285話─それぞれの決意・前編
翌日、キルトはエヴァに連れられ彼女の実家に挨拶に行くこととなった。せっかくならサプライズで、とエヴァが提案したためアポなしで向かうが……。
「くおらこのバカ娘ぇ! なんで連絡の一つも入れねえんだ、婿殿が来るってんならそれ相応のもてなしをする準備がいるだろうがこの大バカ野郎が!」
「っさいわね、こっちにはこっちのプランってモンがあるのよこの脳筋親父!」
「あらあら、二人とも元気ね~。うふふ」
「そ、そうですね……」
結婚予定の相手を事前連絡無しで連れて来る。その行為がグラキシオスの逆鱗に触れ、親子ケンカリターンズと相成った。
取っ組み合って殴るわ蹴るわブン投げるわとやりたい放題する夫と娘を見て、マリーガは朗らかに笑っている。キルトの方は気が気でなかったが。
「いやあ、悪かったな婿殿! うちのバカ娘のせいで恥ずかしいところを……うぐ、いてて」
「っつう……少しは手加減しなさいよね、バカ親父。七日後には大事な決戦が……いたぁい……」
数十分後、マリーガの放った「それ以上続けると今日のお夕飯抜きよ~」の鶴の一言によって親子喧嘩は速やかに終息した。
怪我の手当をした後、応接室に移動し改めてキルトによるエヴァの両親への挨拶が行われる。持ってきた土産を渡し、キルトは声をかける。
「あの、えっと……お口に合うか分かりませんが、よかったら食べてください。ミューゼン一のお菓子屋さんで買った、クッキーの詰め合わせです」
「あらあら、ありがとうね~。うふふ、早速いただきましょうか。ね、あなた」
「おう、そうだな! いやあ悪いな婿殿、気を遣わせちまったようでよ。別に取って食ったりしねえから、そう堅くなる必要はないぜ! ワハハハハ!」
パッツパツになったタキシードを着込んだ偉丈夫を前に、キルトは萎縮していた。直前まで迫力満点のワイルド極まる親子喧嘩を見ていたこともあり、苦手意識が生まれたようだ。
そんな心中を察し、自分なりに気さくな態度で接するグラキシオス。お土産を受け取った瞬間、耐えきれなくなった胸のボタンがパァンと弾け飛ぶ。
それを見てキルトが吹き出し、エヴァやマリーガ、グラキシオス本人も笑う。ようやく空気が和んだところで、本題に入ることとなった。
「さて、婿殿。婿殿のことはバカ娘からいろいろと聞いてるぜ。……苦労してるんだってなあ、え? オレぁもう境遇を思って男泣きの連続だぜ」
「あ、はい……ありがとうございます?」
「なんで疑問形なのよ……。まあ、それは置いといて。バカ親父、逆境にもめげずに頑張るキルトのことをすっかり気に入ってね。今から婿養子にするつもり満々なのよ。気が早いでしょ?」
「うふふ、わたしは歓迎よ~。こんな可愛くて頑張り屋さんな男の子がエヴァのお婿さんになってくれるなんて、嬉しくて舞い上がっちゃうわ~」
「そんな風に言われるとは、恥ずかしいです……」
グラキシオスもマリーガも、キルトの婿入りに前向きな姿勢を示していた。少年の生き様にいたく感服し敬意を持っているらしい。
和気あいあいとした空気の中、デッキホルダーに引っ込んでいるルビィは退屈そうにあくびをする。
(はあ……さっさと終わってほしいものだな。デッキの中から出られぬというのも退屈だ。これが本契約モンスターの定めか……)
心の中でそんなことを呟いた後、目を閉じて昼寝を始めた。そんな彼女のことなど露知らず、キルトはエヴァの両親と親交を深めるのだった。
◇─────────────────────◇
「……皆、訓練中だというのに邪魔して悪かったな。だが、これで伝えるべきことは伝えた。……約束しよう、私は必ず帰ってくると」
その頃、フィリールは古巣である金獅子騎士団の宿舎を訪れ、エイプルたちかつての部下を尋ねていた。最後の戦いに赴くことを知らせるために。
「隊長……ええ、私たちはお待ちしています。必ず隊長が、キルト様たちと共に帰ってきてくださると」
「ふふ、ありがとうエイプル。では、私はこれで……」
「あ、お待ちください! もう少しだけお時間をいただけませんか? 是非渡したいものがあるのです」
「渡したいもの? ふむ……まあ、時間はいくらでもあるからな。分かった、ここで待たせてもらうよ」
かつての部下たちへの挨拶を終え、去ろうとするフィリールをエイプルが引き留める。騎士たちに何やら耳打ちし、全員で訓練場を去った。
何を渡すつもりなのだろうかと、一人残ったフィリールがあれこれ予想すること十数分。真剣な表情を浮かべた騎士たちが戻ってくる。
「お待たせしました! 隊長、是非これを受け取ってください」
「これは……寄せ書き機能付きのワッペンか」
エイプルが差し出したのは、カイトシールドを模した金色のワッペン。魔力を流すことで、騎士たちからの激励のメッセージが浮かび上がるようになっているようだ。
「悔しいですが、私たちは隊長と共に戦うことが出来ません。なので、せめて……私たちの想いを、連れて行ってください。きっと、隊長を守ってくれると思います」
「ふふ、そうか。……いかんな、嬉しくて涙が出てきてしまった。私は幸せ者だよ、エイプルたちのような素晴らしい部下を持てたのだから」
「隊長……!」
ワッペンを受け取ったフィリールは、思わず嬉し泣きしてしまう。それを見たエイプルたちも、もらい泣きしてしまったようだ。
少しして、ワッペンを懐に仕舞いフィリールは騎士の敬礼を行う。愛する部下たちに、改めて宣言するのだ。必ず、生きて帰ると。
「私は改めて誓おう! 最後の戦いに生き残り、必ずお前たちのところに帰ってくると。そうしたら、今度は私がみんなに書くよ。お礼の手紙をね」
「はい! 楽しみにしていますよ、隊長!」
フィリールと約束を交わし、エイプルはそう答えるのだった。
◇─────────────────────◇
場所は変わり、ミューゼンにある霊園にて。アスカは一人、そこにある家族の墓へとやって来ていた。シュルムに頼んで、墓を建ててもらったのだ。
「……オトン、オカン、兄ちゃん。ウチな、七日後に最後の決戦に行くねん。生きて帰れるか分からん、激しい戦いや。せやから……ウチに、力を貸してくれへんか」
そう呟きながら、アスカは自身の能力で日本から取り寄せたワンカップの酒を父の墓に供える。生前、父が好きだったものだ。
「ウチな、こっちの世界に来て嬉しいことや悲しいことがぎょうさんあった。今となっては、全部宝物や。せやから……守りたいんよ。大切なものを」
続いて、母の墓前にそっとマリーゴールドの花束を捧げる。マリーゴールドの花言葉は──『逆境を乗り越えて生きる』。
例えどんな絶望の淵に立たされようとも、決して諦めず戦い抜く。その決意を示しているのだ。
「キルトやルビィはんたちと出会って……ウチはこの世界が大好きになれた。せやから、ウチは絶対に守り抜いたるわ。もう一つの故郷を」
そう口にしつつ、兄の墓にお菓子を供える。手を合わせ、目を閉じたアスカの脳裏に地球にいた頃の思い出がよみがえってくる。
「ウチがオトンたちのところに逝くのは七日後やない、何十年も後のことや! キルトたちと一緒に長生きして、ぎょうさん土産話持ってったる! せやからな……あの世で応援しとってな。ウチらが一人も欠けずに帰ってこれるようにって」
アスカは決意を述べた後、深くこうべを垂れ祈りを捧げる。そんな彼女の頬を、優しい風が撫でていくのだった。
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『……そうかい、行くんだねウォン。タナトスを倒しに』
「ああ、オレもガーディアンズ・オブ・サモナーズの一人だ。全身全霊で戦い抜く所存だよ、母上」
ウォンはアジトに残り、魔法石を使って実家にいる母マルカと連絡を取っていた。まだ修行半ばの身である彼は、実家への帰還を許されていない。
そのため、留守番と鍛錬を兼ねて一人アジトにいるのだ。
『ああ、あいつには借りがあるからね。ドデカいのをブチ込んでやりな! ……っと、そうそう。フェイロンから話があるそうだ、今代わるよ』
「! 父上から!?」
マルカは息子に発破をかけた後、そんなことを口にする。フェイロン・レイ。レイ家現当主にして、ウォンの実父。
厳格かつ寡黙な性格の父から話があるとは思ってもおらず、ウォンは目を丸くして驚く。少しして、低い男の声が聞こえてきた。
「……代わったぞ、ウォン。お前の活躍、俺のところにも届いている。……強くなったな。直接会わなくても分かるよ。お前は次期当主に相応しい実力を身に付けたと」
「父上……」
「生きて戻れ、ウォン。そうしたら……家に帰ってこい。門下生やマルカと一緒に、待っているから。免許皆伝を祝わないといけないからな」
「……ええ。約束します。オレは必ず生きて帰ります。キルトたちと一緒に」
父の言葉に、ウォンは思わず涙ぐむ。そして、力強く答える。胸に決意を宿して。
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