236話─大きな夢と小さな一歩
ゼギンデーザ帝国でのパーティーから、三日が経過した。並行世界のサモンマスター最後の一人の襲撃を警戒していたキルトたちだったが、何も起こらなかった。
あまりにも何もなさ過ぎて、逆に拍子抜けしてしまうほど平和だった。引き継ぎ業務を終えたエルミアを迎えに行き、家族団らんを楽しむ。
そんな日々が続くなか、ある日キルトはサウルからとある相談を持ちかけられた。その内容は……。
「いろんな大地を旅したい、って?」
「ああ、そうなんだ。ここで働くのも楽しいんだけど、やっぱりこう……もっといろんなものを見て、見聞を広げたいなって思ってさ」
「ほーん、まあええんとちゃうか? そうやって色んなことを知るのも人生の楽しみやからな」
「うん、僕もそう思う。あの戦いから、ちょっと元気ないように見えたし……旅に出て気分をリフレッシュするのもいいかもね」
食堂の昼休憩、二階の奥にある従業員用のスペースで昼食を食べながらサウルの話を聞くキルト。別の大地を旅して回りたい、と相談されたのだ。
一緒にランチを食べていたアスカ共々、キルトはサウルの言葉を肯定する。とはいえ、旅をするには先立つものが必要だ。そこで、サウルは金を貯めることにしたらしい。
「別に今すぐ行く、ってわけじゃないんだ。レドニスが刑期を終えるのを待って、一緒に行く予定なんだよ」
「確かに、一人より気の置けない仲間と一緒の方が楽しいもんね」
「ああ、でさ。ちょっと頼みっつーか相談っつーか……旅の資金確保のためにさ、給料アップしてほしいなーって。ダメ?」
「そこはサウルの働き次第かなー。ね、アスカちゃん」
「せやせや、そう簡単に給料上げたるほどウチは甘くないんやで。目標に向けてひたむきに働くからこそ、賃金がありがたいんや」
「まあ、そうなるよな。よし、レドニスが釈放されるまでに金貨百枚貯めてやるぜ!」
手っ取り早くお金を得ようと、賃金アップを頼み込むサウル。が、世の中そう簡単に給料が上がることなどない。
あっさりと却下されてしまったが、それがかえってサウルのやる気を引き出したようだ。そんな彼を見ながらおにぎりを食べていたキルトは、ふと問いかける。
「そういえば、最後の一人……全然襲ってこないね。サウル、君の仲間……カトラだっけ、だいぶのんびりしてるね」
「あー……俺あの人ちょっと苦手なんだよ、何考えてるか分かんねえとこあるし。今回だって、その気になればいつでも襲撃出来るのにそんな気配もないしなぁ」
「なんかしら画策しとるんかもしれへんな、こうなってくると。ま、平和なのが一番やしこのまま来ぉへんでくれたらええんやけどな」
いまだに現れる気配の無いカトラの意図がまるで読めず、キルトは日々やきもきさせられていた。アスカが言うように、敵が来ないのが一番いい。
が、そんな甘い考えが現実になることなどまず無いということをキルトはよく知っていた。せめていつ襲来してもいいように備えておこう。
そう心の中で考えながら、アスカ謹製のおにぎりを頬張るのだった。
◇─────────────────────◇
「え、僕や双子と一緒にフィールドワーク……ですか?」
「そうそう。たまには外に出て研究に必要なデータを集めようって思ってさ。読者くんに双子、それからドルトに手伝ってもらいたいんだけど。ダメかな?」
「僕は大丈夫ですよ、フロスト博士。あ、なんならサウルも呼びましょうか? 人手は多い方がいいと思いますよ」
サウルから相談を受けた日の翌日、キルトとルビィはアジトにこもっていたアリエルに呼び出された。彼女のフィールドワークに付き合ってほしいようだ。
「あー、そうだね。今回はちょっと重いものを運んでもらうことになりそうだし。男手は多いに越したことはないね!」
「お前、何をするつもりなのだ? そのフィールドワークとやらで」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました! オルタナティブ・コアを改良しようと思ってね、その材料がある鉱山の下見に行くのさ。サンプルを採掘して持ち帰りたいと思ってるんだよ」
「あー、確かにそれなら男手が必要ですね。ウォンさんはまだ戻ってきてませんし……分かりました、サウルにも声をかけますね」
オルタナティブ・コアをより使いやすくするための研究に、新しい金属資源を使おうと考えていたアリエル。それなりの量のサンプルが欲しいため、キルトたちに協力を依頼したとのことだった。
「ん? 待て、では何故双子を連れて行く? あの子らに力仕事は無理だろう」
「あーほら、鉱山って何があるか分からないじゃん。急に毒ガスが吹き出してきたり、落盤が起きたりさ。そういうアクシデントが起きた時の『保険』要員ってこと」
「あー、なるほど。死者蘇生の力目当て、と」
「まあ、確かにな。つまらん事故で死にっぱなしというのも嫌だからな」
「うんうん、そんなわけでお手伝い頼むよ。みんなにお駄賃出すからさ、楽しみにしてなよね」
そんなこんなで、アリエルのフィールドワークを手伝うことが決まった。キルトはサモナーズショップに移動し、サウルにこのことを伝える。
旅の資金が喉から手が出るほど欲しいサウルが、この話を断ることはなかった。話を振られた瞬間承諾し、もうお駄賃を貰った気になり浮かれていた。
「へへへ、いくら貰えるかなぁ。今から楽しみだ」
「あまり浮かれすぎるのはよくないぞ、サウル。怪我の元になるからな。まあ、私なら別にいくら怪我をしても気持ちいいだけ」
「貴様は引っ込んでいろフィリール! 話が脱線しまくるだろうが!」
「おっふ❤」
いつも通りな様子のフィリールの耳を掴み、引きずって強制退場させるルビィ。そんな二人を苦笑いしながら見送ったキルトは、店の外に出る。
天気は晴れ、雲一つ無い素晴らしい青空がどこまでも広がっている。大きく伸びをしていると……どこからか、刺すような視線を向けられているのに気付く。
「! この気配……あれ? 消えちゃった。一体何だったんだろう? もしかして、例のカトラかな……?」
キルトが視線の主を探そうと一歩踏み出した瞬間、気配は消えてしまった。首を傾げながら、キルトは商業ギルドへと向かう。
来月の店賃の支払いをいつにするか、ロジャーと話し合うために。そんな少年を、一匹のハエが尾行していた。
「……なるほど、鉱山に行くのか。都合がいい、閉所でならサウルのキングスタイルは本領を発揮出来ないからな」
ハエを通し、カトラがキルトたちを監視していた。視線に気付かれてしまったため、一旦使役しているハエを休ませることに。
「……必要な情報は手に入れた。後は、こちらの準備を整えるだけ。……万全な状態で、奴らを屠るとしよう」
そう呟いた後、カトラは自身に与えられた寝室を出る。他のタナトスの配下と共に寝泊まりしている複合居住施設の八階にある、医療エリアへ向かう。
あらかじめタナトスから聞いていた情報を元に、亮一が療養している病室へと足を運ぶ。その意図は……。
「おや、珍しい。あなたが私の見舞いに来るとは。今日は雪でも降りますかね?」
「……見舞いに来たのではない。今日はお前に、ティアを始末したことへのケジメを付けてもらうために来ただけだ」
「ケジメですか。指を詰めればいいんですかね? ああ、それは私の国での作法でした。あなたとは関係ない文化ですね」
キルトたちを倒しに行く前に、亮一にケジメを付けさせるために病室にやってきたのだ。わざと神経を逆なでするようなことを言う亮一を無視し、カトラは錐のようなナニカを取り出す。
「……命は奪わん。指も詰める必要はない。その代わりに、お前の血を貰う。こんな風にな!」
「うぐっ!」
ベッドに腰掛けていた亮一の胸に錐のようなものを突き刺し、血を採取するカトラ。持ち手の部分に血を溜めた後、器具を引き抜く。
「この血を取り込み、私が受けた痛みをお前も味わうようまじないをする。苦痛を受けるだけで死にはしないが、それでも相当に辛いぞ……覚悟しておけ」
「ぐっ……ふふ、お優しいことで。指を詰めさせられなかっただけ、ありがたいと思っておきま……ぶっ!」
「……こんな風に、お前は苦痛を味わう。私が生きている限りずっと。それを忘れるな」
憎たらしいことを口にする亮一を黙らせるべく一発拳を叩き込むカトラ。そう言い残し、病室を去って行った。決戦に向けて、準備をするために。




