237話─変わりゆく者
キルトやルビィ、サウルたちが平和な日常を過ごしている頃。レドニスは罪を償うため、イゼア=ネデールにある採掘現場で労役に就いていた。
来る日も来る日も、鉱石を採掘するため他の囚人たちと共にピッケルを振るう。元々レドニスは戦闘用に創られたフラスコの中の小人だけあり、作業能率はダントツの一位だ。
「おーい、そろそろ昼飯にすっぺ! みんな集まれー!」
「やっとメシかー、たっぷり働いたからハラが減ったぜ」
レドニスの所属する班は、班長を務めるドワーフの中年男性の号令で昼休憩に入った。レドニスの班は、彼を含め五人。
班長のドワーフと副班長の竜人、班員の人間と犬獣人。風紀の関係で、全員男性で構成されている。
「相変わらずレド坊は凄えもんだっぺな! オラたちの三倍は作業進めちまうしよ!」
「おかげでこっちは楽が出来て助かるよ。歳取った身体にゃあ、採掘作業はキッツいからな」
「いやいや、俺なんてそんな。こんくらいしか出来ないですよ、もの知らずだし」
配給係から弁当を受け取り、看守たちが操る一つ目コウモリのモンスター『ミニードアイバット』の監視を受けつつ昼食を摂るレドニスたち。
班長と副班長に褒められ、レドニスは照れ臭そうに笑いながらサンドイッチを頬張る。他の班員も、レドニスが作業を進めてくれることに感謝していた。
「いやぁ、オレも体力には自信がある方なんだけどよぉ。レドニス見てっと感心するよ、若いってのはいいもんだ」
「バスゥ、ジジ臭いぜそういう言い方。おめーはまだ若いん」
「よーお、楽しそうだな。え? ゾブルさんよぉ」
「ゲッ、やな奴が来た」
和気あいあいと昼食を摂っていたレドニスたちの班だったが、そこにオーガの大男がやって来る。つい最近まで独居房に叩き込まれていた問題児、暴れん坊のガーラムだ。
同じ房の仲間と喧嘩し、全員に全治四ヶ月の大怪我を負わせたため、懲罰房でお仕置きされた後隔離されていたのだ。
「おうレドニス、聞こえたぞ。新入りのクセにナマ言いやがって、後で覚えとけよな」
「へーへー、わーったからさっさとどっか行きなって。アンタに絡まれっと面倒なんだよ、看守に睨まれっから」
「ああ……? てめぇ、口の利き方に気ィ付けろや。こっちがいつまでも大人しくしてると」
『コラ! ガーラム、ただちにそこから離れなさい! 三分以内に動かなければ、懲罰部隊を出動させますよ!』
ガーラムは新人であるレドニスが作業効率の良さからちやほやされるのが気に入らず、事ある毎に突っかかって挑発していた。
レドニスの方も、そんなガーラムを嫌うのは当然と言える。軽口で応戦するのが、彼が収監されてからのお決まりのパターンであった。
……が、今日は特に虫の居所が悪いようで不機嫌そうに顔をしかめる。そのまま殴りかかろうとするも、すぐさまミニードアイバットが飛んでくる。
「チッ、また懲罰房にブチ込まれちゃ堪らねえや。運が良かったな、今回は見逃してやるよ。ぺっ!」
「わっ、汚ぇ! あーあ、サンドイッチが……」
捨て台詞を残し、ガーラムはレドニスのサンドイッチにタンを吐いてから去って行った。気落ちしているレドニスに、班長が自分のサンドイッチを差し出す。
「オラのを分けてやっからさ、元気出すっぺよレド坊。たっぷり飯食って、また頑張るだよ」
「いいのかよ、班長さん。アンタだって食わなきゃ倒れちまうよ」
「ハッハッハッ! なぁに、オラはドワーフだから一食くらい抜いても平気だ。ほらほら、さっさと食っちまえ。午後も作業しなきゃだからよ」
「……ありがと、班長」
ドワーフ……ゾブルの班に配属されてから、レドニスは少しずつ変わっていった。自分の命への無頓着さが消え、他者を思いやれる一つの『個』を確立したのだ。
同時に、成長した心は己の犯した『罪』を意識し始めた。生き返ったとはいえ、彼が大勢の命を奪ったことに変わりはない。
贖罪の気持ちを込め、日々の作業に励んでいた。そんなある日、平和な作業場で大きな事故が発生してしまう。
「全員退避ーーーッ!! 落盤だ、巻き込まれる前に逃げろーーーッ!!!」
「やべえっぺなこりゃ……副班長、他のメンバーを連れて逃げるっぺよ! オラは怪我人を連れてくから!」
「何言ってるんです、いくら班長が頑強なドワーフといったって落盤に巻き込まれたらタダじゃ済まないんですよ!?」
「だとしても、オラ見捨てられねっぺ。おんなじ囚人仲間を!」
「班長! クソッ、仕方ない……レドニス、お前なら班長を助けられるはず。無理矢理にでも連れ帰ってきてくれ!」
「はい、分かりました!」
採掘用の洞窟の奥で、落盤事故が発生した。大勢の囚人が生き埋めにされるも、幸いレドニスたちの班は入り口付近にいたので難を免れた。
……のだが、巻き込まれた囚人たちを助けるとゾブルが奥に向かってしまった。いつ洞窟全体が崩壊するか分からない以上、早く連れ戻さなければならない。
その役目を任されたレドニスは、ゾブルを連れ戻すため洞窟の奥へと走る。
「無事でいてくれよ、班長。俺は……俺は、アンタのことを……」
老体からは想像も出来ない健脚で、ゾブルはすでに奥へ行ってしまっていた。洞窟が揺れ、レドニスは焦りが募る。
いつからか、レドニスはいつも優しく励ましてくれるゾブルを父親のように慕うようになっていた。だからこそ、レドニスは走る。
ゾブルを死なせたいために。少しして、彼は目的の人物を見つけた。
「あっ、見つけた! 班長、急いで出るぞ! いつまでもここにいたら埋もれちまうぞ!」
「おお、レドニス! んだ、とりあえずここらにいる怪我人は魔法で癒やしただよ。すぐに戻るだ、でも……」
「まだ奥に誰かいるかもしれないってんだろ? そっちは俺が見とくから、班長は他の連中連れて早く脱出してくれ!」
「ん……わりいな。お前も早く戻るだよ、レドニス」
後のことをレドニスに任せ、ゾブルは治癒魔法で回復させた囚人数名を連れて先に脱出していった。それを見送った後、レドニスは奥に向かう。
「流石にこの先には誰もいないだ……お前……ガーラム!」
「……よりによっておめぇかよ。チッ、最後の最後でツケが回ってきたか」
まだ落盤を免れていた区域の最奥部に、土砂によって半身が埋まったガーラムがいた。怪我をしているようで、普段の威勢の良さはない。
「俺を助けにきた……なんてこたぁねえだろ。こっから先はもう土砂に埋もれてる、みんな死んで……おい、何してる?」
「決まってんだろ、お前を引っ張り出すんだよ! オーガなんだからたいした怪我してないだろ? 力入れろホラ!」
「お前……バカかよ!? 俺はずっと、お前に嫌がらせばっかりしてきたんだぜ! そんな奴をよ、危険を顧みずに助けるってのかよ!」
再び洞窟が揺れるなか、レドニスは土砂に呑まれずに済んでいたガーラムの左腕を掴み引っ張る。そんな彼に、ガーラムは問う。
「ああ、そうだよ! 見ちまった以上は知らんぷりなんて出来るか! そんなことしたらよ、俺は……班長にも、仲間たちにも。顔向け出来ねえんだ!」
「お前……」
「ほら、早くもう片方の腕も出せ! 急がないと二人とも死ぬ……」
ずっといがみ合ってきた相手でさえも、見捨てることなく救う。人としての成長をしつつあるレドニスの心に、そうした善の力が宿っていた。
急いでガーラムを引っこ抜こうとするも、残念ながら時間切れを迎えてしまう。洞窟全体が崩壊し、二人を土砂が襲う。
「……ここまで、か。でもまあ、仕方ねえな。悪いなガーラム、お前だけでも助けられりゃよかったんだけどよ」
「いいんだ、俺がここでくたばるのは天罰だ。……今まで悪かったな、レドニス。いじわるばっかりして」
「気にしてねえよ、俺は──!?」
死を受け入れ、仲直りをした直後。レドニスたちの真下に黒い魔法陣が現れ、二人を洞窟の外へと転移させた。唖然としている二人の前に現れたのは……。
「レドニスよ、お主も成長したのう。ここまで更生の兆しを見せるとは思うておらんかったわい」
「ひ、ひぃぃぃぃ!? な、なななんでコーネリアス様がここに!?」
「うむ、事故があったと連絡があっての。蘇生の炎を持って救援に来たのじゃ。今カトリーヌ率いるウィンター救貧財団の者らが土砂を掘り起こすでの、他の者はもう今日は休んでいいぞよ!」
落盤事故の報告を受けたコリンが駆け付けていた。素早く指示を出して、レドニス以外の囚人を監獄へと帰す。そして、少年王は優しく語りかける。
「レドニス、お主の監獄での暮らしは部下から聞いておる。どうじゃ、このまま良い方向へ変われるかのう?」
「俺は……ああ、俺は変わってみせるさ。真っ当な存在に」
「うむ、それを聞けてよかったわい。模範囚には褒美をやらねばのう、楽しみにしておるがよい。わあっはっはっはっ!」
迷いのないレドニスの返事を聞き、コリンは笑う。レドニス釈放までの時間が、大幅に短縮した瞬間であった。




