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260話─ラズマトリアの落日

 モルドの陰謀により、急遽バーグエルンにトンボ返りしたキルトたち。幸い、まだ街の中には敵が入り込んではいなかった。


 が、防壁はすでにガルドフォースのメンバーによって破られようとしており時間の猶予はない。一刻も早くマリアンナを確保し、脱出しなければならない。


「マリアンナ、大丈夫かい!?」


「姉上! はい、わたくしは無事です。ですが、街の外では守備隊が敵と戦っているようで……」


「オルタナティブ・コアを渡してあるとはいえ相手は最強の精鋭、勝機は薄いね……。とにかく、ここを逃げるよマリアンナ。アジトに避難するんだ!」


「そんな、出来ません! 兵たちが戦っているというのに、公女たるわたくしだけが逃げるような真似をすれば民に……今は亡き父上たちに顔向け出来ません!」


 キルトがポータルキーを起動させるため離宮に向かい、アリエルがマリアンナを連れ出しに行く。オズインたちは守備隊に合流し、敵を足止めしているようだ。


 アリエルが脱出を促すも、マリアンナは首を横に振る。か、マリアンナはそれをかたくなに拒む。自分だけのうのうと逃げることをよしとしないのだ。


「バカなことを言うんじゃない! いいかいマリアンナ、残念だけどこの国はもう滅びの運命を避けられない。モルドの策にハメられたのさ、私たちは」


「え……!? モルド様が!?」


「民は大丈夫、最悪の事態に備えてもう助ける準備はしてある。全員は流石に無理だけど、生き残ることは出来るさ。そして、生き残った民にはマリアンナ、公女である君が必要なんだ! だから、何があっても生き残らなきゃいけない! それが公女の義務なんだ!」


 姉に叱咤され、マリアンナは小さく頷いた。国が滅びた時、彼らが迷わぬよう導くのが公女の務め。そう諭され、彼女は脱出を決めた。


「……分かりました。ならば、わたくしは生き延びるために全力で足掻きます。ところで、民をどうやって救うおつもりなのですか?」


「あらかじめ、ゼギンデーザ帝国の魔術師部隊をアジトに呼んであるのさ。テラスに設置した私の発明品で魔力を増幅して、転移魔法の範囲を拡大して民を霊峰の西に逃がす算段を整えてあるんだよ」


 実はキルトは、オルタナティブ・コアの調達と平行してゼギンデーザ帝国の魔術師部隊に協力を取り付ける話し合いもしていた。


 以前の戦乱で、ゼギンデーザ軍は遠く離れたレマール共和国の南部へと大規模な転移魔法で集団転移を行っていた。それを活かせば、万一の事態になっても民を救える。


 そのことを聞き、マリアンナの目尻に涙が溢れる。キルトが自分たちのためにそこまでしてくれていたことを知り、嬉しかったのだ。


「キルト様……この国でたくさん嫌な思いをされたはずなのに、それでも民を……」


「読者くんはね、そういう子なんだよ。一度救うって決めたら、出来る限り手を尽くして助け出す。そんな優しい子なのさ。惚れたかい?」


「……はい」


「ふふ、なら応援するよ。まあ、ライバル……というかお仲間はいっぱいいるけど。さ、離宮に着いたよ。後はポータルキーで……」


 背にマリアンナを乗せ、キルトが待つ離宮へと向かったアリエル。部屋に設置したポータルキーでマリアンナをアジトに送るだけ。のはずだった。


「フロスト博士、大変なんです! 何者かにポータルキーの起動を邪魔されて、アジトに繋げられないようにされてしまってます!」


「なんだって!? クソッ、モルドの仕業だね。あいつ、どうやったか知らないけどポータルキーの存在に気付いたみたいだ。参ったな、こうなるともう……」


「宮殿の地下にある、秘密の通路を通って脱出するしかありません」


 予想外のトラブルにより、またしても計画が崩れてしまう。作戦を変更し、宮殿に戻ることに。引き返したキルトたちは、撤退してきたオズインたちと合流する。


「おお、キルト殿! ……アリエルもいるのか。いや、それは置いておこう。守備隊が全滅して、かろうじて生き延びた者たちと撤退してきた。ここからは、マリアンナ様を共にお守りしよう」


「撤退する途中で、民が次々とどこかにテレポートしていくのを見ました。あれは一体、何が起きているんです?」


「ええ、実は……」


 オズインやバズ、ラズマトリア兵たちにキルトは手短に説明を行う。魔術師たちの協力を知り、みな安堵の表情を浮かべる。


「なんとありがたい。一人でも多くの民を救ってもらえればいいのだが……」


「なあ、アタシらもそれで逃げられないか? そうすりゃ全員無事に」


『忌々しい異郷の者らめ、余計なことをしてくれたな。おかげで、公国の民を根絶やしにする作戦に支障が出たぞ』


 ニルケの質問を遮り、どこからともなくモルドの声が響く。直後、マリアンナの胸元に怪しげな黒い紋様が現れた。


 鎖で縛られた腕を模した、不気味なソレを見たアリエルはその正体を一目で看破する。そして、どこからか監視しているのだろうモルドへと叫ぶ。


「転移封じの呪いをマリアンナにかけたね、モルド! お前、そこまでしてこの国を消し去りたいのか!」


『そうですとも、アリエル様。その紋様がある限り、転移魔法は効かぬ。その小僧が設置した鍵も、公国の中にある限り機能を発揮出来ぬよう遠くからまじないをかけさせてもらいましたぞ』


「そういうことか……。お前、ただの呪術師じゃないね。マリアンナ様の安全を確保したら、必ずお前の正体を暴いて報いを受けさせてやる!」


『やれるものならやってみるがよい。じきに総隊長殿がそこに着く、全員纏めて死ぬがよいわ!』


 そう言い残した後、モルドは沈黙した。もはや一刻の猶予もない。オズイン主導の元、一行は玉座の間へ向かう。


 そして、玉座を押してスライドさせて下に隠されていた階段を出現させた。急ぎ秘密の通路に入り、逃げなければならないが……。


「オズイン将軍、ここはオレに任せといてくださいよ。アルバートたちを足止めしときますから」


「だったらアタシも残るよアニキ! 二人なら」


「ダメだ。ニルケ、お前は公女様をお守りしろ」


「そんな……やだよ! 初陣の時からずっと、二人で戦い抜いてきたじゃないか! こんな時だけ除け者にするなんて嫌だぞ! なあ、アニキ!」


 ガルドンが自ら、玉座の間に残り敵を足止めすると宣言した。……一人でも多く、敵を道連れにして時間を稼ぐために。


 共に残ろうとするニルケだが、強い口調で拒絶されてしまう。涙を流してすがるも、ガルドンは頑として首を縦に振らない。


「……悪いな、ニルケ。無敵のシャンゴ兄妹の武勇譚もここまでだ。将軍、バズ、マトリ。それからボウズにアリエル。……ニルケと公女様を頼んだぞ」


「済まない、ガルドン。お前の想い……確かに受け取った。みな、行くぞ!」


「嫌だ、離しておくれよオズイン様! アニキ、アニキィィィィィ!!!」


 泣き叫ぶニルケを担ぎ、オズインは涙をこらえながら部下やキルトたちと共に秘密の通路へと入る。……のだが、二人ほど兵士が残った。


「何してる? お前らも行け、生き残るチャンスをフイにするな!」


「いえ、我々も残ります。武勇の誉れ高きガルドン様と共に戦い、公女様をお守り出来るなら……この命、惜しくありません」


「それに、玉座を元の位置に戻すのはガルドン様とはいえ一人では時間がかかりましょう。三人ならすぐ終わりますよ、ええ」


「……バカ野郎どもが。だが、ありがとよ」


 ガルドンは残った兵士たちと共に、玉座を元の位置に戻して階段を塞ぐ。その数分後、玉座の間にベスティエとガルドフォースの隊員を率いるアルバートが乗り込んできた。


「やはり、すでに公女は逃げた後のようです。隊長、如何致しますか?」


「ふむ。大方、モルド卿が言っていたこの宮殿のどこかにある隠し通路に逃げたのだろう。それを追うまでだ」


「させると思うか? ラズマトリア四天王が一人、ガルドン・シャンゴ! このオレがいる限り、一人も公女様のところに行かせねえ! うおおおおお!」


「ガルドン様に続けぇぇぇ!!」


「フェルガード帝国の尖兵よ、覚悟!」


 命を賭して、ガルドンたちは突撃していく。ベスティエたちが身構えるも、アルバートが手を伸ばして部下たちを制止した。


「彼らの気高き忠義の心に報いてやりたい。お前たちは手を出すな、全てが終わるのを見届けよ」


「ハッ! お前たち、武装解除せよ!」


「ハッ!」


「くたばりな、アルバート・フェイン!」


 一人歩み出たアルバートに向かって、武器を振るうガルドン。それを皮一枚で避けたアルバートは、掌底を叩き込み相手を吹っ飛ばす。


 続いて、遅れて到達したラズマトリア兵二人が槍を突き出す……だが、その穂先が宿敵を貫くことはなかった。


「アルバート、かく、ご……うぐっ!」


「お前だけは、たお……がはっ!」


「……苦しい思いはさせん。一思いに楽にしてやる」


 大剣が振るわれ、神速の斬撃によって兵士たちは一瞬で首を刎ねられた。それを見て激昂したガルドンは立ち上がり、再度突撃するが……。


「てめぇ……よくも部下たちをォォォォォ!!」


「済まない。だが、これも世の習い。どちらかが生きる時、もう片方は……死ぬのだ」


 再び巨剣が煌めき、ガルドンの巨体を斜めに両断する。崩れ落ちるなか、ガルドンの脳裏に走馬灯が走っていく。


 思い出されるのは、オズインやニルケ、同僚に部下たちとの日々。一筋の涙を流しながら、ガルドンは最期の呟きを口にする。


「公女様……将軍……ニルケ……。生き、て……く、れ……」


「……その雄姿、私は忘れない。敵国の英霊として、手厚く弔うと誓おう。……眠るがいい、猛将ガルドン」


 息絶えたガルドンのまぶたを閉じさせた後、アルバートは黙祷を捧げる。ベスティエたちもそれに習い、騎士の礼で死者を見送った。


「さあ、行くぞ。公女を捕らえ、帝国に移送する。そして、陛下の御前で首を刎ねるのだ」


 フェルガード帝国の進撃は、終わらない。ラズマトリア公国が完全に滅びる、その時まで。

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― 新着の感想 ―
[一言] ガルドン・・・お前は誇り高き将だった・・・
[一言] 今回は負け戦になってしまったか(ʘᗩʘ’) 元々準備不足な面と非歓迎なムードはあったが(´-﹏-`;) ここで奴らを止めなければならない、避けては通れない戦いだったが(─.─||) 他所…
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