109話─目覚めし力! 氷獄のニヴルヘイム!
吹き荒ぶ冷気が、まるでキルトを守るかのように周囲に満ちていく。ボルジェイが狼狽えるなか、新たな力を得た少年はゆっくりと前に進む。
「ボルジェイ、ここからはもうお前の好きにはさせないよ。お父さんとお母さんを愚弄し、苦しめた罪……今ここで裁かせてもらう!」
【カリバーコマンド】
キルトはそう叫びながら、義手から一枚のカードを取り出す。所有するサモンカードは、ノーマルモデルから一新された。
少年が取り出したのは、青色の輝きを持つ両刃の剣が描かれたカード。それを盾に取り付けられたスロットに挿入し、武器を呼び出す。
「舐めた口を……! 何度やっても同じだ、また武器を消滅させ」
「させない! コキュートスカリバーの力、その身に食らえ!」
「なっ……がはっ!」
再びロストコマンドを使い、剣を消し去ろうとするボルジェイ。だが、そう何度も同じ手を使わせるほどキルトは愚かではない。
神速の踏み込みで一気に加速し、ボルジェイの元に到達する。剣を振るい、相手が身に着けているイリーガルギアを切り裂きつつ遙か後方に移動した。
「ぐ、う……クソッ、よくもサモンギアを! だが、この程度のダメージ……!」
『イリーガル・ロスト……ロス……エラー』
「なんだと!?」
「斬り付けた瞬間、僕の魔力を流し込んだ。お前自慢の妨害系カード四種は、もう使えない。まだやる気があるなら、武力で僕を倒してごらんよ」
『ま、貴様のような腰抜け腑抜けの臆病者にそんな度胸があるとは思えんがな。惨めに逃げ帰って、タナトスにでも慰めてもらったらどうだ?』
イリーガルギアが破損し、ロスト、コンファイン、シール、トラップの四枚のカードが使えなくなったボルジェイ。撤退を視野に入れる、が。
キルトとルビィに挑発されて、我慢していられるほど彼の精神は成熟していなかった。頭に血が昇った彼は、戦いの継続を選ぶ。
「黙れゴミどもがぁぁぁぁぁ!!! 後悔させてやるぞ……この俺をコケにしたことをな! お前たちがどれだけパワーアップしようと、ムダだということを教えてやる!」
『イリーガル・アックスコマンド』
『イリーガル・クローコマンド』
「死ねぇぇぇ!! キルトォォォォォ!!」
「来い、ボルジェイ! 決着をつけてやる!」
二枚のカードを用い、左腕に攻防一体のランペイジクローを。右手にミノスの大戦斧を装備したボルジェイは走り出す。
振り下ろされる斧による一撃を、キルトは振り向きざまに左腕の盾……ヘイルシールドで受け止める。続けて飛んできた爪を後ろに飛んで避け、突進し反撃に出た。
「食らえ! ギガフリーズタックル!」
「そんなもの弾き返してやる! ランペイジクラッシュ!」
負けじとボルジェイも体当たりを繰り出し、返り討ちにしようとする。だが、キルトは止まらない。盾による殴打と体当たりの二段コンボで、爪を破壊してみせた。
「!? バ、バカな……」
「食らえ! コキュートススラッシャー!」
「がはっ!」
怯んだボルジェイに向かって、斬撃が放たれる。第一撃が、相手の胸板を切り裂く。続けて炸裂した第二撃が、斧を弾き飛ばす。
そこからさらに、キルトの猛攻が続く。これまでの悪行を裁くための連撃が、少しずつ確実に……ダメージを与えていく。
「これはお前に操られて苦しんだ、お父さんとお母さんの分!」
「がはっ!」
「これはお前たちのせいで人生を狂わされた、アスカちゃんの分!」
「ぐおあっ!」
「これはお前たちの誘いで道を踏み外し、破滅しかけたドルトさんの分!」
「も、もうやめ……」
「そしてこれは! お前たちに全てを奪われた僕の……」
『そして、怒りを共有する我からの……』
「トドメの一撃だぁぁぁぁ!!」
「うっ……がぁぁぁぁ!!!!」
全力を込めた斬撃が炸裂し、ボルジェイは鮮血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。地面を転がり、うつ伏せに倒れ込む。
全身を切り刻まれ、満身創痍ではあったがまだ生きていた。この時点で死ねていれば、どれだけ楽だったか………それを、少し後に思い知ることになる。
「舐め、やがって……! 俺は、まだ生きているぞキルト……!」
『イリーガル・ヒールコマンド』
『ほう、奴め。傷を癒やし立ち上がってくるか。なら、我が手痛い仕置きをしてやる。キルト、我をアドベントしてくれるか?』
「うん、分かった。いくよ!」
【アドベント・コキュートスドラゴン】
スロットから『REGENERATE─相愛』のカードが半分飛び出し、キルトの手で再装填される。そうして現れたのは、姿の変わったルビィ。
紅蓮の鱗は深い青色に染まり、翼膜にはキルトの盾と同じく雪の結晶の模様が描かれていた。リジェネレイトにより、彼女も新たな力を得たのだ。
「なんだ……キルト、貴様何をした!? 何故本契約モンスターが、アルティメットコマンドを使っていないのに顕現している!?」
「ああ、知らないんだね。ゾルグは報告する前に死んじゃったから。僕たちだって、お前らのようにサモンギアを改良してるんだ。お姉ちゃん、行っていいよ!」
「ああ、では遠慮なく!」
「ぐっ、来るな! クソッ、こうなったら!」
『イリーガル・ガトリングコマンド』
「こいつで吹き飛ばしてやる! 死ね!」
未知のサモンマスターが用いる、重火器を呼び出したボルジェイ。地面に設置したガトリング砲を起動して、大量の弾丸を放つ。
「ムダだ、そんなもの蚊に刺されたほどにも感じぬ。我が怒りの吹雪、その身に受けて凍り付け! ヘルブリザードブレス!」
「ぐっ……あああああ!!」
ルビィは息を吸い込み、氷のつぶてを含んだ凍て付く冷気のブレスを吐き出す。全てを凍らせるブレスにより、ガトリング砲は即座に凍結した。
ボルジェイも凄まじいダメージを受け、その場でのたうち回る。呼び出した武器が砕け散って消滅し、抵抗の無意味さを思い知らされる結果に終わった。
「ぐ、う、あ……。クソッ、よくも……よくもこんな……殺してやる、殺してやるぞキルト……!」
『イリーガル・ソードコマンド』
「キルト、奴は何か仕掛けてくる気だ。お前の中に戻る、守りを固めよう」
「そうだね、お姉ちゃん。念には念を入れておかないとね」
アドベントを解除し、再びキルトと一つになるルビィ。そんななか、ボルジェイはサモンマスタージーヴァが使う剣を呼び出した。
この時点で、キルトはボルジェイが次にどんなカードを使うのか予想出来ていた。かつて惨敗を喫した、あのカードが来る。その予想は、当たった。
「お前はこのコンボで負けたと聞いている。つまり! 俺がこいつをやれば、お前に逆転勝利出来るというわけだぁ!」
『イリーガル・アクセルコマンド』
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
サモンマスタージーヴァことバイオンの切り札、超加速の力を使うボルジェイ。目にもとまらぬ速度で動き、キルトを切り刻もうとする。
『来るぞ、キルト!』
「うん、分かってる。でもね……前と一つ、違うことがあるんだ。今の僕なら──相手の動きが全て『視える』!」
かつての苦い記憶がよみがえり、キルトに警戒を促すルビィ。だが、キルトは何も恐れていなかった。新たな力を得た彼には、ボルジェイの動きがスローモーションのように見えていたのだ。
「死ね……」
「甘い!」
「なっ!? ならばこうだ!」
「そんなもの、当たらない! お前の動きには……ムダが多すぎるんだよ、ボルジェイ!」
「ぐはあっ!」
超スピードの攻撃を避け、カウンターの一撃で吹き飛ばすキルト。バイオンの洗練されたムダの無い動きに比べ、ボルジェイは隙だらけだった。
卓越した技術を持つバイオンと、そうでないボルジェイ。同じ超加速があっても、元の実力に天と地の差があっては宝の持ち腐れなのだ。
「う、クソッ……何故だ、何故だ! 何故俺が勝てない!? 地べたを這い惨めに傷を負っている!? イリーガルギアがあれば、誰にも負けないはずなのに!」
『何故、か。そんなことも分からんのか、貴様は。誰かを利用し、陥れることしかしてこなかった貴様が力を得ても、付け焼き刃にしかならぬのだよ』
「そうさ、ボルジェイ。僕たちはずっと、守るべきもののために戦ってきた。その中で技術が、精神が磨かれ……強くなってきた」
『何の努力もせず、くだらない不正で勝ちを得ようなどとする貴様に負けるわけがない。全ての努力が報われるわけではない、が……努力せぬ者に、栄光の女神が微笑むことはない!』
「黙れ……! 黙れ黙れ、黙れ! 俺は理術研究院の院長だぞ! いずれは大魔公に、そして魔戒王になるんだ! それが、こんなところで……死ねるものか!」
キルトとルビィの言葉をはね除け、なおも足掻こうと立ち上がるボルジェイ。だが、もうゲームセットの時が来た。
「悪いけど、これ以上お前と遊ぶつもりはない。今度こそトドメを刺す。そして……因縁にピリオドを打つ!」
【アルティメットコマンド】
「はあああ……やあっ!」
キルトは義手から輝くオーロラが描かれたカードを取り出し、スロットに挿入する。力を溜め、腕を前方に突き出す。
すると、腕からドラゴンの頭部を模した青色のオーラが放たれボルジェイに直撃する。オーラは鎖へと変わり、宿敵を地に縫い付ける。
「ぐうっ!? なんだこれは、う、動けない!」
『この鎖は我自身だ、ボルジェイ。そのまなこを開き見るがいい。人生最後の光景を!』
全身を絡め取る鎖から抜け出そうともがくボルジェイの耳元に、ルビィの声が響く。直後、ボルジェイは見た。
キルトが真上に向かってジャンプするのを。そして、空が暗くなりオーロラが現れたのを。
「てやあああああっ! 食らえ、ボルジェイ! 僕とお姉ちゃんの新しい奥義を!」
「や、やめろ! 来るな、来るんじゃない! 俺は、俺はまだ……」
「奥義……アウロラルスターシュート!」
キルトが叫んだ直後、背中に纏っていたマントが弾け十字の光が放たれる。爆発に押し出され、急加速したキルトがボルジェイ目掛け流れ星のように突き進んでいく。
「これで……終わりだぁぁぁぁ!!」
「うっ……バカ、なぁぁぁぁぁ!!!!」
必殺の跳び蹴りを叩き込まれ、ボルジェイは冷気に包まれ爆発四散する。キルトが着地し、後ろを振り向くも……そこには、凍り付き砕け散った宿敵の残骸だけが転がっていた。
『……終わったな、キルト。これでやっと……過去を、乗り越えられたな』
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。そして、お父さんとお母さん。みんなのおかげで……勝てたよ」
頭の中に響いてくるルビィの声に応え、キルトは空を見上げる。輝くオーロラの中に、ジェイクとアメリアの姿が見えた。
微笑みを浮かべる二人が、オーロラと共にゆっくりと消えて行くのを……いつまでもずっと、キルトは眺めていた。




