255話─公国に隠された闇
その日の夕方、キルトは状況報告のためルビィと共に首都バーグエルンへ戻る。途中、小腹が空いたので何か食べ物を買おうとするが……。
「悪いけど、よそ者に売る物はないね」
「帰ってくんな、よそ者と話すことはないよ」
「商売も大事だが、よそ者と関わってなにかあったら困るんだ。さっさと出てってくれ」
どの商店も、キルトたちを見るなり冷たくそう言い放って追い返してきたのだ。パン一つ買わせてくれない心の狭さに、ルビィはもうカンカンだ。
「なんという無礼な奴らだ! この国を守るために命がけで戦ってやっているというのに、恩知らずな連中め!」
「まあまあ、落ち着いてお姉ちゃん。……それにしても、なんでみんなこんなに冷たいんだろ。僕たち、悪いことしたわけじゃないのに」
「お若いの、知りたいかな? この国の民が、何故ここまで排他的なのかを」
どうにか一件、年若い夫婦が経営するパン屋で軽食を買えた二人は公園のベンチに座り腹を満たす。そこに、白い布で顔を覆った老人が現れた。
突然背後から現れた老人に声をかけられ、キルトは思わずパンを落としそうになるもなんとか耐えた。公国の疑問は、まだ全て解決していない。
何故ここまでよそ者を排撃するのか、その謎が解明されるならばと二人は老人から話を聞くことに。
「じゃあ、聞かせてもらおうかな。どうぞ、こっちに座って座って」
「ん、すまんの。最近の若者は老人を労らない者が増えたが、君は優しいね」
「フッ、キルトは誰にでも優しいぞ。……ところでご老人、その布は……」
「ああ……若い頃病を患ってな、顔から膿が出て止まらぬのだよ。醜いものを見せるわけにもいかぬだろ、だからこうして布で隠しておるのさ」
そんなことを話しつつ、老人は本題に入る。国民が排他的になったのは八十三年前、二代前の公王の時代だったと言う。
「当時の公王、マルベレンはあまりにも頑固で頭でっかち、自分勝手極まりない男でな。民からは『偏屈王』と呼ばれてたいそう嫌われておった」
「うー、なんか聞いてるだけでやな感じ……」
「偏屈王、な。ロクな呼び名ではないな、そんな呼び方をされる王のもとではまともな治政などされまい」
「うむ、実際酷いものじゃった。王はとにかく外交が大嫌いでな、突然鎖国政策を打ち出して他国と関わるのを禁じたのさ。……それだけなら、まだよかったのじゃがな」
話を聞く限り、アリエルやマリアンナの祖父はあまり褒められた人物ではなかったようだ。彼の打ち出した政策が、今の国民を作り上げたらしい。
が、それ以上に闇の深い事件があったことをキルトたちは知ることになる。ラズマトリアの暗部は、想像以上に淀んだものだった。
「……何があったんですか?」
「当時、公国のすぐ東にバティスタ市国という都市国家があった。公国とは長い間友好関係にあったんじゃが……鎖国宣言の直後、公王は市国を滅ぼしたのよ。隣接していた自国の街諸共な」
「我には理解出来ぬ、何故そのようなことを?」
「バティスタ市国の領土内に、新しい金鉱が発見されたからじゃ。公王は金鉱を手中に収めんと暴虐の限りを尽くし……う、ゲホッゴホッ」
話の途中、老人は激しく咳き込む。そんな彼の背中を、キルトは優しくさすってあげた。少しして落ち着いた老人は、キルトに礼を言う。
「ありがとうよ、お若いの。さて、話を戻そう。公王はバティスタ市国が侵攻してきたと嘘をつき、国民を扇動した。そうして市国を滅ぼし、金鉱を手中に収めたのよ」
「酷いことを! でも、なんで自分の国の街まで滅ぼす必要があったの?」
「……気に入らなかったのじゃよ、王は。バティスタ市国と隣接し、かの国からもたらされる恩恵に与っていた街が。それに、その街の民は気付いておった。王の言葉が偽りだと。ゆえに、口封じも兼ねて……な」
「ううむ、その話が真実だとすればなんとも許しがたい男だ。フィリールが聞いたら同じ国を背負う者として憤慨するだろうよ」
老人が言うには、バティスタ市国は鉱山業が盛んで質のいい宝石や金属が数多く採掘出来たという。老人の故郷は、市国と姉妹都市条約を結び食料と貴金属の交換で栄えていたらしい。
「そうか……おじいちゃんの住んでたところだったんだね、口封じに滅ぼされたのは」
「そうじゃ。その後、増長した公王は国民を自分好みの偏屈で排他的な人間になる土壌を作り上げたのよ」
「なんともはた迷惑な話だ。アリエルの祖父だから言うまいと我慢してたが、もうやめだ。褒めるところがまるでない人間のクズだなそいつは!」
「流石に今回ばかりは僕も同意するよ。本当に酷いね、信じられない!」
老人の話を聞き、キルトもルビィも憤慨する。そんな二人を見た後、老人はゆっくりと立ち上がった。
「話を聞いてくれてありがとうよ、お二人さん。……悪いことは言わん、この国を去るといい。この国が生き残ったところで、誰もよそから来た英雄に感謝などせん。もう、そういう生き方しか出来ないのじゃ。この国の民は」
「ううん、それは出来ないよ。人は変われる、いい方向にも悪い方向にも。だから、僕たちが変えてあげるんだ。この国を救うことで、国民みんなを」
「教育で歪んでしまったのなら、また新しく教えてやればいい。他者と手を取り合い、認め合うことの大切さをな。キルトならそれが出来る、我はそう信じている」
「それに、この国は僕たちの大切な仲間の故郷だから。救ってあげたいんだ、侵略者の魔の手から」
ラズマトリアを救うのは諦めて、祖国に帰った方がいい。やんわりとそう伝える老人に、キルトとルビィはそう返した。
二人の言葉を聞き、老人は目を丸くする。そして、二人に聞きとれないほど小さな声で呟きを漏らす。
「……よい仲間に恵まれたな、アリエルは。だが、儂の計画は変わらぬ。この国を……」
「おじいさん? どうしたの?」
「いや、なんでもない。長々と引き留めて悪かったのう、お詫びに飴をあげよう。この国の夜は冷える、あまり遅くならないうちに帰るのじゃぞ」
「うん、バイバイ!」
「また会おう、ご老人。身体に気を付けてな」
話を終えた老人……モルドは公園を去って行く。キルトたちの性根を確かめるため、自ら偵察に赴いていたのだ。
アリエルからモルドの人相やらの個人を特定する情報を聞いていなかったキルトたちは、話し相手が渦中の人物だとついぞ気付くことはなかった。
「……なんと真っ直ぐな者たちか。あの頃、彼らのような者がいてくれれば……あの悲劇を止めてくれたかもしれぬな。……いや、今更言うまい。時は過去には戻らぬからな」
路地裏に入ったモルドは、キルトたちの前で見せていた弱々しい緩慢な動きを止めキビキビ歩き出す。少し前まで、彼は肺の病に苦しんでいた。
だが、今はもう違う。齢九十を超えてなお、若い頃のような力とみずみずしさを手に入れていた。何故なら……。
「待たせたな、デミル。お前のオリジナルと会ってきたぞ」
「そう。で? 何か収穫はあった? おじいちゃん」
「ああ、とても善良な子だということが分かった。……素直にこの国を去ってくれればよかったのだが」
「ククク、仮ニコノ国ヲ去ッタトシテモ生キテハ帰レンナ。我トデミル……二代目『サモンマスタードラグナ』ガ奴ラヲ殺スカラナ」
ネガの後継として創られたキルトのクローン、『デミル』とその本契約モンスター『オニキス』と取り引きしていたから。
キルトに瓜二つの容姿を持つ少女、デミルは手にした小ビンをモルドに渡す。ビンの中には黄金色の液体……オニキスの血で満たされていた。
モルドは彼女ら、そしてフェルガードに寝返るのを条件にエルダードラゴンの血を得て病を克服していたのだ。全ては、復讐のために。
「もう長居は不要、行くわよ。あんたを見つけ出そうと、サマンマスターギーラが血眼になってるから」
「その気配は感じておった。見つかると面倒だ、もう行くとしよう。……待っているがいい、故郷の仲間たちよ。八十年前の悲劇……必ず、お前たちのために復讐を遂げてみせるからな」
デミルはポータルを開き、オニキスやモルドを連れてその中に入っていく。行き先は、フェルガード帝国の首都ラーズハウダー。
皇帝バルサーと合流し、いよいよラズマトリア陥落に向け本格的に動き出すつもりなのだ。邪悪の権現と復讐者が手を取り合い……戦乱は加速する。
より深き、後戻りの出来ない深淵へと。
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