003 高潔ではなく狡猾であれ
演習場は広大なドーム型の施設だ。
壁面には衝撃を吸収する特殊材が隙間なく貼り巡らされていた。
フィールドは入り組んだ荒野だ。
巨大な岩が点在していて遠くまで見渡せなくなっている。
「まさか日本最強の軍人に対して、借り物の武器で挑むことになるとはな……」
俺はフィールドの外にある武器庫にいた。
ただ出願するだけの予定だったので武器を携帯していなかったのだ。
「これでいいか」
前世で愛用していた物と似たロングソードを選ぶ。
右手で持って試しに振ると、思ったよりも手に馴染んでいた。
中学生に戻っても筋力の衰えは大して感じない。
「準備ができたか」
武器庫から出ると、すぐ外にミコトが立っていた。
「申し訳ないが、一つお願いしたいことがある」
「今になって怖じ気づいたのか?」
「そうじゃない。魔石を譲ってほしいんだ」
「魔石だと?」
「書類を読んだので分かると思うが、俺の固有スキル〈魔石吸収〉は魔石を消費する必要がある。本来なら自分で用意しておくべきだが、突発的だったので魔石を持ってきていない。だから譲ってくれ。二つあれば最高だが、一つでも十分だ」
「君はこの私に対して、固有スキル有りでのルールで勝負したいと言っているわけだな?」
「そういうことだ。俺だけがスキルを使いたいなどとは考えていない。あんたの〈アストラル・ドミネーション〉を打ち破った上で負かすと言っている」
「よかろう――軍曹、できるだけランクの高い魔石を持ってこい! 一つでいいぞ!」
ミコトは観戦スペースで待機中の軍曹に向かって言った。
そこには、軍曹の他にも受付のお姉さんと30代くらいの女性がいる。
赤色のロングヘアをした女性で、この学校の校長らしい。
「二つあれば最高と言ったんだが?」
「一つで十分とも言っていただろう?」
ニヤリと笑うミコト。
「この女……! 大人げないな……!」
「覚えておけ、レン。戦いに高潔さなど必要ない。勝てば官軍だ」
ほどなくして、軍曹が魔石を持ってきた。
ミコトは受け取り確認すると、「ほれ」と投げてくる。
「フレイムサラマンダーの魔石か」
「Dランクの魔物だ。即席で用意したのだから十分だろう」
「ああ、問題ない。助かるよ」
軍曹は一礼してから去っていった。
「始める前にルールを確認しておく。スキルの使用は自由。軍曹のカウントダウンで戦闘を始め、相手を殺すか、もしくは負けを認めさせたら勝ちとする。それでいいな?」
「オーケー、最高に分かりやすいルールだ」
「では始めよう」
ミコトがレイピアを抜く。
表情は変わらないのに、漂う雰囲気が変わった。
先ほどよりもピリピリした空気が突き刺してくる。
(マジで殺す気だな)
俺は気を引き締め、ミコトから距離を取った。
岩を目くらましにして相手の視界から消える。
「カウント5秒前! 4、3、2、1……」
フィールドに軍曹の声が響く。
「始め!」
戦闘が始まった途端、岩の向こうに光の壁が現れた。
その壁――防御結界は、円柱状になって対象を守っている。
ミコトが固有スキルを発動したのだ。
「私に大口を叩いたんだ。死んでくれるなよ」
静かなフィールドにゾクリとするほどの冷たい声が響く。
次の瞬間、光の結界から大量のビームが飛んできた。
岩を超えて真っ直ぐに俺を狙ってくる。
(射程内の敵であれば自動的に狙う……! さすがにSランク! 国宝級の固有スキルだぜ!)
俺はビームを掻い潜りながら動き回る。
(問題はどうやって仕掛けるかだな)
ミコトの固有スキルは攻撃だけでなく防御を兼ねている。
攻撃中も彼女を囲む防御結界は維持されたままだ。
(思い出せ、前世のミコトはどうやって負けたんだ?)
ミコトのスキルは最強だが、それでも穴がある。
だからこそ、前世の彼女は俺よりも先に死んだ。
そして――俺は死ぬ瞬間を見ていた。
(そうだ! 隙があるんだ!)
光の結界は全方位を守っているように見えて、実は穴がある。
ミコトの正面だけは守っていないのだ。
つまり、ミコトは真っ向勝負でのごり押しに弱い。
とはいえ、それは「正面が一番マシ」というだけのことだ。
正面から攻めたら楽勝というわけではない。
実際に正面から攻めると、レイピアで防がれるだろう。
で、鍔迫り合いになった次の瞬間、ビームに貫かれて死亡するわけだ。
余談だが、ミコト本人の剣術は達人クラスである。
(それでも正面から攻めるとして、一気に押し込むには……)
考えていると――。
ドゴッ!
ミコトの放ったビームがすぐ傍の岩に当たった。
それによって一部が崩れて頭上に降ってくる。
「うおっ!」
寸前のところで回避する。
危うく落石で死ぬところだった。
「どうした? 逃げているだけでは倒せんぞ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
いくつかの戦闘パターンを脳内で検討する。
どう転んでも死亡率80%は下らない。
(やるしかねぇな)
俺は〈魔石吸収〉を発動した。
左手に持っていた魔石が消えて、右肩が炎に包まれる。
これが魔力をストックしている状態だ。
〈魔石吸収〉では、最大で二つまでストックできる。
悲しいことに、ストック中は見た目の変化以外に効果がない。
この魔力を解放――すなわち付与することで、一時的な効果を得られる。
「わざと負けるということはないのでしょうか?」
「神威中将に限ってはあり得ません。あの方は常に本気ですから」
フィールドに声が響く。
観戦スペースで受付のお姉さんと軍曹が話しているようだ。
マイクのスイッチを切り忘れたのだろう。
(一瞬だけ顔を出して、ミコトの向きを確認する……!)
駆け回りながらミコトの姿を視認。
幸いにも、彼女はこちらに体を向けていた。
相手からすると俺の位置は丸分かりだ。
だから、俺の動きに合わせて常に向きを変えていたのだろう。
「行くぜ!」
俺は岩石から飛び出して突っ込んだ。
「無理だ! 死ぬぞ!」
軍曹の声が聞こえる。
シュイーン、シュイーン!
大量のビームが雨のように降り注ぐ。
それらを全て避けつつ距離を詰めていった。
「覚悟を決めた顔だな! レン! 背後を取れないと悟って真っ向勝負に出たか!」
「ちげぇよ! 正面からあんたを倒しにきたんだ!」
俺はストックしていた魔力を解放した。
解放する部位を決められるのだが、今回は背中を選んだ。
「いっけぇええええええ!」
ブォオオオオオオオ!
背中からフレイムサラマンダーの炎が噴射される。
それが強烈な推進力となり、人間離れした速度を実現した。
「うおおおおおおおおおおお!」
勢いに任せてロングソードを振るう。
ミコトがそうであるように、俺も相手を殺す気だ。
カキィン!
渾身の一撃がミコトに防がれた。
「筋がいい。大胆な戦略も悪くない。相手が人間だろうと容赦しない点も素晴らしい。だが、それだけでは私に勝てない――もっと狡猾であるべきだったな」
ミコトを囲っていた防御結界が正面に集まろうとする。
「分かっているさ。だから俺は、狡猾にやらせてもらうよ」
次の瞬間、俺は左手の砂を彼女の顔面にぶちまけた。
実は突っ込む前に握っておいたのだ。
「ぐあっ……!」
さすがのミコトでも、この攻撃は予想できていなかった。
大きくよろめいたのだ。
同時に〈アストラル・ドミネーション〉が解除される。
この局面で意図的に解除したとは思えない。
おそらくスキルの発動条件を満たせなくなったのだろう。
精神状態が安定しているとか、何かしらの条件があるわけだ。
「もらったあああああああ!」
俺は左手でミコトを押し倒した。
そのまま馬乗りになると、彼女の首の真横に剣を突き刺した。
刃が首筋にかすめるほどの距離だ。
「実戦だったら既にあんたの首を切り落としている。この勝負、俺の勝ちでいいよな?」
観戦スペースから驚愕の声が聞こえてくる。
追い詰められたミコト自身も驚いている様子だった。
「ふっ……。たしかに見事な一撃だ。しかし、実戦ならまだ殺していないだろ?」
「なんだと?」
「殺す前に、その左手で楽しんでいたんじゃないか?」
「左手?」
何を言っているのかと思い、俺は左手を見た。
そして気づく――軍服の上から彼女の胸を鷲掴みにしていたのだ。
意識した途端、手の平にむにゅっとした柔らかい感触が走る。
「あ、いや、これは違っ――ぐああああああ!」
弁明しようとした瞬間に痛みが走った。
なんとミコトは、そのままの状態で俺を刺してきたのだ。
抜群の切れ味を誇るレイピアが、背後から俺の左肩を貫いた。
ミコトはレイピアを抜くと、穴の開いた俺の左肩を掴んできた。
「ぐあああっ!」
「ふんっ!」
思いっきり横に払われてしまう。
「おい……! それは卑怯だろ……!」
「言っただろう? 戦いに高潔さなど必要ない」
「こいつ……!」
ミコトは立ち上がると、レイピアを俺の首に当ててきた。
今度は俺が喉元に刃を突きつけられる番ということだ。
「言うことは?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるミコト。
しかし目は笑っておらず、もちろん油断もしていない。
俺が妙な動きをしたら容赦なく刺してくるだろう。
こうなった以上は仕方ない。
俺は抵抗せず、観念して認めることにした。
「……肩を刺される前に、3回くらい揉んでおくべきだった」
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