103話─魔魂香炉を守るモノ
気になることがあるらしきリリンを残し、エヴァたちは先へ進む。地下三階に降りると、鼻をつく腐臭が漂ってくる。
どうやら、地下三階は先ほど戦ったトカゲのような怪物たちを収容しておくフロアらしい。そこかしこに牢があるが、全て鉄格子が破壊されていた。
「うー、ひっどい臭いやな! 臭くってかなわんわ」
「ずっとここにいたら鼻がひん曲がりそうね。さっさと下に降りましょ、目的地はすぐそこよ」
「ああ、そうだな。いくらなんでも、この匂いは本当にキツい……」
流石のフィリールも、この悪臭にはドMる余裕はないようだ。先に進みながら牢屋を覗くと、大量の排泄物が堆積している。
どうやら、この排泄物が悪臭の原因らしい。とはいえ、わざわざ掃除する必要もないため三人は急いで地下四階へ降りていく。
「はあ、しんどかったわ。ここまで来れば、流石にもう臭わんわ」
「そうね、さて……この階の奥に、例の魔魂なんちゃらがあるわけね。さっさとぶっ壊して、キルトを助けるわよ」
「ああ、そうだな。私が先行しよう、先ほどの化け物やそれに類する敵がいないとも限らんからな」
一旦変身を解き、再変身してサモンカードをリセットしてからフィリールが先頭に立つ。あらかじめウォールコマンドを使い、守りを固める。
地下四階はこれまでと異なり、一本道がずっと続いているだけだった。敵襲を警戒しつつ、奥まで進んでいくと……そこに、装置があった。
「アレね、例の魔魂なんちゃらってのは。だーれも守りについてないのね、なんか拍子抜けしちゃうわ」
「せやな、随分とおざなりな警備やで。ま、ウチらとしちゃそっちの方がありがた……ん!? なんや、光りはじめたで!?」
廊下の一番奥に、赤と黒で彩られた円筒状の香炉が置かれていた。上部から煙がくゆり、何とも言い難い匂いを放っている。
目的のブツ、魔魂香炉を破壊するため一方踏み出すエヴァたち。その瞬間、装置に異変が起きた。突如として、白い光を放ちはじめたのだ。
「何か出てくるぞ……。あれは、人の上半身……か?」
「よく来たな、侵入者たちよ……。我が差し向けた『デキソコナイ』どもを軽く一蹴するとは。かなりのやり手と見える」
「デキソコナイ? それはさっきの怪物たちのことか。いや、それより……お前は何者だ?」
「我は実験体8837号。この魔魂香炉を守る番人であり……人工的に作られたサモンマスターなり」
魔魂香炉の前面が盛り上がり、人の形へと変わっていく。そうして現れたのは、ピエロのような格好をしたヒトの上半身だった。
黒と赤のチェック柄の道化師装束を身に着け、頭にはメリーゴーランドのマークが着いたクラウンハットを被っている。
顔を白粉で塗り潰したソレは、フィリールに問われ名を名乗る。
「ふぅん、なるほど。あんたとあの怪物たちが、実質的にここの警備員だったってわけね。そりゃ他に誰もいないわけだわ」
「侵入者たちよ、問答はここまでだ。我に与えられた使命はこの装置の死守。この『サモンマスタートリック』が貴様らを仕留めてくれる!」
「フン、偉そうなことほざいてくれるじゃない。ならやってみなさいよ。アタシたちを一度に相手取れるんならね!」
「やってみせよう、道化師の遊び心を堪能するがよい!」
『サモン・エンゲージ』
実験体8837号は口を開き、手を突っ込んで契約のカードを取り出す。遊園地の絵が描かれたソレを、左の手のひらにある細長い穴に差し込んだ。
改造によって作られた存在なだけあって、彼自身がサモンギアとデッキホルダーを兼ねているらしい。すかず飛びかかろうとしたエヴァだが……。
「! 空間が歪みはじめてる……。二人とも、気を付けて! 敵は何をしてくるか分からないわ、まずは守りを固めるのよ!」
「ガッテン!」
「了解した!」
「そう身構える必要はない。さて、貴様たちに一つ質問だ。ピエロが最も必要とされる場所はどこでしょう?」
「はあ? いきなり何を言い出すんやジブン」
「正解は、そう……遊園地だ!」
周りの景色が歪んでいくなか、エヴァは敵の攻撃に警戒するよう仲間たちに促す。一方、実験体8837号は謎かけを行う。
彼が叫んだ直後、眩い光が廊下を包みエヴァたちの視界を塗り潰す。目を開けていられず、思わずまぶたを閉じる三人。
「く~、なんちゅう光量や。まぶしゅうでかなわ……んんん!? な、なんやここ! ホンマもんの遊園地やんけ!」
「これはどういうことだ……? 一体何が起きている?」
「! あいつがいない……二人とも、円陣を組むわよ! 死角を作らないようにして!」
アスカたちがまぶたを開くと、驚くべき光景が目に飛び込んでくる。狭い廊下から一転、彼女らは広大なテーマパークの広場にいたのだ。
ジェットコースターにメリーゴーランド、お化け屋敷に観覧車。様々なアトラクションがある、オーソドックスなタイプだ。
何が起きたのか分からずフィリールが困惑しているなか、実験体8837号が魔魂香炉ごといなくなっていることに気付いたエヴァ。
二人に忠告し、素早く円陣を組んだ直後。突然、三人の頭上から色とりどりの紙吹雪が降り注ぎ、空中に現れた大量のクラッカーが鳴らされる。
「ようこそ、ようこそおいでくださいました。皆様が当園初のお客様でございます。夢と不思議のワンダーランド、クラウンズワールドをお楽しみください」
「あ、出てきた! ちょっと、アタシたちをこんなところに引きずり込んで何がしたいわけ!?」
「敵対者に人生最後の楽しい遊びを提供する、それが我の役目。さあ、存分に遊び……死ぬがよい!」
『プレイコマンド』
唖然としている三人の目の前に、完全な人型となった実験体8837号が姿を現す。真っ赤な玉に乗り、七色の玉をジャグリングしながら挨拶を行う。
エヴァに問われ、道化師は答える。直後、全ての玉を投げ捨てて口の中から一枚のサモンカードを吐き出した。
カラフルなリースやらなんやらで装飾されたPの文字が描かれたカードをスロットインすると、突如エヴァたちが別々の場所にワープさせられる。
「ファッ!? なんやここ、コーヒーカップやん! うわー、なんか懐かしいわー」
アスカが飛ばされたアトラクションは、コーヒーカップ。中央に巨大なティーポットが鎮座する円形の台座の上を、複数の大きなカップが回るものだ。
ここが敵地でさえなければ、童心に返ってゆるりと遊んだことだろう。だが、今はそんなことをしている余裕はない。何故なら……。
『よく来たね! 僕はこのアトラクションを管理するキャスト、ジェントルくんだよ! あっつあつの紅茶をたっぷり召し上がれ!』
「冗談やないわ、ウチそんな暇ないね……おおっ!?」
『ダメだよ、ここに来たからには遊んでいってもらわなきゃ! さあ、回転スタート!』
キャストを自称する、シルクハットを被った紳士の姿をした腹話術人形がアスカの前に現れる。相手を無視して出ようとするアスカだが、そうもいかない。
出入り口が柵で閉じられ、台座が回転しはじめる。すると、ティーポットがグラグラ揺れ、傾いた。動き出したティーカップに、何かの液体を注ぐ。
「何するつもりか知らへんけど、外に出したくないっちゅうならあんたをシバかせてもら──あぶな!?」
逃げ場を失ったアスカは、ジェントルくんを倒せば出られるだろうと考え相手の元に向かおうとする。だが、そこに液体満杯のティーカップが迫る。
飛び散った液体が床を溶かしたのを見て、アスカは悟る。ティーカップの中に注がれているのは、単なる熱い紅茶ではないと。
『おー、よく避けられたね! 素晴らしい! じゃ、次はあっつあつの硫酸紅茶をガブ飲みしてみよう!』
「ドアホ! んなことしたら死ぬやんけ! もうあったまきた、絶対あんたシバいたる!」
溶けた床が即座に修復されるなか、アスカはケラケラ笑っているジェントルくんへ怒りを募らせる。次々と襲ってくるティーカップを避けつつ、少しずつ先へと進んでいく。
「あっぶな! ったく、なんちゅー物騒なアトラクションや! 他の二人、似たような目に遭っとるやろうな……無事ならいいんやけど」
カップが移動する度にこぼれる硫酸を避けつつ、一人ぼやくアスカ。一方、フィリールはというと……。
『さあ、レースも盛り上がってまいりました! 残すは最終コーナー、ここで各カートは獲物を仕留められるのかー!?』
「冗談じゃない、なんでこんな殺人カートに追われねばならんのだ!」
クラウンズワールドにあるアトラクションの一つ、ゴーカートエリアに飛ばされたフィリール。彼女はそこで、爆弾を搭載した無数のカートに追いかけ回されていた。
こちらでは、レーサーのような格好をした腹話術人形の『疾走ちゃん』がアトラクションのキャストを務めているようだ。
「はあ、はあ……走り回って体力が……キッツ❤ 見ていろ、私をおちょくるとどうなるか思い知らせてやる!」
幻想と殺意の遊園地にて、それぞれの戦いが始まる。




