106話─ミッション完遂
時は少しさかのぼる。エヴァたちが理術研究院に忍び込み、地下三階に到達した頃。ミューゼン近郊の平野に、怪しげな人影があった。
「ククク、講和会談に向かわせたのは影武者。まさか俺がこうして単身攻撃を仕掛けるなぞ、誰も思うまい」
そこにいたのは、タナトスと共に講和会談に向かったはずのボルジェイだった。彼はタナトスにすら相談せず、単独で事を起こしていたのだ。
魔魂香炉を使ってキルトを再起不能に追い込み、そこを自分が襲撃し殺害する。そうすることで、ネクロ旅団との戦いに敗れた汚名を返上するつもりなのだ。
「独自に開発したこのイリーガルギアがあれば、キルトに負けることはない。奴の住む街もろとも、この手で消し去ってやる」
胸に身に着けた、鈍色の輝きを放つプロテクター型のサモンギアを撫でながらボルジェイは呟く。左腰には、砕けた南京錠のエンブレムが彫られた薄灰色のデッキホルダーが下げられている。
「さて、そろそろ行くか。あまり時間をかけるとタナトスが影武者に気付きかねん。ククク、覚悟しろキルト!」
『サモン・エンゲー……エラー発生。モンスターとの本契約が完了していません。モンスターとの本契約を行ってください』
「フン、くだらん。そんなもの、この俺には不要。さっさと黙れ、不快なキカイめ! このカードでも読み込んでいろ!」
デッキホルダーから何も描かれていない、ブランクの契約カードを取り出しスロットインするボルジェイ。だが、そんなことをしても変身出来ない。
サモンマスターノーバディという例外を除き、モンスターとの本契約を行って初めて契約のカードが効力を発揮するのだ。だが……。
『インジャスティス・アクセス開始……。各サモンギアに侵入中……モンスターデータ及びサモンカードのインストールを開始……』
デッキから新たに砕けた南京錠と、それを掴む手が描かれたカードを取り出し読み込ませるボルジェイ。すると、サモンギアから不安を掻き立てる金属音が鳴りはじめた。
ボルジェイはノーバディギアを除く、現在本契が完了しているサモンギアに不正アクセスを行いデータを複製しているのだ。
キルトを確実に抹殺するため、あらゆるモンスターとサモンカードの違法コピーを行い、その力を我が物にしようとしていた。
『インストール完了。サモンマスターイリーガルの権限により、保存したデータの使用が許可されました』
「これで準備完了だ。覚悟しろ、キルト!」
万全の準備を整えたボルジェイは、全身から殺気を放ちながらミューゼンへと向かう。再起不能になっていても、キルトなら確実に自分の気配を察して現れるだろうと踏んで。
だが、深い眠りに着いているキルトが彼の気配を察知することはなかった。その代わり……。
「! キルトに向けられるこの殺気……並々ならぬものだ。方角からして、ミューゼンの近くにいるのか……?」
キルトの看病をしていたルビィが、ボルジェイの放つ殺気に気が付いた。何者かがキルトを抹殺せんと、ミューゼンに向かっているのを悟る。
「何者かは知らぬが、ミューゼンの民に危害は加えさせぬ! ……済まない、キルト。少しの間だけ待っていてくれ。すぐに賊を始末し、戻ってくるからな」
エヴァたちはオペレーション・サンダーソードに参加しており不在。ウォンとは連絡を取れず、プリミシアは各地を放浪しヒーロー活動の真っ最中。
ドルトはルマリーンにて謹慎しており、ヘルガは基本戦力としてカウントしていない。そのため、ルビィ自ら迎撃に向かうことを決めた。
そっとキルトの耳元でそう呟き、頬にキスをしてからルビィは出撃する。襲撃者の正体がボルジェイだと知ることもなく。
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時は戻り、理術研究院第二牢棟・地下四階。実験体8837号ことサモンマスタートリックを撃破し、見事帰還を果たしたエヴァたち。
「はー、やっと帰ってこれた! 二度と行かないわよ、あんなクソテーマパーク」
「全くだ。爆弾満載のカートに追われるのはこれっきりにしたいものだね。……でも、ちょっと楽しかったな。カートの運転は」
「んな呑気なこと言うとる場合とちゃうで……。はあ、疲れてしもたわ……」
一歩間違えれば死ぬ、という状況を切り抜けた三人は疲労困憊な状態だった。そこに、のほほんとした様子でリリンが降りてくる。
「何をヘバっているんだ、お前たちは。魔魂香炉は目の前……って、もう破壊しているじゃないか! たった数分で、ここまで破壊するとは! よくやったぞ、お前たち」
「はあ? 数分? そんなわけないでしょ、こっちはあのクソピエロに……って、あら!? 本当にぶっ壊れてるじゃない」
廊下の奥に鎮座していた魔魂香炉は、サモンマスタートリックの死と連動し破壊されていた。その機能を喪失し、もう輝きを放ってはいない。
いつの間にか任務を達成出来ていたことを喜んだ後、下に降りてから何があったのかをリリンに説明するエヴァたち。
「ふむ、なるほど。どうやらその遊園地とは時間の流れがズレていたようだな。ま、もう終わったことだ。気にすることはない」
「それはそうなんだけどねー、なーんかこうモヤモヤする……って、あんた何持ってんの?」
「ああ、これか? 先ほど戦ったトカゲもどきの頭蓋骨の中に埋め込まれていたんだ。私の矢を通さないほどの頑強さを誇るものの正体が気になってな、解剖して取り出した」
「うえっ、ようやるわホンマ。あれ? それサモンギアとちゃうの?」
エヴァに問われ、得意気に戦利品を見せびらかすリリン。粘液にまみれたソレを不快そうに見ていたアスカは、正体に気付いた。
「あー、ホントね。よく見るとカードを差し込むスロットがあるわ。デッキホルダーっぽいものが刺さってたし、クソピエロの存在といい……」
「考察は後だ。我々はやるべきことをやった。帰還するまでが任務だ、気を抜かず脱出するぞ」
「あ、なら最後に。あのクソ装置、完膚なきまでに粉砕してから帰るわ」
『ナックルコマンド』
「オラッ! よくもキルトを苦しめたわね! ミノスナックル!」
いくつかの謎が残ったが、その答えを考えるのは後回し。新手の敵が来ないうちに脱出しようと提案するリリンに、エヴァはそう答える。
機能停止した魔魂香炉に近付き、パンチの連打を叩き込む。キルトを苦しめ、再起不能寸前まで追い込んだキカイは粉砕され、完全に滅された。
「フン、ざまあみなさいっと。リリン、もう帰りましょ。お腹空いちゃったしね……って、いない!? もしかしてアタシ置いてけぼり!?」
すっきり爽快、フラストレーションを発散したエヴァは後ろを振り向く。が、そこにはリリンやフィリールたちの姿はなかった。
エヴァを放置し、先にフライハイトに帰ってしまったようだ。放置されたエヴァは怒り心頭、彼女らを追うべくポータルを開く。
「もーあったま来た! 人を置いてくなんて信じらんない! 戻ったら一発ブン殴ってやる!」
リリンに仕返しをせんと、エヴァはぷんぷん怒りながらポータルの中に飛び込む。最後の最後で揉め事の種が撒かれたものの、無事ミッションを達成したのだった。
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「う……あれ? 誰も、いないの?」
その頃、アジトではキルトが目を覚ましていた。いつもなら側にいるはずの、大切な半身がいないことに気付く。
嫌な予感を覚えたキルトは、急ぎ支度を整え外に飛び出す。ルビィの気配をたどり、ポータルキーを使って転移する。
「どこに行っちゃったんだろ……。左腕も痛むし、何か良くないことが起きそうな気がする……。ルビィお姉ちゃん、無事だといいんだけど……」
そう呟きながら、キルトはミューゼンにあるシュルム邸の地下室に移動した。その瞬間、彼は察知する。宿敵、ボルジェイの放つ殺気を。
「これは! そうか、この殺気に気付いたからお姉ちゃんは……。急いで追わないと!」
ルビィがいない理由に気付いたキルトは、急いで地上に出る。使用人たちが驚くなか、勢いよく気配の元へ向かって走っていく。
一方、一足先にミューゼンに来ていたルビィは……。
「貴様、何者だ? この並々ならぬ殺気……よほどキルトを殺したいと見える。名を名乗れ!」
「俺はボルジェイ。理術研究院の院長だ。はじめましてだな、キルトの相棒」
「そうか、貴様がそうなのか。貴様の方から乗り込んでくるとは、よほど高い勝算があるようだな。そうでなければ、気でも狂ったのだろう」
「フン、初対面にしてはご大層な挨拶だな。口を慎め、トカゲ。俺は気が短いんだ、無礼な口を利くと」
「利くと、なんだ? 自分の手で武功の一つも立てられぬ臆病者の腰抜け風情、恐れる理由などない。むしろ、今我は歓喜している。ようやく……貴様を殺せるとな!」
「チッ、減らず口を! いいだろう、貴様を殺せばキルトも死ぬ。ここでくたばれ、トカゲ!」
互いを口汚く罵りながら、二人は身構える。キルトの不幸の始まりとなった宿敵との戦いが、ついに幕を開ける。




