140話─西で何が起きたのか
時はさかのぼる。決戦の日の朝、デルトア帝国西の国境。ウィズァーラ王国と帝国を隔てる要塞『紅壁の長城』の中では、騎士たちが忙しく働いていた。
「魔砲弾を運び込め! そーっとだぞ、落として起爆なんてしたら洒落にならん!」
「整備班はただちにバリスタの調整を行え! この日のために開発した連射式の力を敵軍に見せ付けてやるのだ!」
「食料ヨシ! 医療品ヨシ! 物資の補充は完璧だなっ!」
来たるウィズァーラ王国との開戦に向け、慌ただしく準備が進む。そんななか、エヴァとフィリール、ドルトの三人は司令官の執務室にいた。
「兄上、お久しぶりです。父上から聞きました、ウィズァーラの間者に暗殺されかけたと」
「おお、フィリール! なぁに、心配いらねえさ。俺ぁピンピンしてるぜ、暗殺なんかそう簡単にされっかよ! ガハハハ!!」
司令官用の執務椅子に座っているのは、褐色の肌を持つ筋骨隆々の大男。フィリールの兄、デルトア帝国第二皇子のグラインだ。
短く刈り込んだ赤髪をかきながら、豪快に笑い妹との再会を喜ぶ。椅子から立ち上がり、フィリールと熱い抱擁を交わす。
「で、こっちの二人が……アレだろ? 父上からの手紙にあったサモンマスターって奴らなわけだ」
「ええ、そうです。アタ……こほん、私はエヴァンジェリン・コートライネン。ガーディアンズ・オブ・サモナーズのNO.2を務めています」
「俺はドルト。同じくガーディアンズ・オブ・サモナーズの一員です。皇子殿下をお守りするべく、馳せ参じ──!?」
「おうおう、ありがてえこった! んじゃ、出会いを祝してぎゅっとしてやるぜ! 敬語なんか使わねえで楽にしてくんな!」
「うごおおお!? お、折れるぅぅぅぅ!!」
エヴァとドルトが自己紹介を行うと、グラインは笑みを深めこれまた熱い抱擁をドルトと交わす。万力にようなパワーに、ドルトは潰れかけのカエルのような呻き声を漏らす。
「兄上は、ああして挨拶代わりにハグをするクセがあってね。あの万力のようなパワーで締められると……とてもいい」
「……もしかして、アンタがドMになったのって……。いや、詮索はやめとくわ」
ハグされないように距離を取りつつ、はあはあしているフィリールに呆れ返るエヴァ。少しして、ドルトが解放される。
丁重にハグを断りつつ、エヴァは執務室にあるソファーに腰を下ろす。ここからは真面目に、対ウィズァーラ戦の作戦会議を行う。
「早速本題に入るぜ。偵察部隊からの報告によりゃ、敵の数はざっと千二百。こっちの二倍ちょいある計算だな」
「二倍ねぇ。で、こっちはどう出るわけ?」
「ま、打って出るのは得策じゃあねえやな。敵にもサモンマスターってのがいる上に、まだ俺の暗殺を諦めてねえからな」
「確かに、不用意に兵を出せば敵の暗殺者が紛れ込んでくる可能性が高い。……でも、それ以上に警戒しなければならない相手がいます、兄上」
「ああ、父上の手紙にもあった。サモンマスタードロウってのが、まんまと城に忍び込んで会議の内容を聞いてやがったってな」
フィリールの懸念は二つ。一つは、敵がまだグラインの暗殺に執念を燃やしていること。もう一つは、その下手人サモンマスタードロウことディガロの存在だ。
「あいつか。ディガロ……俺は奴のことを知ってる」
「え!? ちょっと、それ先に言いなさいよドルト。で、そのディガロってのはどんな奴なわけ?」
「……奴は昔、俺の故郷の森の近くにある鉱山で働いていてな。典型的な、気の優しい力持ちなドワーフだったよ」
「ドワーフ、か。意外だな、だが……何故暗殺者などに?」
「俺にも分からない。俺が子どもの頃、何か問題があって鉱山から追放されたらしくてな。森を出る前、長老にそれとなく聞いてみたがはぐらかされてしまって」
ハグのダメージが癒えたドルトが、ディガロとの意外な接点を語る。同時に、ほんの少しだけ相手の正体が掴めてきた。
相手がドワーフなら、習性を利用して罠に嵌められるかもしれない。ドワーフの大半は、大の酒好きだと知られている。
そこを突けば、ディガロを無力化出来る可能性があった。
「相手の種族が分かりゃ、こっちにも手の打ちようがあら」
「ヒッヒ、そいつぁムダなこってすなぁ。あっしは下戸でしてねぇ、酒は飲めんのでさぁ」
「! 兄上、危ない!」
グラインが満足そうに顎を撫でていた、その直後。彼の背後から、突然ディガロの声が響く。フィリールは咄嗟にソファーを立ち、兄の顔のすぐ横に拳を叩き込む。
すると、空気が揺らぎ……それまで視認出来なかったディガロが姿を現す。
「こいつがディガロ……一体いつからこの部屋に!?」
「ヒッヒヒ、お初にお目にかかりゃあすね。あっしは最初からこの部屋にいやしたぜ? またまた話はぜぇんぶ聞かせてもらいやし……おっと」
「人の部屋に土足で入り込むたぁ、いい根性してんなてめぇ!」
グラインが即座に反応し、振り返りつつ裏拳を叩き込もうとする。が、身体を反らして避けた後、ディガロはまた気配を極限まで消して透明になってしまう。
「くっ、また見えなくなった! エヴァンジェリンさん、フィリール皇女! 変身を……」
「おっと、今日のところは戦うつもりはありやせんぜぇ? お楽しみはこれからでさあ。今回は、あっしがこの長城に『いる』ってのを知ってもらうための顔出し。ヒヒヒ、いつ暗殺されるか……怯えながら過ごすこってさぁね」
「……チッ、恐らく奴は逃げたな。まずいぞ……まさかすでに入り込んでいたとは」
グラインの暗殺予告をした後、ディガロは執務室を出て行った。残された四人は、脂汗を流しながら立ち尽くしている。
あまりにも厄介な敵を前に、考えが纏まらない。こうしている間にも、ディガロは暗殺の機会を狙い続けているだろう。
いや、問題はそれだけではない。姿を消して自在に移動出来るということは、こちら側の機密情報を全て盗まれてしまうことを意味しているのだ。
「仕方ねえ……全騎士に通達を出すか。敵の暗殺者が潜り込んでるってな。とはいえ……どうやって対策すりゃいいのやら」
「まずいわね……キルトを呼べれば、何か知恵を出してくれるかもだけど。あっちはあっちで忙しいし、ここは自力で解決しないとね」
現在の時刻は、六時を少し回ったところ。キルトたちはこの時、レマール軍との戦いに身を投じている真っ最中。
とてもではないが、呼び出しに応えられる状況ではない。エヴァも薄々それを察しているがゆえに、ここにいるメンバーで問題を解決しなければならないと考えていた。
「……ま、なるようになるさ。もし殺されちまったとしても、そん時はそん時。むしろ、帝国の悩みのタネが一つ減り」
「兄上! たとえ冗談でもそのようなことを口になさらないでください!」
「っと、わりぃわりぃ。さて、俺は部下たちを集めてくる。悪いが、二人ほど残っててくれないか? この部屋には機密書類をしまってある金庫が隠してあってな、それを盗られるとまずいんだ。俺たちがここを出たところを狙ってこないとも限らんからな」
「では、俺が皇子殿下に同行しましょう。『目』だけなら大量に用意出来る、少しは敵の牽制になるでしょう」
ドルトはグラインに同行し、執務室を去る。残された女二人は、ソファーに座り込む。少しして、エヴァがフィリールに問う。
「ねえ、フィリール。一つ気になってたんだけど。あんたのお兄さん……明らかに血が繋がってないわよね? あんたやもう一人の兄と」
「……ああ、そうだ。彼は腹違いの兄なんだよ。今は亡き第二皇后……要は父上の側室の子なのさ」
フィリールとは明らかに肌や髪の色が違うことから、血の繋がりがないことを見抜いたエヴァ。そんな彼女に、フィリールは語る。
第二皇子グラインの、数奇な運命に弄ばれた半生について。
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