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114話─ただ一人の友、別れの時

 辛くも暗域へ逃げ延びたティバとネヴァル。だが、すでにアウロラルスターシュートを受けたネヴァルに助かる道はなかった。


 攻撃が直撃した腹部を中心にして、少しずつ全身の凍結が進んでいる。治療しようにも、無我夢中でポータルを開いた先は人気の無い荒野。


 もう一度ポータルを使い、最寄りの街や理術研究院に向かったとしても……治療をする前に、力尽きてしまうだろうことは明らかだ。


「ネヴァル……なんで、なんでだよ? なんでオレを助けた? あんな真似しなきゃ、お前は……」


「バカ、ね……。助けないわけ、ないじゃない。だって……あんたは、あたしの……たった一人の、大切な友達なんだもの」


 横たわるネヴァルを抱き、ティバは問う。何故己を犠牲にして、自分を助けたのかを。そんな彼に、ネヴァルは答える。


「ずっと、一緒に生きてきた……。あの街が焼き払われる前から。お互い支え合って……喜びも、悲しみも分かち合って」


「……ああ、そうだな。懐かしいもんだよ。孤児院の先生を、いたずらでよく困らせてたよな。オレたち」


「ふふっ、そうね。とっても懐かしくて……もう戻れない、切ない思い出。それを共有出来るのは……もう、この世にあなたしかいない」


 かつて暮らした街は、孤児院は……もう存在しない。そこで共に暮らした職員や孤児たちは、戦火に呑まれ消えてしまった。


 だからこそネヴァルは、ずっと恐れていた。いつの日か、ティバもあの日のように喪ってしまうかもしれないと。


「あたしは、あなただけは……何があっても助ける。あの日、そう誓ったのヨ。だって、あたしは……ティバ、あなたが好きだから。ライクじゃなくて、ラブの方でね」


「え……? 嘘だろ、お前そんな素振り一度も」


「言えるわけ、ないじゃない。どんなにオンナらしく着飾って、振る舞っても……あたしが男だって事実に変わりはないもの。……怖かったのよ。あなたに告白して、拒絶されるのが。これまでの関係が、壊れてしまうのが」


 たった二人、降ってわいた戦火を生き残ったティバとネヴァル。ボルジェイに引き取られ、理術研究院で暮らす日々の中で。


 少しずつ、ネヴァルはティバに惹かれていった。苦楽を共にしてきた、大切な仲間に。だが、それは同時に恐れの感情を抱かせた。


「タナトス様辺りに頼んで、いっそ性転換しようと思ったこともあったけど……出来なかった。怖かったのヨ、あたし。ホント、何をするにも中途半端な腰抜けで……」


「もう、いい。それ以上自分を卑下するな。バカだよ、お前。オレが告白されたくらいで、お前を拒絶するわけねえだろうが」


 自嘲するネヴァルに、ティバはそう答える。その目尻には、涙が浮かんでいた。


「ティバ……」


「ごめんな、ネヴァル。お前の気持ちに気付いてやれなくて。最後だから言わせてくれ。オレも……お前が好きだ。ラブかと言われたら、微妙だけどさ」


「……ふふ、いいのヨ。そっか、拒絶されずに済んだのね、あたし。こんなことなら……もっと早く、告白すればよかったな……」


 少しずつ命の温もりが失われていくなか、ネヴァルは柔らかな微笑みを浮かべる。頬を一筋の涙が流れ落ち、乾いた土に染み渡っていく。


 もはや、思い残すことはない。そう考えていたネヴァルだったが、まだ一つだけやらなければならないことがあることを思い出す。


「ああ、そうだワ。おいで、ビューコック」


「ピィ、ピュアァ……」


「ネヴァル、何をするつもりだ?」


「あたしの命が消える前に、この子との……本契約を、解除するの。この子まで、死なせるわけにいかないから」


 腰から下げていたデッキホルダーを、震える手で取り出すネヴァル。魔力を流し込み、相棒であるクジャク型のモンスター『ビューコック』を呼び出した。


 ビューコックは悲しげな瞳で契約者を見つめていたが、やがてデッキにクチバシを付ける。それを見て頷き、ネヴァルは契約の終了を宣言した。


「サモンマスタールージュの名において、ビューコックとの本契約の解除を、宣言するわ……」


「ピィィ……キュウゥ」


「泣かないで、ビューコック。短い間だったケド……あなたとサモンマスターをやれて、本当に……楽し……うっ、ゲホッ!」


「ネヴァル!」


「もう、時間切れみたい……。さようなら、ティバ、ビューコック。あたしの、大好きな……仲間たち……」


 口から血を吐いた後、ネヴァルの瞳から光が消え……息を引き取った。エンブレムが消えたデッキホルダーが手から滑り落ち、カタンと音を立てる。


「ネヴァル……うう、うああああああ!!!」


 たった一人の友の最期を看取り、ティバは嗚咽を漏らす。この時初めて……彼は怒りではなく、悲しみを覚えた。


 これまでずっと、怒りに満ちた人生を送ってきたティバ。だが……愛する友の死が、彼に最後の贈り物を授けてくれた。


「ピュー……」


「……ありがとよ、ビューコック。お前だって泣きたいだろうに、慰めてくれて。ネヴァルを埋めよう、手伝ってくれ」


「ピュイ!」


 今までのティバなら、怒り狂い手当たり次第に暴れ回った後、懲りることなくキルトの元に舞い戻っただろう。仇討ちのために。


 そして、今度こそ引導を渡されネヴァルの献身が無に帰していた。しかし、今の彼は違う。獣のように生きてきたティバの心に、慈愛が芽生えていたのだ。


「っし、これでいいな。……ごめんな、ネヴァル。墓標に出来そうなものなんて、これくらいしかない。せめて、お前の生きた証と共に……安らかに眠ってくれ」


「ピュイ……」


 数十分後、ビューコックと協力してネヴァルを埋葬したティバ。墓標の代わりに、彼が使っていたデッキホルダーを盛られた土に突き刺す。


 心にぽっかりと穴が開いたような、虚しさを覚えるティバ。そんな彼の側に、いつの間にかカーネイジファングが寄り添っていた。


「グルル……」


「わ、ビックリした。なんだ、慰めてくれるのか? ありがとよ、おかげで……少し元気が出た」


 名にいただく残虐さはなりを潜め、相棒を慰めるように顔を舐める白き虎。ティバは寂しげに笑った後、相棒の頭を撫でる。


「……オレ、ようやく分かったよ。なんでこれまで、二人がかりなのにキルトに勝てなかったのかを。オレは弱かった。肉体がじゃない、心がだ」


「グル……」


「ピューイ?」


「これまでは、ずっと怒りに支配されて見なくちゃいけないものを見落とし続けてきた。焦って、苛立って、空回りして……そんなんじゃ、勝てるわけないのによ」


 誰に語るでもなく、そう呟くティバ。あの日、全てが炎の中に消えた時から抱き続けてきた怒りは完全に消えた。


 後に来たるは、新たなる魂の境地。失った悲しみを糧にして、少年は次のステージへと進む。そう、すなわち……。


「!? な、なんだ!? ネヴァルの墓の上に、何か出てきたぞ!?」


「ガルッ、グルルゥ!」


「これは……サモンカード? 何か書いてあるな。なになに……『REGENERATE(リジェネレイト)』?」


 ネヴァルを埋めた土の上に、白い光を放ちながら一枚のカードが現れる。キルトが手にしたのと同じ、可能性の扉を開く力。


 灰色の渦を背景に、白い指輪が浮かぶ絵が描かれたカードの上部には『REGENERATE(リジェネレイト)─鎮魂』の文字が刻まれている。


「……暖かい。きっと、このカードにはネヴァルの想いが込められているんだな。よし、なら!」


「グル?」


「ピュイ?」


「行くぜ、お前ら! いつまでもクヨクヨしちゃいられねぇ。修行するんだ、今度こそキルトに勝つためにな。オレに足りないものを見つけ出し、ネヴァルに勝利を捧げるんだ!」


「ガルッ!」


「ピュウ!」


 新たなカードを手に取り、ティバは墓を中心にした半径十メートルのエリアに認識阻害の結界を張る。これで、誰もこの墓の存在を感知出来ない。


 何者にも墓を暴かれることなく、ネヴァルは安らかな眠りに着けるのだ。最後にもう一度だけ、親友の墓標を見つめてからティバは歩き出す。


「……さようなら、ネヴァル。お前との思い出は、永遠に忘れない」


 二体のモンスターを連れ、ティバは呟きを残して去って行く。一陣の風に乗った一粒の涙が、地に落ちて消える。


 キルトとティバ、二人の戦いに真の決着がつく時が少しずつ近付いてきていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 捨てられた者、拾われた者、多くの物を失いながらも寄り添ってくれた者からの愛に善も悪もないか(ʘᗩʘ’) 多くの物を失い巡り合ったキルトとルビィ、拾われ居場所を得た者同士で歩んだティバとネヴ…
[一言] ……まさかティバも進化するとはな ……ならば、全力で戦って貰おう!!
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