297話─日蝕の堕天使
「魔魂片、シャグニ……!」
「そう、それが我の名だ。お前たちのことはよく知っている。我ら魔魂片は等しく、万物を『視る』力を持つのでな」
吹き飛ばされたキルトが起き上がるなか、シャグニは一歩前に進み出る。右半身が金、左半身が銀に染まった鎧が不気味に輝く。
ジッと見続けていると、魂を吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えキルトは慌てて立ち上がる。相手が何者であろうと、勝たねばならない。
強く意識を保ち、相手を見据える。ヘルガたちも起き上がり、同様にシャグニ……サモンマスターアポリオンに対峙する。
「ふむ。汝らはサモンカードを消耗しているな。ならばこうしてやろう」
『リアリティコマンド』
「!? なんだ、カードが……戻った?」
『貴様、何のつもりだ? タナトスのように我らを煽るつもりか?』
「いいや? 絶望というものを教えてやるための前準備だ。どんなに万全な状態であろうと、我には決して勝てぬ。それを理解させるための……な」
【CONVERT:SOL ECLIPSE MODEL】
シャグニは自動装填機能を使い、内側から直接ベルトのバックルにサモンカードを読み込ませる。アブソリュート・ジェムの一つ。
現実を変化させる力を持つ『境界のオニキス』の能力が宿ったカードを使い、キルトたちが消費したサモンカードを復活させた。
ついで、自身にも変化を起こす。鎧が銀一色に染まり、胸に円とそれを囲む無数の三角形という、太陽を模したマークが浮かび上がる。
「さて、来るがよい。もっとも、すぐに終わるだろうがな」
「ハッ、舐めてくれやがる。イライラするな、そういう態度が一番よお!」
『サポートコマンド』
「You can afford it, I'll make you regret that attitude!(余裕だな、その態度を後悔させてやろうぞ!)」
警戒心を強め、一歩退くキルト。そんな彼の代わりに、ヘルガとバイオンが飛び出す。それぞれの武器を構え、白銀の堕天使に立ち向かう。
が、次の瞬間。二人はキルトの横をかすめ、遙か後方へと吹き飛ばされた。一体何が起きたのか。キルトにもルビィにも、全く理解出来ない。
「ふむ、なるほど。この日蝕の堕天使はスピードに特化しているようだな。だが……軽く撫でてやっただけだというのに、あんなに吹き飛ぶとは。案外パワーもあるのかもしれぬな、この姿は」
「あ、あり得ない……あの二人が、こんな簡単にやられるなんて……」
両手を眺めながら、そう呟くシャグニ。足のつま先をトントンしている姿を見ながら、恐怖心に支配されていた。
かつて理術研究院時代に味わった、暴力による苦痛を伴うものとは違うモノ。より根源的な、本能に根ざす恐怖。
目の前の存在と対峙してはならない、逃げろ。本能がそう告げるなか、キルトは……。
「僕は……僕は逃げない! どんなに怖くたって、立ち向かうんだぁぁぁ!!」
『そうだ、行けキルト! 我も共にある、二人いれば勇気は二倍、恐怖は半分だ!』
「ほう、立ち向かってくるか。愚かな、勇気と無謀は違うということを教えてやろう」
『ECLIPSE SPEAR』
『ブレイクコマンド』
叫ぶことで己の心を奮い立たせ、シャグニへと突撃していく。それを見た堕天使は、笑いながらサモンギアにインプットされた武装を使う。
白銀の槍を呼び出し、全てを滅ぼす力を持つ『破壊のアメジスト』の能力を宿す。そして、無造作に槍を振るいキルトを弾き飛ばした。
「うああっ!」
『ぐっ! たった一振りで鎧が……これがアブソリュート・ジェムの力……なのか』
「そうとも、かつて我の本体……フィニスは七つの宝石の力を用いて幾つもの平行世界を滅ぼした。中には、滅び行く絶望を味わわせるために中途半端に放置した世界もあったな……ククク、懐かしいものだ」
「そうやって作ったんだな、サウルたちの世界を。彼らがどれだけ苦しんだか、分かってるのか!?」
「笑止。本体たるフィニスの味わった絶望と怒りにはまるで足らぬわ、そんな苦しみなど。さて、先ほどの一撃は軽いジャブのようなもの。次は……容赦しない」
無造作に放たれた一撃で、鎧の胸回りをほぼ破壊されてしまったキルト。そんな彼の元に、シャグニは八枚の翼を広げ翔ぶ。
相手が何をされたのかを認識する時間すらも与えずに、槍を用いた斬撃の嵐を叩き込む。最後に一発蹴りを叩き込み、連撃を終える。
「う、ぐはあっ!」
『キルト! くそっ、こやつ……強い!』
「頑丈な鎧だな、完全に砕けるのと引き換えに主を守るか。だが、それも一度だけ。二度は……ぬっ!」
「おい、よくもやりやがったな……頭にきたぜ、叩きのめしてやるよ!」
『サポートコマンド』
粉々になった鎧の破片と鮮血を撒き散らしながら、キルトは床を転がる。そんな彼に近付き、トドメを刺そうとするシャグニ。
その時、ヘルガが起き上がり立ち向かっていく。斧の姿をしたモンスター『ベルセルグス』が召喚され、武器となりヘルガの手に握られた。
「お前もまだ立てるのか。大地の民はムダに頑丈だな、何の意味もないというのに」
「いちいちうるせぇ奴だな。大地を救うだとかはどうでもいいんだよ、オレは。てめぇみてえな魂の腐った肥だめみてぇな野郎に、やられっぱなしで終われねえんだよ!」
そう叫びながら、ヘルガは我武者羅に攻め立てる。彼女の鼻は、鋭敏に捉えていた。シャグニという魂の欠片が持つ、淀んだ匂いを。
かつて世界の破壊者として降臨し、全てを滅ぼそうとした邪悪の化身の持つ不快な匂い。それがヘルガを苛立たせ、より攻撃を加速させる。
『チャンスだ、一旦変身を解いてもう一度リジェネレイトするのだキルト! ここからレボリューションしても、消耗した状態では分が悪い!』
「分かっ、た……まず、回復してから……」
【ヒールコマンド】
ヘルガが時間を稼いでいる間に、キルトはサモンカードを使い傷を癒やす。その様子を、堕天使が余裕たっぷりな目で見守っていた。
「それくらいのハンデはくれてやらねばな、すぐに決着がつくのは面白くな……おっと!」
「どこ見てやがる? てめぇの相手はオレだ! よそ見してんじゃねえ!」
『サポートコマンド』
どこまでも余裕の態度を崩さないシャグニに、ヘルガがキレた。さらにサポートカードを使い、自身の身体能力を強化して激しく攻め立てる。
だが、相手の超スピードによってほとんどの攻撃がかわされてしまう。かろうじて当たった攻撃も、シャグニの纏う鎧に軽い傷しか付けられない。
『サモン・エンゲージ』
「これでよし! ヘルガさん、僕も加勢する! 二人であいつを倒そう!」
「余計なことを……まあいい。来いキルト!」
「全く、無意味なことを。結末は変わらない、お前たちにはすでに……敗北の『運命』が与えられているのだ!」
『デスティニーコマンド』
ノーマルモデルへの再変身を行い、ヘルガに加勢するキルト。だが、その直後。因果律をねじ曲げ、運命を支配する『運命のダイヤモンド』の力を持つカードが発動した。
「食らえ、ドラグネイルスラッシャー……あれ!?」
「どうなってやがる……攻撃が当たらねえ!」
「残念だったな、この力がある限りお前たちの攻撃は我に当たらない。運命がそう」
「うるせぇ奴だな、そんな運命なんざクソ食らえだ。運命ってのは従うもんじゃねえ……自分の手で変えるものだ! そうだろ? キルト」
少しずつ慣れてきたのか、シャグニの放つ神速の槍を避けながらそう叫ぶヘルガ。いつだって、キルトたちは過酷な運命に立ち向かってきた。
どんなに傷付いても、進むことをやめなかった。その果てに、彼らは勝利を掴み取ってきた。ならば、今回も。そう信じ、少年は頷く。
「ヘルガさんの言う通りだ! お前の操る運命なんかに僕たちは負けない!」
『その通りだ、我らの底力を甘く見るなよ!』
「ほざくか……よかろう、ならばまず貴様から始末してくれよう! ソニックインハイト!」
「! しまった、避けきれ……」
キルト目掛けて、白銀の槍が突き出される。完璧なタイミングで放たれたソレを避けることは出来ず、貫かれるかと思われた……その時。
「ぐ、がふっ。肉を斬らせて……骨を断つ。このタイミングなら……当たったぜ。オレの一撃が」
「貴様……!」
「ヘルガさん!? どうして、僕を庇うなんて!」
稲妻の如き速度でヘルガが割って入り、己の腹を貫かれるのと引き換えにキルトを守り……そして、定められた運命を打ち破りシャグニに斧の刃を食い込ませた。
「お前は……オレが生まれて初めて、ツガイにしてもいいと思えた……心の底から認められる、最高の男だ。それを死なせたくない……オレみてぇな奴がそう考えるのは……おかしい、か?」
「……そんなことないよ。ありがとう、ヘルガさん。少し休んでて、ここからは……てやっ!」
「ぐうっ!」
「ヘルガさんの分まで、戦うから」
『サポートコマンド』
シャグニを蹴り飛ばした後、キルトはヘルガにそう声をかける。サポートカードに封印していたセラピーバタフライを召喚し、傷を癒やす。
「……そうか。わりぃが、少し寝る。起きたらまた、大暴れしてやるからよ……楽しみに、待っとけ……」
『ああ、頼りにしているぞ。だから今は休め。よくやってくれたな……ヘルガ』
ルビィに労われたヘルガは、満足そうな笑みを浮かべた後気を失ってしまう。命に別条が無いことに安堵するキルトだが……。
「驚いたな、運命を打ち破るとは。だが、貴様らはまだ深淵を縁から覗いているだけに過ぎない。引きずり込んでやろう……決して抜け出せぬ絶望の底へな」
「……まだ元気いっぱい、ってとこかな。いいよ、来い! 返り討ちにしてやる!」
シャグニはまだ健在。白銀の堕天使は笑みを浮かべ……キルトを見つめた。




