174話─ウィズァーラ今昔物語
キルトたちが西へ向けて旅をしているなか、ウィズァーラ王国の首都ゲールヴィアッセではバルステラが散歩をしていた。
「ああ、今日ものどかな天気だ。なぁ? お前たちもそう思うだろ?」
「ハ、イィ……今日モ、イイ天気ィィ……デスゥ……」
「良キ……良キ……」
晴れ渡る空、活気のある街並み、行き交う人々と親しげにしている王。これだけなら、民に慕われる名君でしかない。
……街を闊歩しているのが、かつて人間だった異形の存在でなければの話だが。王国の首都は、とうの昔に覇王秘蔵の『コレクション』を保管する場所に変わっていた。
「クククク、いつ見てもいい景色だ。ああ、早くここにGOSを加えたいぜ。オレ様のコレクション、早く完成させたいもんだ」
街を行き交う人々はみな、中途半端に犬や猫、カラスにネズミといった獣と混ざり合った不気味な姿をしている。
バルステラの持つ『契約』のカードにより、普通の獣やモンスターと融合させられた上で彼の本契約モンスターにされているのだ。
「随分と楽しそうだな、バルステラ。サモンマスターライフをエンジョイしているようで何より」
「おお、これはこれは。タナトスじゃあないか、お前もオレ様のコレクションになりに来たのか?」
「フッ、その答えはお前自身がよく知っているだろう? 今日はお前に忠告をしに来たのだよ」
本契約モンスターたちが練り歩くのを、広場のベンチに腰掛け眺めていたバルステラ。そんな彼の背後に、音も無くタナトスが現れる。
「忠告? ほー、珍しい。なんだってんだ、言ってみな」
「キルトとフィリップが同盟を組み、お前を討たんとしている。遊んでばかりいないで、備えをしておくといい」
「ククク、オレ様は遊んでばかりじゃあないんだぜ。今もこうやって、コレクションの中から『選別』してるのさ。戦力として使えるのと使えないのをな」
すでにキルトたちの動向を把握し、バルステラに教えに来たタナトス。そんな彼に、王はくぐもった笑い声を出しながら答える。
彼の脳内にあるリストには、すでにコレクション軍団から使える者の名が載りはじめていた。それらを敵にぶつけ、士気を下げる腹積もりなのだ。
「そうか、ならいい。お前にはもう少しだけ生きていてもらわねばならぬ。キルトとフィリップが和解しかねない今、この大地の戦乱を維持するにはお前が必要だからな」
「ククク、高く買ってもらってるようで嬉しいぜ。どうだ、記念に一匹コレクションを持って帰るか?」
「いらん、実験用のネズミは自分で調達するのがポリシーなのでな。……お前も、だいぶ人の心が失われてきたな。身体の方も、すでに変化しているのではないか?」
「見たいか? 見たいだろうがまだ見せねえ、こいつはとっておきだからな。もう用はないだろ? 早く帰りな、オレ様もヒマじゃあねえんだ」
「……そうだな。では、戻るとしよう」
バルステラの用いるサモンギアの副作用を知っているタナトスは、意味深な言葉を残しつつ暗域へと帰っていった。
一人残った覇王は、仮面を外し素顔を露出させる。フゴッと鼻息を鳴らした後、空に輝く太陽を見上げニヤリと笑う。
「オレ様はやり遂げてやるぜ。この大地の全てを、オレ様のコレクションで満たしてやる! クハハハハハハハグアガゴオオオ!!」
大声で高笑いするも、少しずつ音程がおかしくなっていく。最後の方は、獣の雄叫びのような禍々しい声になっていた。
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「……キルトくん、元気ないね。出発した時はあんなにやる気満々だったのに」
「仕方あるまい、プリミシア。あれだけの異形を相手にし、楽にしてやるために手にかけたのだ。気落ちするなと言う方が酷だろうよ」
その日の夜、キルトは暗く沈んだ気分で部屋に閉じこもっていた。その原因は、道中で次々に襲ってくる異形の者たちだ。
「ウチもしんどかったで……あんなカタコトで助けて、楽にしてくれ、もう死にたいとか延々言われるんやで? キルトでなくても参ってまうわこんなん」
「話を聞いてるだけでも気が滅入ってくるな……。そこまでの非道を働いていたとは、流石の俺も想定外だ」
途中途中でアスカと交代し、お互いの精神の負担を軽減しながら進んでいてこの始末。キルト単独で移動していたら、潰れていたかもしれない。
アスカから話を聞いたプリミシアやウォンも、軽い目眩と頭痛を覚えていた。なお、双子は途中で怖くなって泣き出したためフィリールに連れられ退場していった。
「キルトも言っていたが、バルステラが何をしたいのか我には皆目見当がつかん。ウォン、お前は大地をあちこち旅しているのだろう? 何か風の噂で聞いたりしていないか?」
「……いや、実を言うとウィズァーラ王国にはほとんど立ち寄っていないんだ。元から閉鎖的な国民性だし、なにより……」
「なにより?」
「先王グラダイモスの時代から、あの国は少しおかしかったからな。父からも、あの国だけは足を踏み入れるなと散々警告されたよ」
武者修行のためメソ=トルキアの各地を旅していたウォンなら、何かバルステラのことを知っているかもしれないと考えるルビィ。
質問してみるも、彼はウィズァーラ王国にはほぼ行ったことがないらしい。どうやら、バルステラの前の王の時代から問題があったようだ。
「気になるわね、そこまでアンタッチャブルな扱いされる国なんてそうそうないわよ。何があったわけ? ウィズァーラ王国で」
「……大規模な『魔女狩り』が、頻繁に起きていたと聞いている。罪も無い者たちが魔女の汚名を着せられ、次々に殺されていったと父は言っていた」
今度はエヴァが問うと、ウォンは静かに答える。かつてウィズァーラ王国で起きていた狂気に満ちた出来事を、父からの伝聞という形で話し出す。
「最初に断っておくが、これは全て父から聞いた話だ。だから、不明瞭な部分が数多くある。そこはあらかじめ了承してもらいたい」
「ん、分かったわ。しかし、魔女狩りかいな。地球でもむかーし、ヨーロッパとかでぎょうさん起きてたって歴史の授業で習ったわ」
「へー、アスカちゃんのいた大地にも魔女がいたんだ!」
「ちゃうちゃう、ここみたいな魔法なんてあらへんし魔女もおらん。ま、そこはまた今度話すわ」
アスカとプリミシアの雑談で若干脱線しつつ、話の主役がウォンに戻る。今から数十年前に、一人の魔女が現れたことから全てが始まったという。
「まだ俺が生まれる遙か前、ウィズァーラ王国に別の大地から魔女を名乗る人物がやって来た。その魔女は、この大地の文明レベルでは創り出すことが不可能な数々の品を携えて現れた……らしい」
「いきなりらしい、なんだね?」
「魔女狩り騒動で、全て散逸し破壊されてしまったそうだ。今では、記録すら残っていない。……父の持つ資料以外にはな」
「あんたのお父さんも気になってくるわね……なんでそんなこと知ってたり資料持ってるのよ」
さりげないウォンの言葉に、すかさずツッコミを入れるエヴァ。当事者でもなければ、そんな資料など手に入れられるわけもないが……。
「まあ、先に種明かしするとその魔女と結婚してデルトア帝国に逃れてきたのが父だからな。父の話も、俺の母の実体験の一部だよ」
「ええっ!? それが一番の驚きだよ!」
「驚いたな……お前、魔女の息子だったのか。ん? ということはその魔女狩り騒動は……」
「ああ、結果的には失敗に終わったんだ。そして、先王が失脚しバルステラが王位に着いた原因でもある」
そこまで話したところで、ウォンは本題に戻る。数十年前に別の大地から現れた魔女は、王国で農業を始めたという。
「痩せた不毛の大地が多いウィズァーラの地で、魔女は持ち込んだ農具を用いて革新的な農業を始めた。不毛とされていた地を開拓し、多くの実りをもたらし人々を飢えから救ったんだが……」
「言われなくても分かるわ、それを妬んだ奴がホラ吹いて悪評広めたんでしょ? で、国を挙げての魔女狩りってわけね」
「要約するとそうなる。魔女は己の善意が踏みにじられたことを悲しみ、そして怒った。当時恋仲だった父を連れ、国を出て行ったのさ」
ウォンの両親が去っても、魔女狩りの嵐は止むことはなかった。魔女と似た人相の者が捕らえられ、えん罪にも関わらず拷問の末大勢が死んだ。
そんな狂気に終止符を打ち、魔女狩りを推し進めていた先王を退けたのがバルステラだったとウォンは口にする。
「ウィズァーラの王位継承は、世襲制ではなく選挙制だ。だが、当時選挙などする余裕はなくバルステラが先王を強引に退位させ、自分が後釜に座ったと……一時的に帰国した父が話してくれた」
「なるほどね……で、あんたのお母さんってどんな人なのよ? バルステラのことも気になるけど、そっちも気になるわ」
「うむ、我も知りたい。ウォンの御母堂がどんな人物なのか興味をそそられる」
「母はあまり、自分の出自を語ってくれなくてね。ただ、一つだけ聞けたことがある。遠い昔、ルナ・ソサエティと呼ばれる魔女の組織の幹部だったと」
「へー、凄いんだねウォンのお母さんって。ところで、名前はなんて言うの?」
「……マルカ。かつて『雷迅』の二つ名で呼ばれていたと、そう言っていた」
幼少期の記憶を手繰り寄せ、懐かしそうな声でウォンはそう口にした。




