閑話 忘れられた世界6
遅くなりました。
エスペラント王国カルズ地区
カルズ地区を守護する騎士団、その兵舎の一部を借りていた岡達遊撃隊は、食事の後、作戦会議を行っていた。
準備はおおむね整った。後は敵がどう出るか……。
敵は圧倒的な量に達する。正直兵器の性能差のみでは埋められないほどの量であり、岡達は覚悟を決める。
「王宮からの連絡では魔軍の集結状況から考慮して、おそらく侵攻は明日の午後だ。覚悟はいいかい?」
銃士ザビルが岡に話しかけて来る。
「何故午後と言えるのですか?午前の可能性もあるのでは?」
「魔軍の中には変温動物も多くてね、朝一では動けない者もいるのだよ。太陽の光を浴びて、動けるようになった後の侵攻だろうから、大軍を投入するのであれば、実質的にここに到着するのは昼くらいにはなる。」
「なるほど。明日は覚悟がいりますね。
そういえば疑問に思ったのですが、漆黒の騎士って中身は何なのですか?」
岡は、某漫画に出て来る、大剣を振り回して妖魔を倒していく狂戦士のような大きさと力を持つ漆黒の騎士を思い出し、身震いする。
「岡殿が倒した漆黒の騎士を調べたところ、中身は鬼だったようだ。」
「鬼?ですか……。」
「ああ、通常鬼は魔物には分類されるが、他の魔物と群れない。過去の侵攻軍としての魔王軍も、数匹しか配下にいなかったし、百を超える量が他の魔物と手を取り合うという事が奇異だ。」
コンコン……。
ドアがノックされ、1人の騎士が顔を出す。会議中の訪問。
「すいません。兵舎に町娘が一人、岡殿を訪ねてきていますが、どうされますか?」
銃士ザビルとその部下たちの顔がにやける。
銃士の一人、35歳くらいの豪傑の銃士バーグが岡の肩を強く叩く。
「あの王宮まで来ていた娘じゃないのか?うーん若いって良いねぇ!おい岡!!行ってこい!!!」
「いや、しかし……会議途中であり、明日は決戦ですし、皆にも迷惑がかかっては……。」
「もうほとんど終わっていただろ?あとは時間の確認だけだった。明日朝準備が整えば良い。
このアホ!お前は明日の今頃生きているかどうかも分かんねぇんだぞ!!そんな規律に囚われて、人生後悔して良いのか?良いから行ってこい!!」
誰も咎める様子は無く、岡は流れで兵舎の外へ向かった。
兵舎の外側には、一人たたずむ女性が1人
「サフィーネ!どうした?もう夜だぜ。」
「岡君……あの……その……。」
「どうした?」
「お願い……死なないで……。」
僅かに下を向き、不安そうな顔で彼女は岡を見つめた。そして糸で作ったお守りを差し出す。
「これは?」
「お守り、女が想いを込めて作れば、死なずに済むんだって。」
岡は力を抜き、微笑み、お守りを右腕にはめる。
「ありがとう。死なずに帰って来るから、またサフィーネのご飯が食べたいな。」
「うん!絶対おいしいもの作るから、必ず……死なずに帰ってきて!!」
「ああ……。」
空気は少し寒く、澄んだ空に、月が2つ見える。
星は満天に輝き、日常とは違った雰囲気の中、岡とサフィーネは語っていた。
◆◆◆
カルズ地区の城壁上に、弓兵が配置される。大型弩級も、数機置かれ、はしごがかかった場合を想定して槍が立てかけられる。
銃士が2名城壁に張り付き、ミニミ軽機関銃2機と、装弾用のベルトの点検し、他の2名が96式40mm自動てき弾銃をさらに他の2名が、12.7mm重機関銃を点検する。
援軍を得て当初の5倍には膨れ上がったカルズ地区の兵力、その傍らで正騎士ジャスティードは配下の騎士や徴用兵に指示をしていく。
(くそっ!!最悪だ)
命をかける戦いを前に、自分の将来妻となるべき女、サフィーネが、異国の兵、岡とイチャイチャ仲が良さそうに話す姿を彼は昨日目撃してしまった。
命をかけて帰り、愛する女を抱く。そんな事を妄想していた彼にとって、あまりにも衝撃的すぎる出来事、彼の志気は国家存続戦闘を前に、最悪の状態になってしまっていた。
「ジャスティード先輩、あいつら一体何をしているんでしょうね?」
城壁の上で作業をしているのは理解できる。岡が使った高性能銃を魔軍に撃ち下すのだろう。そして城門に2名、谷の出口の近くに穴を掘って2名滞在しているが、谷の出口に穴を掘るのが良く理解出来なかった。
しかもたったの2名のみの配置というのが、軍を相手に何になるのかという思いが強い。
「さあな。」
サフィーネを俺から盗ろうとしている岡が邪魔でしょうがない。
しかし……この戦いで、自分達が負けるとカルズ地区の住民は蹂躙される可能性が高い。その中には愛する女、サフィーネも含まれる。
決して負けられない戦い、ジャスティードは勝利する事を決意するのだった。
◆◆◆
休火山バグラ
多くの魔物が列をなし、エスペラント王国を滅ぼさんと進んでいた。
醜悪なゴブリン、ゴブリンロード、ワニのような顔をした2足歩行生物リザードマン、気色の悪い2足歩行をする豚オーク、そして言語を理解し、鎧と剣を纏ったオークキング。
後方には漆黒の騎士と、魔獣ゴルアウスに乗騎する鬼、今回の侵攻を束ねる知将バハーラが行く。
その総数は5万にも及び、エスペラント王国が、いかに小賢しい作戦を行おうが、鎧袖一触、粉砕出来るだろう。
おそらく敵は王国がカルズ地区と呼んでいる場所から1km離れた場所、谷に何らかの戦力を集中させてくるだろうとバハーラは予想する。
そこしか数の暴力に抗する場所はない。しかし……。
谷の出口約500m前から谷の出口まで、ザコのゴブリンをひたすら走らせる事とする。いくら敵が策を行おうが、万単位のゴブリンを走らせ、主力であるオークキングや漆黒の騎士到達の前に、谷の出口の安全を確保するつもりだ。
ザコのゴブリンがいくら死のうが、補充はいくらでも可能であり、バハーラは作戦当初でゴブリンと敵軍を消耗させるつもりであった。
魔物の大群の前方はやがて幅約13mしかない谷に差し掛かる。
谷により、軍の隊列は縦に延び、数の暴力を生かす事が難しい陣形へと変貌していく。
数キロはある谷を歩き、再前方のゴブリンは、谷の出口から約500m付近まで侵軍し、バハーラの言いつけどうり、全力疾走を始めるのだった。
◆◆◆
「来たぞーー!!!」
城門の上から谷を監視する兵士、谷には砂埃が上がり、黒いうねりが谷の出口に向かって走っている。
魔軍の本格的侵攻であるのは疑いようが無く、身が引き締まる。
各弓兵は配置に付き、正騎士ジャスティードも城壁の上から戦場を視察していた。
「あのバカ……あんな所にいたらすぐに死ぬぞ!」
谷の出口から約100m離れた所に穴を掘り、異国の兵「岡 真司」がその中に入っている。
あの有名な銃士ザビル様も同場所にいるようであり、いくら強力な武器を持っているとはいえ、大軍は個体を相手にするのとは訳が違う。
サフィーネをもらう上ではその場所で戦死してくれた方がありがたいが、自分は正々堂々とサフィーネを奪い取りたい。
「それにしても……なんて大軍だ!!」
黒い絨毯は、徐々に谷の出口に向かい、その量は凄まじく、自殺行為としか思えない2人に向かう。
彼らの距離は約200mにも迫り、城壁の上にいる多くの者たちが、2人はすぐに大軍に飲み込まれると考える。
その時……。
タタタタ……。
2人のいる位置から閃光がほとばしり、凄まじい量の光弾が超高速で谷へと向かう
谷の前方を走っていたゴブリンは、悲鳴と共に崩れ落ち、後ろから来た者もどんどんと倒れていった。
「何が……何が起こっている!!!」
城壁の上にいる弓兵たちは、理解できない現象を驚愕の声をもって眺めるのだった。
谷の出口から約100m先に掘られた塹壕の中で、銃士ザビルと岡は戦闘準備をしていた。
「エスペラント王国防衛の、最初の栄誉は私がいただく、よろしいな?」
「はい。事前の打ち合わせのとおり、谷の出口から100mほど谷側に入ったところへ敵が侵攻してきたら、射撃を開始してください。」
谷から敵が出てしまうと、敵の移動範囲が大きくなり、弾が無駄になる。かといって、塹壕を谷に近づけすぎると、もしも絶壁の崖の上から攻撃を受けた場合に対応が出来ない。
ザビルは岡から渡された異国の兵器、たしかミニミ軽機関銃といったか……を構える。
「それにしても……毎分725発か……凄まじいな。」
銃の性能に感心する。
敵はすでに谷の出口から100m入った防衛ラインを超えて走ってきている。
銃士ザビルは王国を滅びから救うために引き金を引いた。
轟音と共に、曳光弾を交えて5.56mmNATO弾が射出される。
有効射程距離800m以上にも及ぶ機関銃の弾は、毎分725発の猛烈な連射力をもって魔軍に向かった。
「グガァァァッ」
「ピギャァァァァァ」
魔物たちの断末魔が聞こえ、次から次へと倒れて、あふれ出た緑色の血が大地を染める。
弾は、前方のゴブリンだけではなく、その後ろを走っていた者達をも貫通する。
魔物は溢れんばかりの量、次から次へと侵攻してくるが、雨のごとき量の銃弾に倒れ、積みあがっていく。
「……まずいな。」
魔物達の量があまりにも多く、射撃して倒してはいるのだが、谷の入口から約750mほど入った所に死体が積みあがりすぎて壁となり、その向こう側の射撃への妨げとなってきていた。
やがてザビルのミニミの弾が切れる。
すかさず岡がミニミで射撃を開始し、ザビルが給弾作業を行う。
弾幕は途切れることなく魔軍へ向かうが、徐々に死体が妨げとなって、距離を詰められる。
1発で3匹倒せていたところが、直線的射撃が死体の山により難しくなってきた事から、3発で1匹と、射撃効率がどんどんと落ちていく。
それでも、谷を出すと射撃効率は激減するため、なんとかここで敵の数を減らしたい。
彼らは交互に射撃していたが、やがて軽機関銃は弾切れとなってしまう。
谷の入口から約800mほど押し戻されていた魔軍の群れは、弾切れを合図に奇声を発しながらどんどん迫る。
「岡殿!本当に大丈夫なのかい?」
「心配しないでください!!」
銃士ザビルは先ほどの軽機関銃よりもはるかに大きい銃を敵に向け、有効射程距離2000m以上にも及ぶ12.7mm重機関銃の引き金を引いた。
重たい音と共に、マッハ3以上の速度で機関銃の弾が敵に迫る。
前方で着弾したゴブリンは、消滅し、直線状の者がなぎ倒される。放たれた弾は、谷の入口から約750m先に積みあがった魔物の死骸を吹き飛ばし、その後ろにいた魔物までも倒す。
超高威力の銃弾が連続して発射され、谷の入口から2000m先までなぎ倒された。
ゴブリンたちは恐慌状態に陥ったが、撤退すれば後ろに控える漆黒の騎士たちに殺される。弱い魔物たちは、泣きながらも敵に向かって突進していった。
先ほどまで激しい猛攻を加えていた攻撃が、ぴたりと止む。12,7mm重機関銃の弾切れ……。
ザビルが焦りの表情を浮かべる。
「弾が切れたぞ!!本当に大丈夫なんだろうね?」
「たぶん大丈夫です!」
魔物の群れは、激しい猛攻が止んだため、今がチャンスとばかりに奇声をあげながら谷の出口へと向かう。
城壁の上からは、白い大地に黒いうねりが岡達を飲み込もうと向かっているように見える。
「とてつもない威力を持った魔導も切れたか?奴らこのままでは魔軍に飲み込まれるぞ!!!」
「奴らは良く戦った。たったの2人で、とんでもない量の敵を倒している。この戦いは我が心に刻もう。」
兵たちは、勇敢な2人の最後を見届けようと、目を見張る。
次の瞬間、谷の出口が猛烈な煙と炎に包まれ、少し遅れて耳を塞ぎたくなるほどの轟音が戦場にこだまする。
谷の出口の崖は崩れ落ち、出口付近に高さ15mほどの壁を作り出す。
「何だ!何をした!!!」
「解らん!!」
城壁の上で、兵たちは次々と起こる自分たちの戦闘概念とはかけ離れた現象に頭を悩ますのだった。
「今だ!!」
岡は、あらかじめ設置していた、96式40mm自動てき弾銃に角度をつけて連射する。
射出された「てき弾」は、放物線を描き谷の出口に出来た壁の先へ連続して落ち、爆発する。
爆発は1カ所ではなく、広範囲に渡り連続して巻き起こり、ゴブリンたちをなぎ倒していく。
出口に壁が出来、やっと敵の攻撃を防げると考えていたゴブリンたちは、あまりの恐怖に立ち尽くし、なぎ倒されていった。
個人で使用する面制圧兵器、毎分250発、射程距離2200mにも及ぶ自動てき弾銃は、50発入りの弾倉を12秒ほどで使い切り、すぐに弾倉交換をして射撃を繰り返し、数分で全弾薬を使い切った。
◆◆◆
漆黒の騎士が前方から大きな馬に乗り走って来る。
彼は魔軍を統括するバハーラの前まで来ると馬を折り、兜とり去り膝をつく。その顔は焦りに満ち、ワナワナと震えている。
伝令を任されている漆黒の騎士だった。
(何かあったか……先ほど前方で連続した爆発音が聞こえた。やはり谷で敵は仕掛けて来たか……。
谷以外に大軍が侵攻出来るルートは無い。(少数であれば通るところはいくらでもある)消耗品であるゴブリンを先行させたのは正解だったな。)
「どうした?」
「ははっ!!報告いたします!我が軍の前方が谷の出口を前に、攻撃を受けました。敵は超高速の光弾を連続して射出!すべてがゴブリンの致死するほどの威力があり、中には消滅させてしまうほどの威力のあるものも確認いたしました。
特に高威力光弾は、直線上の者をすべて殺傷するほどの威力があり、谷から2000mまでにいたゴブリンは全滅いたしました。」
「なにっ!!」
想定以上の被害が出ているようだった。谷から2000mとは……敵は「太陽神の使い」が残した兵器でも投入したのか?
しかし、それでも余りある兵力がこちらにはあるはず。
「損耗はどの程度だ?」
「……約1万です。繰り返し突入し、敵の兵器による攻撃を繰り返し受けた事により、1万ものゴブリンが消耗いたしました。」
想定を遥かに超える被害に、バハーラの血の気が引く。
「な……1万!?1万だと!??いったい何が……まさか……神代の兵器?敵に鋼鉄の地竜は確認されていないか?」
「はい、鉄龍などは確認さえていません。谷の出口に2名の人間は見えたと報告があります。」
「に……たったの2名だとぉ!!」
バハーラはザコとはいえ、実に自軍の20パーセントがいきなり損耗した事に苛立ちを隠せずにいた。
「現在敵の爆裂魔法により、谷の出口が高さ約15mにわたり崩落しています。これ自体は魔軍の身体能力をもってすれば、超える事は容易ですし、同壁が敵の直線的に飛翔してくる兵器を防ぐ盾となってくれるでしょう。
ただ、敵には曲線を描いて飛ぶ兵器も確認されております。」
「うむ……解った。ゴブリンの残りをすべて投入してでも谷の出口を確保しろ。一気にどれだけ被害が出ようとも、谷の出口を確保するんだ。平地に出れば、敵の攻撃効率も落ちよう。」
魔軍を率いる鬼、知将バハーラの心に僅かな不安がよぎった。
日本国召喚一 導かれし太陽 が、3月17日に発売されます。(今度は延期しません)
書籍は大幅に加筆修正してお届けいたします。
これからも日本国召喚をよろしくお願いいたします。
本のサンプルが来て、形となり、感動で震えました。




