31話─帝都での出会い
宴の日から、三日が経った。帝都シェンメックへ向かった使者が、ようやくミューゼンに帰ってきた。皇帝からの書状を受け取り、シュルムは黙読する。
「ふむ、ふむ。なるほど」
「父上、書状にはなんて書いてありました?」
「今度行われる舞踏会で、キルトのお披露目をしてほしいと書いてあったよ。帝都じゃ、今頃キルトは有名人だろうなぁ」
リビングにて、キルトとシュルムはそんなやりとりを行う。実際、二度に渡ってミューゼンを救ったキルトの名声は帝都にも届いていた。
……いや、帝都だけではない。デルトア帝国を飛び越え、今やキルトの活躍を知らない国は存在しないと言っていいだろう。
「うう、なんだか緊張するなぁ……変なことしちゃわないか心配だよぅ……」
「大丈夫よキルト、学園時代に連れてってあげたラーカを思い出しなさいな。あの時の礼儀作法が出来てれば、問題はないわよ……たぶん」
ソファに座っていたエヴァは、そう言いながら隣に座るキルトの頭を撫でる。ついでに、うなじの匂いをクンカクンカしていた。
彼女の言うラーカとは、闇の眷属たちが月に一度、新月の夜に行う祭りなのだが……本筋に関係ないのでここでは詳細は割愛する。
「そうは言ってもさ、やっぱり暗域と大地じゃ文化の違いもあるし……」
「なに、大丈夫だ。ある程度は我輩もフォローするし、現皇帝……マグネス八世陛下は寛容なお方だ。よほどの粗相をしない限り、多少の無礼はお許しになられるだろう。むしろ……」
「むしろ……なによ、歯切れが悪いわね」
大事なお披露目式で粗相をすれば、末代までの恥になってしまう。そんな心配をするキルトに、シュルムがそうフォローするが……どことなく歯切れが悪い。
エヴァが問うと、シュルムはためらいがちに話し始める。
「どちらかと言えば、第一皇女のフィリール様の方が……なんと言うべきか、癖が強い……ううむ」
「一応、勇者パーティーにいた頃から噂は聞いていましたよ。『姫獅子』の異名を持つ、勇猛果敢なお人だとか」
デルトア帝国を治める皇帝、マグネス八世には三人の子どもがいる。その内の一人が、皇女たるフィリール・アルズラント=マグネスだ。
若干十九歳にして、皇帝や貴族たちに与さない独立した組織……『金獅子騎士団』の隊長を務める人物である。
凄まじい槍の名手で、皇女でありながら騎士たちを率いて山賊退治やモンスターの駆除を率先して行っている。その勇猛ぶりから『姫獅子』と呼ばれ、民から慕われているのだ。
「へえ、それは興味が出てくるわね。そんな立派な人の、何が問題なわけ?」
「まあ、それは……会えば分かるだろう。ところで、ルビィさんはどこに? 姿が見えないが……」
「うんとね、お姉ちゃんは今キルモートブルと遊んでるとこなんです。契約モンスター同士、親交を深めたいって」
キルトたちがいる邸宅から南東に二十メートルほど行くと、シュルムが所有している小さな牧場がある。屋敷の敷地内にある牧場では、牛や鶏が飼育されている。
そこに現在、ルビィとキルモートブルがいた。草を食む水牛の横に座り、ルビィは花占いをしながら他愛のない話をしている。
「ぶも、ぶふぅ」
「ふむ、なるほど。エヴァには良くしてもらっているのだな……好き、嫌い、好き……。あやつ、意外と面倒見がいいのか……嫌い、好き……それはいいことだ」
「……ぶー」
自分と話すか占いをするか、どちらかに集中しろとキルモートブルは鳴き声で抗議する。尻尾でぺちぺち叩かれても、ルビィは意に介さない。
「少し待て、今いいところだ……嫌い、好き、嫌い……好き! ふふん、やはり我とキルトの相性は最高というわけだ!」
「……もー」
花占いの結果に満足そうなルビィを、水牛は呆れたようにジト目で見る。お腹がいっぱいになったため、寝そべって昼寝を始めた。
「む、拗ねてしまったか。仕方ない、では我も昼寝をするか。うーむ、今日もいい天気だ……」
雲一つ無い空を見上げ、ふわぁとあくびをするルビィ。この時、キルトやルビィたちは知らなかった。帝都でのお披露目式で、とんでもない出会いが待っていることを。
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五日後、キルトとルビィ、エヴァはシュルムや護衛の騎士たちと共に帝都シェンメックに来ていた。ミューゼン以上に広く美しい街並みに、キルトは心をときめかせる。
「わあ、凄い。あちこちに花や樹木が植えてある! 綺麗だなぁ」
「初代皇帝、マグネス一世が花屋の生まれだったことから街を花や木々で彩る風習が生まれたのだよ。『花の都』として、帝国でも人気の観光名所でもあるんだ」
「ふむ、侯爵なだけあってシュルム殿は博識でおられる。我も見習わなければな」
バッチリおめかししたキルトは、馬車の窓から顔を出して通りを見る。そこかしにある花壇には、バラやローズマリーなどが植えられていた。
前方に見える皇帝の居城、ラーファルセン城も様々な草花で彩られている。ルビィやエヴァが感心しながら眺めていると、馬車が跳ね橋を渡って城の中に入っていく。
「お待ちしておりました、パルゴ侯爵閣下。どうぞ、こちらへ……」
「ありがとう、いつも済まんね。では、行こうかキルト」
「はい!」
今回はキルトのお披露目が目的のため、メレジアはミューゼンでお留守番している。一行は中庭に停められた馬車を降り、案内人と共に城内に入った。
舞踏会兼お披露目式の会場である、巨大なホールに通される一行。あまりの広さに、キルトは目を丸くしてしまう。
「ひゃー、広いなぁ。エヴァちゃん先輩のお父さんのお城と、どっちが広いかな?」
「うちの城の方が広いんじゃない? ま、綺麗さはこっちの圧勝だけど」
ホールの中にはゆったりとした音楽が流れ、心を落ち着かせてくれている。時間が経つにつれ、他の貴族たちが続々と入ってきた。
みな自身の息子や娘を連れて来ており、親交のある者同士でお喋りしている。
「やあ、パルゴ卿。久しぶりだね、元気にしていたかな?」
「これはこれは、オックス侯爵。我輩は元気ですよ、そちらも壮健そうでなによりですな」
そんななか、茶色の髪をオールバックに撫でつけた中年の男性がシュルムの元にやって来る。顔見知りなようで、親しげに声をかけてきた。
「ハッハッハッ! 領地の経営をするには健康な身体が……おや、そちらにいる少年が例の……」
「キルトと申します、閣下。以後お見知りおきを」
「ほう、幼いのによく礼儀をわきまえておる。うむ、ワシは気に入ったぞ! こちらこそよろしく、ワシはロバート・オックス。シュルムの学友だ」
立派な口ひげを生やし、厳めしい顔つきをした男……オックスは微笑みを浮かべキルトと握手を交わす。それを見ていた他の貴族たちも、続々と集まってきた。
「ほう、あれが今噂の……」
「ミューゼンの街を二度も救った若き英雄か……」
「今のうちにコネクションを築いておけば、いずれ有利になりそうだ」
「なんなら、娘とお近付きになってもらうのも……」
若干不穏なやり取りを耳にしたルビィとエヴァは、さりげなくキルトの隣に立ちガードを固める。そんな二人に視線を向け、目で『ありがとう』と伝えながらキルトは貴族たちに自己紹介を行う。
入れ替わり立ち替わりやって来る貴族たちの対応に、キルトが疲れ始めたその時。ホールの奥にある、二階に続く階段の先に繋がる大扉が開いた。
「皇帝陛下のおなーりー!」
「む、御来場なされたな。キルトよ、あのお方がこの国を束ねるマグネス八世陛下だ」
「あの方が……あ、両隣にいるのは……」
「我々から見て左におられるのが、皇太子のバルクス殿下だ。右におられるのが、ミューゼンで話したフィリール様だよ」
皇帝とその子息たちの来場に、集まっていた貴族たちは拍手を送る。帝国の象徴である紫色の礼服と王冠を身に着けた壮年の男性は、階段の上にある踊り場からホールを見下ろす。
「みな、歓迎ありがとう。今日みなに集まってもらったのは他でもない。先日公布した通り、我が国に新しい英雄が生まれた。彼のお披露目式を、この場で行いたいと思……ん? フィリール、どうした?」
皇帝が話しているなか、彼の左隣にいた女性が階段を降り始める。金色のドレスを身に着けた女性は、芯の強そうな切れ長の目をキルトを向けていた。
一歩階段を降りる度に、腰まで届く金色の髪が揺れている。彼女の行動を見て、皇帝の右隣にいた青年……皇太子のバルクスは嫌な予感を覚えた。
「父上、フィリールを止めた方がいいのでは? 先ほど、降りる前に目を見ましたが……『いつもの癖』が出た時の目でしたよ、あれ」
「なに!? まずい、もうたどり着いてしまうぞ!」
親子がヒソヒソ話をしている間に、フィリールはキルトの前までやって来た。金色の瞳に見つめられ、キルトは動けなくなってしまう。
すでにルビィたちは無礼にならぬようにと距離を取っており、彼女たちの助けは得られない。
「あ、えっと、あの……」
「はじめまして、だね。君の活躍は父上から聞いているよ。私はフィリール、この国の第一皇女だ」
「あれ? 意外とまともではないか、バルクスよ」
「いえ、まだ分かりません。妹の『アレ』は突拍子もないタイミングで来ると、父上も分かっているでしょう?」
皇帝たちの心配を余所に、フィリールはその場に片膝を着く。キルトの右手をそっと手に取り、にこやかな笑みを浮かべる。
「うむ、想像していた通り……とてもしなやかでいい手だ。努力を重ね、鍛錬を積んできたことがよく分かるよ」
「あ、ありがとうございます。皇女様……」
(なによあいつ、アタシのキルトにあんなベタベタして!)
(全くだ……キルトは我の伴侶だというのに)
(あ゛?)
(お゛?)
そんなキルトたちを見て、エヴァたちは内心嫉妬する。ついでに、お互い火花をバチバチ散らすが……直後、とんでもない発言がフィリールの口から飛び出した。
「どうだろう? このしなやかな手で、私におもいっきりビンタしてくれないか」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
突拍子もない台詞に、キルトとルビィ、エヴァは思わず驚きの声をあげてしまう。よく見ると、フィリールの頬が若干紅潮していた。
「ああ……また始まってしまったか。娘の悪い癖……『被虐癖』が」
「……あれさえなければ、皇族として完璧なのですがね」
そんな娘を見て、皇帝と皇太子はため息をつく。こうして、キルトは出会った。のちに共に戦うこととなる、新たなる仲間……フィリールと。




