134話─揺れ動くアスカ
初戦を終え、帝国騎士団はキルトたちと合流し国境の最寄りの街ペレトレスに帰還する。騎士たちやキルトらの帰還を、街の住民が総出で祝う。
「騎士様、この度はお疲れ様でした。皆様のおかげで、この街はレマール軍の攻撃を受けずに済みました。町民を代表して、お礼申し上げます」
「なぁに、帝国の民を守るのが俺たちの役目だからねぇ。うんうん、無事なのは何よりさぁ」
街のすぐ外に帝都へ帰還するための魔法陣を制作する間、宿や食事の提供をしたいという町長の申し出を受けるトムス。
魔法陣が完成すれば、最低限の国境監視要員を残りて他の騎士たちは帝都に帰れる。いくらなんでも、数千の騎士を養える蓄えはこの街にないのだ。
「トムス将軍、ご無事でしたか!」
「おお、ドラクル殿。いやぁ、なんとかね。貴君らの協力のおかげで、死傷者はギリギリ三桁行かずに済んだよ」
「……いえ、お礼を言われる資格はありません。結局、敵が撤退するまで共に戦えませんでしたから」
「真面目だねぇ、君は。気にしなくていいんだ、敵のサモンマスターの片割れを釘付けにしてくれただけで大助かりだよぉ」
「ククク、そういうこった。もう一人はオレが痛め付けてやったしな。クソほど面白くねぇ雑魚だったが」
ヘルガと合流し、街に帰ったキルト。無事トムスと再会出来たが、申し訳なさで心がいっぱいだった。
今回は事前にヘルガに連絡を取っていたために敵を出し抜けたが、毎回こう上手くいくとは限らない。いつだって不測の事態が起きる。それが戦争なのだ。
「まあええやん、次で挽回したればええんや。で、次の戦いはいつなんや?」
「そうだねえ、こちらも少なくない被害が出たし……敵の動きにもよるから明確にいつとは言えないなぁ。ま、少なくとも五日は休めるだろうさ」
「五日!? そらアカン、明後日にはウチ……」
次の戦いがいつになるかトムスに尋ねるアスカ。すると、そんな答えが返ってくる。……それは彼女にとって、聞きたくない答えだった。
「ん? どうしたんだい? 明後日なにかあるのかな?」
「あ、いや、まあ……。とにかく、しばらく戦いはないんですね? なら、僕たちはしばらく対レマールの特訓をしてますから。じゃ、また!」
三日後、アスカは答えを出さねばならない。メソ=トルキアに留まるか、地球に帰るか。最後までキルトたちと戦えないかもしれないと、アスカは不安になってしまったのだ。
そんな彼女を連れ、キルトはトムスと別れアジトに戻る。リビングに行き、変身を解除してソファに座って休む。
「あんがとな、キルト。ウチのこと気遣ってくれたんやろ?」
「うん、あのままだと根掘り葉掘り聞かれそうな感じだったし」
「……なあ、キルト。ウチ……まだ答えが出せないんや。こんな状況で、ウチだけ戦いをやめてええんかって……そう思うんよ」
うつむきながら、アスカはそう口にする。本音を言えば、地球に帰りたいという気持ちがあった。だが、それは戦いを途中で投げ出すことを意味する。
アスカがいなくなれば、キルトたちは戦力の低下に難儀することになる。下手をすれば、それが原因で負けてしまうかもしれない。
そう悩めば悩むほど、思考は泥沼にはまり込んでいってしまう。そんな彼女の隣に座り、キルトはただ静かに彼女の手を握る。
「……ああ、そうだ。我は急用を思い出した。キルト、しばらくアジトを離れる。……ゆっくりと、な」
「うん、分かった。ありがとう、お姉ちゃん」
そんな二人を見て、ルビィは嘘をついてリビングを出て行く。もしかしたら、この三日間がアスカと過ごす最後の時間になるかもしれない。
なら、出来るだけアスカとキルトが共に過ごせるようにしてあげよう。そうした心遣いに、キルトは内心感謝していた。
「……アスカちゃん。前にも言ったけど、僕はアスカちゃんには幸せになってほしいんだ。大切な仲間だからね。だから……もし、アスカちゃんが帰りたいなら。僕は、笑って……笑って、見送って……」
「キルト……無理せえへんでええ。ホントは嫌なんやろ、ウチと別れるのが」
自分に言い聞かせるように、そう口にするキルト。だが、声は震えて涙声になっている。泣きそうになっているのを我慢しているのが見え見えだ。
「……うん。別れたくないよ。僕だけじゃない、みんなそう思ってる! 過ごした時間は短いけど、それでも大切な仲間なんだもん!」
アスカに問われ、キルトは叫ぶ。いつも明るく、ムードメーカーになってくれた。美味しい料理を振る舞い、食の奥深さを教えてくれた。
何より、理術研究院に苦しめられた者同士……悲しみや苦しみを共有出来た友だった。そんな彼女を失うのが、キルトには耐えられなかった。
「……なあ、キルト。ウチな、あの日……キルトに洗脳を解いてもろて、救われた時からな。好きだったんよ、ずっと。友達としての好きやない、異性として好きなんや」
「アスカちゃん……」
「無理矢理異世界に召喚されて、無理矢理手駒にされて……そうして死んでいくはずやったウチを助けてくれた。そんなキルトが、ウチは大好きなんや」
アスカもまた、己の本音を吐露する。少年に救われたその日から抱き続けてきた想いを、今……キルト本人にぶつけた。
「……せやから、な。もしウチが地球に帰ってしもたとしても。忘れないでほしいんや。この気持ちを、ずっと」
「忘れないよ。アスカちゃんの話してくれた気持ち、永遠に覚える。だから……自分の──!?」
二人の顔が、少しずつ近付いていく。唇が重なり合おうとした、その時。アスカの身体が紫色の光に包まれて消えてしまった。
気が付くと、アスカは再びグラン=ファルダに召喚されていた。だが、今回彼女を呼び寄せたのはイミーラでもフィアロでもない。
広い神殿の広間に呼ばれたアスカが見たのは、紫色の長い髪を持つゴスロリドレスに身を包んだ少女だった。
「おっすー。イイ感じの雰囲気のトコ、急に呼んじゃって悪いねー」
「な、なんやあんた! あと少しでキルトとちゅー出来るとこやったのに!」
「あーしはムーテューラ。創世六神の一角、死を司る闇寧神なんよ」
「っちゅーことは、前にあったフィアロとかいう奴のお仲間かいな。約束の日まであと三日あるはずやろ、なんでウチを呼んだんや」
待望のファーストキスを邪魔され、アスカはかなり殺気立っていた。今にもデッキからカードを取り出して、変身しそうな勢いだ。
「実はさー、ちょっと問題が起きてんよー。ちみの家族の魂、思ったより早く浄化されちゃいそうなんよねー」
「……は? ちょい待ち、どういうことや?」
「いや、ちみの家族死んでるじゃん? で、地球に帰すには生き返らせる必要があるわけじゃん? ここまで分かる?」
「え、オトンたちの魂……こっちの方のあの世におるんか?」
「あーたまえよ、じゃなきゃちみらを地球に帰すなんて選択取れるわけないじゃん」
詳しく話を聞くと、地球での事故が起きた後、アスカの家族三人の魂はムーテューラに保護されたのだという。
が、上手く鎮魂の園の環境に馴染めなかったらしく加速度的に魂の浄化が進んでいったらしい。このままでは、あと二日も持たないとのことだった。
「悪いんだけどさー、決断前倒しにしてくんない? いくらあーしでも、浄化されて消えちゃった魂を復活させるのは無理なんよねー」
「……なんやそれ。いきなりんなこと言われて、即決出来るわけあらへんやろが!」
「あーしも申し訳ないなー、とは思ってるんよ。だからさ、ちみらで話し合って決めてよ。帰るか帰らないかをさ」
「へ? 何を言っ──!?」
ムーテューラが指を鳴らすと、彼女の側に三人の男女が現れる。アスカの家族……父の雄大、母の美咲、そして兄孝則。
魂の状態だからか、三人とも半透明になり身体が透けている。……どころか、膝から下は完全に消えてしまっていた。
「アス、カ……アスカ! よかった、こうして会えてホンマに……」
「オトン……はは、ホンマにオトンや。オカンに兄ちゃんも……なんか、不思議な気分やな」
「アスカ……久しぶりやね。確かに、死人が生者と話すなんて現実感あらへんわぁ」
あの事故があった日の服装のまま、変わりない姿で現れた両親と兄。彼らを前に、アスカは不思議と落ち着いた気分になっていた。
これまでずっと、日本にいた頃の常識では考えられないことばかり起きてきたために感覚が麻痺しているのだ。
「んなフワっとしたこと言うとる場合やないで、オカン。アスカ、話は聞いたやろ? 俺たちな……時間が残ってないねん。もうすぐ、俺たちは浄化されて別人に生まれ変わってしまうんや」
「そうなったら、ワシらはもう生き返れへん。まあ、別にそれならそれでええんや。もう死んでもうたんやから、今更ゴネても……なあ?」
「兄ちゃん、オトン……」
「んじゃ、ごゆっくり。あーしは下がってるんで、結論出たら呼んでちょ」
天王寺一家を残し、ムーテューラは広間を出て行った。こうして、予想外の形で始まることとなる。アスカたちの、最後の家族会議が。




