152話─エヴァVSネガ
ネガが帝都シェンメックに向けて、歩き出していた頃。サモナーズショップ一階、アスカのレストランにエヴァがいた。
「はー、たまにはこうやってダベるのもいいわねー。ずっと戦争戦争じゃ、肩肘突っ張って凝っちゃうし」
紅壁の長城の修復も一段落し、フィリールがリジェネレイト体を獲得して堅牢な守りを取り戻したこともあって休みをもらっていたのだ。
分身アスカにサーロイン、フィレ、ハンギングテンダーのステーキ三種盛りを頼んで真っ昼間から一人肉祭りを開催していた。
「たらふくお肉食べて幸せ……ん? この気配……キルト? 変ね、南部戦線に戻ったから帝都には来てないはず……ちょっと見に行ってみましょ」
料理を食べ終え、満足そうにカウンターに伏せっていたエヴァ。その時、シェンメックの外からキルト──正確にはそのクローンであるネガの、だが──の気配を感じ取る。
大魔公としての勘で何か善くないことが起きる、と察したエヴァは様子を見に行くことに。ポータルを使って、街の外に出る。
「や、そっちから来てくれたんだ? ありがたいね、歩く手間が省けたよ」
「あんた……何者? キルトの姿を真似るなんて、どういうつもりなのかしら? ま、アルビノみたいで嫌いじゃないけど」
ポータルをくぐり抜け、ネガの数メートル前に移動するエヴァ。そんな感想を口にしつつも、警戒だけは怠らない。
(こいつ……一体何者? 理術研究院の刺客……? だとしたら、なんでキルトの姿を模倣してるのかしら)
「自己紹介しようか。僕はネガ、切り落とされたキルトの左腕の細胞から創られたクローンさ。よろしく」
「ああ、なるほど。そういうことなのね、あんたの正体。で、そのクローンが何の用なわけ? 言っとくけど、アタシが愛するのは本物だけだから」
「決まってるじゃない、本物のキルトを殺しに来たのさ。これでも一応、僕は理術研究院の裏のトップだからね。知ってた? これまで君たちを襲ったサモンマスターたちの使ってるサモンギア、全部僕が作ったんだよ」
「ふぅん、そうなの。じゃあ……そのお礼、たっぷりしてあげないとね。例えキルトのクローンでも、敵なら容赦しないわ。殺してあげる」
警戒心をあらわにするエヴァに、ネガは得意気にそう語る。彼の言葉を聞き、エヴァは完全敵対モードにスイッチを切り替えた。
そんな彼女を見て、ネガは笑う。腰から下げたデッキホルダーに手を伸ばし、『契約』のカードを取り出した。
「そんな大口叩いていいのかなー? 言っとくけど、強いよ僕。ま、戦うのはこれが初めてなんだけどね」
「あら、そっちこそよく言えたものね。戦ったことないのに自分が強いだなんて言う奴は、大抵クソ雑魚なのよ」
「じゃあ確かめてみなよ。本当にそうなのか……ね」
『サモン・エンゲージ』
【Re:MUSPELHEIMR MODEL】
漆黒のエルダードラゴンが描かれたカードを、ガントレットの手の甲側に取り付けられたスロットに挿入するネガ。
すると、黒い炎がネガの身体を包み込む。直後、リジェネレイトした際に流れるエコーがかった音声がサモンギアから流れた。
少しして炎が消え、ゾッとするような深い漆黒の輝きを持つ鎧姿となったネガが現れる。盾が丸型になっている以外はキルトのリジェネレイト体のものと同じデザインだが、髪の白と鎧の黒……その正反対の輝きにエヴァはどこか不安を掻き立てられる。
「あんた……その姿は一体……」
「ああ、これ? 凄いでしょ、やっと完成したんだよ? 君たちの使う『REGENERATE』に匹敵する強化機構、その名も『REVOLUTION』! 僕はサモンマスターに変身してる間、無条件でレボリューション体になれるのさ。開発者特権ってやつでね」
「フン、ペラペラペラペラ自慢話ばっかり。いい加減聞き飽きたわよ、そのうるさい口を真っ二つにしてやるわ!」
『サモン・エンゲージ』
いちいち芝居がかった仕草を交えながら誇らしげに自慢してくるネガに、いい加減イラッとしてきたエヴァは自分も変身する。
サモンマスターブレイカとなり、デッキホルダーからカードを取り出してスロットインする。今、ネガの相手を出来るのは自分だけ。
必ずここで仕留めると、呼び出した大斧を構え走って行くが……。
「食らいなさい! ミノスクラッシュ!」
「おっと、そんな大振りな攻撃当たらないよ。ほーら、ひらひら~」
「くっ、このっ!」
軽やかな動きで、ネガはエヴァの攻撃を全て紙一重で避けてしまう。それどころか、途中途中で挑発をしてくる始末。
完全にコケにされ、エヴァの怒りのボルテージがどんどん高まっていく。だが、それが相手の罠だと彼女は気付けない。
「こんのクソガキ! 本物と比べて全く可愛げがないわね!」
「悪いね~、僕オリジナルと性格反転してるからさ。ほらほら、攻撃当ててみなよ。お・ば・さ・ん。あはははは!!」
「……決めた。あんたは顔をぐちゃぐちゃにして誰か分からなくなるまで痛め付けてから殺す! アタシはまだぴっちぴちの二百歳なのよオラァァァァ!!」
『アクセルコマンド』
おばさん呼ばわりされ、怒りのボルテージが最高潮に達したエヴァ。車輪付きのグリーヴを装備し、スピードアップして猛攻を仕掛ける。
「おっ、ちょっとは早くなったね。でも、それでもまだ遅いな~。それに、そんなに怒ってるとさぁ……隙が増えるよ? こんな風にね!」
「がふっ!」
エヴァの振り抜いた斧の一撃を避けた後、ネガは相手の脇腹にパンチを叩き込む。小柄な子どもからは想像も出来ない、重く破壊力のある拳を受けエヴァは吹き飛ぶ。
「ぐっ、このガキ……見た目に反してなんてパワーしてやがるのよ」
「痛かった? 痛いよねぇ、そりゃ。羨ましいなぁ、僕痛覚なんて取っ払ってるからさ。痛みとか感じないんだよね」
「ぐっ、ケホッ。さっきから減らず口ばっかり……! うるっさいのよ、このガキ……!」
「そのガキに、君は倒されるんだよ? だって、弱いもん君。他の仲間はどんどんリジェネレイトして強くなってるのに、君だけそのままだし」
「!」
ネガの指摘に、エヴァの動きがピタリと止まる。ここ数日、気にしていたことを言い当てられてしまったからだ。
キルト、アスカ、フィリール。三人はそれぞれに降りかかった試練を乗り越え、魂の成長を果たしてリジェネレイトを果たした。
だが、エヴァは違う。彼女だけが成長出来ぬまま、同じところに留まり続けていた。
「……さい」
「ん? なにかな~? 大きな声で言わないと聞こえないよ~」
「うるさい! 今すぐその口を閉じろ! キルトの顔で、声で……アタシを侮辱するな!」
『アルティメットコマンド』
「ぶっ殺してやる! ファラリススクラッチ!」
「ぶもおおおおお!!!」
キルトに自分の存在を否定されたような錯覚を覚えたエヴァは、激昂しながら奥義を発動する。召喚したキルモートブルに乗り、突撃するが……。
「そんなの、こうしてあげるよ! ほらっ!」
「うそ……きゃあっ!」
「ぶもおっ!?」
ネガの左腕に装着された、漆黒のラウンドシールドで受け止められてしまう。そのままノータイムで弾き飛ばされ、奥義を防がれてしまった。
これまで、相打ちになったことはあれど奥義の打ち合いで負けたことのないエヴァにとってこのショックはとても大きかった。
キルモートブルがデッキに戻っていくなか、エヴァは倒れた身体を起こし弱々しく呟く。
「そんな……アタシとブルちゃんが、こんな簡単に……力負けするなんて」
「思ってた以上に弱いねー。なんか飽きちゃった、殺す価値も無いしかーえろっと」
そんなエヴァを見て、心底バカにしきった顔をしながらネガはポータルを開く。相手の自尊心に傷を付けられたことに満足したようだ。
「じゃあね、クソ雑魚おばさん。そろそろ身の振り方を考えた方がいいんじゃない? そんな弱さじゃ、オリジナルの僕に捨てられるかもね! あははは!!」
侮辱の言葉を残し、ネガはポータルに飛び込み姿を消した。一人残ったエヴァは、重く強い敗北感に打ちひしがれる。
殺すほどの価値も無い。強さだけが正義の闇の眷属の世界で生きてきた彼女にとって、徹底的に尊厳を破壊される言葉だった。
「……あいつの、言う通りね。今のアタシに、存在価値なんてない。キルトの隣に立つ資格も……」
ブツブツ呟きながら立ち上がり、熱に浮かされるようにふらふらとした足取りで帝都へ戻っていくエヴァ。強者の誇りを失い、彼女の心は暗い沼へと沈んでいく……。




