146話─砕かれた騎士の誇り
フィリールの悲しみを代弁するかのように、雨が降り始める。雨音を聞きながら、泣き腫らして赤くなった目をこする。
「……ありがとう、キルト。おかげで少しだけ楽になった」
「それならよかった。……お兄さんのことなんだけどさ、フィリールさん。アゼルさんに連絡を取れば、生き返ることも……」
「いや、無理だ。蘇生出来ないよう、特殊な毒を用いた短剣で兄上は殺されてしまった。兄上はもう……生き返ることは出来ないんだ」
「そんな……」
窓を叩く雨音を聞きながら、キルトはアゼルに協力してもらおうと提案する。だが、フィリールはそれが無意味であることを知っていた。
もう、グラインはよみがえらない。交わした約束が叶う日は、永遠に訪れない。大切な人を守るという誓いを、果たせなかったから。
「私は……私は、騎士失格だ。兄上を……この長城で暮らしていた者たちを、守れなかった。愛する者を守れない騎士など……存在する意味がない」
「フィリールさん……」
「ディガロは言っていた。私はもう終わりだと。騎士としても、サモンマスターとしても。戦う価値など、無いのだとな」
光の宿らない瞳を天井に向けながら、フィリールはそう口にする。彼女の言葉を、キルトは否定してあげたかった。
だが……今は何を言っても、フィリールの心に届くことはない。逆に彼女を傷付け、下手をすれば立ち直るチャンスすら失いかねない。
そう判断し、キルトは肯定も否定もしなかった。ただフィリールに寄り添い、彼女の悲しみを受け止めることに徹する。
「……なあ、キルト。もし私が再起出来なくなったとしても。役に立たない私を……側にいさせてくれるか?」
「もちろんですよ。なにも、戦うことだけが僕たちガーディアンズ・オブ・サモナーズの役割じゃない。裏方としてやれることも、たくさんありますよ」
「……そう、だな。そちらで頑張る道も……ある、かもしれないな……」
フィリールの投げかけた問いに、今のキルトが最大限思い付く優しい言葉で返事を返す。それを聞いて頷いたきり、フィリールは黙り込んでしまう。
そんな彼女の手を握り、沈黙を保つキルト。いつしかフィリールのまぶたが下がり、こっくりこっくり船をこぎ始める。
「眠いのですか? フィリールさん」
「ああ……済まない。今日はいろいろあり過ぎて、もう起きているのもだるいんだ……」
「なら、僕が膝枕してあげますね。今日だけは……いえ、悲しみが癒えるまではずっと甘えてくれていいですからね」
そっとフィリールを寝かせ、膝枕をするキルト。彼女の鎖骨の辺りを優しくトントンしながら、緩やかなメロディの子守歌を口ずさむ。
「いい、歌だな。どこで習ったんだ?」
「昔、まだ僕が幼い頃……夜、寂しくて眠れない時にエヴァちゃん先輩が歌ってくれたんです。この子守歌を」
遠い昔のことを懐かしみながら、キルトはそう口にする。あの時は、自分がエヴァの優しさに救われ悲しみを癒してもらった。
だから、次は自分の番だとそう己に言い聞かせる。少年の優しさと慈愛に触れ、少しだけ安心したフィリールはまぶたを閉じる。
「……ありがとう、キルト」
そう呟き、深い眠りへと落ちていった。それから数十分後……。
「話はエヴァやドルト、生き残った騎士たちから聞いた。随分と酷いことになったな、これは」
「どう、キルト。フィリール……再起出来そう?」
一仕事終えたルビィとエヴァが、執務室にやって来た。フィリールを起こさないよう、小声でキルトと話を行う。
普段はフィリールをイジっている二人も、大切な仲間の傷心を心配していた。エヴァの問いに、キルトは答えを返す。
「……正直、今はなんとも言えません。まだ、再起可能かどうかというラインにすら立てていない状況ですから。今のフィリールさんに必要なのは、心を癒やすための休養です」
「まあ、無理もない。身内を目の前で殺されたのだろうからな、ショックを受けるのは分かる」
「ディガロとかいうクソ野郎に何か言われたみたいだしね……。それが原因で、最悪永久に再起不能になるかもしれないのよね……可哀想に」
外野であるキルトたちに出来ることは、ほとんど無い。フィリール自身が傷を癒やし、乗り越えなければならない試練なのだ。
だが、それを超えられなくても仕方ないとキルトたちは考えていた。仮にサモンマスターとして再起出来ずとも、仕事はたくさんある。
裏方として、フィリールに働いてもらえばいい。もちろん、心の傷が癒えてからだが。しかし……。
「問題は、そんな悠長なことをやってる時間がないってことだな。まず間違いなく、ウィズァーラ軍は攻めてくる。早ければ明日にも」
「僕もそう思います。リョウイチが敵にいる以上、また屍たちをけしかけて来るでしょうから。正直、今何も仕掛けてきていないのが不思議なくらいですよ」
バルステラの矜持により、これ以上亮一の介入は起こらないのだが……そんなことは、今のキルトたちに知るすべは無い。
もっとも、長城が機能不全に陥ったこの機をウィズァーラ王国が逃すはずもない。南の戦線はアスカに任せて、キルトは西の防衛に着手することを決める。
「フィリールさんを放ってはおけませんし、僕もしばらくここに留まるよ。エヴァちゃん先輩のポータルを使って、帝都から援軍を呼べば防衛もなんとか出来るだろうしね」
「そうだな、それがいい。アスカはリジェネレイト出来るようになったし、余程のことが無ければ一人でも」
「え、ちょっと初耳なんだけどそれ。アタシにも教えてよ!」
「うん、あのね……」
暗い話ばかりでは気が滅入るからと、キルトはアスカの身に起こったことを話して聞かせる。一部始終を聞き、エヴァはホッと安堵する。
「そう、アタシたちを選んでくれたんだ。嬉しいけど、ちょっと複雑ね。選択を後悔しないよう、アタシたちがしっかり支えてあげなきゃ」
「そうだな、我もそう思う。ところでだ、キルト。我らにはしてくれないのか? 膝枕を」
「えっ」
いい具合に話を締める……といわけには行かず、ルビィがそんなおねだりをしてきた。そこにエヴァが乗っかり、追い打ちをかける。
「そうよねー、たまにはアタシたちへの労いの意を込めて膝枕してくれてもいいわよねー? 昔、アタシもキルトにおっぱい枕……あ、やべ」
「ほう……貴様、詳細を聞かせてもらおうか。キルト、少し待っていてくれ。すぐにこの不埒なホルスタインを成敗してくるのでな」
「いだだだだだ!! 人の胸掴んでんじゃないわよ! 千切れるでしょうが!」
「問答無用! よくも我のキルトにそのような羨まけしからんことを! 第n次ハルマゲドンの時間だ!」
が、うっかり口を滑らせたことでルビィに強制連行されていった。相変わらずケンカするほど仲の良い二人に苦笑した後、キルトはあくびをする。
彼もまた、激動の一日で疲れが溜まっているのだ。ソファーに身体を預け、うつらうつらし始める。しばらくして、眠りについた後……。
「……やはりここにいたか。今日は冷える、毛布をかけないと風邪を引くぞ」
二人分の毛布を持ったドルトが、こっそり執務室に入ってくる。ぐっすり眠っているキルトたちに毛布をかけて、部屋を出て行った。
「……さて、今日は徹夜で見張り番だな。夜中に襲撃されたら、今度こそ長城は陥落してしまう。それだけは、絶対に俺がさせない」
そう呟き、ドルトは屋上に向かって歩き出す。絶体絶命の危機が迫るなか、フィリールもまた迎えようとしていた。
絶望のその先にある、新たな可能性の目覚めを。悲しき別れを乗り越え、試練に打ち勝った者だけが得られる力の覚醒を。




