135話─アスカの選んだ答え
ムーテューラが去り、アスカたち天王寺一家だけが神殿の広間に残された。とりあえず、部屋の中央に集まり座る四人。
アスカは何か言わなければ……と思いはするのだが、言葉が出てこない。こんな形で再会するなど思ってもいなかったのだ。
「……アスカ。ワシらな、ずっと見とったで」
「へ? 見とったって、なにを?」
「ワシらが死んでからのこと全部や。お前にばっかり苦労させて……ホンマ、言葉も出えへん」
「私らはね、あの女神さんにずーっと見せてもらってたんよ。アスカの活躍をね」
地球で起きた事故で亡くなった後、アスカの家族三人の魂はムーテューラによって保護された。それからずっと、彼らは見守っていた。
悪しき者たちに洗脳されたアスカが救われ、正義のサモンマスターとして活躍する姿を。お前は一家の誇りだと、雄大は語る。
「知らへんかったわ……。そっか、オトンたちはずっとウチを見守ってくれてたんやね」
「せや。だからこそな、俺たちはお前にこう言いたいねん。アスカ、幸せになりって」
「……どういう意味や、兄ちゃん」
「お前、あのキルトっちゅうのに惚れとるんやろ? 俺から見てもな、お似合いやでお前ら。ま、身内の贔屓目も入っとるがな」
「アスカ。私らはもう死んだんや。女神さんは私らを生き返らせてくれる言うたけど……それがよくないことなんはよう分かる」
美咲と孝則は、アスカに語る。自分たちは、とうに死んだ身。それが生き帰り、元の生活に戻るのは因果を歪める良くないことなのだと。
「女神はんも言っとった。地球は神さん連中にとって本来関わっちゃならん『禁足地』みたいなトコやってな。せやから、そこの住人のワシらを生き返らせることで何が起こるか分からへんのやと」
「それでも、なんとかして生き返してやる言うてくれてな。俺たちが死んだのはあの女神さんのせいやないのに、義理堅いこっちゃで」
「せやったのか……。まあ、あのフィアロっちゅう神もいろいろ言っとったしなぁ……」
地球から転生・転位してきた者たちが現在進行形で迷惑をかけていることを知っているアスカは、雄大たちの言葉に頷く。
「ま、とにかくや。ワシらは特に生き返りたいとかは思ってないねん。そりゃ、後悔や無念はある。けどなぁ、アスカ。今のお前には新しい生活がある。せやろ?」
「……うん。あんな、オトン。ウチな、兄ちゃんにも指摘されたけど……キルトのことが好きなんや。地球に帰りたい気持ちと天秤にかけへんとならんくらいに」
「あのボンなぁ。ま、あんないい子やったらアスカを任せるのに不安はないわ。……ワシらも安心して成仏出来るっちゅうこっちゃ。なあ、美咲に孝則」
「せやね、でも……アスカがお嫁に行くのを見られへんのだけが心残りやわぁ」
「オカン……」
母の言葉に、思わずアスカは泣いてしまう。そんな彼女に、美咲は微笑みかける。
「ほらほら、泣くんやないの。アスカ、私らはもう消えてまう。せやから、最後に……こうして話が出来てよかったわ」
「そないなこと言わんでや! ウチはまだ、オトンたちになんも親孝行出来てない! 兄ちゃんとも、まだ一緒にいたい! なのに……」
「アスカ……ありがとな。そう言ってくれるだけで、ワシらは嬉しい。せやからこそ、ワシらはアスカに……新しい仲間と幸せになってほしいんや」
「オトン……ええんか? ウチは、キルトたちと一緒に行っても……」
問いかけるアスカに、雄大たちは力強く頷く。彼らにも、地球に帰りたい気持ちが無いわけではない。だが、それ以上に望んでいた。
愛する娘が思い人と結ばれ、幸せな人生を歩むことを。それが、すでに死んだ自分たちの願いなのだと語る。
「もちろんや。俺たちはいなくなってまうけど……アスカ、だからって家族の絆まで消えるなんてことはないんやで」
「兄ちゃん……」
「そうやで、アスカ。例え他人に生まれ変わってしもうても、すぐお前のこと思い出したるさかい。遠い空の下で、幸せを祈るわ」
「……ありがとう、オトン。オカンも兄ちゃんも、ホンマにな」
「あんたを待っとる仲間がおるんや、そっちに行き。私らのことはなーんも気にせんでええんよ」
死した自分たちより、生きて共にいる仲間を大切にしてほしい。そうした願いを受け、アスカの心は決まった。
大きく息を吸い込み、ムーテューラの名を呼ぶ。すると、広間の扉が開き死を司る女神がやって来る。
「経過時間三十分ちょーい。案外早かったじゃーん、決断するの。で、残る? 帰る? どっちにするん」
「決めたわ。ウチは……メソ=トルキアに残る」
「それでいいの? もう二度と地球に帰れないよ? 家族とも離ればなれになるよー?」
「それでも、や。今のウチには、あの世界が……キルトの隣が居場所なんや」
ムーテューラの言葉に、アスカは迷いの無い言葉でそう答える。そんな娘を、雄大たちは暖かな笑顔を浮かべて見守っていた。
アスカの決意を聞き、ムーテューラは頷く。彼女の決断を受け入れたのだ。ニカッと笑いながら、出入り口を指差す。
「おっけー、んじゃあっこからお帰りなさいな。あ、でもその前に。あーしからすぺしゃるさーびすしたげる」
「へ? なんやそれ」
「おーい、そこの三人。今からちょっとだけ地球とこの部屋繋げるからさー。娘になんか渡してやんなよ。思い出の品とか」
「ええの、女神さん。そんなことして平気なんか?」
「ほんのちょっぴりだけだしへーきへーき。バレてもあーしが怒られるだけだから気にしなーい。いつものこったしー」
今日この日をもって、永劫の別れとなる天王寺一家のためムーテューラが便宜を図ってくれるらしい。しばらく考えた後、雄大は渡すものを決める。
「ほんなら、一つアスカに渡したいものがある。ワシの店でつことるバンダナや」
「ええんか、オトン!? あれは店主だけが身に着けられる一流の証って言うとったやんけ!」
アスカの両親は、大阪でも名の知られたラーメン屋を経営している。髪の毛の混入を防ぐために、全ての従業員がバンダナを着用しているのだ。
その中でも、店主だけが着けることを許された特別なバンダナがある。雄大はそれを、アスカに託すことを決めた。
「アホ、ずっと見てたって言うたやろ? アスカ、今のお前は自分の店を持つ一人前の料理人や。あのバンダナを被る資格が、お前にはある」
「オトン……最高の贈り物やね、ありがとう」
「そんじゃー、空間繋げるよー。事故の起きた直後の時間にアクセスするから、さっさと目的のもん持ってきてー」
アスカたちが話している間に、ムーテューラは懐から青と赤、二つの宝石を取り出して力を解き放つ。目の前に空間の穴を作り出し、アスカの家と繋げた。
「おっし、ちょい待っててや。すぐ取ってくるさかいな」
「オトン、はよしてーや。アスカを待たせたらアカンで」
「わーっとるわ孝則! パーッと行ってパーッと帰ってくるわい!」
息子とそんなやり取りをしつつ、空間の穴に入る雄大。ほんの数分で目当てのものを探し出し、広間に戻ってきた。
乱雑に折りたたまれた、ラーメンのイラストが描かれた黒いバンダナがアスカに手渡される。大切な宝物を抱き締め、アスカは笑う。
「オトン、オカン、兄ちゃん。ありがとう……これ以外に、言う言葉があらへん。ウチはずっと……みんなのこと、愛してる。絶対に、忘れへんから」
「ああ、それだけで十分や。さ、もう行き。お前が行く場所は一つや!」
「身体に気を付けて、長生きしてな。私らの分まで、幸せに……うっ、ぐすっ」
「ダメやでオカン、泣いてたらアスカを気持ちよく送り出せへんやろ。……達者でな、アスカ」
「ありがとう……さようなら、みんな。ウチの大切な、大好きな家族……」
別れの言葉を交わし、溢れ出る涙を拭うアスカ。その時……彼女の目の前に、銀色の光を放つ一枚のサモンカードが現れる。
究極の選択を乗り越え、魂の成長を果たした彼女に道が開けたのだ。『REGENERATE』という、新たなる可能性が。
「こ、これは!? キルトと同じ……」
「おー、なんか始まったー。ほーん、これがちみらの使うカードなんだ。モノホン初めて見たわー」
アスカの前に現れたのは、群青色の渦を背景とし、その中で銀色に輝く指輪が描かれた『REGENERATE─決別』のカードだった。
家族との別れを乗り越え、新たな仲間と共に生きる決意を固めたアスカに相応しいカードだと言えるだろう。
「おお、びっくりしたわ。なんやよう分からんけど……頑張りや、アスカ!」
「うん! ありがとな、みんな。……ばいばい」
新たなカードを手に取り、アスカはムーテューラによって下界へ帰っていく。一つの選択の末に、アスカは己の生きる道を決めた。
家族から受け継いだ想いを胸に。再び戦いへと身を投じていくのだ。
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