257話─その凶刃は疾風の如く
翌日、キルトはフィリールを連れなんとか昼までにデルトア・ゼギンデーザの両皇帝に話を付けることに成功した。
予備のオルタナティブ・コアをラズマトリアに回してもらえるようになり、すでに一部をエヴァのポータルを使って運び込んでくれている。
これでひとまず安心、そう思っていた。リンズウェル王国滅亡の報を聞くまでは。
「……では、リンズウェル王家は完全に根絶やしにされたのですね?」
「は、い……。フェルガード帝国軍は、王家のみならず民草も全て……う、がふっ! 文字通り、一人残らず根絶し……私は、せめて……このことを、ラズマトリア公国に伝えよと隊長に……」
きっかけは、十時を告げる鐘が鳴る少し前。突如として、宮殿の前に傷だらけになって兵士がテレポートしてきたのだ。
マリアンナの命で傷の手当てをしたところ、彼は告げた。リンズウェル王国の滅亡と、フェルガード帝国軍本隊が南下していることを。
「……心中、お察しする。辛かっただろう、苦しかっただろう。だが、よく伝えてくれた。おかげで我々は帝国軍を迎え撃つ準備が出来る」
「よかった……これで、俺も……隊長や陛下に、顔向け出来……る……」
医療室のベッドの上で、兵士は祖国で起きた惨状を語る。話を聞き終えたオズインが礼を述べると、安心した兵士は気を失ってしまう。
彼からもたらされた情報は、即座にラズマトリア軍及びキルトたちに伝えられる。キルトはベルトの手配をデルトア騎士団に任せ、宮殿に向かう。
「皆様、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。もうご存じかと思いますが、リンズウェル王国滅亡の知らせが届きました。敵の次なる狙いはこの」
「あー、ちょっといいかしら。国の存亡がかかった一大事だってのに、なんで大臣どもは一人もいないわけ?」
「……お恥ずかしいことだが、大臣たちは報を知った途端みな逃げてしまった。ありったけの財産をかき集めてな」
「はあ……呆れてものも言えん。流石にこの胃痛は楽しめんぞ……」
キルトとルビィ、エヴァにフィリール、アスカを加えすぐに会議が始まるも、一つ問題が起きた。公国の政務を行ってきた大臣たちが、なんと全員国外に逃げてしまったのだ。
「ちゅーか、逃げるゆうてどこに行くねん。南にあった……なんやっけ、ゴルゴンゾーラ……」
「グリゴーラ共和国だよアスカちゃん。その国もとっくに滅ぼされてるし、行く場所なんてないと思うんだけど」
「恐らく、大臣たちはシャポル霊峰に向かったのでしょう。霊峰を超えて、西に亡命するつもりなのでしようね。あそこは人跡未踏の地だというのに」
「我らのホームに土足で踏み入ろうとは愚かにも程がある。どうせ二合目にたどり着く前に獣に食われるのがオチだ、放っておけばいい」
キルトたちからも散々に扱われ、大臣たちはもう存在をなかったことにされた。今は彼らより、迫るフェルガード軍への対処が最優先。
如何にして公国を守り抜くかが重要なのだ。そんななか、キルトには気がかりなことが一つあった。それは……。
「あの兵士さん、フェルガード軍の隊長の姿を見なかったって言ってたよね。そこがちょっと引っかかるんだ」
「……アルバート・フェインか。奴に関しては、常識で行動を測れない。神出鬼没、たった一人で一国を滅ぼせる実力の持ち主だからな」
「これは僕の想像なので、軽く流してくれてもいいです。……もしかしたら、そのアルバートって人は今も単独行動してるんじゃないでしょうか。僕たちが北から来る敵の本隊を相手してる間に……」
「南からこっそり首都に侵入し、不意を突いて滅ぼしに来る、か。あり得ぬ、とは言い切れない。本当にそう動く可能性があるな……」
「だとしたら、全員で北の国境に行くのはまずいわね。何人か残しておかないといけないわ」
フェルガード帝国軍総隊長にして、精鋭部隊ガルドフォースの長アルバート・フェイン。彼が単身バーグエルンに現れる、そんな予感をキルトは感じたのだ。
「ふむ……問題は、誰が残るこということだな。ここはやはり……」
「私と読者くん、それともう一人くらいが残れば十分だと思うよ。残りは全員、北の国境に行った方がいいんじゃないかな」
「フロスト博士!? いつの間にお帰りに!?」
話をしていたその時、会議室の窓が開きサモンマスターギーラことアリエルが姿を見せた。驚くキルトたちの元に、変身を解きつつ歩いていく。
「うん、モルドの気配が完全に消えてしまってね。たぶん、暗域かどこかに雲隠れしたんだと思う。で、これ以上の捜索は無意味ってわけで戻ってきたのさ」
「ナイスタイミングね、なら残るのはアンタに任せるけど……まあ、キルトが必要ってんなら仕方ないわね」
「万が一の守りには、最強の戦力を充てないとね。というわけで、読者くんには残ってもらうよ。理想を言えば、もう一人誰かいてくれればいいんだけど」
話し合った結果、キルトとアリエルに加えウォンがバーグエルンに残りアルバートの襲来に備えることが決まった。
残るメンバーは、オズインたちと共に北の国境砦でフェルガード帝国軍を迎え撃つことに。エヴァたちが出掛けた後、キルトたちは宮殿で待機する。
「話は窓の外でだいたい聞いたよ。マリアンナ、大臣たちが逃げたことを民に悟られちゃいけないよ。今知られたら、パニックが起きて収拾がつかなくなるだろからね」
「はい……ですが、どうしたら……。わたくし、いつも大臣たちに頼りっぱなしで……」
「ふふ、大丈夫さ。マリーは私が支えるよ、お姉ちゃんだもの」
キルトがアジトで待機しているウォンを呼びに行っている間、アリエルは妹と二人……家族の時を過ごす。マリアンナを抱き締め、アリエルは誓う。
例え命を落とすことになろうとも、たった一人残った家族を守り抜いてみせると。その時、部屋の中に男の声が響く。キルトのものではない、低い声が。
「やはり、諜報部の報告通り帰還していたようだな。アリエル・フロスト……サモンマスターギーラ」
「!? お前、いつの間に! そうか、お前がアルバート・フェインだね?」
「私の名をすでに存じているとは。光栄だと言っておこう」
部屋の入り口を見ると、それまではいなかった一人の男が立っていた。漆黒の鎧に、首に巻いた赤いスカーフ。そして、背負った巨大な剣。
キルトが危惧した通り、アルバートが単身バーグエルンへ乗り込んできたのだ。たった一人で、大胆不敵にも。
「お初にお目にかかる、ラズマトリア公国十八代公女マリアンナ殿下。本日、この宮殿を訪れた理由をお伝えしましょう。……この国への、宣戦布告をしに参じました」
「宣戦布告、ですって?」
「その通り。我らが偉大なる皇帝、バルサー陛下はこの国をただの通過点としか見ていない。あのお方の狙いは、霊峰を超えた西の国々。ゆえにここで宣言し……む」
「そこまでだ! やっぱり現れたな、お前がアルバート・フェインか!」
アルバートがマリアンナたちに告げようとしたその時、不穏な気配を感じてキルトが戻ってきた。すでに変身を済ませ、剣と盾を召喚している。
「君が噂の……サモンマスタードラクルか。いい目だ、強い闘志に溢れているね」
「二人に手出しはさせないよ、ここで倒してやる!」
『たった一人で乗り込んでくるとは、全くたいしたものだ。だが、キルトと我に勝てると思うな!』
剣を向けてくるキルトを見て、アルバートはフッと笑う。絶対的な強者だからこそ許される、余裕の笑みだった。
「果たしてそうかな? では、挨拶代わりに……この一撃、くれてやる」
「!? はや……くっ!」
「ほう、防いだか。これまで相対した者たちは、誰もこの一撃を防げなかったが……。なるほど、君は強い。それがよく分かる」
アルバートが背負っていた大剣を引き抜いた、その刹那。姿が霞のように消え、キルトの背後に回り込んできた。
辛うじて盾で攻撃を防いだものの、反撃する前に相手はまた移動してしまう。動きを全く目で追えなかったアリエルとマリアンナは、冷や汗を垂らす。
「なんて速さ……咄嗟に反応出来たからよかったけど、そうじゃなかったらやられてた……!」
『それにあやつ……サモンマスターの力を全く使っていない。奴め、己の力だけで我らを狩るつもりでいたな……恐ろしい男だ』
「私はそろそろ失礼させてもらおう、部下たちの指揮を執らねばならないのでね。だから、最後にこれだけは伝えさせてもらう」
キルトの技量を確かめ、満足したアルバートは転移魔法を発動させる。少しずつ透明になっていくなか、戦士は宣言する。
「三日だ。今日から三日以内にこの国を滅ぼす。そして、シャポル霊峰を越え西の国々をも滅ぼしてみせよう! では……さらばだ!」
そう言い残し、アルバートは消えた。後には、呆然としているキルトたちだけが残ったのだった。




