172話─西へ向かう準備
二十分後、戦いは終わった。フィリール率いる防衛側の完全勝利という形で。決着の後、騎士たちは総出で敵兵士の遺体を集め焼却する。
万が一、亮一がタナトスの指示で再度バルステラに与した時に備えて遺体を焼却処分し、スレイブ化を防いでいるのだ。
「フィリール様、一通り遺体の処分が終わりました。残った灰は如何いたしますか?」
「ご苦労だった、そうだな……灰の処理は……」
「じゃー、私が引き取っていい? 人やらエルフやらの死体を焼いた灰ってさ、結構いい『材料』になるんだよねー。いっしっしっ」
「……だそうだ。灰は全部アリエルにくれてやってくれ」
「は、はあ……分かりました」
部下の騎士がフィリールに報告をしていると、執務室の窓からアリエルが顔を出す。処理の方法が思い付かなかったため、灰を全部彼女に押し付けた。
アリエルは嬉しそうに笑いながら、両の翼を羽ばたかせ外に出て行く。部下も去り、一人になったフィリールは椅子に寄りかかりリラックスする。
「やれやれ、兄上の代理がここまで大変だとは。もうそろそろ、後任の将軍が来るはずだが……なかなか来ないな」
現在、フィリールが紅壁の長城の指揮官を務めているがそれは一時的なもの。すでに父マグネス八世から新たな指揮官が来ると知らされていたが……。
到着まで時間がかかっているようで、なかなか姿を見せない。やきもきしつつ、その焦燥感にドMっていたフィリール。そんな彼女のすぐ前にポータルが開く。
「よっこらせっと。はい、これで繋がったわよキルト。じゃ、アタシ寝るから」
「ありがと、エヴァちゃん先輩。よっと……久しぶり、フィリールさん。そっちは問題無い?」
「ああ、キルト。こちらは問題ないぞ、そっちはどうだ? ウォンは奪還出来たのか?」
「うん、それがね……」
疲れているエヴァに頼み、アジトからポータルを使って長城に直通の通路を開けてもらったキルト。ポータルから顔を出し、フィリールに一部始終を話す。
「なるほど、バルステラが動いたか……」
「うん。僕たちとゼギンデーザで手を組んで、バルステラを止めることになったんだ。僕たちサモナーズ組は、ここから西に向かうことになったんだよ」
「二手に分かれて進軍、か。それはいいのだが、私の後任になる将軍が到着してなくてね。彼……もしくは彼女が来ないと、私がここを離れられないんだ」
ゼギンデーザ帝国での戦い、そしてバルステラが始めた恐ろしい作戦。それらについて聞き、フィリールはウィズァーラ王国との決戦に向けるやる気を見せる。
だが、行動に移れるのは新たな指揮官が来てからの話。一向に来ない新司令官が着任する前に長城を離れることは出来ないのだ。
「もしかしたら、バルステラが出現させたパイプのせいなのかも。あいつ、シェンメックにもパイプを出したって言ってたから」
「ああ、バードメールで報告は来ているよ。奴め、どれだけ民に迷惑をかければ気が済むのか……許し難いものだ」
二人がそんな話をしていると、執務室の扉がノックされる。キルトは完全にポータルから出て、入室の邪魔にならないよう魔法で部屋の隅に移動させる。
「遅れて申し訳ありません、本日付でこの長城の指揮官として……あらっ、キルト。なぁんだ、しばらく戻ってきてないと思ったらここにいたのね!」
「ええええっ!? あ、新しい司令官って母上だったんですか!?」
ようやく新しい司令官が着任したようで、フィリールに挨拶に来たようだ。……その正体が己の義理の母、エルミアだと知ってキルトは仰天することに。
フィリールの方も、新しい司令官がデルトア騎士団の将軍としか聞いていなかったらしくこれまた驚いていた。そんな二人を見て、エルミアは笑う。
「もう、二人ともおんなじ顔してる。おっかしー」
「いやいやいや、おっかしーじゃないですよ! しばらくお仕事は無いはずでは!?」
「それは平時の話だよ、キルト。今はそんな悠長なこと言っていられないの、トムスが頑張ってるのに私が家でグータラしてたらジャンゴ大元帥に怒られちゃうわ」
「それは、まあ……確かに」
平和な時代であれば、次の召集まで家族との団らんを楽しめていただろう。だが、今は各国が入り乱れ争う戦国の時代。
身体を張って祖国を守るのが騎士の定め。戦乱の時代の騎士に、定休などというものは存在しないのだ。
「しかし、エルミア将軍が私の後任として来ていただけるとは。防衛戦を得意とするあなたがいてくだされば、私は安心して西征に赴けます」
「西? ああ、ついに討ちに行くのね、バルステラを。シェンメックを滅茶苦茶にした元凶だって、今帝都じゃ噂があちこちで一人歩きしているよ」
「やっぱり、シェンメックもパイプの被害を……。街の人たちは無事ですか? 母上」
「ああ、幸いにも死者は出てない。まあ、軽重の差はあれそれなりに怪我人は出てしまったけど。でも、みんななんとかやっているよ。外に出るための仮通路の設営も終わったしね」
久しく訪れていない帝都の様子を聞き、民の安否を尋ねるキルト。幸い、マルヴァラーツ同様交通の便が悪くなりはしたものの死者は出ていないようだ。
とはいえ、安心してばかりもいられない。一ヶ月後には、パイプを利用した浸食と侵略が始まる。そうなれば、二つの都市が滅びてしまう。
「母上、僕たちはこれからバルステラを討つために西へ征伐の旅に出ます。無事に全員が戻れるよう、祈っていてください」
「ああ、もちろんだとも。必ず戻っておいで、私の可愛いキルト。血は繋がっていなくとも、私の心はずっと君の傍にあるからね」
「ありがとう、母上。……フィリールさん、長城にいるサモンマスターを集めてください。全員に話をしないと」
「そうだな、すぐに集める。少し待っていてくれ」
久しぶりの再会となった母に、自分たちの無事を祈ってくれるよう頼むキルト。そんな彼を、エルミアは優しく抱き締め慈愛に満ちた声で約束をした。
そんな二人を残し、フィリールはドルトたちを呼ぶため執務室を出る。それから十数分後、キルトたちガーディアンズ・オブ・サモナーズがアジトのリビングに集結する。
「なるほど、話は理解した。しかし……とんでもないことになったな、これは」
「正直、私も驚いてるよ。バルステラ、まさかそんなことしでかすなんてね」
キルトから話を聞いたドルトとアリエルは、事の重大さにため息をつく。全員で出撃……といきたいところだが、そうもいかない事情がある。
迂闊に全メンバーで西征に向かえば、紅壁の長城の守りが薄くなる。そこに敵の軍勢が攻めてきたら、持ち堪えるのは難しい。
「僕としては、二人くらい長城に残っててほしいんだけど……誰か残ってくれる人、いる?」
「なら、俺が残ろう。狙撃衛星を使えば、長城の守を強固に出来る。それに、俺の能力自体待ちのスタイルだからな……征伐に行くのは向かない」
「じゃ、私も残ろうかな。空飛べるのはアスカちゃんがいるし、こっちにいた方が地上と空中で二重の守りが組めるからね」
「ありがとう、ドルトさんにフロスト博士。じゃあ、他の皆でウィズァーラ王国に行くよ。異論はないね?」
議論の結果、待ち伏せ型ゆえに侵攻に不向きなドルトと空からの監視が出来るアリエルが長城に残って防衛を行うことになった。
キルトの言葉に、全員が異議無しの声をあげる。これで、バルステラと戦うメンバーは決まった。一日休養してから、国境を越え攻め込むことに。
「この戦い、絶対に負けられない! みんな、頑張ろうね!」
「おー!」
こうして、覇王バルステラとの戦いが幕を開ける。だが、それがこれまで経験したことのない凄惨な戦いになることを……キルトたちは、まだ知らない。




