249話─モルドの謎
「濡れ衣……ですか。酷いことをしますね、そのモルドって人も」
「うん、よっぽど私が気に食わなかったんだろね。さっきも言ったけど、機密文書の流出を私のいたずらのせいにされたんだ。で、弁明もさせてもらえずに謹慎処分さ。頭きて当然でしょ?」
「確かに、それは国を捨てる判断をしてもおかしくはない。……なるほど、その後でモルドを筆頭とした大臣たちがあることないこと言いふらしたわけだ」
アリエルの話を聞き、モルドへの怒りを募らせるキルトたち。フェルガード帝国そっちのけで、まず彼から成敗すべきではないかと考えはじめる。
「今この国は、とても閉鎖的な気風に満ちている。モルド卿がそうなるように教育機関に働きかけ、教育の仕方を変えたのだ」
「何故そんなことをする? そやつの考えが我にはまるで分からぬ」
「わたくしも、あの方の考えは理解出来ないのですが……父と母が急逝した後、不安定になった政情を取り纏め安定させてくれたことも事実。あまり悪く言えません……」
「ま、大臣の爺さん連中があんななのは昔からではあるけどさ。モルド……あいつだけは何かが違う。何かドス黒い感情を感じるんだ、この国に向けてのね」
少ししてオズインが話し出すと、ルビィが疑問を口にする。マリアンナとアリエルは、それぞれ自分の考えを述べた。
マリアンナとしては、どんな思惑があるにせよ自分を支えてくれたがゆえにあまり悪感情を見せたくないようだ。
一方のアリエルは、自分が国を捨てる原因の一つになったこともあり強い警戒心を示していた。
「とにかく、明日会いに行って問い質してこなきゃ。あの場にいた誰かが、そのモルドって人なんだよね?」
「いえ、あの場にはいません。モルド様はここ最近、肺を悪くされて大法院に篭もりきりになられていますから」
「そっか……じゃあ、明日はその大法院ってところに行くよ。フロスト博士にやったことは許せない。なんでそんなことをしたのか吐かせてやる!」
一通り話を聞いた後、キルトはまずモルドに十五年前のことを問い質すことを決めた。全てを明らかにしてやろうと意気込む少年の頭を、ルビィは尻尾で撫でる。
「うむ、それもいいがフェルガード帝国の侵略についても対策をせねばな。まあ、オルタナティブ・コアを渡してやれば済むだろうが」
「オルタナティブ・コア? それは一体どんなものなのだ?」
「えっとですね、実は……」
ルビィの一言で話題が変わり、キルトはオズインとマリアンナにオルタナティブ・コアについての説明を行う。もちろん、自分が開発したという体で。
事情が明るみになったとはいえ、アリエルへの悪感情はそう簡単には消えない。もしオルタナティブ・コアを開発したのが彼女だと知られたら。
最悪、コアの提供どころか対帝国への同盟すら破棄されてしまいかねないのだ。
「なるほど、擬似的にサモンマスターの力を扱える、と。それならば、確かにフェルガード帝国にも対抗出来よう」
「でも、油断しちゃダメですよ。その名の通り、あくまでもサモンギアの代替品。一対一じゃ、まずサモンマスターには勝てません」
「戦うなら、常に複数で立ち回る必要がある。量産品の強みを活かしていかなければ、勝てる戦も勝てなくなるからね」
「なるほど……では、明日四天王や兵士たちにこのことを伝えておこう。……長々と失礼した、では私はこれで。公国の夜は冷える、風邪を引かないよう気を付けるといい」
一通り話を終えた後、オズインはワゴンを回収し会食用の部屋を去って行った。毒入りケーキは内々に処分するのだろう。
彼が去った後、キルトたちはアリエルを交え食事を再開する。そんな彼らを、窓の外から一つ目のコウモリが見つめていた。
「おお……帰ってきてしまったのか、アリエルよ。儂の計画に巻き込まぬために、国を捨てるよう誘導したというのに……う、ゲホッゴホッ!」
ラズマトリア公国の最北部にある、クリアドーラ高原にそびえる巨大な塔。公国の司法を司る、大法院と呼ばれる施設だ。
その塔の最上階にある部屋で、一人の老人がコウモリの目を通して離宮の様子を見ていた。顔を白い布で覆い、目元だけを出した老人……モルドはそう呟く。
「グッ……ゴホッ。まあ、それもまた運命か。儂が動こうが動くまいが、もうこの国に未来はない。フェルガードが動く以上は……な」
激しく咳き込んだ後、モルドは近くに置いてあったツボに手を伸ばす。ひしゃくを使って水を汲み、口を覆う布をめくって一口飲む。
喉を潤した後、改めてアリエルを見つめる。その目には、憎しみや怒りの感情はない。あるのは、肉親に向けるような深い愛情だった。
「……もうすぐ、この国は終わる。この儂かフェルガードか……どちらが先かにせよ、な。アリエル、せめてお前だけは巻き込みたくなかった。儂の復讐には……」
そう呟くモルドの脳裏に浮かぶのは、幼い子どもの日の記憶。兵士に連行されていく両親と、殺される隣人たちの悲鳴。
『どうして、どうしてなんだ! 私たちはただ、他の国の民と交流していただけなんだぞ! なのに何故殺されなければならないんだ!』
『黙れ、公王様の命令だ! 他国の者らと親しくする非国民を殺せとな』
『おとうさーん! おかあさーん!』
「……先々代の公王よ。貴様の撒いた種が今刈り取られる時が来た。貴様が何よりも愛した、この国の滅亡という形で……な」
もう一度水を飲んだ後、モルドはコウモリを撤退させる。そうして、ゆっくりと座っていた椅子を離れベッドに横たわる。
眠りに着くため布が外された彼の顔には、罪人の証である鉄紋の痕がビッシリと刻み込まれていた。
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「さーて、砦も無事落ちたことだしぃ~。みんなー、お待ちかねのぉ~。りゃ・く・だ・つ! タイムの始まりでぇ~す!」
「おおおおおおお!!!」
同時刻、砦に立てこもっていた王国兵たちを時間をかけ皆殺しにした帝国軍は進軍を続けていた。リンズウェル王国の中枢部へ至らんとするために。
とはいえ、補給線が伸びてしまい兵站に支障が出るためそのまま進むことは出来ない。そこでセネラが採った作戦は……周辺の町や村からの略奪だった。
「ですが、セネラ様……よろしいのですか? そのようなこ」
「な~に? なんか文句あるワケ? まさかノリにノッてるこの状況で、たかが物資補給のために撤退しろって?」
「い、いえ……なんでもありません」
制圧した後のことを考えると、流石に略奪はまずいだろうと考えた部下がセネラに進言する。が、圧をかけられ進言を潰されてしまった。
ここで逆らえば、自分が粛清される。それを理解している良識派の兵士たちは、セネラに従い喜んでいるフリをして略奪に向かう。
「……とりあえずは、これで何とかなるだろう。ところでベスティエ……アルバート隊長は無事だろうか」
「あ~、あの人今単独でグリゴーラ共和国潰しに行ってるんだっけ。でもま、タイチョーなら大丈夫っしょ!」
「ああ、あの方はタナトス様に勝るとも劣らぬ実力とカリスマの持ち主。我らの手を借りずとも、あの国など一晩で消せる」
部下たちが去った後、三幹部はそんな会話をする。彼らを束ねる隊長、アルバートは一人でラズマトリアの南にある国を滅ぼしに向かったのだ。
三人とも、タナトスへのソレと同レベルの忠誠をアルバートに誓っている。そうするだけの価値と意味があると、全員が信じているからだ。
彼らの言う通り、すでにアルバートは共和国の首都に到達していた。それも、サモンマスターの力を一切用いることなく。
「ぐ、う……なんなんだ、お前は。あまりにも……強すぎ、る……」
「……護衛隊の隊長と聞いて、少しは骨のある者と戦えると思っていたが。期待外れだったな、『この力』を振るうに値する相手ではなかった」
転移魔法を使い、共和国各地にある軍の施設のみを的確に潰して回ったアルバートは首都にある政治の中枢……首相府に乗り込んだ。
そこで待ち構えていた精鋭部隊を、たった一人で鏖にしてみせた。自身のサモンギアである、巨大な剣による斬撃だけで。
「ひいっ! た、助けてくれ! 頼む、命だけは!」
「……いいだろう、力を持たぬ者を殺しはしない。私は、だがな。まずはこの書類にサインしてもらおう、首相よ。そうすれば私はこのままこの国を去る」
部下を鏖にされ、怯えながら命乞いをする首相にアルバートは一枚の紙を差し出す。そこに書かれていたのは、降伏宣言の文書だった。
グリゴーラ共和国が未来永劫、フェルガード帝国の属領となることを承認する旨が記されている。首相は躊躇うことなく、書類にサインした。
「……結構、これでこの降伏宣言が有効となった。特別な魔法がかけられている、閣下が破棄しない限り効果は消えない。それを忘れるな」
「は、はいぃ……」
「ではさらばだ。ようこそ、フェルガード帝国へ。臣民第一号よ」
書類を回収し、アルバートは転移魔法で去って行った。ラズマトリア公国に毒牙が伸びる日は、近い。




