143話─兄妹の語らい
バルステラと亮一の思惑などつゆ知らず、ウィズァーラ軍を壊滅させたエヴァとフィリールは長城へと帰還を果たした。
そこから数時間後、昼過ぎにやっと正門の修理が終わった……のだが。別の問題がいくつも浮上してくる。それは……。
「ダメだ、武器庫にしまった砲弾やらなんやらが全部使えなくされてやがる。グライン様のおっしゃられていた、例の暗殺者の仕業か……」
「こっちもやられてる、食料と医薬品がパーだ! どうする、最寄りの街から取り寄せるにしても時間がかかるぞ」
騎士たちの警備をすり抜け、ディガロの妨害工作が行われていたのだ。武器庫と食料・医療品倉庫を荒らされ、蓄えを台無しにされてしまった。
このままでは、とてもではないが長城で籠城戦をすることは出来ない。事態を打開すべく、エヴァが動くことに。
「アタシがポータルを使って、暗域からいろいろ調達してくるわ。大地の民の口に合うモノを持ってこれるかは分かんないけど、贅沢は言わないでよね」
「いやいや、とんでもない! 本来俺たちがやらねばならないことを肩代わりしてくれるんだ、感謝こそすれ不満など言えるものか」
「エヴァ、私からも礼を言う。こちらの守りは任せてくれ、物資の調達……頼んだぞ」
「はいはい、遅くとも夕方までに戻れるよう努力するわ。じゃ、行ってきまーす」
主君コーネリアスの元に出向き、事情を話して物資を融通してもらえないか頼みに行くことになったエヴァ。彼女を見送った後、グラインとフィリールは屋上へ向かう。
南北に延びる長城を一望出来る、広い屋上にて昼休憩を取ることに。携帯食料を食べながら、久しぶりの兄妹水入らずの時間を過ごす。
「……何年ぶりだろうなぁ、こうやって二人で語らうのは。フィリール、お前もいい歳だ。好いてる男の一人や二人は出来たか?」
「いきなりぶっ込んできますね、兄上は。まあ……いないわけではありませんが」
「ほー、誰なのか当ててやろうか? 例のキルトっていう少年だろ、え?」
「な、なななななにを言うのです! そんなことは……ないこともないです」
グラインに図星を突かれ、珍しく動揺するフィリール。実際のところ、キルトへの好意は……ある。だが、それがルビィやエヴァ、アスカのような恋愛感情かは本人もよく分かっていないが。
「確かに、私はキルトのことを好ましく思ってはいます。ですが、それが戦友との友情という意味なのか……それとも、恋なのかはいまいちピンときていません」
「はは、お前らしいな。昔っから、お前は色事にはとんと疎かったからなぁ。父上が最終的に縁談話を諦めるくらいにアレだったな」
「いいでしょう、そんな昔の話をしなくても。それを言うなら、兄上こそどうなのです? それなりに見目麗しい女性騎士もいますし、色恋の一つや二つあったのでは?」
「バカ言え、部隊内恋愛なんてむずがゆくてやってられるかっつの。万一破局なんてしてみな、その後どっちかが異動するまで針のむしろだぜ?」
昼食を食べながら、他愛もない話をする二人。少しして、フィリールはグラインに問う。帝都に帰るつもりはないか、と。
「父上も母上も、バルクス兄さんも……みんな兄上のことを心配している。暗殺未遂騒動があってからずっとね。一度帰って、顔を見せて安心させてあげてはどうかと思うのですよ、私としてはね」
「……そう、だな。俺もそうしたいとは思っちゃいるんだよ、心の中では。でも……怖いんだ。俺が帰還することで、野心を燃やす奴らがまた現れないかってな」
「兄上……」
「小さい頃とはいえ、お前も覚えてるだろ? 俺を祭り上げて、帝国を真っ二つに割ろうとしやがった連中がいたのを」
グラインの母が亡くなってすぐ、彼を操り人形にして権力を得ようとする不届きな者たちが現れた。幸いにも、当時の騎士団によって全員捕らえられ処刑されたが……。
この時の経験が、母を失ったばかりで心の拠り所の無かったグラインに悪影響を及ぼしてしまった。自分がいたら、平和が乱れる。
家族に迷惑がかかってしまう。なら、遠く離れた場所に行けばいい。幼いグラインはそう結論付け、騎士となることを決めたのだ。
「覚えています。ですが兄上、これだけは言っておきます。あの時とはもう違う。今の私には力がある。それに、頼れる仲間たちがいる。もう二度と、兄上が不安を抱くような反乱など起こさせはしない」
「フィリール……」
「だから、帰ってきてください。たとえ腹違いでも、私にとって貴方は……大切な家族なんですから。父上や母上たちも、みんなそう思っています」
「……へっ、なんだか泣けてくるぜ。そこまで言われちゃあよ、帰らねえわけにいかねえな。よし分かった、この戦争が終わったら帝都に帰る! そん時は、盛大にお祝いしてくれよな! 約束だぞ!」
「もちろん! 帝都の民やキルトたちと一緒に、盛大に祝いますよ!」
フィリールの説得を受け、帝都に帰ることを決めたグライン。だが、この時まだ誰も知らなかった。フィリールと交わした約束が叶う日は……来ないということを。
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「ここですね、ふむふむ……。いい殺しっぷりだ、とても鮮やかで残酷で……思わず見惚れてしまう」
その頃、亮一はバルステラから与えられた転移石を使ってウィズァーラ軍とエヴァたちの戦いがあった場所へ赴いていた。
野晒しとなった数多の惨殺死体を観察しながら、いつもの微笑みを浮かべている。デッキホルダーから契約のカードを取り出し、右胸に装着したサモンギアに装填する。
『サモン・エンゲージ』
「さて、仕事を始めましょうか。南でも、別働隊が『仕込み』を始めた頃でしょうからね。こちらも張り切らせてもらいましょう。ふふふふふ」
以前キルトと戦った時とは違い、亮一の身体を黒いもやが覆っていく。前回は変身まではしなかったが、今回は違う。
マントの付いた漆黒の鎧と、頭部をすっぽり覆う不気味なペストマスクを被った不気味な姿へと変化を遂げた。
「さあ、よみがえりなさい。千人の死者たちよ。私のしもべとして、黄泉路より溢れる怨念の力を敵に叩き込むのです!」
『スレイブコマンド』
口上を述べながらサモンカードをスロットインし、亮一はよみがえらせる。死者の眠る地の支配者としての力が、荒野に満ちていく。
骸がドス黒い血を吐きながら立ち上がり、瞳に狂気の光を宿す。見つめるのは、遙か彼方にある紅壁の長城。今度こそ、かの要塞を攻略せんとしているのだ。
「さあ、行きましょうか。引導を渡してやりなさい、かの要塞にいる全ての者たちに」
「オオオオォォォォ……!!!!」
呻き声をあげながら、よみがえった骸たちは進軍を開始する。エヴァによって象が全て逃がされてしまったため、全員徒歩での移動だ。
だが、あまりにも禍々しい骸たちの進軍には異様な迫力があった。ゆったりと、それでいて軍隊特有の揃った足並みで進んでいく。
「さて、後はどのタイミングでバルステラ王が合図を送るかが鍵になりますね。ま、どんなに遅くとも敵将の命は今日じゅうに消えますが。ふふふふふ」
軍団の最後尾に陣取り、のんびり後を追いながら亮一はそう呟くのだった。
◇─────────────────────◇
夕方、エヴァはコーネリアスに頼んで物資を譲ってもらい長城に帰還した。予想以上の量を融通してもらえてご機嫌だったが……。
「なによ、これ……アタシがいない間に、何が起きたっていうのよ」
彼女が見たのは、地獄の光景だった。紅の輝きを放っていた城壁はドス黒く汚れ、あちこちが無残に破壊されている。
壊された壁から見える内部では、敵と相打ちになったと思われるデルトア兵たちが折り重なるように倒れ死体の山が築かれていた。
「フィリールたちは無事なのかしら……探しに行かないと!」
「その必要はありません、あなたの相手は私が務めさせていただきますので」
中庭に開けたポータルを消し、長城の内部に入って仲間を探そうとするエヴァ。そんな彼女の背後から、亮一の声が響く。
「アンタね? こんな真似をしたのは。どこのどいつか知らないけど、随分ふざけたことをしてくれたわね」
「実に楽しい一幕でしたよ、骸たちによる長城の攻略戦はね。ふふふふ」
「ああ、なるほど。アンタがキルトの言ってたタイドウリョウイチとかいうクソ野郎ね? 顔が見えないから分からなかったわ。ま、そういうことなら……全力でぶっ殺す」
『サモン・エンゲージ』
「実に楽しみですね。最強の攻撃力を誇るというあなたの力、一度味わってみたかったのですよ」
一刻も早く仲間の安否を知りたいエヴァは、早々に亮一を葬ることを決める。だが……その裏では、すでに悲劇が起きていたことを彼女はまだ知らない。




