241話─東の果ての火種
新たな力に目覚めたキルトがカトラを倒してから、七日が経過した。いつものように日常を謳歌……とはいかなかった。
カトラとの決戦から二日後、ミューゼンの屋敷に戻ったキルトが倒れてしまったのだ。少年はそこから五日経った今も、眠り続けている。
「……目覚めないわね、キルト。新しい力……オールエンゲージモデルだっけ? それにまだ身体が慣れていないのかしらね」
「恐らくそうだろうな、あの力はサモンマスター本人に凄まじい負担を強いるようだ。我が肩代わりしてやれればよかったのだが……」
「ルビィ殿、キルトは……目を覚ますのかね? それともこのまま……」
パルゴ邸にある自室のベッドにて、キルトは深い眠りに着いていた。そんな彼を、ルビィとエヴァ、シュルムの三人が見守っている。
新たな力を得た代償は大きいようで、キルトの身体に凄まじい負荷がかかっているのだろうとルビィは見立てていた。
「そこは大丈夫だ、シュルム殿。我がこうして健在なのだ、キルトの命に支障はない。毎日我の血を与えているのだ、もうしばらくすれば目も覚めよう」
「そうね、いざとあればコーネリアス様に頼んで暗域の医者にでも診せればいいわ。……にしても、アタシたちがいないとこで大変なことになってたみたいね」
「ああ、正直カトラが本気を出した時は死を覚悟したぞ。まさかネガの遺したカードに救われるとは……何があるか分からんものだ」
「うむ……キルトよ、ゆっくり休んでおくれ。そうして目を覚ましたら、また笑顔を見せてほしいものだよ」
ひとまず、キルトが目を覚ますまでこのまま見守ることに決まった。並行世界のサモンマスターは全員撃破あるいは和解、亮一は重傷を負いしばらく表に出てこられない。
ゆえに、しばらく戦いが起きることはないだろう。そう思っていたが……のちに、彼女らはその考えが甘かったことを知る。
舞台裏ではすでに、次なる戦いに向けて事態が動いていたのだ。それは、メソ=トルキアに二度目の大動乱をもたらす……邪悪な企みだった。
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「聞くがいい、公国の民よ! 本日をもって、我らフェルガード軍が政権を握った! 政治を腐敗させ、堕落の元凶として君臨してきた公王に代わって皇帝となり、このワシが諸君らの生活を豊かにすることを約束する!」
「わあああああああ!!」
「バルサー元帥バンザーイ!」
「フェルガード帝国に栄光あれー!」
シャポル霊峰によって隔てられた、大陸の東側。その東端にある大国『フェルガード公国』にて、軍事クーデターが勃発していた。
汚職と腐敗によって堕落していた国を軍が破壊し、浄化するために動いたのだ。タナトスより与えられたデッキホルダーによって。
「うむ、期待しているがいい! この国を正常に戻したら、次は領土拡大に向けて動く! 大陸東部の三国を平らげ、ゆくゆくは霊峰を超えて西部諸国も……」
大勢の市民が集まったセレモニーホールの前で、黒い鎧を着込んだ大柄な男が演説をしている。そこから少し離れたところに、大剣を背負った青年が控えていた。
「……相変わらず、閣下の演説は長い。ま、民にとっては関係ないことか」
「確かに、民衆もだいぶエキサイトしてますからね。元帥閣下も楽しくて仕方ないでしょう、打てば鳴るとはこのことですよアルバート様」
アルバートと呼ばれた青年の後ろには、タナトスの配下……元理術研究院主席、ベスティエがいた。二人とも、精鋭部隊の証である赤いスカーフ付きの黒い鎧を身に着けている。
タナトスは二十年ほど前から、すでにベスティエと残る二人の主席研究員をフェルガード軍に潜り込ませていた。全ては、この時のために。
「しかし、驚いたな。サモンギアといったか……ベスティエ、どこからこのような兵器を手に入れてきた?」
「ええ、まあ……闇の眷属にちょっとツテがありましてね。そこから流してもらったんですよ。隊長と私たち三幹部の分をね」
タナトスはベスティエたちを通して、フェルガード軍にサモンギアを四つ与えた。そうしてクーデターを起こさせ、バルサーを操り人形にする。
メソ=トルキアを征服するため、タナトスがキルトの参入以前から考えていた作戦が開始されたのだ。人員の不足を解決するために。
「ところで、隊長は公王親衛隊との戦いでサモンギアを使いませんでしたね。せっかくの新兵器なのによかったんですか?」
「構わない。私は雑魚相手に本気を出すようなみっともないことをしないだけだ。本気を出すのは、私に抗しうる強敵だけ。それだけのこと」
ベスティエに問われたアルバートは、藍色の髪を掻きながらそう答える。彼は公王の私兵隊との戦いで、一切サモンマスターの力を使わなかった。
サモンギアへと改造された愛用の大剣一本だけで、全てを屠り……鏖にしたのだ。
「なるほど、強者の矜持……隊長の心意気には惚れ惚れしますよ」
「……そろそろ口を閉じた方がいい、ベスティエ。じきに公王派の残党が閣下を暗殺せんと動くだろう。閣下の御身を守るのが我らの使命……いいな?」
「もちろんですとも。この私……『サモンマスター業魔』がいる限り、何者も閣下に不届きな真似は出来ません」
聴衆の中に不穏な気配を感じ取ったアルバートは、ベスティエにそう声をかけ大剣の柄に手を伸ばす。彼らはいずれ出会う。
キルトやルヴォイ一世たち大陸西部に住まうサモンマスターたちと。そして、その時……二度目のメソ=トルキア大戦が幕を開けるのだ。
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「報告致します、公女様。東のフェルガード公国にてクーデターが勃発、公王一族が軒並み処刑されたとスパイから連絡がありました」
「……ついに来てしまったのね、この時が。でも不可解ですね……精鋭部隊を抱き込んでいるからといって、あの小心者のバルサーがこんなたいそれたことをするなんて」
「はい、それが……どうやら、精鋭部隊の隊長アルバート・フェインをはじめ何人かが不可思議な力を得たようでして。サモンギアなる装具の力で、立ちはだかる公王の親衛隊を全滅させたと」
同時刻、シャポル霊峰のふもとにある小国……ラズマトリア公国では元首たる公女にフェルガードでの一件が報告されていた。
両親が急逝し、若くして国家元首となった齢十九の少女……マリアンナは怪訝そうな表情を浮かべる。未知の力を持つ相手にどう対抗するか、決めあぐねているようだ。
「功名心の強いバルザーのことですから、確実に我がラズマトリアを含む三国へ攻め入ってくるでしょう。オズイン将軍と彼の率いる四天王がいるとはいえ、対抗出来るかどうか」
「……確かに、わたくしたちだけでは強大な軍を有するフェルガードには勝てないでしょう。なれば……救援を求めましょう。霊峰を超えた先にある国々へ」
「しかし、我が国は内陸国ゆえ西部の国々との国交がありません! 救援を呼ぼうにも、ツテが……」
「いえ、一つだけあります。風の噂で、メソ=トルキアに我が姉……アリエルが帰ってきたと聞いています。姉上に話をすれば、きっと……」
強い野心を持つバルザーが政権を握れば、侵略してくることは火を見るより明らかだ。マリアンナは祖国を守るため、とある賭けに出た。
「はあ……しかし、公女様の姉君は出奔なされて久しいのですよ? 万一探し当てたとして、協力してもらえるかは……」
「分からない、ですが行動しなければ未来は変わりません。奇跡は起きるのを待つのではありませんよ、自分で起こすものです。飛行艇の準備を、霊峰を超え西に使者を派遣するのです!」
「はい、全ては公女様の御心のままに」
マリアンナは事態を打開すべく、キルトの仲間として活動している実の姉アリエルに協力してもらおうと考える。
当然、マリアンナは当のアリエルがサモンマスターとして活動していることなど知らない。だが、今の彼女には姉以外頼れる人物が外部にいないのだ。
部下の男は一礼し、謁見の間を去って行く。一人残ったマリアンナは、栗色の髪を撫でながら寂しそうに玉座の背もたれに寄りかかる。
「……姉さん。どうか戻ってきて。ひとりぼっちの私じゃ、誰も救えない……」
公女の目尻に涙がにじみ、床に落ちる。キルトが眠りから覚めぬなか、世界は再び戦乱の炎に包まれようとしていた。
大陸の西と東、これまで交わることのなかった国々と人々が巡り会い……第二次メソ=トルキア大戦が始まる。




