248話─国を捨てた理由
その日の夜、国交樹立を祝した盛大な宴が行われ……なかった。『よそ者のために宴をするなど国費の無駄遣い』だと、大臣たちが猛反対したのだ。
マリアンナが必死に説得したが、大臣たちは聞く耳を持たず……結果、離宮にある小さな会食用の部屋で夕食を摂るというわびしい結果になってしまう。
「全く、あの老人どもはなんなのだ!? 口を開けばよそ者よそ者、どれだけ我らを敵視すれば気が済むというのだ! 全く腹が立つ!」
「確かに、あんなに僕たちを拒絶するのはちょっと異常だと思うな。お姉ちゃんが威嚇して怖がってる……ってのだけが理由じゃないよ、あれ」
「本当に申し訳ありません……。大臣たちを束ね、従えるのがわたくしの務めだというのに。まだ若輩者ですゆえ、皆わたくしを軽んじているのです……」
食事を摂りながら憤慨するルビィに、同席していたマリアンナがひたすら頭を下げる。あまりにも哀れな姿に、ルビィの怒りは急速に冷めていく。
「いや、汝が謝る必要はない。悪いのはあのいけ好かない爺どもだ、デルトア帝国ならあんな連中即更迭処分だろう。なあフィリールよ」
「全くだ、もしあのような者らがいたら父上が即刻処すさ。……それにしても、何故彼らはあんなに排他的なのだろうな」
「それは私が教えるよ。読者くんたちにも知ってもらいたいからね。私がこの国を捨てた理由……そして、この国に巣食う闇を」
泣きそうになっているマリアンナを慰めつつ、フィリールは疑問を口にする。するとその時、部屋の窓が開きアリエルが姿を見せた。
サモンマスターギーラに変身しており、鳥のように翼を畳んでちょこんと窓枠に座っていた。彼女を招き入れ、話を聞くことに。
「アリエル、貴様どこをほっつき歩いて……いや、今はそれはいい。さっさと入って窓を閉めろ、キルトが風邪を引くではないか」
「はいはい、よっとこらしょ。いやー悪いね、この国居心地悪いからさぁ。敵情視察をしてき……おっと!」
「姉上……お久しぶりですね。私、もう一度あなたにお会いしたかった……」
アリエルが部屋に入り、変身を解除するとマリアンナが立ち上がり駆け寄っていく。十数年前に離別した姉との再会に、感極まっているらしい。
もう二度と離さないとばかりに抱き着くと、アリエルは恐る恐る妹を抱き締め返す。震えるマリアンナに向かって、優しく声をかける。
「ごめんよ、マリー。私はずっと、君に迷惑ばかりかけてしまった。でも、これからは……君を守るよ。私はお姉ちゃんだからね」
「あね、うえ……う、ひぐっ」
「感動の再会……か。さてアリエル殿、そろそろ教えてもらおうか。君は何故この国を……む?」
姉妹の再会をキルトたちが見ていると、部屋の扉がノックされる。そして、オズインが姿を現した。
「失礼致します、公女様。筆頭大臣モルド卿より、調印締結を祝したケーキを預かっています」
「おや、オズイン。悪いんだけど、そのケーキちょっと借りるよ」
「貴様、アリエ……おい、何をする!」
城の料理人が作ったのだろう、大きなケーキを載せたワゴンを押しながら入ってくるオズイン。すると、何かを察したらしいアリエルが近付く。
「……ルビィ、君の血は毒の浄化は出来るかい?」
「ああ、よほど強力なものでなければ問題なく解毒出来るが。……お前、まさか」
「そのまさかさ。私の見立てが正しければ……このケーキ、猛毒が仕込まれてるよ」
ワゴンに乗せられていた、切り取り用の包丁を使ってケーキを切り分けるアリエル。そして、フォークを使い一口頬張る。
直後、アリエルは苦しそうに呻きながら倒れ込んでしまう。オズインとマリアンナが驚くなか、即座にルビィが救助に動く。
「しっかりしろ! 我の血を飲め、そうすれば毒などすぐ消える」
「むぐっ! 人の口に指を全部突っ込むのはやめてほしいかな……。でも、おかげで助かったよ。ありがとねルビィ」
「フロスト博士、大丈夫ですか!? ……オズインさん、これはどういうことです? 事と次第によってはタダじゃ済ませませんよ」
「……申し訳ない、キルト殿。いくらなんでもこんなことはしないだろうと思っていたが……どうやら、大臣たちは私まで敵に回したいらしい」
指の腹を噛み切り、血を滲ませたルビィはアリエルの口に手を突っ込む。地を飲ませ、毒を浄化して彼女の命を救った。
一方、キルトはオズインを詰問する。が、彼は関与していなかったらしい。謝罪した後、大臣たちへの怒りをあらわにする。
「流石にこれは普通じゃないぞ。オズイン殿、この国は一体どうなっているんだ? アリエル殿が国を捨てた件も含めて、洗いざらい話してもらおうか」
「……もちろん、私もそのつもりでここに来た。まずは……」
「まずは私から話すよ、オズイン。君も全てを知ってるわけじゃないしね。特に……私が国を捨てた理由は」
フィリールの言葉に頷き、話し出そうとするオズインを止めるアリエル。まずは彼女から、自身の出奔の理由を話すようだ。
「私がこの国を捨てた理由は二つ。一つは、両親の教育方針に反発したから。もう一つは……当時、モルドに濡れ衣を着せられたからさ。機密文書流出のね」
「……ああ、なるほど。当時は疑いもしなかったが、今なら分かる。モルドめ、自分の言うことを聞きそうにないアリエルが邪魔だから追い出したわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。もう少し詳しく教えてくれません?」
このままだと話についていけないと判断したキルトは、詳細を教えてくれるようアリエルに頼む。それに頷き、アリエルはメガネを外しレンズを拭きながら答える。
「もちろんさ、読者くん。とりあえず、一つ目の理由から詳しく話すよ。……もう十五年になるかな、両親は次期公女にするべく当時十二歳だった私に苛烈な教育を始めたのさ」
「帝王学、か。まあ、それくらいなら国を束ねる者として学ぶのは普通のことだな」
「……二十四時間全部スケジュールを管理され、自分の意思で何もさせてもらえないとしてもかい?」
アリエルの言葉に、キルトたちは絶句する。当時、まだものごころがついたばかりで何も覚えていないマリアンナも目を丸くしていた。
「酷いもんだったさ、あの頃は。その日の食事から付き合う友人まで、何もかも親が決めたもの以外は許されないんだ。もし逆らえば、鞭で打たれる。そんなクソッタレな日々が続いてたのさ」
「そんな、酷い……そんな生活、誰だって嫌になりますよ!」
「オズイン、どうしてあなたが父上たちを止めなかったのです! それくらいは出来たはずでしょう!?」
キルトが憤り、マリアンナがオズインを糾弾する。すると、妹をなだめるようにアリエルが首を横に振った。
「それは無理さ、当時オズインはまだ将軍じゃあなかったし。それに、一介の軍人が公家の教育方針に口出ししようものなら即刻首が飛んでるよ」
「……はい。当時、私はまだ将軍ではなく……公家のことは、大臣たちからの又聞きでしか知らぬ身でした」
「なるほどな。しかし、酷い親もあったものだ。子を自分の道具か何かだと思っているのか?」
「まあ、実際そうだったしね。あいつら、私の意思なんてガン無視して侯爵のバカ息子を許嫁にしようとしたくらいだし」
次々と明らかになる事実に、キルトたちは怒りを募らせる。とうの昔の出来事とはいえ、アリエルを苦しめた彼女の両親を許せなかった。
「だからね、大喧嘩して飛び出したのさ。ちょっと前に、モルドに濡れ衣着せられたからそれも後押ししたくれたよ」
「でも、そんな酷いことをされてたのなら公女様も……」
「いえ、わたくしはそうでもありませんでした。……恐らく、姉上の一件で懲りたのだと思います。教育係に全て丸投げなされていましたから」
「なんだ、それはそれでただのクズではないか。本当に人の親失格な奴らだな、まったく」
ルビィの言葉に、オズインは眉を動かす……が、反論の余地がなかったため黙って頷くことしか出来なかった。流石の彼も、擁護出来なかったらしい。
「とりあえず、一つ目の理由は分かった。それで、二つ目の理由はどういうことなのだ?」
「簡単だよ、モルドっていう小汚いジジイがいてね。あいつが私に国を捨てるよう仕向けたのさ、濡れ衣を着せてね」
フィリールに問われ、アリエルは語り出す。十五年前、国を捨てた理由を。そして、今なお公国に潜む深い闇を。




