284話─決戦前に団らんを
数日後、キルトたちはイシュナルギに乗ってゼビオン帝国に帰還した。あらかじめマリアンナ経由で状況を伝えていたため、特にパニックは起きなかった。
破損箇所がないかチェックし、メンテナンスを完了させた後は……リオからの連絡を待つのみ。とにかく船が大きいため、ゼギンデーザから人を呼びメンテナンスを手伝ってもらうことに。
「みんなありがとうねー、いろいろ大変でしょ? アスカちゃんがご飯作ってくれたからお昼休憩にしよ!」
「というわけだ、全員作業中止! 昼飯を配るから受け取りに来い、ちゃんと並ぶのだぞ!」
「お代わりもあるで、たんと食べえや!」
とある日の昼下がり、キルト以下作業員たちはランチタイムを楽しんでいた。アスカ謹製の幕の内弁当が配布され、全員が舌鼓を打っていると……。
「む? キルト、気を付けろ。何かが来る。この気配は……むおっ!」
「おわっ!? い、いきなり水柱が!」
「じゃんじゃじゃじゃーん! 呼ばれて……はないけど飛び出た! マジカルサメ忍者クイナちゃーん! ニンニン!」
突然、イシュナルギの近くに水柱が立ち昇る。その中から、緑色の肌を持ち忍者装束に身を包んだゴブリンの女性……リオの仲間である魔神クイナが現れた。
「あ、あなたはリオさんのところの!」
「そそ。あのパーティー以来だねー、会うのは。元気してたかなー? 拙者は元気いっぱいだよ!」
「久しいな、クイナ。お前が来たということは……」
「察しがいいね、バッチリタナトスの座標を暴いてきたよ。まあ、途中でちょっといろいろあったけどね。はい、これ」
リオが強大な敵に完敗したことは隠しつつ、クイナは胸の谷間に手を突っ込んでカード型の情報端末を取り出した。
その様子を、アスカが目を皿のようにして睨み付けている。いつかの時のように、豊かな双丘への憎悪をたぎらせているようだ。
「むぐおおお……!! なんやアレは、ルビィはんに勝るとも劣らない怪物……いや神話生物やんけ!」
「お? おおおお? ふっふーん、羨ましいんだ? そりゃそうだよねー、君と拙者じゃ月とすっぽ」
『サモン・エンゲージ』
「おどりゃあああああ!! もうあったまきたで、そのくぁwせdrftgyふじこlp」
「わー!? アスカちゃん落ち着いてー!」
胸を下から持ち上げ、わざとらしく強調してアスカをからかうクイナ。完全にブチ切れたアスカは躊躇なく変身し、おっぱいの怪物を仕留めんと殺意を剥き出しにする。
その表情は、かつて地球にいた頃愛読していた少年漫画の主人公のようなおぞましい修羅と化していた。キルトが羽交い締めにし、どうにか暴走を抑える。
「……前に会った時から思っていたが、お前もいい性格をしているな。あまりおちょくりすぎると、いずれアスカに滅多刺しにされるぞ」
「だいじょぶだいじょぶ、そのくらいじゃ拙者死なないから! あっはっはっはっはっ!」
「おどりゃこのくぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!!」
「もー、これ以上挑発しないで! っていうかお姉ちゃんも手伝って! 振りほどかれちゃう!」
「やれやれ……難儀なものだ」
巻き込まれてはたまらないと、他の作業員たちは弁当片手に退避して成り行きを見守る。修羅となったアスカを抑えるのに、キルトは必死だ。
「全く……フンッ!」
「あぎゃす!」
「おー、一撃で気絶させるとはやるね! じゃ、そろそろ拙者は帰るよ。じゃーねー!」
「行っちゃった……リオさんから聞いてはいたけど、フリーダム過ぎるでしょあの人……」
ため息をついた後、ルビィはアスカの脳天にゲンコツを叩き込み気絶させる。その様子を見てケラケラ笑った後、クイナは帰って行った。
魔神の自由気ままな振る舞いに呆れ返りつつも、キルトは彼女から渡されたデータカードを眺める。メンテナンスを終わらせた後、このカードをイシュナルギのメインコンピュータに読み込ませる。
そうすれば、晴れてタナトスの拠点に殴り込むことが可能となる。そこで……。
「ね、お姉ちゃん。この戦いさ……もしかしたら、全員で生きて帰れないかもしれないから……出発前に、一日自由に過ごす時間を設けたいなって思うんだ」
「確かに、な。フィニスなる存在と等しいナニカを創り出したと言っていたからな……これまでとは次元の違う戦いになるだろう。双子がいても、どうにもならぬ事態になるかもしれない」
「僕もこういうことを言いたくはないんだけど……『もしも』の時に備えて、家族や親しい人と団らんの時を過ごす方がいいと思うんだ。思い残すことがないように」
「うむ、同感だ。エヴァたちにも伝えよう、生きて帰れるか分からぬ戦いだ……親しい者に伝えたいことがいろいろあるだろうよ」
キルトはルビィにこんな提案をした。最後の戦いはこれまでより、さらに熾烈を極めるものになる。蘇生の力を持つイゴールたちがいるからとて、油断は出来ない。
パーティーで魔人たちやコリンから聞いた話でしか知らないが、フィニスが恐るべき存在であることはキルトも重々承知していた。
だからこそ、悔いが残らないように。家族や親友と過ごす時間を全員に設けるべきだとキルトは考えたのだ。
「……そうね、キルトの意見にアタシも賛成よ。今回ばかりは、全員揃って帰れるか分からないもの」
「オレもそう思う。タナトスはあらゆる手を使ってオレたちを葬ろうとしてくるはず。誰かが毒牙にかかってしまってもおかしくはない」
その日の夜、アジトのリビングに仲間たちを集めキルトは昼間に話したことを伝える。エヴァやウォンを筆頭に、全員が賛成の意を表明した。
「別に前日に限定しなくてもいいんじゃない? 読者くん。イシュナルギのメンテナンスが終わるまであと七日かかるし、その間に団らんの時間を過ごせばいいと思うよ?」
「うーん、でもそうなるとメンテナンスを全部ゼギンデーザの技師さんたちに丸投げすることになっちゃうから……申し訳ないかな」
「いーのいーの、読者くんはいつも働き過ぎなんだからさ。こういう時くらい全部丸投げしちゃってもバチは当たらないって!」
「私もそう思う。ハードワークは身体に毒だぞ、決戦前に体調を崩しては本末転倒だからな」
「そう……かな? じゃあ、その旨を技師長さんに伝えておくよ」
アリエルやフィリールの提案を受け、メンテナンス完了までの間に期間を増やすことに。思い思いに羽を伸ばし、休暇を取ることになった。
「さて、そういうことなら早速……キルト、明日はアタシに付き合ってもらうわよ」
「え?」
「今のうちにアタシの両親に紹介しときたいの。実はねー、前から手紙がバンバカ来てるのよ。婿殿をいつ挨拶に連れてくるんだーって」
「わー、それは……。行かないと失礼だよね、うん」
「フン……我を差し置いてか。生意気な奴め」
「ふふん、一番乗りさせてもらうわよ」
そんなこんなで、キルトの初日の行動が決まった。最後の戦いを前に、サモンマスターたちはそれぞれの休日を謳歌するのだった。
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「……そのようなことがあったとは。さしもの余も驚愕を隠せぬな。まさか、貴公を完敗させる者がいるとはな」
「うん、僕も打ちのめされちゃってね……今のままじゃあ、あいつには勝てない。だから、新しい力を得る必要があるんだ。協力してもらえるかな? グランザーム」
その頃、リオは死者たちの眠る場所……『鎮魂の園』の最下層にある魂の牢獄を訪れていた。そこで面会しているのは、かつて死闘を演じた魔戒王。
闇の覇者とも呼ばれた誉れ高き武人、グランザームだ。このままではダメだと考えたリオは、かつての敵にして友である彼に教えを請うことを決めた。
「ふむ……あい分かった。なれば余が微力ながら力を貸そう。貴公であれば……使いこなせるやもしれぬ。余が混沌たる闇の意志より授かった魔戒王の力を」
「魔戒王の力、か。確かに、それを会得出来れば魔神の力と相乗効果でとんでもなくパワーアップ出来る気がするよ」
「だが、そう簡単に会得出来るものではないぞ。長く苦しい修羅の道を……いや、その程度の覚悟は貴公であれば出来ているか」
「もちろん! 僕は守りたいんだ、ねえ様たち家族や大切な友達を。そのためなら、どんな苦しい修行だって耐えてみせるさ!」
かつてと変わらぬ高潔な精神を見せ付けるリオを見て、グランザームは微笑む。そして、新たな力を得るためのしるべを示す。
「暗域の最下層、我ら闇の眷属の祖が住まう地……アビスを目指せ。そこに座す混沌たる闇の意志が、貴公に道を示してくれるだろう。……認めてもらえれば、だが」
「ふふん、腕が鳴るね! 闇の眷属の始祖に僕の力が通用するか……いや、絶対に認めさせてくるよ!」
「ああ、余はここで吉報を待っている。次の外出禁止令許可が出るまではまだ時間がかかるからな」
かつての敵と言葉を交わした後、リオは生者の世界へと戻っていく。己を打ち倒した強敵へ、リベンジするための力を磨くために。




