97話─亡霊の呪縛
「ど、どうして……。夢の中だけじゃ、ない……」
「そう。彼らは確かに存在しているのですよ。君に恨みを抱く亡霊として、ね」
『ダメだキルト、そやつの言葉に耳を貸すな! 戦いに集中するのだ!』
「う、うん。分かった!」
突如として現れた、生みの親の亡霊。動揺したキルトは、普段通りの力を発揮出来ない。そんな彼をルビィが叱咤し、立ち直らせる。
ケルベスの攻撃を受け止め、フォールンに向かって弾き飛ばす。そのまま反撃に転じようとするが、そこに声がかけられた。
「私たちのために死んでくれないのか? 見損なったぞ、キルト」
「そうまでして生にしがみつくなんてね。本当に……呆れてものが言えない。あなたを生まなければよかった」
「ひ、う、あ……」
戦いの最中に、耳を塞ぐ余裕などない。否が応にも聞こえてくる、亡霊の呪いの言葉。容赦のない罵倒が、キルトの心を砕いていく。
『まずい、このままでは……! キルト、アドベントだ! 我を呼び出せ、あの亡霊どもを消し炭にしてくれる!』
「おっと、そうはいかねえ! オレたちがそんなヒマを与えると思うか!」
「その通りよ、華麗なコンビネーションを見せてあげる!」
「!? こ、こいつら……生前の記憶と理性が戻ってきてる!?」
「ええ、そうですよ。ある程度の時間を要しますが、このように生前の自我をよみがえらせることも可能なのです。もちろん、私に忠節を尽くすしもべであることに変わりなく、ね」
ルビィはキルトに呼びかけ、自らの手で亡霊の排除に乗り出そうとする。が、そこに異変が起こる。ケルベスたちの目に、理性の光が灯った。
キルトたちに倒され、命を落とす前の記憶と人格が復活したのだ。相変わらず不気味な笑みを浮かべ、亮一は淡々と説明を行う。
「くっ、本当にまずいよ……こんな状況じゃ、満足に戦えない!」
『奴らめ、サモンカードを使う隙は与えてくれぬようだ。せめて、こちらにもう一人戦力がいれば!』
「ムダですよ、諦めなさい。君たちはここで……むっ、この気配は……?」
「ククク、楽しそうなことしてるじゃねえかよ。夜の墓場で肝試し、ってか? いいねえ……混ぜろよ、オレも」
両親の亡霊による精神攻撃に加え、ケルベスとフォールンの波状攻撃でキルトは押されていた。亮一の脅迫により、仲間の救援は望めない。
万事休すか、と思われていたが……キルトにはたった一人だけ、この状況を打開出来る仲間がいた。そう、ヘルガだ。
『よく来た雌犬! 今回ばかりは貴様を歓迎するぞ!』
「おや、邪魔者が来ましたね。なるほど、彼女がタナトスの言っていたサモンマスターノーバディ……」
「ん? なんだァこいつら、匂いが違うな。骸どもが生者のフリをするな、イライラするんだよ……!」
今回ばかりは、ヘルガの乱入を諸手を上げて歓迎するルビィ。今現在手は無いが。一方、亮一は興味深そうにヘルガを観察していた。
そんな話題の中心、狂犬ヘルガは匂いからケルベスたちがリビングデッドであることを見抜く。強い嫌悪感を示し、低い声で唸る。
「キルト、手ぇ貸してやる。あいつらを土くれに還すぞ」
『コピーコマンド』
「うん! ありがとう、ヘルガさん。おかげで助かっ」
「その必要はありませんよ。こちらとしては、もう十分に目的は達しましたからね。撤退させていただきましょう……屍よ、死に還りなさい」
いざ、二対二の決戦……と勇んだ直後、亮一が己の背後にポータルを作り出す。その中に倒れ込みながら、ケルベスとフォールンを死体に戻した。
「ぐ、あ……待て、まだオレたちは……」
「いや、やめて……。また、死ぬのは……あの感覚を味わうのは、嫌な……の……」
「なんだぁ……? 臆して逃げやがったか? チッ、イライラさせてくれやがる……!」
ケルベスとフォールンはもがき苦しみながら、土くれに戻り崩れ去った。ヘルガが土の山を腹いせに蹴り崩していると、キルトの頭の中に声が響く。
『もう君は逃げられない。心の中に生まれた、罪の意識からはね』
『そうだ。お前も早くこっちに来い。そして、父さんと母さんに地獄で詫び続けろ!』
『この親不孝者! 自分だけのうのうと生きようなんて、絶対に許さないわよ!』
「う、あ……うああああああ!!」
両親の亡霊もすでに消えていたが、彼らの怨嗟の声は消えない。延々と、頭の中でリフレインし続ける。耐えられなくなったキルトは、頭を抱え叫ぶ。
すると、強制的に変身が解除されルビィが弾き出された。キルトの精神状態の著しい悪化により、何らかのセーフティが働いたようだ。
「キルト、キルト! 大丈夫か、しっかりしろ! 自分を強く保て、大丈夫、我がついているぞ!」
「……こっちはこっちで、取り込んでやがるか。仕方ねえ、今日は帰ってヤケ酒して寝る」
キルトと戦ってストレス発散しようとするも、そんな状況でないことを察したヘルガ。八つ当たりするでもなく、空気を読んで帰っていった。
それが彼女なりにやれる最大限の気遣いなのだが、ルビィにはそれに感謝している暇はない。どうにかしてキルトを落ち着けなければならないのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……僕が、生きてるから……だから、二人は……成仏出来ないんだ……」
「まずいな、これ以上はキルトの心が壊れてしまう。……エヴァに相談しなければ。我だけでは対処仕切れぬ」
精神崩壊寸前のキルトを抱え、ルビィは翼を広げ夜の闇を突き進む。屋敷に戻り、ポータルキーを使ってアジトに向かった。
一方、キルトの心に亡霊の傷を残すというミッションをこなし帰還した亮一。彼が理術研究院に戻ると……。
「おや、もう戻っていたのですか……タナトス」
「ああ。ネクロ旅団との終戦協定をなんとか結んでこられたのでね。……その様子だと、そちらの作戦は首尾よくいったようだな」
「ええ、あなたの作戦通りキルト少年の心を乱しておきましたよ。ここまでやれば、ボルジェイも自分で動くでしょう」
「ああ、今が絶好の機会だと考えるだろう。自分の手でキルトを葬る、空前絶後のチャンスが来たとな」
今回の亮一の目的は一つ。キルトの心を摩耗させ、心神衰弱に陥らせることでボルジェイが自ら動くよう場を整えることだった。
ボルジェイ自身にキルトを抹殺させることが、表向きの作戦目標なのだ。だが、真の目的は……。
「ボルジェイ様が、キルト自身……あるいは彼の仲間に討たれてくれれば都合がいい。無理なく院長の交代を行えるからな」
「ですが、死にますかね。私が言うのもなんですが、彼はかなり錯乱していました。ここから立ち直れるとは思えませんがね」
「立ち直るさ。キルトはそういう少年だ。どんな絶望という大渦に吞まれても、必ずそこから脱し未来へと進んでいく。その強さがある」
もはや害にしかなり得ないボルジェイを、敵対者に排除してもらう。それが、タナトスの狙いだった。しかし、肝心のキルトは弱り切っている。
作戦は失敗するのでは、と亮一に問われタナトスは即答する。キルトは必ず、この危機を克服しボルジェイを討つだろうと。
「キルトの両親を操っている『魔魂香炉』は、もうそろそろ破壊される。今回の騒動に気付いた闇寧の女神によってな。今、奴自身……あるいはその配下がこの施設に侵入しているだろうよ」
「しかし、そうなるとこれまでの作戦が無意味になるのでは? わざわざ冥府から、かの者らの魂を連れ出したリスクにリターンが見合わないと思いますが」
「よいのだよ、これで。これはキルトへの試練でもある。この程度を乗り越えられぬようでは、私のさらなる計画に組み込めないからな」
二人は話をしながら、廊下を歩いていく。どうやら、タナトスには何らかの思惑があるようだ。それを測りかね、亮一は思考する。
この男に着いていくべきか、しかるべきタイミングで寝首を掻くべきなのかを。だが、すぐに答えを出した。
「ま、いいでしょう。私はこの手で死を生み出せればそれでいい。多くの者を手にかける機会を奪われるようなことにならなければ、裏切るつもりはありません」
「もちろん、君には多くの命を奪ってもらうさ。そのために、サモンマスターになってもらったのだから。だが、今はしばらく裏方に回ってもらう。この作戦を成功させられるかが、今後を左右するのでね」
タナトスの思惑は、深い闇のように計り知ることが出来ない。そのことが逆に、亮一を惹き付けた。彼の策が成った時、何が起こるのか。
その答えを見てみたい……そう考え、今しばらくは付き従うことを決めた。己が望みである、さらなる殺戮も叶うだろうことを期待して。




