145話─届いてしまった凶刃
「かはっ!」
「フィリール! 大丈夫か!?」
「大丈夫……です。ぐっ……こいつ、強い……!」
エヴァと亮一が激しい戦いを繰り広げている頃、フィリールとディガロの戦いは決着の時を迎えようとしていた。……フィリールの敗北という、最悪の形で。
「ヒッヒッヒッ、あっしとステゴロで戦って勝とうなんてそう簡単にゃあいかないんでね。さ、そろそろ仕事を片付けさしてもらいまさぁ。……司令官グライン、覚悟」
「そうは……させるかっ! 兄上、今のうちに逃げてください!」
鎧がボロボロにヒビ割れ、左肩の角が折れてなおフィリールは諦めない。兄を守るため、死に物狂いでディガロに体当たりを食らわせる。
相手を押さえ付けている間に、ディガロを逃がそうとする。ようやく生まれた隙を突き、グラインは屋内へ続く扉に走る。……だが。
「おっと、逃げようったってそうはいきやせん。あんたさんだけはここで仕留めとかないと、あっしがお仕置きされちまうんでね!」
「ぐ、がふっ!」
「フィリ──ぐっ!」
「あに、うえ……!」
ディガロはフィリールを振り解き、顎を蹴り上げて行動不能に追い込む。そのままグラインの元に跳躍して、懐から取り出したドス黒い刃を持つナイフを背中に突き刺した。
「ヒッヒヒヒ、このナイフにゃあ特殊な猛毒を塗ってありやしてね。こいつに刺された奴の魂は、肉体に留まるための力を失う。まあ、要するに……あんたさんらのお知り合いの力でも、蘇生は出来ないってこってさあ」
「きさ、ま……!」
「ヒヒ、これにて任務完了でさあね。後はずらかるだけ……ヒッヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
崩れ落ちていくグラインからナイフを引き抜き、ディガロは勝ち誇り笑う。地に這いつくばるフィリールを見下ろし、これ見よがしにナイフを見せびらかす。
タナトスからすでに、キルトたちがアゼルと知り合っていること、アゼルやその子たる双子が死者を蘇生させられることを聞いており対策していたのだ。
「……てやる。お前だけは! 私が殺してやる!」
「やれるんでやすかねぇ? あっしに手も足も出なかったあんたさんが。あんたさんはもう終わりでさあ、騎士としても……サモンマスターとしてもね」
兄を殺された怒りに駆られ、無理矢理身体を動かし立ち上がるフィリール。だが、もう戦うだけの力は残っていない。
立っているのが精一杯な彼女の側に近寄り、ディガロは心をへし折るためのトドメの一言を口にする。
「──愛しの家族すら守れない奴に、騎士を名乗る資格なんてありゃしないんでさ。未来永劫ね」
「う、ぐ……う、ううう……」
「ヒッヒ、ヒヒヒヒ……ヒャーッハッハッハッハァァァァァ!!!!」
悔しさに打ち震え、膝から崩れ落ちるフィリールを嘲笑いながらディガロは認識阻害の結界を解除する。柵を跳び越え、姿を消した。
ほうほうの体で兄の遺体へと近付き、ゆっくりと身体を裏返すフィリール。温もりと瞳の光が失われた亡骸を抱え、一人すすり泣く。
「あに、うえ……。ごめんなさい、守れなくて……弱くて、ごめんなさい……。うう、うああああああ!!!」
フィリールの慟哭が響くなか、彼女の纏う鎧が完全に砕け消滅した。フィリールの心を反映するかのように。そして、その声は……地上にいるエヴァに届く。
「この声……まさか!?」
「おや、ディガロさんは無事やり遂げたようですね。では、私の方もそろそろ……おっと」
「はあ、はあ……! よくも、死んだサモンマスターをけしかけてくれたな! おかげで……救えたはずの命を救えなかった。お前だけは許さないぞ!」
「ドルト! あんた生きてたのね!」
「おや、しぶといですね。サモンマスターゴームとジャスティスを生き返らせて足止めに向かわせたのですが……一人だけで両方倒してしまうとは」
任務完了を知り、撤退しようとする亮一。そんな彼の元に、背後から矢が飛んでくる。グレイブを振るって矢を弾き落とすと、傷だらけのドルトが曲がり角から現れた。
ドルトは亮一が追加で蘇生させたサモンマスターたちによってデルトア軍と分断され、グラインの護衛に向かえないよう足止めされていた。
必死の思いで敵を撃破し、フィリールに加勢しに行こうとしていたが……もう、遅かったのだ。
「グラインは死にました。後は、この長城を破壊すれば全て終わり。では……フィナーレといきましょう!」
『スレイブコマンド』
「あれは……クレイ!?」
「あいつ、まさか!」
エヴァとドルトが合流したのを見た亮一は、中庭に退避し新たなサモンマスターを蘇生させる。呼び出したのは、サモンマスタークインビーことクレイ。
彼女が呼び出されたのを見た瞬間、エヴァは亮一が何をするつもりなのかに気付く。クインビーのアルティメットコマンドで、全てを吹き飛ばずつもりなのだ。
「ウ、グウ……」
「さあ、やりなさいサモンマスタークインビー。この長城を──」
「あれ!? き、消えた……なんなの一体、どういうわけ?」
「分からない……だが、今はフィリールの元に向かうのが先だ! さっきの叫びからして……手遅れかもしれないが」
「……そうね。謎撤退した敵より今はフィリールの方が優先よ!」
クレイにアルティメットコマンドを使わせようとした、次の瞬間。亮一とクレイの足下に転送用の魔法陣が現れ、二人をどこかに転送してしまう。
何が起きているのか飲み込めず、混乱する二人。だが、すぐに気を取り直してフィリールのいる屋上へと向かう。……完全なる敗北に、打ちのめされながら。
◇─────────────────────◇
「おや、ここは……。何をするのです? バルステラ王よ。せっかくあの長城を消し飛ばして差し上げようとしたのに」
「余計な気ィ回すんじゃねえ。アレはオレ様の手で攻略しなきゃあ意味がねえのよ。グラインの暗殺に協力してくれた礼はするが、必要以上の手出しはただのお節介。いらねえお世話だ」
「……そうですか。ま、矜持があるのならそれを尊重しましょう。ここからは、私は個人で動かさせてもらいますがよろしいですね?」
「おう、よくやってくれた。こっからは自由にやってくれて構わねえぜ。褒美をくれてやるよ、何か欲しいものがあればオレ様の命以外なんでもくれてやるぜ」
一方、亮一とクレイはバルステラの元に強制送還されてた。どうやら、長城の攻略は自分の手柄にしたいらしい。
余計な真似をするなと怒られ、肩を竦める亮一。クレイを塵に還し、玉座の間を去ろうとする。そんな彼に、バルステラが声をかけた。
「褒美ですか……。では、あなたの部下……ディガロが死んだら使役する許可を。彼のカード構成は役立ちますからね」
「そんなんでいいのかぁ? へっ、それくらいならお安いご用さ。好きなだけ使いな」
「ありがたき幸せ。では、私は今度こそ失礼させていただきます」
変身を解除し、制服の襟を正し帽子を被り直してから玉座の間を後にする亮一。彼を見送った後、バルステラは大きく伸びをしてから呟く。
「さぁて、こっからはオレ様が仕事する番だ。デルトア帝国もレマール共和国も、まだ動いてねえゼギンデーザ帝国も……全部手に入れてやるよ。この『サモンマスターコレクト』がな」
◇─────────────────────◇
そして、現在。救援に駆け付けたデルトア騎士団によって紅壁の長城の修復と、戦死者たちの運び出しが進められ夜になった。
エヴァに呼ばれ急遽駆け付けたキルトとルビィは、全てを知って沈痛な面持ちになる。あまりにも痛ましい惨劇に、キルトたちは言葉を失う。
「そんな……ことが、起きてたなんて……」
「理術研究院め、やってくれたな! この戦争の始まる前から、妙に大人しいと思っていたが……こんな真似をしてくるなど!」
「……長城のことはアタシたちに任せて、キルトはフィリールの側にいてあげて。お兄さんを守れなくて、かなり参ってるから」
「分かったよ、エヴァちゃん先輩。ルビィお姉ちゃんも、復興のお手伝いしてあげてくれる?」
「そうだな、フィリールと水入らずで過ごすといい。奴を慰めてやってくれ、キルト」
「うん……」
フィリールは司令官の執務室にいると教えられ、エヴァたちと別れ一人向かうキルト。教えられた通りに廊下を進み、目的の部屋にたどり着く。
ためらいがちに扉をノックし、フィリールに声をかけ入室していいか尋ねる。少しして、かすれた声で入っていいと返ってきた。
「フィリールさん……話、エヴァちゃん先輩から聞いたよ。お兄さんのことも……」
「……そう、か。情けないものだな、私も。大切な人たちを守るために騎士になったのに……兄上も、この長城にいた騎士たちも。守り抜くことが出来なかった……」
暗い部屋の中、フィリールがソファーに座り項垂れている。彼女の隣に腰を下ろし、キルトは何も言わず彼女の手を握った。
「……今の僕に、出来ることはあんまりないけど。悲しみを受け止めることは、出来るから……」
「キルト……。済まない、少し……泣かせてくれ。君の胸の中で……」
溢れ出る悲しみに押し潰されそうなフィリールは、キルトにすがりつき大声で泣きじゃくる。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、キルトもまた一筋の涙を流していた。
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