98話─現れたる者は
翌日の朝、アジトのリビングにて。キルトを除くメンバー四人が集まり、緊急の会議を行っていた。
「……で、キルトはどうした?」
「とりあえず、魔法をかけて夢すら見ない深い眠りにつけたわ。効果は丸一日持つから、今のところはこれで安心だけど……」
「そうか、分かった。だが、それも一時しのぎにしかならん。どうにかして、あの亡霊どもを排除せねばキルトの心が壊れてしまう」
「……由々しき問題だな。今回ばかりは、私も真面目にならねばなるまい」
錯乱状態が悪化しつつあったキルトは、エヴァの用いた魔法によって眠らされた。今はアジトの自室に寝かされている。
とりあえずの応急処置は出来たが、これだけでは根本解決には至らない。フィリールも真剣な表情を浮かべ、どうすれば解決出来るか考えていた。
「やっぱり、ここはエキスパートに頼るべきだと私は思うのよ。ここでうだうだやってても、事態が好転するわけないし」
「エキスパート? 誰に頼むつもりなんや?」
「コーネリアス様の御友人が、闇寧神……要は死者たちを統べる冥府の女神と懇意になされているの。その方と接触して、亡霊を何とか出来ないか相談するのよ」
「なるほど、それはいい案だ。だが、そう簡単に協力してもらえるかどうか……その前に、その人物は何という名だ?」
「アゼル・カルカロフ。ネクロ旅団の首領にして、我が主の盟友よ」
自分たちでどうにか出来ないなら、その道の専門家を頼るべき。そうエヴァが提案し、フィリールとアスカが食い付く。
フィリールに尋ねられ、エヴァは協力を仰ぐ予定の相手の名を伝える。なんの因果か、現在理術研究院と交戦中のネクロ旅団の王。
アゼルが今回の事態解決に相応しいと、協力を取り付けに行くつもりのようだ。
「それ、大丈夫なんか? ウチらに関わっとるヒマあるん? その人」
「大丈夫、アタシのとこにも随時戦争の情報が入ってきててね。もう決着がついて、今は条約締結のための交渉をしてるとこだって。あ、もちろん理研が負けたわよ」
「だろうと思った。あの虎男とオカマ鳥だけで勝とうなど、そもそも無謀過ぎるのだ」
果たして、戦争の真っ只中で忙しいアゼルに協力してもらえるのか。アスカが懸念を示すも、エヴァは楽観的な口調でそう告げる。
一月にも満たない期間でのスピード決着に、流石のルビィやフィリールも呆れ果てていた。閑話休題、話し合いは次の段階に入る。
「では、早速コンタクトを取りに行こう。とは言っても、我はキルトを看ていなければならぬゆえ共に行けぬが」
「あんたらは面識無いし、ここで待ってなさい。アタシが行って、ちゃちゃっと話をつけ」
「その必要はない。こちらから接触するつもりでいたからな」
その時、廊下へ繋がる扉が開き一人の女がリビングに入ってくる。真っ赤なドレスを身に着け、頭にはこれまた赤いヴェールを着けた女だ。
手にはコーネリアスしか持っていないはずのマスターキーが握られており、空中に放り投げてはキャッチするのを繰り返していた。
「あら、あんたは……ネクロ旅団死天王筆頭、リリンじゃないの。ナイスタイミングね、こっちから出向こうと思ってたのに」
「そうか、では手間が省けたな。諸君、改めて自己紹介させてもらおう。私はリリン、ネクロ旅団の王アゼルの妻にして最高司祭が一人。よろしく頼む」
「ああ、我はルビィ。偉大なるエルダードラゴンだ」
「ほう、お前『も』そうなのか? これは奇妙な縁もあったものだ、ちょうど私の旧い知り合いにもエルダードラゴンが……っと、話が逸れたな。本題に入ろう、そこの少女、私を茶と菓子でもてなせ」
「うわっ、偉そうなやっちゃなジブン……」
女……リリンはアスカを指名し、自分をもてなせと指示する。偉そうな振る舞いに閉口しつつ、アスカはしぶしぶ紅茶の用意を行う。
「噂通りの傲岸不遜さね、リリン。あんまり行儀悪いことしてると、あんたの夫に言い付けるわよ?」
「ふん、客がもてなされるのは当然のことだろう? ま、それは今はいい。率直に言おう、我が夫からお前たちへ『ある作戦』への参加の打診があってな。それを受けてもらえないか、私が交渉に出向いたわけだ」
客である以上、もてなされる権利自体はある。が、あまりにもふてぶてしいリリンの態度に、エヴァは呆れてしまう。
もっとも、そのリリン本人はどこ吹く風と受け流していたが。紅茶の用意が進むなか、本題が切り出される。
「作戦だと? まずは内容を聞かせてもらおうか」
「ああ、もちろん。今回の作戦は、東部理術研究院への……」
「ちょ、ちょい待ってや。今東部っちゅうたか? あの施設、他にもあるっちゅうんかいな!?」
「あら、そういえば話してなかったわね。理術研究院は、暗域の第十一階層世界……『ロナーク』の東西南北の四カ所に施設があるの。ボルジェイたちがメインに使ってるのが、東にある理研なのよ」
「そういうことだ。で、そこに『あるもの』が存在していると、先に潜入している闇寧神ムーテューラ様の部下から連絡があった。ソレを破壊するのが、今回の任務だ」
初耳な話に、アスカは驚きをあらわにする。そんな彼女に説明をした後、作戦の内容が告げられた。どうやら、施設内にある『装置』の破壊が目的らしい。
「ふむ。で、ソレとはなんなのだ?」
「潜入している下級神からの報告だと、『魔魂香炉』と呼ばれる魂を洗脳し操るための装置らしい。それを使って、鎮魂の園から拉致した死者を無理矢理使役しているようだ」
「あちゃー、それは闇寧神怒るわ。あの女神、普段はぐーたらなクセして仕事には人一倍マメだし」
その後も、リリンによる説明が続く。そもそもの事の発端が、死者たちの眠る地……『鎮魂の園』から二名の魂が行方不明になった事件だという。
ムーテューラに依頼され、理術研究院との戦争をしている裏で調査を進めたところ……当の理研が関わっていることが判明したのだ。
「拉致されたのは、ジェイク・メルシオン並びにその妻アメリア・メルシオン。この二人だ」
「メルシオン……そうか、キルトの実の両親だな。ボルジェイめ、死者の眠りを妨げてまでキルトを苦しめるつもりか!」
「実に許しがたい行いだ。死者の冒涜は、決してしてはならない禁忌だというのに」
何故キルトの両親の亡霊が敵対行動に出たのか、謎は解けた。全ては、キルトを弱らせるためのボルジェイの策略だったのだ。
そのことを知り、ルビィやフィリールたちは憤る。そんな彼女たちに、リリンは真剣な眼差しを向けていた。
「我々ネクロ旅団としても、このような蛮行を見過ごすことは出来ん。特に、アゼルの怒りは私でも鎮められないほどだ。宥めすかして説得するのに、五日はかかったくらいだよ」
「ん? 何を説得したんや?」
「もちろん、ロナークごと理術研究院を滅ぼすことだ。流石にそれはまずいからな、全力で説き伏せてやめさせた」
生と死を統べる者として、今回のボルジェイの行いは許せるものではなかった。激昂したアゼルが暴走しないよう、なんとか押し留めたのだとリリンは語る。
「その代わり、私が事態の収拾に当たるよう厳命された。そこに、コリンのところの忍びどもから連絡を
貰ってな。お前たちのことを知ったわけだ」
「なるほど。で、今回の作戦に誘ったってわけね」
「ま、そういうことだ。セキュリティの都合で、すぐにでも動く必要がある。作戦の決行は明日の早朝だ。今ここで決めろ。伸るか反るか、二つに一つだ」
腐っても、暗域最高の頭脳の持ち主たちが属する組織。理術研究院のセキュリティは強固で、潜入している者も長くは姿を隠せない。
迅速に行動し、魔魂香炉を破壊しなければならないのだ。そのための作戦に加わるか、傍観するに留めるのか。
どちらかを選べ、そう突き付けられたエヴァたちの答えは……。
「決まってるわ。行くに決まってるでしょ? キルトを苦しめるクソ野郎は、アタシがとっちめなきゃ気が済まないわ」
「私も行こう。キルトは私の恩人であり、守るべき者だ。彼の盾として、行動しなければ。そうでなければ私は、騎士として失格だ」
「ウチにとっても、キルトは恩人なんや。今ここで恩返しせえへんかったら、ウチはもう誰にも顔向け出来へん。必ずキルトを救うんや!」
エヴァ、フィリール、アスカ。三人とも即座に作戦への参加を表明する。キルトの看護をしなければならないルビィ以外、全員が身を投じた。
「そうか、ではこの茶を飲み終わったら共に来てほしい。作戦会議を行うからな。それと、そこのエルダードラゴンよ」
「なんだ? リリンとやら」
「いつか暇が出来たら、私たちの故郷……ギール=セレンドラクに遊びに来るといい。我らの大地にも、エルダードラゴンがいる。同胞と会えるのは、双方にとって望外の喜びだろうからな」
「なんと、それは真か!? なら、キルトを救い、理術研究院との決着をつけたら……ありがたく誘いに乗らせてもらおう」
ルビィにそう告げた後、リリンはアスカが運んできた紅茶を一気に飲み干す。クッキーを一枚囓った後、ポータルを作り出した。
「エヴァ、フィリール、アスカ。我の分まで大暴れしてきてくれ。だがボルジェイは殺すな、我も一発ブン殴ってやりたいからな」
「はいはい、んじゃ四分の三殺しに留めとくわ。さあて、キルトのため……一肌脱ぎますか!」
「ああ!」
「やったるで!」
こうして、新たな戦いが幕を開ける。のちに『オペレーション・サンダーソード』と呼ばれる作戦が始まるのだ。




