213話─プリミシアの苦悩
その日の夜、キルトたちはそれぞれの旅支度をわいわい進める。ウォンと双子は里帰り、キルトたちは各大地への旅行。
研究のため居残るアリエルと、特にやることもないため留守番を買って出たドルトの二人がアジトに残ることとなった。
「ごめんね、ドルトさん。留守番押し付けるような形になっちゃって」
「気にする必要はないさ。別にアリエルみたいにアジトに篭もりきりってわけじゃない。ミーシャと出かけたりもする予定だから、お互いお土産の交換でもしよう」
「ふむ、それはいい。……ところでエヴァよ、さっき投げてよこした二冊の本は一体なんだ」
「見りゃ分かるでしょ、キュリア=サンクタラムとイゼア=ネデールの観光ガイドブックよ。それ読んでどこに行きたいか考えときなさい」
荷造りを進めるなか、休憩がてらリビングに集まり談笑するキルトたち。そこに、二冊の分厚いガイドブックが投下される。
それぞれ『魅惑の魔神世界徹底ガイド』と『これで全部分かる!イゼア=ネデール観光案内』のタイトルが記されていた。
「なあエヴァちゃんパイセン、これ全部で何ページあるんや?」
「両方八百ページは超えてるわ。……えいっ!」
「おっふ❤ 流石だエヴァ、私の物欲しそうな視線に気付くとは」
「そんだけ期待の眼差し向けられてりゃ誰だって気付くっつーの!」
何かを熱望するような視線を感じたエヴァは、ルビィに渡した本を手に取り背表紙でフィリールに勢いよくチョップする。
正解の行動だったようで、フィリールは幸せそうな笑みを浮かべそのまま撃沈していった。閑話休題、キルトはもう一冊の本を手に取る。
「うわ、重い……。えーと、なになに。『雪と氷とキカイの街、グリアノラン地区特集』だって」
「ああ、そこはアタシ前に研修で行ったことあるわ。凄いわよ、船が丸ごと露天風呂になっててオーロラを見ながら雪の海を航行出来るの」
「ほー、そら凄いやんか! ウチそこ行きたいわ!」
「お風呂の船か……楽しそう。別のページにはなに書いてあるかな」
分厚いガイドブックを見ながら、キルトたちは話を弾ませる。一方、プリミシアはそれに混ざらず一人トレーニングルームにいた。
「……はあ、参ったなぁ。あんな楽しそうにしてるキルトくんたちに、相談なんて出来ないし……どうしよう」
そう呟き、姿見の前に立ったプリミシアは被っていたヒーローマスクを脱ぐ。長く伸びた前髪が目を覆い、頬にソバカスのある見慣れた顔が現れた。
「まさか、パパに私がロコモートだってバレちゃうなんて……。おまけに、ちゃんと正体を公表しなきゃもうヒーロー活動はやらせないなんて……ハア……」
ダイナモドライバー騒動の裏で、プリミシアは己が人生を揺るがす大問題にぶち当たっていた。さかのぼること一ヶ月と少し。
エヴァたちがサモンマスタールガと戦い、ユウとの出会いを果たした日の夜のこと。たまには自宅でくつろごうと、実家に帰った時に事件が起きた。
『よいしょっと。ふふ、この時間ならみんな寝てるし問題ないよね』
屋根からベランダに降り、窓から自室に入るプリミシア。自分の代わりを務めている魔法人形がいるものと思っていたが……。
『おや、こんな時間に誰かと思えば。今噂のサモンマスターロコモートではないですか。我が娘の部屋に何用ですかな?』
『へえっ!? ぱ、ぱぱぱパパ!? なんでボクのへ……あっ!』
『……ボロが出たね。その覆面を取りなさい、プリミー。いけないな、こういう隠し事をするのは』
部屋の中には、父ロジャーがいた。その手には、小さな魔法人形が握られている。思わず正体がバレるようなことを口走ったこともあり、プリミシアは素直にマスクを脱いだ。
『あ、あの……その人形……』
『随分長い間稼働させていたね? プリミー。いくら私みたいなにぶちんでもね、流石に本物じゃないことくらいは気付くさ』
実家で取り扱う商品を身代わりに仕立て上げたがゆえに、長期間の使用で偽者だと見破られてしまったようだ。
娘がグレてしまい、夜な夜な遊び歩いていたんじゃないかとロジャーは心配していた旨を告げる。それに対し、プリミシアは素直に謝りこれまで何をしていたかを話す。
『……そうか、キルトくんたちと一緒にサモンマスターをね。よかった、プリミーが悪い友達と一緒に何かしてるんじゃないかって心配してたんだよ』
『ごめんなさい、パパ……。迷惑、かけたくなくて』
『とんでもない、迷惑だなんて思っちゃいないよ! むしろ、私は誇らしいよ。娘が正義の味方になって活躍してるんだからね。でも……』
『でも?』
『これからも活動を続けるつもりなら、私から一つ条件を出す。そのマスクを身に着けるのはもうやめなさい、キルトくんたちのように正体を公表するなら今後も活動していい』
『そ、そんな!』
ロジャーの出した条件、それはプリミシアが素顔を出すこと。もちろん、それが娘にとってかつてのトラウマを刺激することだとは理解している。
だが、それでも……親ゆえの愛の鞭としてこの試練を課したのだ。娘の今後のために。
『いいかい、プリミー。激しい戦いの中で、マスクが破損することもあるだろう。そんな時、いつものように怯えてうずくまるだけの存在になっていたらキルトくんたちの足を引っ張るだけだ』
『それ、は……』
まさに、父から言われたシチュエーションに彼女は以前陥った。だからこそ、ロジャーの言葉が深く胸に突き刺さった。
成長しなければならない。己の殻を破り、仲間たちのように心を次のステップに進める時が来たのだとプリミシアは痛感する。
『もしそうなって、彼らやプリミーが死んでしまうようなことになるのは嫌なのだ。だから、私の出した条件を守らない限りはサモンマスターの活動は禁止だ。いいね?』
『……はい』
その後、実家でしばらく過ごしてからプリミシアはアジトに戻った。答えを見出せぬまま。そうして、今もまだ苦悩しているのだ。
キルトに褒めてもらえたとはいえ、まだ顔に関するトラウマは消えていない。考えに考えた結果……。
「うん、考えるのやーめた! 別にすぐ答えを出さなきゃいけないわけじゃないし。ボクもキルトくんたちと旅行行こーっと!」
思考を放棄し、問題解決を先延ばしにすることを決めたらしい。マスクを被り直し、自分も旅行に行く旨を告げるため部屋を出る。
だが、この時プリミシアはまだ知らなかった。旅に出た先で、並行世界より来たる強敵たちとの戦いで……答えを出さねばならなくなることを。
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「誰なんだ、アンタは一体。俺たちをこんなヘンテコな場所に呼んで何をさせようってんだ?」
「ようこそ、並行世界のサモンマスターの諸君。私はタナトス、君たちの野心を満たすためこの世界へと誘った者だ」
その頃、タナトスは次元の狭間にある神殿で召喚の儀を執り行っていた。並行世界から、キルトが造り上げたものとは違うシステムを持つサモンマスターたちを呼び寄せたのだ。
現れたのは、色の違う同じ型の鎧を身に着けた四人の男女。それぞれが、身体のどこかにトランプのスートを模した小物を身に着けている。
「オレたちの野心? へえ、どんな野心を持ってるのか当ててみろよ」
「ああ、当ててやろう。諸君らはその類い希なる力を使って征服したいと考えている。あらゆる大地をな。その野心が、私にとって都合がいいのだ」
クラブの形をしたイヤリングを身に着けた、白い鎧を着た男がからかうようにタナトスに尋ねる。返ってきた答えに、目をパチクリさせていた。
どうやら図星だったようだ。今度はダイヤのマークがあしらわれたサークレットを被る、緑色の鎧を着た女が苛立たしそうに声を出す。
「なによ、人を見透かしたようなこと言ってくれちゃって。ま、否定はしないけどさ」
「そんな諸君らが制服するにピッタリな大地がある。そこには、諸君らとは違うシステムのサモンマスターたちがいる。彼らと戦ってみたいだろう?」
「ハァ? フン、人をおちょくってるとぶっ飛ばすわよ! 並行世界だかなんだか……」
「その話、詳しく聞きたい。タナトスと言ったな、その者たちはどこにいる」
女が反論しようとするのを、赤い鎧を身に着けた男が制止する。顔に着けた、ハートの模様が描かれた黒い仮面のせいで表情は分からない。
だが、タナトスにはその人物が自分の話に興味を持っていることは理解出来た。成り行きを見守っている四人目の人物を見た後、彼らに声をかける。
「ああ、聞かせようとも。場所を変えよう、立ち話をするには長い内容だからな。私が奢ろう、どこかカフェテリアでティーを楽しみながら……ね」
「……ああ。行こう、友よ」
「へへ、ゴチになりやーす!」
「全くもう……強引なんだから」
こうして、並行世界より新たなるサモンマスターたちが現れた。彼らの力を、キルトたちは知ることになる。故郷から遠く離れた、英雄たちの大地で。




