147話─もう一度、立ち上がれ
結局、翌日の朝まで何も起こることはなかった。千人の騎士を失い、そうすぐには攻めて来られないようだ。
「むにゃ……。うーん、脚が痺れた……」
「おはよう、キルト。今朝食を運んできたところだ。一緒に食べよう」
「あ、おはようフィリールさん」
目を覚ましたキルトの鼻を、美味しそうな匂いがくすぐる。フィリールが朝食を二人分持ってきてくれたようだ。
パンとスープ、サラダと小さな肉塊が載った大きめのトレーを机に起きフィリールはキルトの隣に座る。
「美味しそうですね、朝ご飯。……そういえば、ルビィお姉ちゃんたちは?」
「昨夜近くの平野で大暴れしていたのをドルトに見つかって、罰として清掃の仕事をさせられているよ。ウィズァーラ兵の死体が風化した灰が、あちこちに積もっているからな。当分終わらないぞ、これは」
亮一の操る死者には、とある特徴がある。サモンマスターなら何度でもスレイブコマンドを使って使役出来るが、それ以外の者は一度しか使役出来ない。
役目を終えた非サモンマスターの死者は、灰となって消えてしまう。今回攻めてきた死者の数は千人。その人数分の灰が、それはもうえらいことになっているのだ。
「うわ、大変そう……二人だけでやってるの?」
「そうらしい。サボらないよう、ドルトが見張ってるそうだ。援軍や生き残りの騎士たちは、長城の修復にかかりきりだからね」
朝食を食べながら、二人はそんな話を行う。表面上は、いつもと変わらなく見えるフィリールだが……キルトには分かっていた。
彼女が無理をして、今まで通りに振る舞っていることを。本当はまだ、悲しみから抜け出せていない。それでも、気丈に振る舞っているのだ。
グラインの代理として、騎士たちを束ねるために。
「……フィリールさん。昨日も言いましたけど、無理はしないでください。二人の時は、悲しみを我慢しなくていいですからね」
「ありがとう、キルト。正直、君がいてくれなかったら……私は、兄上の後を追ってしまっていたかもしれない。それだけ……ショックだった。あの人を、家族を守れなかったのが」
スプーンをスープの皿に置き、フィリールはそう口にする。長年側にいられなかった、大切な家族を失ったことがかなり堪えているようだ。
「大切なものを守るために騎士になったのに……結局、意味なんてなかった。私のしてきたことは……全部、ムダだったんだ」
「そんなことない! 確かに、お兄さんは守れなかったかもしれない。でも……!」
キルトが気落ちするフィリールを励まそうとした、その時。長城全体に、けたたましい警報が鳴り響く。少しして、部屋に足音が近付いてくる。
「キルト、大変だ! ウィズァーラ王国の軍が攻めてきたぞ! 今度こそ、この長城を陥落させるつもりのようだ」
「もう、こんな時に! ……フィリールさん、ちょっとだけ待ってて。僕たちが迎撃に」
「ダメだ! 行かないでくれ、キルト。私には分かる、今度の襲撃にも奴が……ディガロが関わっているはず。あいつに……キルトも、殺されてしまう。それだけは……それだけは、嫌だ。もう、誰も失いたくない……」
戻ってきたルビィと共に敵の迎撃に向かおうとするキルトに、フィリールがすがりつく。もうこれ以上、大切な仲間に死んでほしくない。
そんな悲痛な叫びに、キルトは何も言えなかった。これ以上、フィリールを悲しませたくはない。だが、敵を迎え撃ち倒さねば多くの死者が出る。
長城を突破されたら、敵がデルトア帝国内になだれ込むことになる。そうなれば、虐殺に略奪……悪逆の限りによって人々が苦しむことになるだろう。
「……ごめんね。僕は行かなきゃ。だって、この国を……この長城を守れるのは、僕たちしかいないから」
「フィリール、大丈夫だ。キルトには我が着いている、死なせはしない。決してな」
「でも、私は……」
「大丈夫、約束する。必ず戻ってくるよ、フィリールさんの元にね。ルビィお姉ちゃん、行くよ!」
フィリールにそう約束した後、キルトはルビィを伴い迎撃に向かう。一人残されたフィリールは、力無くソファーに寄りかかる。
「……キルト。私は……私はどうしたらいい? 君を守りたいのに、死なせたくないのに……脚が竦んで動けない。手が震えて槍を握れない。今の私は……戦えないんだ」
目の前でグラインを失ったトラウマから、フィリールは戦うことに恐怖を抱くようになってしまった。自分が戦っても、誰も守れないのではないか。
兄のように、また死なせてしまうのでないか。そんな恐れが、彼女の思考を支配する。そんななか……腰から下げられたデッキホルダーが光りはじめた。
「これは……? もしかして、外に出たいのか? インペラトルホーン」
相棒が外に出たがっていることに気付き、フィリールは契約のカードを取り出す。直後、インペラトルホーンがカードから抜け出てくる。
「ハカラエッ! ヨキニハカラエッ!」
「……キルトの後を追え、だと? 無理だ、今の私には彼の隣に立って戦う資格はない。私がいても、どうせ足を引っ張ってしまうだけ。それなら、ここにいた方がいい」
インペラトルホーンは伝える。いつまでも腐っていないで、キルトと共に戦えと。だが、彼の言葉は相棒に届かない。
恐れているのだ。グラインのように、キルトを目の前で失うことを。その思いは、インペラトルホーンもよく理解している。だが、それでも。
「ハカラエッ! ハカラエッ!」
「……目を背けていても、何も解決しないって?」
「ヨキニハカラエッ!」
「分かっている、私だって理解してる! こうしてうずくまっているだけじゃ、また大切な人を失ってしまうことくらい!」
前を向いて、恐怖を克服し歩き出さなければ何も変わらない。あらゆるカードを封殺するディガロが相手では、キルトたちでも勝てるか分からない。
今度は、自分のいないところで仲間が死ぬかもしれない。それが嫌なら、勇気を出してもう一度立ち上がれ。インペラトルホーンは、そう叱咤する。
「ハカラエ、ハカラエ。……ヨキニ、ハカラエ」
「お前は……優しいな。こんな私を、見捨てないでくれるのか。もう一度立ち上がるために……力を、貸してくれるというのか」
「ヨキニハカラエッ!」
フィリールの言葉に、インペラトルホーンは力強く頷く。大切な者を守りたいなら、戦わなければならない。騎士として、サモンマスターとして。
だが、まだ決心がついていなかった。そう簡単に恐怖を克服出来るなら、とっくにフィリールは再起出来ている。
だが、キルトを死なせないためには。彼女自身が乗り越えるしかない。己の中に潜む恐怖を。
(……怖い。私なんかが、キルトの役に立てるのだろうか。また無様に敗北し、目の前で彼を……)
そんな葛藤に苛まれるなか、ふとフィリールは疑問を抱く。何故そこまで、キルトを失うことを恐れているのかを。
「私は何故、キルトを失うことを恐れる? エヴァやドルト、仲間の騎士たちよりも強く。……いや、分かっている。答えなんて一つしかない。私は……キルトのことが好きなんだ」
少しの間考えた後、フィリールは答えを見つける。これまでの日々の中で、彼女は自分でも気付かない間にキルトに惹かれていた。
どんなに苦しくても諦めず、傷付きながらも誰かを守るため戦い続ける少年に敬意を……愛情を抱いていたのだ。
「……兄上。昨日、私はあなたの問いにハッキリした答えを出せなかった。でも、今なら……いや、今だからこそ言える。私はキルトが好きだ。異性として、彼を愛している。だから、彼を失いたくないんだ」
「ヨキニハカラエ……」
「ああ、そうだ。私は、キルトを失いたくない。いや、キルトだけじゃない。エヴァも、ルビィも、ドルトも。この国に住む民の全てを。なら……私は、舞い戻らねば。あの戦場に、もう一度」
今もなお、恐怖は消えない。だが、一人で怯えているだけでは何も解決しないのだ。時は未来へと進み、過去へ戻ることはない。
愛する者のために立ち上がらなければ、永遠に失うことになる。そうして、また悲しみを背負う。そんな負の連鎖など、フィリールは望まない。
「私は、まだ終わってなどいない。こんなところで終われない。今度は……今度こそ、守るんだ。私の大好きな仲間たちを、愛する者を! もう誰にも奪わせない! そのために……私は戦うんだ!」
拳を握り、そう叫ぶフィリール。すると、彼女の目の前に一枚のサモンカードが現れる。金色の光に包まれたソレを、インペラトルホーンが角で撫でる。
ずっと、この時を待っていたとでも言うように。フィリールは手を伸ばし、目の前に浮かぶカードを手に取る。
金色の渦の中央に浮かぶ、紫色の指輪が描かれたカード。その名は、『REGENERATE─決意』。
「これは……」
「ヨキニハカラエッ! ヨキニハカラエッ!」
「これがあれば、私はまた戦えるのか。インペラトルホーン。なら……私は戦う。今度こそ、誰も死なせないために!」
「ハカラエッ!」
カードをデッキに収め、フィリールはインペラトルホーンと共に執務室を出る。キルトを追い、走って行くなか頭の中に声が響く。
『そうだ、それでいい。俺のことは気にするな、フィリール。守ってやれ、俺の分まで。お前の愛する者たちを』
「……兄上。私はもう挫けない、迷わない、立ち止まらない。だから、天国で見守っていてほしい。私とインペラトルホーンの、新たな旅立ちを」
今はもういない兄へ向けて、フィリールはそう呟く。デイガロへリベンジする時が、訪れようとしていた。




