117話─決戦の日の朝
「……これは驚きました。まだ新しい力に慣れていないとはいえ、これだけの破壊力を発揮出来るとは」
「へっ、まだまだ完全なコントロールにゃ至らねえってか。ま、いいさ。おかげで課題は見えた。感謝するぜ、リョウイチ」
翌日の朝、ティバと亮一の戦いは終わった。結果はというと、ティバの体力・魔力切れによる負け。しかし、ただ負けたわけではない。
彼らがいた山奥一帯は、ティバの身体から溢れ出る力によって破壊し尽くされ……昨日までとまるで違う、惨状を呈していた。
「そうですか、ま……私としては、あなたが勝とうが負けようがメリットしかありませんので。これ以上首を突っ込むのはやめて」
「なあ、帰る前に一つ聞かせてくれ。お前の過去のデータを見た。なんでお前は……多くの人間を殺した? お前のいた大地じゃ、人を殺す必要なんてないはずだろ。しかも、ガキをだ」
戦いが終わり、双方変身解除した状態で語り合う。亮一が召喚された後、彼の記憶を複製してアーカイブしたデータをタナトスが作成した。
それを見たティバは、亮一が未成年を狙った連続殺人事件を起こしていたことを知った。ゆえに、機会があれば聞いてみたいと思っていたのだ。
「お前のいたニホンって国は、戦争とは無縁の平和な国らしいな」
「おや、アーカイブされた私の記憶を見たのですね。ええ、そうです。確かに、日本は概ね平和ですよ」
「魔物どころか、神も闇の眷属もウォーカーの一族も存在しない。オレたちからすりゃ、信じられない楽園だ。なのに、なんであんたは……不要な殺しを繰り返した?」
「決まっているでしょう? 悲しみを味わうためですよ」
問われた亮一は、不気味な笑みを保ったままそう答える。あまりにも意味の分からない答えに、ティバは思わず唖然としてしまう。
「……何を言ってる、お前。どういう意味だ、分かるように説明しろ」
「あなたは疑問に思ったことはありませんか? 一人の命が失われる時、その人物と親しかった者たちはどんなに悲しむだろうか、と」
「そんなの、オレ自身がよく分かってる。てめぇに言われるまでもなくな。……もったいぶるな、何が言いたい?」
「ええ、私は知りたかったのですよ。愛する者……特に、自分の子どもを殺された親がどれほどの悲しみと絶望を抱くのかを」
「つまり、お前は……」
「考えるだけでワクワクしてくるのですよ。私に子を殺された親や、その子のきょうだいがどれだけ嘆くのか? おおいに悲しみ、後を追いたくなるほどの絶望に沈むのか……その様子を想像しただけで、私は楽しくてたまらない」
亮一が殺人を犯した、あまりにもおぞましい理由を知ったティバ。あまりにも理解し難い、狂ったコトバを並べ立てる彼を見て怖気を覚える。
彼は知らなかった。泰道亮一という男は、あまりにも救い難いサイコパスであることを。思わず一歩後退ると、亮一はさらに笑みを深めた。
「おや、怖いのですか? あなたも私の同志かと思っていたのですが。意外と良心があるのですね」
「ふざけんな、てめぇみたいな狂人と一緒にするんじゃねぇ!」
「ふふふ、そうですか。ま、いいでしょう。……そろそろ私も欲望を抑えられなくなってきていましてね。これから『遊んで』きます。タナトスには明日まで帰らないと伝えておいてください」
「待て、遊ぶだと? まさか……」
「ご安心ください、闇の眷属には手を出しませんよ。どこか適当な大地に行って、『楽しんで』くるだけですから。では、もし会えたらまた明後日お会いしましょう」
そう言い残すと、亮一はティバが止める間もなくテレポートで去って行った。一人残された彼の全身から、ドッと冷や汗が吹き出す。
「……ったく、これから弔い合戦だってのにどえらいことを聞いちまったな。タナトスの野郎、とんでもねえ怪物を召喚しやがって」
人の皮を被った怪物。そう断言していい亮一の本性を知ったティバはそう呟く。だが、いつまでもへたり込んでいるわけにはいかない。
亮一との手合わせを通して、力の使い方は覚えた。後は完全なコントロールが出来るように仕上げをしてから、リベンジするのだ。
ネヴァルやゾーリン、ボルジェイの仇であるキルトへ。
「……一休みしたら、最後の仕上げにかかるか。待っててくれ、ネヴァル。オレは必ず、勝ってみせるから」
そう呟き、ティバは修行を再開するのだった。
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「……っちゅうわけやな。メソ=トルキアに潜伏させとった黒蠍衆のモンからの報告は以上や、コリンはん」
「うむ、その者を十分に労ってあげておくれ、エステル。しかし、そうか……ボルジェイの奴おっ死におったか。ぶぁっはっはっ、ざまあないのう! これまでの悪事の報いじゃ、実に愉快なことよ!」
その頃、コーネリアスは配下の忍びからとある報告を受けていた。キルトとの戦いに敗れ、ボルジェイ戦死す……と。
ボルジェイの死は、まだ理術研究院から正式な発表がされていない。この情報を理研の公表より前にリークすれば、暗域中に大騒動が起こるだろう。
「すでに、何人か独自のルートでこのことを知った連中がおるようでなぁ。タナトスを暗殺しに行ったようやけど、みんな行方不明になっとるで」
「よいよい、己の力を過信する阿呆は消えるのが闇の眷属の定め。大方、タナトスを追い落として理研の院長の座をかすめ取ろうとしたんじゃろ。愚かな奴らよの」
エステルと呼ばれた忍びの少女は、主にして夫であるコーネリアスの上機嫌っぷりに気を良くしていた。キルトの故郷の件以降、何かと不機嫌だったのが解消されたのが嬉しいのだ。
「おお、そうじゃ。アゼルのところで、なんぞ面白いことをやっとるようじゃな。かっぱらった西の理研施設を使って、やっとるんじゃろ? サモンギアとやらの解析を」
「せやせや、自分らの戦力増強になるかもしれへんてことでひっそりやっとるみたいや。……ウチらも一枚噛ましてもらうん?」
「当然じゃとも。三百年前の事件を解決してもらった時から、わしゃ大いに興味を持っておったんじゃ。ここはみんなを巻き込んで、大々的に研究しようではないか」
久しぶりに悪巧みが出来ると、コーネリアスは嬉しそうに笑う。そんな彼に、エステルは問う。
「みんな? ウチらとアゼルはんとこと……後はリオはんたちかいな?」
「うむ、それもそうじゃがの。ほれ、しばらく前に天上の連中……創世六神が送り出したテラ=アゾスタルからの転生者がおるじゃろ? 奴も誘ってやろうと思うてな」
「えー、あのキツネっ子を!? 大丈夫なんか、ウチら以外とはまだ面識ないんやろ?」
「面識は無くとも、話くらいは聞いていよう。どうせやるなら、盛大に、な。ふふふふふ」
コーネリアスの計画を聞き、エステルは仰天する。現状、とある理由から地球から来た転生及び転移者は警戒対象なのだが……。
幼い魔戒王はそんなことお構いなしと、自分の計画に容赦なく巻き込むつもりでいる。もし他の魔戒王にバレれば、タダでは済まないだろう。
「ええんかなー、ウチ知らんで? ヘタに巻き込んで神さん連中にドヤされても、助けられへんよ?」
「案ずるでない、連中がわしとあやつ……ユウ・ホウジョウの接触を許したということが一種の保証よ。ま、ユウ本人が乗ってくるかは本人のみぞ知る、じゃが」
「はあ……ま、ええわ。ほんなら、ウチらでアゼルはんのとこに話持ちかけてくるさかい、おとなしく待っとってや」
どこまでも楽観的な主兼夫に呆れつつ、エステルは話をつけに行くため部屋を後にした。一人残ったコーネリアスは、ふと窓の外を見る。
朝日が輝く紫色の空が、徐々に暗雲に覆われはじめていた。少し風が出てきたようで、僅かに音が聞こえてくる。
「……嵐が来そうじゃな。ボルジェイの死で、何かが確実に変わる。それがいいものか、悪いものか……見届けさせてもらおうかの」
そう呟き、コーネリアスは椅子から立ち上がり窓に近寄る。少しの間外を見つめた後、静かにカーテンを閉めた。
嵐が暗示するものは、果たして……。




