悲劇の終焉
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 特別刑務所
薄暗く、外部の音は届かないその場所、静粛が支配する中、水滴の滴る音のみが響き渡る。
牢屋の前では、黒いスーツに身を包んだ男たちが数名前に立ち、室内で鉄の首輪と鎖が繋がれた女を見る。
女はいまにも飛びかかりそうな勢いで、男たちをにらみつける。
そんな中、一人の男が1歩前に出た後、女に話しかける。
「お久しぶりです。皇国との本格的戦争前……以来ですね。レミールさん。」
レミールは外務省の朝田から目を背け、うつむく。
「……無様だな。」
あまりにも無様な姿、しかしその現実を言葉に出し、指摘された事によって、皇族として生きてきたレミールのプライドに怒りの炎を灯す。
「こんな事が許されるとでも?列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど……こんな事が許されるとでも?」
自分が圧倒的に不利な現状にある事は十分に理解している。
しかし、彼女のプライドがそれを許す事が出来ずに、精一杯の虚勢を張る。
レミールはつづける。
「お前たちは文明圏外にある国だ。列強国が、蛮族をいくら殺そうが……そんな事で、列強の皇族たる私をこんな目にあわす事なんて、許される事ではないぞ!!」
朝田の顔に怒りがこもる。
「やはり……私から見れば、あなたは野蛮人だ。」
「ぐっ!!!」
レミールは怒りのあまり、顔がゆがむ。
「私は皇族だ!!私が死刑を命じたのは……死んだのは平民だろう!!」
「だから何だ!?だから罪が許されるとでも思っているのか?他国の平民は、心が無い「物」とでも思っているのか?
全員に家族がいるのだ!!!
お前の行為によって、泣いた人がいくらいると思っている!!!
人生が大きく狂わされた人が……どれだけいると思っているのだ!!!
すべての人間が、ただ漫然と何もしないで育ってきたとでも思っているのか?
人間はな、愛情が無ければ育たないんだよ!!!
お前が簡単に消した命はな、すべて赤ちゃんの頃から、親の大きな愛を受け、様々な人たちの愛情と支援を受けて育ってきた大切な命なんだよ!!
それを、もてあそぶかのようなやり方で、簡単に殺しやがって!!
しかも、反省するならまだしも、よくもそんな事が言えたものだな。」
沈黙……レミールは押し黙る。
「う…ううっ!!うううっ!!」
すすり泣きを始めるレミール。
会話が終わったころを見計らい、警察官の男が命じる。
「つれていけ!!!」
皇族レミールは、日本国の警察機構に身柄を拘束された。
◆◆◆
いったい何が間違っていたのか。
彼女は何度も自分がした事を思い返す。
恐怖という絶対服従の支配力をもって、敵国を支配する方法の1つとして、レミールが行った虐殺という方法は、今まで何度も皇国が他国に対して行った方法だった。
南の文明圏外の島国、バルーサを支配した時も町の1つを落とし、数百名を処分した。
やり方は一見ひどいが、結果としてこの国はすぐに降伏し、たったの数百名の血で済んだのだ。
もしもこれが、バルーサに対し通常の戦闘をしかけた場合、被害は必ず万の単位を超える。
私の慈悲で、万の単位の民を救ったに過ぎない。
日本人に対しても同様の事を行ったにすぎない。
しかし、結果日本は激高し、皇国が74個に分裂するほどの被害を受けてしまった。
間もなく私は日本に搬送される。
世界の東にある第3文明圏、その中でも最も優雅に栄えた町、この美しき第3文明圏唯一の列強国、パーパルディア皇国の首都、皇都エストシラントの地はもう2度と踏めぬだろう。
レミールの目に涙が浮かぶ。
日本の警察官に身柄を確保されたレミールは、日本人と共に皇都の港に着き、小さな帆の無い船に乗り、船は走り出す。
「速い!!」
彼女の知りうるどの船よりも速く、船は沖合に停泊している日本の大型軍艦に向かう。
船は波を裂いて突き進み、速いのに全く揺れない。
ただの小型船だが、その作りに高い技術を感じ取る。
「つっ!!」
皇国軍を倒した日本が強い事は理解していた。
ムーの大使からも、日本の強さについて話を聞き、頭では理解しているつもりだった。
しかし、実際に日本の技術の一部に触れると、驚愕が全身を駆け巡る。
大型の軍船に入る。
私は小さな部屋に入れられ、軟禁された。
ドアの前には女の軍人が立っている。
とりあえず、辱めを受ける事は免れたようだ。
軍船は、微弱な振動はあるものの、中は全くと言っていいほど揺れない。
また、この部屋は温度が一定に保たれており、寝具もある。
どっと来る疲れ、極限状態に長くいたレミールは、泥のように眠った。
数日後~
「はい、起きて!!」
女の軍人の声で目が覚める。
どうやらもう日本に着いたようだ。
その者から説明を受けたところ、海上自衛隊と呼ばれる日本海軍の基地からバスと呼ばれるムーの機械車のような乗り物で、日本の首都、東京のとある施設に送られるらしい。
首都はどのようなものだろうか……。
レミールは列強を破った日本の首都に興味を持つ。
レミールは、警視庁の被疑者搬送用のマイクロバスに乗せられた。
バスの中には鉄格子があり、まるで動く牢屋のようだ。
やがてバスは彼女の常識をはるかに上回る速度でスムーズに動き始める。
(なんだ?この石が1つになったかのような道路は!)
道路に継ぎ目がない。
やがて、街中に入り、彼女の目に見渡す限りの高層建築物が飛び込んでくる。
(な……!!!)
1つだけではない。
ほぼすべてのビルが、彼女の常識を基準にすると、圧倒的に高く、そして地を埋め尽くさんかぎりの車が走る。
街を歩く人々の量は皇都エストシラントと比べ、比較にならないほど多く、そのすべての人がデザイン性の溢れた美しい服を着ている。
ムー大使の写真により、事前に知識はあったが、実際に日本の首都を見ると、全く違って見える。
その常識離れした建物の高さが、整列して動く車の波が、空を飛ぶ超巨大な飛行機械が、目に飛び込んでくる映像のすべてが彼女の心をうつ。
パーパルディア皇国の皇都エストシラントは、すべての繁栄を現実にした街だと思っていた。
他の列強国の首都と比べても、決して引けをとらない、繁栄が約束された街だった。
しかし……。
眼前の風景と比べると、エストシラントでさえ、ただの田舎の風景に思えてしまう。
「私は……私は……。」
レミールは五感をもって、日本の国力を感じ取る。
皇国がどうあがいても勝てないほどの、100年たっても追いつけないほどの、圧倒的国力差があることに、彼女は初めて気づく。
「戦いの結果は……初めから決まっていたのだな……。」
後悔……。
絶望……。
彼女の心は残酷な現実に打ちひしがれる。
◆◆◆
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
街の所々に設置された魔力通信を使用した動画の受信機、本日重要な発表があると聞きつけた皇国臣民は、そこに集まり画面を注視する。
皇都上空から襲撃した日本軍、精強な竜騎士団や、精鋭陸軍をいとも簡単に滅した日本に関する報道とあって、彼らの関心は高い。
戦闘を見た臣民の中には、日本のあまりの強さに、古の魔法帝国が日本に味方していると思う者さえも出てきている。
「いったい何の発表が行われるのだろう?」
「政府がわざわざ重要と伝えてきているのだから、相当な事だろう。」
「まさか……皇国が戦争に負け、臣民が奴隷となるとか……。」
「バカな!!我が国は列強ぞ!!!」
「しかし、現に精鋭部隊はやられているではないか。」
様々な憶測が飛び交う。
やがて、画面が光の魔力を帯びて光はじめる。
話していた皇国臣民は皆黙り、画面を注視する。
画面の中では、1人の男が壇上に上がる。
『皇国臣民の皆さん、暫定国家元首のカイオスです。』
画面の前の民衆がざわつく。
『このたびの戦争は多くの人が傷つき、家族を亡くし、そして途方に暮れた方も多いでしょう。
前政府の失策により、皇国兵は傷つき、かつて属領と呼ばれた73ヵ国もすべて独立をいたしました。
我々がこの戦争を続けたとしても、得るものは何もなく、むしろ失う物の方が多い。
私は皇国臣民を守るため、そして皇国がこれ以上立ち直れないほどのダメージを受ける前に、日本国と早期講和をする事を決断いたしました。』
「なんだと!これほど屈辱的な目にあわされて、講和だと!!!」
「そうだそうだ!!徹底抗戦するべきだ!!」
「いや、早期講和は正しい!!これ以上やられたら何も残らんぞ!!」
「独立が維持できるだけでも良いじゃないか。」
画面の前では、様々な議論が行われる。
『今回の戦争により、パーパルディア皇国は、73箇所の属領を失い、74ヵ国に分裂いたしました。
反パーパルディア皇国連合も我が国に宣戦を布告していましたが、今回はこの73ヵ国とも講和を実現いたしました。
本講和により、我が国は平和を手に入れました。
私は、今回手に入れる事が出来た平和を永きにわたって維持し、他国と共存し、そして繁栄していこうと思います。』
様々な質問が行われ、放送は終了する。
通信機の前では民衆がざわつく。
覇を唱え、決して譲ることのなかった皇国、それが実質的に74ヵ国に分裂し、何の利益も得ずに講和に走る。
それは実質的に負けたという事を、誰もが理解する。
画面の前ですすり泣く者もいる。
皇国臣民にとって、日本国は恐怖の対象となった。
◆◆◆
日本国首都 東京 外務省
「やれやれ、思ったほど混乱が無くて助かったよ。」
パーパルディア皇国との講和から1週間が経過し、外務省では幹部たちが話をしていた。
74ヵ国に分裂した事により、当初は統治に対する混乱が予想されたが、治安機能を担う現地警察機構の大量投入により、目立った混乱は無く、新生現地政府の頑張りにより、無難な出発をしている。
「本当ですね。もっとカオスになるかと心配していましたが、元々皇国の圧政があったため、現地人は自分の国が取り戻せた事を喜んでいます。
ほとんどの国の新政府も、よほどの無茶をしないかぎり、混乱する事は現状ではなさそうです。」
皇国から独立した各国は、率先して日本との友好関係を築くことになる。
◆◆◆
日本国 山口県 捕虜収容所
「と、いう訳で、あなた方パーパルディア皇国と我が国は、講和いたしました。
よって明日、我々が準備した船で帰国していただきます。」
日本の捕虜となってしまった皇国兵2000名は歓喜に沸く。
捕虜としての権利の説明は受けていたが、やはりとても信じられず、いつ死刑が行われるのかビクビクしていた者も多く、一同は安堵の雰囲気に包まれる。
敗将シウスは、日本に捕まった時、拷問の上に殺されることを覚悟したが、結果は捕虜としても過ぎた扱いを受けた。
シウスは思い返す。
東方の蛮族だと思っていた。
いや、私だけではなく、皇国の誰もがそう思っていた。
小魚を食すかの如く、簡単なつもりで日本に襲い掛かった。
しかし、日本は小魚ではなく、リヴァイアサンだった。
世界で最も進んだ国、5列強国、その中でも第3文明圏最強の国、パーパルディア皇国が手も足も出なかった国、日本。
将軍シウスは皇国の未来のため、日本に学ぶ事を決意する。
「シウス将軍、ようやく帰れますね。」
竜騎士レクマイアが話しかけてくる。
「……そうだな。しかし、私は……帰りづらいよ。
どの面をさげて帰ればよいか。」
「将軍!!!
皇国は今、日本との戦いで軍の指揮が可能な有能な人材が数多く失われている現状にあります。」
レクマイアは続ける。
「悩んでいる場合ではないですよ!!!」
レクマイアたちが話をしていると、収容所の看守が話を遮ってくる。
「あ、そうそう、シウスさん。」
「はい?」
「あなたは、日本人虐殺の重要参考人ですので、警視庁に身柄が引き渡されます。
関与が否定されれば帰れるでしょう。」
「な……。」
敗将シウスは、警視庁に身柄が引き渡された。
◆◆◆
日本国首都 東京 首相官邸
「やっと終わりましたね、総理。」
安堵の顔をした外務大臣が話しかけてくる。
「そうですね。まさか自分が戦時内閣の総理大臣になるとは、思ってもみなかったよ。」
正直な感想を漏らす。
「まだまだ、この世界は不明な事だらけです。
神聖ミリシアル帝国という、この付近の住民が把握している世界では、最強と呼ばれる国とも、まだ国交を結べていませんし、懸念すべき事項ではありますが、もしかすると核兵器が製造可能な技術レベルの国、グラバルカス帝国とは接触すら出来ていません。」
話はつづく。
「人工衛星で判明した事ですが、東へ12000km行った場所にも大陸が確認されていますし、そこに至るまでにも、それなりに大きい島が数多く存在し、文明を築いているようです。
星が広すぎ、海流の関係でいままで発見されてなったのでしょう。
星の裏側に至っては、巨大山脈に囲まれた内海に数多くの大陸が存在するような場所があります。
その内海内の世界だけでも、面積は地球に匹敵します。
今回の、パーパルディア皇国との戦いがうまくいったとしても、今後もそのような国が出てくる事は十分予想されます。
もちろん、平和的に外交を行っていくつもりですが……。」
「そういえば、自衛隊の攻撃力の無さは問題だな。やはり空母機動部隊は必要だろう。
また、精密爆撃の機能は絶対に必要だ。
日本版GPSは早期に整備しよう。」
「GPSを打ち上げるには、地球の広さでさえ、人工衛星が24機は必要になります。
結構な予算になりますが……。」
「星は広いが、球体に何機展開できるかの問題ではないのか?
GPSは昔のアメリカでさえ、1機あたりの重量は759kgだろう?
もっと軽く出来るだろうし、仮にその重さであっても、H2Bなら1回で10機分の重さまでは軌道にいけるのでは?
まあ、地球とは違うから、難しいのだろうが。
衛星軌道上で散開できれば打ち上げコストも低くなるだろう?フェアリングに何個入るかの問題があるが。」
話はつづく。
「それに、仮に24機すべてロケット各1機使って打ち上げたとしても、ロケット100億で衛星200億円くらいだろう?
1回300億、24回で7200億だろう?
日本が生き残るためには安すぎる投資だ。
生活保護費は、年間3.7兆円、男女共同参画費にあっては、毎年10兆円も使用している。
それに比べたら、維持費はいるだろうが、投資7200億円など、本当に安い。」
「まあ、確かにそうですが……。」
突然ドアが開かれる。
外務省の幹部が室内に入ってきた後、外務大臣に耳打ちする。
「ほう、それは面白い。」
「どうしました?」
外務大臣は笑みを浮かべる。
「総理、ちょうど今話に出ていた神聖ミリシアル帝国が、我が国に国交開設を前提とした使節団を派遣したいと申し出て来ました。」
「ほう、向こうから送ってくるとはな。
我が国の事を少しは重要に思ってくれはじめたのかな?」
日本国政府は神聖ミリシアル帝国に対し、使節団受け入れの許可を出した。
ブログ くみちゃんとみのろうの部屋
http://mokotyama.sblo.jp/
で、第42話異界の太陽は東から昇る
第43話 外伝 竜の伝説
第44話 外伝 竜の伝説2
を先行配信中です。
外伝は、まだ完結していません。(3か4で完結します。)
また、外伝は、今後の本編に話を連結させるか考え中であり、
小説家になろう本編に投稿するか迷っています。
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