229話─サウルの世界、その秘密
翌日、キルトたちはホテルで身支度を整え宮殿へと向かう。キルトとサウルは黒の燕尾服を、プリミシアは白に近い銀色のドレスを。
フィリールは気品に溢れた淡い黄色のドレスを身に着け、ホテルの前に停められている耐雪仕様の馬車に乗り込む。
「あー、落ち着かねえなぁコレ。こんな服着たことないから、ちょっと窮屈だぜ」
「なに、すぐに慣れるさ。ところで、礼儀作法はキチンと学べたのかな? サウル」
「おう、あのマリアベルっておっかねーメイドに頭からつま先までキッチリ叩き込まれたよ……。あの地獄はもう味わいたくねえや」
しっかりと撫で付けた茶色い髪を触りつつ、忙しなく手足を動かすサウル。初めて着る礼服に、まだ違和感があるようだ。
そんな彼にフィリールが問うと、思い出したくなさそうな声でサウルが答えた。ここ数日で行われた地獄のレッスンは、彼にトラウマを刻み込んだらしい。
『ま、身に付いたのなら喜ぶべきだろう。頑張りがムダにならなかったということだからな』
「そうだね、努力が報われないのって切ないものだからねぇ」
「うん、僕もそう思うよ」
会場に着く前から脱力しているサウルに、ルビィやプリミシア、キルトがそう声をかける。彼がここにいるのは、マリアベルに認められたからだ。
彼女の課した地獄のレッスンを切り抜けられたのなら憂うことはない。そう元気付けられ、少し元気になったサウルはニッと笑った。
「ありがとよ。そういや、主催者はどんな人なんだ? 俺、そこら辺何も知らないからさ」
「じゃあ、手短に教えてあげるね。この国の皇帝、ルヴォイ一世のことを」
宮殿に着くまでの暇潰しにと、キルトはルヴォイ一世についてサウルに話す。かつて、世界の平和を実現するという志のもとぶつかり合ったこと。
強大で邪悪な敵、覇王バルステラとの戦いの中で和解し友になれたこと。それらを詳細を省きつつ、分かりやすいように伝えた。
「……平和、か。俺たちのいた世界じゃ、縁のないもんなんだよな」
『そういえば、お前たちが元いた世界のことを我らは何も知らぬな。次はお前の番だ、話して聞かせろ』
「いいけどよ、面白い話じゃないぜ? ……俺たちがいた世界じゃ、フラスコの中の小人が量産されてるってのは知ってるよな?」
「うん、レドニスから聞いたよ。でも、なんでそんなことを?」
「目的は二つ。戦争のための駒、そして娯楽のための使い捨てのオモチャさ。俺たちは、ヒトとしてじゃやく消耗品として造られ……死んでいくんだよ」
これまで多くの謎に包まれていた、並行世界におけるフラスコの中の小人の実態。それはキルトたちの予想を超える、重く哀しいものだった。
「どういう……ことなの?」
「俺たちのいる世界は、えーと……そう、フィニスっていうやべぇ奴が大昔に現れて、滅亡寸前になるまで何もかも破壊していったんだと。で、人口がめっちゃ減って労働力がなくなって……」
「なるほど、人的資源の不足を補うために生み出されたのだな。お前たちフラスコの中の小人が」
「そうそう。で、量産出来るからってんでどんどんフラスコの中の小人扱いが雑になってったらしくてさ。今じゃもう使い捨てが当たり前なんだよなぁ」
サウルの言葉に、キルトたちは沈黙してしまう。同時に、彼やレドニスが何故己の生死に執着しないのか……その理由を悟った。
使い捨ての存在である彼らには、邪魔だからだ。自身の命を大切にするという考えが。だから、彼らを造り出した者はそうした概念を与えなかったのだ。
『あまりにも……酷い話だ。そんな世界、いっそ滅びてしまえばよかったのに』
「ホントだよ……フラスコの中の小人だって、生きてるのに。命をなんだと思ってるんだ!」
「そんな怒るなよ、キルトさん。俺やレドニスは別に気にして」
「そういうことじゃないの! 僕の中にある良心がそんな世界のあり方を許せないんだ! 命は……使い捨てにしていい駒じゃないんだよ」
サウルに諭すような口調で告げた後、キルトは沈黙してしまう。あまりにもショックを受けてしまい、何も言えなくなってしまったようだ。
そんな少年の手を、隣に座っているプリミシアがそっと握る。気まずい空気が馬車の中に立ち込めるなか、ようやく宮殿に到着した。
「……着いたな。キルト、落ち込むのは後だ。今はパーティーを楽しもう。でないと、私たちを招待してくれたルヴォイ一世に失礼だぞ?」
「うん……そうだね。よし、行こう!」
フィリールにそう声をかけられ、キルトは気持ちを切り替えて馬車を降りる。若干空元気が混じってはいたが、落ち込み続けるよりはマシだろう。
会場にはすでに、何組かの招待客がやって来ており談笑していた。いずれも、デルトア・ゼギンデーザ両国の大貴族や豪商ばかりだ。
「おお、人がいっぱいいるんだな。へぇー、こりゃ壮観だ」
「あんまりジロジロ見ちゃダメだよ、サウル。行儀が悪いからね」
「まあ、眺めたくなる気持ちは分かるよ。ここにいる商人たち、みんなパパと同じかそれ以上の凄いお金持ちばっかりだもの」
先客たちを眺めるサウルを注意しつつ、一行はホールの端に移動する。国を超えた有名人であるため、あまり目立つと面倒なことになると判断したのだ。
が、それも無意味だった。近くにいた貴族の青年に気付かれてしまったからだ。
「ん!? おや、もしかして貴方は! 今話題の英雄、キルト・メルシオン君じゃないかな!?」
「え、あ、はい……あ、しまった!」
「おおお、これは感激! 実は僕、君のファんばー!」
「やはり噂は本当だったか! 舞踏会に来ているとは! 英雄殿、是非私とお近づきに!」
「いえいえ、ここはわたくしと!」
貴族の青年に尋ねられ、いつものクセで肯定してしまったキルト。結果、先に来ていた者にも後から来た客にも、存在が知られてしまう。
今が英雄とのコネを作る好機。そう判断した貴族や商人たちが、あっという間にキルトの周りに群がってきた。フィリールたちは人波に押し出され、離ればなれにされてしまう。
「ああっ、キルトくーん! ちょ、みんなどいてよー!」
「まずいぞ、このままではキルトが押し潰されてしまう! 是非私に交代してもらわねば!」
「いやいや、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ姐さーん!」
押し寄せてくる人の群れに囲まれ、キルトはにっちもさっちもいかなくなってしまった。ルビィを呼び出そうにも、スペースが無い。
万事休すかと思われた、その時。ホールの二階にある手すりを飛び越え、コバルトブルーの輝きを放つ雄ライオンが降り立った。
「ゴルルルルル……」
「げっ、あれはカイザレオン!? ということは」
「我が国、そしてデルトア帝国より来たる招待客たちよ。彼は最上の賓客、無礼な真似は控えてもらおう。それが無理ならば、我が相棒の手で『退場』してもらうことになる」
どよめく招待客たちに、ホールの奥から声がかけられる。直後、ファンファーレを奏でるラッパ隊とアルセナを従えたルヴォイ一世が姿を見せた。
主催者である皇帝とその恋人、親衛隊の前では流石に大人しくせざるを得ない。招待客たちは諦め、すごすごと引き下がっていく。
「ふう、助かった……。ありがとうございます、皇帝へ」
「キルト、朕と君の仲だ。そんな形式ばった口調は無しだ、普段通り楽にしてくれていい。無論、君の仲間たちもな」
「そんな……いいんですか? 他の客に示しがつかないような……」
「問題ないさ。むしろ、皆君に一目置くようになるだろうよ。皇帝とタメ口を利く英雄少年、とな」
そう言って、ルヴォイ一世は笑う。隣に立っているアルセナも頷き、彫刻のように美しい顔に微笑みを浮かべた。
「そう、英雄にはそれくらいの破天荒さが必要。……久しぶりね、キルト。元気にしていた?」
「うん、もちろん。いろいろあったけど、僕もルビィお姉ちゃんも他のみんなも。元気にしてるよ」
『久しいな、アルセナ。デッキの中からで悪いが、挨拶させてもらうぞ』
「ああ、姿が見えないと思っていたらそこにいたのね。久しぶりね、ルビィ。元気そうでよかった」
かつて刃を交えた好敵手との再会に、キルトもアルセナも喜びをあらわにする。こうして、主催の到着によりパーティーの準備は整った。
ルヴォイ一世による開会宣言が行われて、舞踏会が始まる。……虎視眈々と乱入の時を狙う、邪悪な存在がいるとも知らずに。




