2023 アルフォンシーナお誕生日SS1(現パロ続き・ティナ視点)
7/21はアルフォンシーナのお誕生日です。
現パロの続き、前編だよ。よろしくお願いします。
へえ、3ヶ月ってそんな感じなんですね。そう言った義妹は不思議そうに私のお腹の辺りを見つめた。夫と同じ白金の髪を、小さく束ねている。去年のクリスマスに切ったと聞いたが、あれから7ヶ月経って伸びたのだろう。
「悪阻、大丈夫なんですか?」
「うん。今はまだ平気」
「よかった」
義妹は、少し前にコンサートで行った土地のクッキーをお土産に持ってきてくれていた。その時には私の妊娠が分かっていたので、義妹なりに妊婦に良いもの悪いものを調べてくれたのだろう。クッキーの包みには可愛い羊のマスコットが付いている。
「ユーリの帰りが遅くてごめんね」
私がそう言うと、
「気にしないでください」
義妹はお手本のようにふわっと笑んで、少し目線を下げた。ユーリが言ってた通りだ。彼女は私たちの家に対して気を遣いすぎるのだ。今日も、義妹の誕生日が近いからプレゼントを渡そうと家に呼んだのに、家に入らずに玄関で帰ろうとするし。私はもっと、義妹と仲良くなりたいのだけど。
早く帰って来ればいいのに、義妹のこととなると、なぜ夫はタイミングが悪くなるのだろうか。いや、異母兄妹という時点で充分不運だ。こんなにシスコンなのに、運命って残酷だと思う。
「ところで、アルちゃん」
「はい?」
「彼氏が出来たって本当?」
「……いませんが」
「じゃあ、好きな人ができたけど付き合ってないとか」
「いえ、全然」
きょとんとして首を横にふる義妹。
おかしい。
クリスマスの時、ユーリの機嫌がすこぶる悪かった。そう思っていたら、急に仕事の予定を変更してフィレンツェに行くって言い出して。義妹のコンサートがあると言っても、いつもなら行かないくせに。だから、てっきりユーリと義妹の間に何かあって、それは多分。私の勘だけど、義妹にいい人ができたとか、そういうことだと思ってた。
ユーリは半分しか血の繋がっていない妹を、とても大事にしている。結婚の話になった時、どうしても守りたいものがあると言っていた。それがこの義妹のことだと、彼女と初めて会った時に分かった。私も、自分の目的のためにユーリと結婚するのがとても都合がよかった。たまたま大学が一緒だったことに感謝したくらいだ。
私たちの結婚も、その後の家族計画もビジネスライクなものだと、納得していたはずが、いざ、お腹に子どもがいるとわかると、私もなんだかんだでユーリのことが好きなんだと思った。いや、どこかで好きになっていたんだろう。結婚に至る動機が不純だったせいで、気づけなかったけれど。
義妹が恋敵だったらよかった。でも彼女は妹だ。ユーリの家の一族からよく思われていない、ユーリの父の浮気相手の子どもだとしても、ユーリも義母も彼女の存在を認めている。歪な形で家にくっついている。
もっと嫌な子だったら、こんなに悩んでいない。子どもができるまでは、私も義妹のことが大好きだった。でも、今は彼女がユーリの一番であることが、何となく悲しい。これがマタニティブルーというやつか。自分が嫌な人間になった気がする。
結局、ユーリは帰ってこなくて、義妹は明日仕事があるからと席を立った。私が玄関まで送るのにも、義妹は遠慮がちで私は少し腹が立った。この件に関して、一番悪いのは義父だし、一番怒るべきは義母と、不貞だと知らされてなかった義妹の母親で、義母が許しているのだがら義妹はそんなに遠慮しなくていいのだ。
「また来てね、今度はユーリの予定もちゃんと合わせるから」
そう言うと、彼女はありがとうございます、とこちらを向く。
「あのね、アルちゃん。この子はあなたの甥か姪なんだよ。あなたはもっと堂々とうちに来ればいいの。無事に産まれたら、うんと遊んでね」
「……はい、ティナさんもお大事に」
義妹が帰ってから半時間ほどして、夫は帰宅した。
「身体、変わりない?」
帰宅してからすぐに聞かれたのは、私の体調のことだった。
「そうね、少し怠いくらいかな」
「そう。無理しないで過ごしてね」
夫はそう言って微笑む。一言も義妹のことは聞かなかった。不安になるくらいに。もう休む、と問う彼に晩御飯はどうするのか聞いたら、パニーニを買ってきたと言う。
「ティナの分もあるよ。ご飯まだだったら一緒に食べる?」
「うん」
向かい合って座るのは、随分前に慣れたような気がする。大学のカフェテラスから考えると、もう7年以上一緒にいるんだな。
ダイニングの椅子に座っているだけで、パニーニを少し温めて、お皿に乗せて出してくれるし、ハーブティーを淹れてくれる。ユーリ、あんなにコーヒーが好きだったのに私に合わせてなのか、一緒に同じハーブティーを飲むようになった。
夫のささやかな気遣いがとても好きだ。
夫の綺麗な食べ方が好きだ。
いつも無表情なくせに、気のおけない幼馴染と笑いあってる瞬間が好きだ。
それに、夫が義妹を大切に思うのも、好きだ。
パニーニは、チーズとハムと薄切りのトマトが入っていて、ふかふかのパンと一緒に噛む。
「トマトが、最後まで残るよね。酸っぱい味」
「そう?」
「ユーリは何の味が残るの」
「パンの味。小麦の匂い、かな」
あ、少し考えた。秘色色の瞳が斜めを見る。ユーリが考える時の癖。彼のどうということもない癖を目にすると、幸せだなと思う。
幸せだと感じるのは、コインを貯めるのに似ている。少しずつ大事なものを貯めて、ある瞬間に幸せと思うのだ。夫と一緒にいると、勉強や仕事に励んでいた時とは違う感情が産まれる。
それは幸せだったり、苦しさだったりする。その中で幸せだけ貯めていけたらいいんだけど、幸せと苦しさは表裏一体だから、どっちかだけ貯めていくっていうのは出来ない相談なのだ。
「今日は残念だったね。もう少し早かったらアルちゃんに会えたのに」
「でもティナがいてくれたから、安心してた」
「そうなの?」
すっかり食べ終わって、ユーリはカップを口元で傾ける。カップの持ち手に絡む指が綺麗だと思う。
彼は頷くだけだったので、私の方が義妹の話をたくさんした。
彼女から貰ったプレゼントのこと、コンサートで訪れた場所のこと、そこに私は行ったことがないから行ってみたいな、とか。そしたら夫は
「家族旅行で行こうか。もっと先になるけど、子どもが産まれて少し大きくなったら」
と目を細めた。それが無性に嬉しくて、私はうんうんと頷いた。
「ところでプレゼントって何を渡したの?」
「ベネチアングラスのネックレス。ほら、この間可愛い雑貨屋さんがあったよって話したでしょ。そこで見つけたの。アルちゃん、深い青色が似合う子だから良いのが丁度あって……」
「青?」
「イメージと違った?」
「いや、アルフォンシーナは青い小物、持っていなかったように記憶しているから」
夫のこういう顔は珍しい。不思議そうな、少年のような。会ったときから年齢以上に落ち着いていた彼には稀で、幼い頃はこういう純朴な時もあったのかなぁって思う。
「思いも寄らない色をプレゼントするの好きかも。あなたの知らないあなたを見つけたみたいで」
そう言ったら、夫はふふっと笑って頬杖をついた。
「ティナのそういう所、私は好きだよ」




