244話─アリエルの過去
それから4日の間に、デルトア帝国とラズマトリア公国それぞれで国交樹立の準備が行われた。キルトや公国の使者たちが仲介人となり、スムーズに事が進む。
そのおかげで、特に大きな問題もなく必要な作業は終わった。後は正式な大使として選ばれたフィリールとキルト、参加を希望したアリエルが公女と謁見して国交樹立を締約すればいい。
「お待ちしておりました、キルト様、そしてフィリール殿下。当飛行艇はこれより、ラズマトリアの首都バーグエルンに向かいます。快適な空の旅をお楽しみください」
「これはこれは、ご丁寧にどうも。では、お言葉に甘えて寛がせていただこう。な、キルトにアリエル」
「うん、そうだね。飛行艇かぁ……いつも自力で飛んでるから、こういうのに乗るのってなんか新鮮だなー」
艦長に招かれ、飛行艇で一番質のいい客室に案内される。が、その時キルトは見逃さなかった。アリエルを見る艦長の目が、侮蔑の色に満ちていたのを。
「ふむ、いい部屋だな。ところでキルト、ルビィはどうしたんだ? いつもあんなにピッタリくっついているのに」
「んーとね、お姉ちゃん『顔の落書きが落ちぬ! こんな状態で表を出歩けるか!』ってデッキに引っ込んじゃった」
「なるほど……まあ双子とエヴァとアスカにめちゃくちゃにされてたからな。なら……私が代わりに引っ付いてあげぼはぁ!」
『調子に乗るでないぞフィリール、デッキホルダーの中にいてもお前を叩き返すくらいは出来るのだ。キルトに不埒なことはさせんぞ!』
客室に入ったところで、フィリールはルビィの姿が見えないことについてキルトに尋ねる。答えを聞いた後、ニヤリと笑いキルトに抱き着こうとした。
が、キルトの腰に下げられているデッキホルダーの中にいるルビィが魔力を放ち、フィリールを弾き飛ばして牽制した。
「フィリールさん、大丈夫?」
「おっふ……❤ 実にいい、もっとやってくれ」
「そんなことだろうと思ったよ……心配して損した」
「あはは、相変わらずコントやってるねぇ。変わらないねえ君たちは」
『アホの相手はもう慣れたわ、全く。それにしても……アスカめ、我のおでこのド真ん中に肉の文字を書くとはどういうつもりだ! ぬうううううう!!!』
デッキの中からフィリールを牽制しつつ、ルビィは落書きを取ろうと必死になっていた。エヴァやアスカが同行していないのは、ルビィに怒りの腹パンを食らったからなのだ。
なお、双子の方はこめかみへの拳グリグリで済まされた。
「……そういえばさ。さっきの艦長さん、僕やフィリールとフロスト博士で視線の向け方が違ってたけど。なんでだろう」
「あー……そうだね、読者くんたちに隠してても仕方ないし教えておくよ。私はね……ラズマトリア公家の長女なんだ。本来なら、私が公女になって国を統治してたんだよ」
「ええっ!? そうだったんですか!?」
「なんと……アリエル殿もやんごとなき身分の者だったとは。だが、どうして公位を継がなかったのだ?」
「……親と大喧嘩してね。何もかも捨てて家を飛び出していったんだよ。だから、私は恨まれてるのさ。ラズマトリア公国の民にも……きっと、妹のマリアンナにもね」
そう言ったきり、アリエルは口を閉ざしてしまう。これ以上聞くのはよくないと判断し、キルトとフィリールは話題を変える。
そんなこんなで飛行艇が出発し、公国の首都バーグエルンへと向かう。行く先で待ち受ける新たな出会いとアリエルの過去。
気になる事をたくさん抱えながら、キルトたちは大空へと飛び立つのだった。
◇─────────────────────◇
「そおら、全員死ぬがいい! 偉大なるフェルガード帝国の栄光のためにな!」
「……貴殿らの命、我らがいただく」
「キャハハハハハハ!! どいつもこいつも、揃ってみぃ~んなザコばっかりね~」
同時刻。ラズマトリア公国の北から東にかけて領土を持つ大国、リンズウェル王国にフェルガード帝国軍が侵攻を開始していた。
両国の国境に築かれた砦を攻略し、王国を攻め滅ぼすために。フェルガード軍を率いているのは、精鋭部隊『ガルドフォース』の三幹部たち。
全員がタナトスの配下、理術研究院の元主席研究員でもある。
「……ベスティエ、ここは任せる。それがしは空から敵陣の奥に向かい後方部隊を滅する」
「おう、任せたぞドルギーズ。セネラ、お前はどうする?」
「ん~? アタシもここでザコどもをぶっ殺しとくかな~。ドルギーズ、いってら~」
「では行ってくる」
『アドベント・ツインドリーガー』
三人のうち、翼のように左右に広がるマントが付いた赤茶けた鎧を来たスキンヘッドの大男……ドルギーズが本契約モンスターを召喚し攻勢を強める。
現れたのは、双頭の翼竜型モンスター『ツインドリーガー』。ドルギーズこと『サモンマスター憎魔』の相棒だ。
「さあ……仕事の時間だ。殺し尽くせ、ツインドリーガー。偉大なる帝国の……そして、タナトス様に逆らう者どもを!」
『シュートコマンド』
ドルギーズは左腰に下げた赤茶色のデッキホルダーから、翼竜の頭部を模した装飾が付いたスナイパーライフルを召喚する。
そうして、砦に篭もり投石機やバリスタで前線で戦っている部隊を防壁の上から支援している兵士たちをヘッドショットで仕留めていく。
「ぐあっ!」
「なんだ、どこからこうげ……ぐえっ!」
「上だ、敵が俺たちの上空にぎゃあっ!」
「……愉快なものだ。逃げ惑う相手を撃ち殺すのはとても気分がいい。お前もそうだろう? ツインドリーガー」
「ギィッ!」
「キュアッ!」
奇襲に気付いた王国兵たちは、ドルギーズにも攻撃を仕掛けて撃ち落とそうとする。が、ツインドリーガーは二つの頭による判断力の高さを活かし次々と攻撃を避けていく。
そうして、王国兵たちを虐殺していった。一方、前線部隊同士がぶつかり合う戦場では……。
「いぇ~い、ザコザコ兵士のみなさ~ん! こ~んにちは~! は~いちゅうも~く、『サモンマスター童魔』ことセネラちゃんの登場で~す!」
『ウィップコマンド』
三幹部の一角、セネラが虐殺を開始していた。水色の生地のあちこちにライムグリーンのハートマークが描かれた、ドレスアーマーを身に着けた少女は笑う。
全てを見下し、嘲る笑みを浮かべながら無数の刃が取り付けられたウィップブレードを召喚する。そうして、敵陣へと飛び込んでいく。
「ほぉ~ら、みんなズタズタのバラバラになっちゃえ~! キャハハハハハ!!」
「この……ぐあっ!」
「少数で挑むな、囲め! 全員で攻撃を」
「はい、む~だ~。そんな浅知恵、アタシには通じませ~ん。ざぁ~こ、ざぁ~こ❤」
頑丈な鋼鉄の鎧兜を身に着けた、数十人の騎士相手でもセネラは余裕の態度を崩さない。ウィップブレードを自在に振るい、敵をなます斬りにしていく。
「このガキ、嘘だろ……こんなヘンテコな武器で仲間たちを皆殺しに……」
「キャッハハハハ! ど~お? これがサモンマスターのチカラってわけ。アンタらみたいなざぁ~こ❤ どもなんかが……」
「うぎっ……」
「歯ぁ立つわけないの。アタシと『オーシャリゾール』のコンビにはね」
どこまでも相手を小バカにしながら、セネラは騎士たちを屠る。立ち向かってくる者、怯えて逃げる者を問わず全員を。
フェルガード兵たちは、離れた場所で戦いながら彼女の暴れっぷりを見て震え上がる。セネラが敵でなくてよかった。
心の底からそう安堵し、同時にその残虐な振る舞いに恐怖していた。そんな部下たちを見ながら、ベスティエは思考をする。
(この分なら、ポータルを用いてさっさと王都を攻め落としにかかれるな。リンズウェルを落としたら、次はグリゴーラ共和国を……)
「敵将だな。その命……貰い受けるぞ!」
「ベスティエ様、危ない!」
戦場のド真ん中で思考に耽っていたベスティエを、リンズウェル軍の暗殺者が襲う。部下が助けに行こうとするが、その必要はなかった。
『ガードコマンド』
「残念だったな、小さな隙を突き我が元まで来たようだが。その幸運も終わりだ。私には勝てんよ」
「うぐ、は……鎧から……刃……だと……」
刃の生えた紫色の鎧が描かれたカードをデッキホルダーから取り出し、身に着けているイヤリング型のサモンギアにかざすベスティエ。
直後、鎧の表面から刃が生えカウンターの一撃で暗殺者の息の根を止める。そろそろ砦を落とそうと、ベスティエは部下たちに指示を出す。
「行け、フェルガードの戦士たちよ。あの砦を陥落させ、我らの恐ろしさを思い知らせてやるのだ!」
「おおーーーーー!!」
号令をかけられた兵士たちは、やる気をみなぎらせ王国軍を蹂躙していく。あと数時間もしないうちに、決着がつくだろう。
「……待っているがいい、キルト。我らを散々追い落としてくれた借りを返してやる」
少しずつ、確実に。戦火が広がり、メソ=トルキアを呑み込もうとしていた。




