水に我の血を一滴垂らせば……」
ルビィは短剣を手に取り、鞘から抜いて自身の人差し指を切る。傷口から金色の血のしずくがグラスに落ち、あっという間に水を黄金色に染めた。
「たちまち、神秘の霊薬の出来上がりというわけだ。さ、一気に飲み干すといい。肺の病なぞ一発で快癒するだろう」
「わ、分かったわ。じゃあ、いただきます……」
生まれた時から苦しめられてきた病から解放されるかもしれない、と一縷の望みをかけてミューリはグラスを手に取る。
キルトやマグネスが見守るなか、ミューリはグラスの水を飲み干す。果たして、変化は……。
「ミューリ、どうだ? 息苦しくないか?」
「まあ……! 凄いわあなた、ずっと苦しかった胸が嘘みたいに楽になったわ! 今なら、おもいっきり走り回れそうよ!」
ルビィの血は効果てきめんだった。ミューリの病気が即座に快癒し、彼女は健康な肺を手に入れたのだ。
「おお、そうか! そうか……よかった、本当によかったよ。キルトくん、ルビィさん。ありがとう、ミューリの病気を治してくれるとは……」
「皇后様、とても辛そうでしたので……無事快癒なされて、僕も嬉しいです。ね、お姉ちゃん?」
「うむ。そこまで喜んでもらえたのなら、血を提供した甲斐があったというものだ。……ところで、皇女の件で話があったのでは?」
あまりの喜びに涙ぐみながら、皇帝夫婦は感謝の言葉をキルトたちに伝える。その様子をテラスの外から見ていたメイドも、ホロリと涙をこぼしていた。
キルトたちも無事病気が癒えたことを喜んだ後、ルビィがそう口にする。その言葉で、マグネス八世はキルトたちを呼んだもう一つの理由について語る。
「ああ、そうだった。実は、フィリールのことでキルトくんに頼みがある。……どうだろう、あの娘の婚約者になってもらえないだろうか」
「えええええ!? い、いきなり何をおっしゃられるんですか!?」
「今朝、フィリールから話を聞かされてね。タナトスなる人物から、君たちが用いる……サモンギアだったかな、それとカードデッキを受け取ったと言っていてね」
「これからはこの力を使って、今とは別の形でこの国の民を守りたいと。そのために、金獅子騎士団の隊長を辞したいと言ってきましたのよ」
そこまでは、昨夜本人と話をしたキルトも予想済みだ。口止めされたわけではないため、すでにルビィやエヴァにも昨夜のことは話してある。
しかし、そこから何故キルトとフィリールの婚約に話が転がるのか二人は理解出来なかった。そんなキルトたちに、皇帝が語る。
「フィリールは、サモンマスターになってキルトくんと共に戦いたい、どうか認めてほしいと頭を下げてきてね。だが、昨日顔を合わせたばかりの相手に、娘を任せるのもどうかと思い悩み……」
「なるほど、それでこの会談を通してキルトの人となりを確かめようとしたわけか」
「うむ、その通り。シュルムから君のことは聞いていたが、百聞は一見にしかずと言うからね。この目で確かめようと思ったところで……君が妻の病を治してくれた。君には何の得にもならぬというのに」
「そんな、損得なんて関係ありません! 目の前で苦しんでいる人がいるなら、それが皇族であろうと浮浪者であろうと僕は助けます。……放っておけないんです、助けを求めて苦しんでいる人を。僕もそうでしたから」
マグネス八世の言葉に、キルトはそう答える。彼もまた、理術研究院やフェルシュ一行によって苦しめられた過去を持つ。
だからこそ、彼は病に苦しむミューリを救いたいと思ったのだ。かつて、自分がルビィやエヴァ、シュルムに救われたように。
今度は自分が、一人でも多くの人を救いたい。少しでも多くの苦しみを取り除いてあげたいと願うようになっていたのだ。
「ふふ、その言葉を聞いて私はますます君を気に入ったよ。本当は、戦いの仲間として娘を託すだけのつもりだったのだがね。これはもう、是非君にフィリールを貰ってほしいと思ったのだよ」
「あの娘は、ほら……少し変わっているから。お嫁さんに貰ってくれる貴族が、なかなか現れなくて……」
果たして、少し変わっているというレベルで済むのか……とツッコミそうになるも、キルトはギリギリで踏み留まった。
ルビィの方を見ると、こちらに話を振るなという感じに目を逸らされてしまった。そんな彼らに、皇帝は話を続ける。
「君は信頼するに値する人物だと、私は確信した。キルトくんになら、安心してフィリールを託せる。婚約するかは置いておいて、あの娘の願いを聞き届けてはくれないだろうか?」
「……分かりました。そのことについては、昨夜僕自身皇女様とお話しました。彼女がそう望み、皇帝陛下がお許しくださるのならば……皇女様を、僕の仲間として迎え入れたいと」
「その話、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
話が纏まりかけた、その時。突如、中庭に女性の声が響く。声のした方を見ると、メイドたちが止めるのも構わずに甲冑を着た女がテラスに歩いてくるのが見えた。
「ああっ、いけませんエイプル様! 今、皇帝陛下が大事なお話を」
「うるさい、引っ込んでいろ! おい、君が例のキルトとかいう子どもだな」
「……なんだ貴様は。我とキルトは今、皇帝夫婦と話をしている。何者かは知らぬが、そこに割って入るとは重罪ではないのか?」
「それは承知の上でのことだ! 私の名はエイプル、金獅子騎士団の副隊長だ! キルト、お前なんかに隊長は渡さない! どうしても隊長を連れて行くというなら、私と決闘しろ!」
赤色の髪をショートカットにした、目つきのキツい女……エイプルはキルトに挑戦状を叩き付ける。かくして、本人のあずかり知らぬところでフィリールを巡る戦いが始まろうとしていた。




