122話─アスカへの選択肢
「……です。さっさと起きるですよ、天王寺アスカ」
「うーん……あと五分だけ寝かせてぇや……。オッケー、寝かせたるわ……」
「自分で自分に二度寝の許可を出してんじゃねーです! とっとと起きるですよオラーッ!」
「んあっ!? なにするねんジブ……あれ、ここどこや?」
イミーラに拉致され、神々の住む大地へとやって来たアスカ。どうやら、牢屋に入れられているらしい。
「ここはろーやなのです。少し待つですよ、フィアロ様に引き渡すですから」
「……なあ、ウチどないなるん? 問答無用で殺されたりするんか?」
「そんなことはしません。貴女が悪人でないことは調べがついていますから。イミーラ、ご苦労様でした」
「フィアロ様! もうお仕事は終わったです?」
「ええ、思いのほか早く終わったので。まだ仕事はたくさんありますから、こちらの案件を手早く終わらせようと急いで来ました」
サモンギアとデッキホルダーは没収されてしまっており、脱出する手立てはない。不安になったアスカが尋ねたところで、牢屋に一人の少年が現れた。
純白の鎧を身に纏い、片方の手に天秤が収められた白色のオーブを持っている。イミーラの反応から、この人物が創世六神の一人なのだとアスカは気付く。
「イミーラが手荒な真似をしたようで、申し訳ありません。僕はフィアロ。創世六神が一角、審判神を務める者です。以後お見知りおきを」
「はあ、ご丁寧にどうも。……で、なんでウチはこんな目に遭わされとんねん? そこ納得出来るように教えてや」
「ええ、こちらとしてもそのつもりです。あ、そうそう。イミーラ、貴女の行いはムーテューラ共々しっかりと見ていましたよ」
「ぎくっ!」
「……ムーテューラは大変怒っています。ただちに彼女の元に行きなさい。分かりましたね?」
「おーのー、なのです……けつあなぶっこ抜き確定なのです……」
うっかり機密事項を口走ってしまったことは、バッチリ上司にバレていたようだ。死刑宣告にも等しい命令を下され、この世の終わりのような顔をしながらイミーラは去って行った。
「さて、イミーラも去りましたし。お話しましょう、何故貴女をこのグラン=ファルダに勾留する必要があったのかをね」
「おう、さっさと話してーや」
「実はここ百年ほどの間に、貴女のようにテラ=アゾスタルから転生・転移してくる者たちが増加しているのです。現在確認出来た範囲では、すでに千人近く」
「ちょ、ちょい待ち! ウチや亮一以外にも、異世界転移やら転生しとる奴らがぎょうさんおるっちゅうんか!?」
「ええ、その通り。単に他の大地への転生や転移をすること自体は、さほど問題ではないのですが……」
フィアロの口から語られた、衝撃の事実にアスカは驚きで開いた口が塞がらない。彼女や亮一以外にも、大勢いるのだ。
地球……テラ=アゾスタルからの転生・転移者が。それ自体は問題ではないらしいのだが……。
「ほとんどの者が、『チート』と称する固有能力を持って各大地に出現しています。そして……そのほぼ全員が、大地の平和を乱すため戦乱を引き起こしているのです」
「あー……うん、分からんでもないな。ウチかて真っ当な方法で転移しとったら、多分チート能力使ってやりたい放題しとったろうし」
「貴女方の問題は、まさにそこなのです。ほとんどの転生・転移者は僕たち神々……そして、闇の眷属に対して非常に敵対的な言動をしています」
「え? ちょい待ち、神さん連中や闇の眷属たちが転生とかさせてるんちゃうの? ウチや亮一みたいに」
「そんなわけないでしょう。貴女を含む何人かはレアケースなのですよ。僕たちが自分から、面倒の種を撒くわけないじゃないですか」
またしても驚きの事実が発覚し、アスカは混乱してしまう。どうやら、地球人を転生・転移させているのは神々や闇の眷属ではないらしい。
むしろ、自分と亮一……それ以外にも少数いる者たちは滅多にないレアケースだと聞かされ疑問が生じる。一体誰が、何の目的で事を起こしているのか。
「なあ、ほんなら誰が黒幕なんや?」
「……ニード・ノット・トゥ・ノウ。情報とは知るべき者だけが知っていればいい。すなわち、今の貴女には知る資格は無いということです」
フィアロに質問するアスカだが、けんもほろろに突っ返されてしまった。大規模な転生・転移を引き起こしている者の正体は教えられないらしい。
「さて、話を変えましょう。貴女の経歴は調べさせていただきました。その結果……大いに情状酌量の余地有り、と判断しました」
「まあ……ウチ、一方的な被害者やもんな。で、その結果どうなるんや」
「貴女には二つの道を用意してあります。一つ、時を巻き戻して貴女が転移する前の状態に世界をリセットします」
「……っちゅーことはアレか? ウチは地球に戻れるってことかいな」
「ええ。もちろん、貴女が転移するきっかけとなった事故も起こらぬよう、因果律を改変します。そうすれば、貴女は家族と共にテラ=アゾスタルで暮らし続けられます」
神の言葉に、アスカの心が揺れる。あの悲惨な事故が起きず、家族と共に生きていける。一度は過去と決別した彼女にとって、これほど強い誘惑はない。
「もう一つは、このまま貴女を釈放しメソ=トルキアに帰すという選択肢です。貴女は仲間と共に悪と戦っていますから、このままでも問題無しと判断しました」
「……なあ。それって、今すぐ決めへんとアカンの?」
「そうですね……確かに、今すぐに決めろというには悩ましい選択ですから。分かりました、十日ほど猶予期間を差し上げます。一度地上に戻り、仲間とよく相談しなさい。そして、自分の道を決めるのです」
もし、人生をやり直せるのなら。そんな想像がアスカの頭の中に生まれ、かつて固めたはずの決意を揺らがせていく。
苦悩する彼女に、フィアロは考える時間を与えた。牢屋から解放し、キルトたちのいる地上へとアスカを送り届ける。
『十日後、もう一度貴女をグラン=ファルダに呼び出します。その時までによく考えておきなさい。選択は一度だけ……それを忘れずに』
「……なんて言われても、ウチ……どうしたらいいんや。ウチは、この世界で生きていくって決めたのに。今更そんなこと、言わんでほしかったわ……」
サモナーズショップに戻ったアスカは、店の二階に設置したポータルキーを使ってアジトに戻る。自室に入り、ベッドに寝転ぶ。
覚悟を貫き、キルトたちと共にメソ=トルキアで生きていくか。それとも、因果律を改変した世界で家族と平和な時を歩むか。
「……決められるわけ、あらへんやないか……」
そう呟き、アスカは頭から布団を被って身体を丸める。彼女が選ぶ道は、どちらなのか。その答えを知る者は、まだ存在しない。
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時は少し巻き戻る。アスカがイミーラに拉致されていた頃、キルトはシュルム邸である人物の到着を待っていた。
シュルムやテレジア共々、キッチリ正装してリビングに待機している。そこまでして到着を待つ人物は、ただ一人。
「まだかな、まだかな……」
「うふふ、キルトったらそんなにそわそわして。大丈夫よ、お母様はもうすぐ帰ってきますわ」
「そうとも。のんびり待っていればいいのさ」
二年に及ぶ任務を終え、帰郷するエルミアを出迎えるための準備をしていたのだ。初めて義母と対面するとあって、キルトは緊張していた。
「そ、そうは言っても……やっぱり、初めてお会いするわけですし。どうしても緊張しちゃいますよ」
「大丈夫だキルト、前にアスカに教えてもらった。こういう時は、手のひらに米という字を書いて飲み込む仕草をすると落ち着けるらしい」
「なるほど、流石お姉ちゃん! ……ところで、その米って字はどう書くの?」
「それはだな……」
「うんうん」
「それは……」
「うん……」
「忘れた」
「ズコーッ!」
ルビィと漫才じみたやり取りを繰り広げ、少しキルトの緊張もほぐれた。その時、リビングにメイドが一人やって来る。
「旦那様、奥方様を乗せた馬車が屋敷の正門に到着しました!」
「来たか! よし、迎えに行くぞメレジア、キルト!」
「はい!」
「はーい!」
ついにエルミアが帰還し、キルトと顔を合わせることに。果たして、親子の対面の結果やいかに。




