表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/155

カイオスの決断

日本国 山口県 捕虜収容所


 パーパルディア皇国 皇国監査軍 特A級竜騎士レクマイアは、日本の新聞を読む事で、ある程度日本語が読めるようになっていた。


 不定期に渡される捕虜への新聞、その日の新聞には、日本国とパーパルディア皇国の特集記事が、最新の各国政府が発表した内容を交えて記載されており、彼はそれを読み進める。

 フェン王国沖の戦いで、捕虜の数はすでに2000人にも及び、その中にはフェン王国の沖合で120門級戦列艦パールに乗艦し、指揮をとり、日本の軍艦と交戦するも撃沈され、海に投げ出された皇国の将軍、シウスも含まれる。


 新聞を読むレクマイア、その横に将軍シウスが座る。


 何とも不思議な光景である。


 レクマイアは新聞を読み進める。

その顔は、次第に険しくなり、眉間にしわがより、汗が吹き出し、指先は震え始める。前にもあった現象だが、今回は顔面が蒼白ですらある。


「どうした?レクマイア殿、何が書いてあるか、私にも教えてくれ。」


 日本国と直接的に戦闘を経験し、日本軍の強さを身をもって体験した将軍シウスは悪い知らせであろう予想をする。


「ふー、ふー、シウス将軍、心して聞いてください。」


「うむ!」


「日本は、まずアルタラスを攻撃し、進駐していた皇軍を全滅させ、アルタラス王国は皇国の支配を脱しました。」


「やはり……予想した事だな。」


「アルタラス王国を落とした日本は、在アルタラスのムーの基地を改良し、同基地を使用して皇国本土の攻撃を行いました。」


「なんと!!本土までもか?して、皇国はどう対応した?本土の防衛力は他の比ではない。」


「はい。パーパルディア皇国は、その主力艦隊をもって日本の護衛艦隊にあたり、日本の航空戦力に対しては、テスト中だったワイバーンオーバーロードを実用化、実戦配備を行い、日本軍にあたりました。」


「して、結果は?」


「……パーパルディア皇国主力艦隊は壊滅し、皇都エストシラントの北方大規模陸軍基地は、日本軍の空襲によって全滅いたしました。」


 将軍シウスは予想を超えるあまりの被害に絶句する。


「……さらに、日本は技術都市デュロの武器工場と、同デュロの大規模陸軍基地を攻撃し、これらを滅しました。」


「な……。」


 シウスの額に汗がうかぶ。


「皇国は、皇都防衛に空いた戦力をうめるため、属領統治軍を皇都に引き上げました。

 時を同じくして、アルタラス王国女王ルミエスが反乱をたきつけ、これに乗じた属領が連続的に反乱して、すべての属領を失っています。」


「なんてことだ!!!そもそも、文明圏外国の成せる業ではない。日本は……強すぎる!!いったいどうなっているんだ!!!」


「さらに、属領同士が連合し、皇国に宣戦布告し、皇国の地方都市アルーニが落ちました。」


「それはおかしい!!そんな馬鹿な。属領ごときにやられる皇国ではないぞ!!」


 将軍シウスは半身を乗り出し、緊張した面持ちで声を張り上げる。


「はい、本戦いには、文明国のリーム王国が参戦を表明していると、書いてあります。」


 レクマイアはあくまで冷静に話す。


「このままでは……終わってしまう!!」


 将軍シウスと竜騎士レクマイアはただただ絶望するのだった。


◆◆◆


 日本国首都 東京


 日本国の経済、政治の中枢、東京都、この1335万人の蠢く町の、行政の中枢者の住まう首相官邸で、第3文明圏の列強パーパルディア皇国の運命を決定づける重要な会議が行われていた。

 

 会議には内閣総理大臣や各大臣と共に、各省庁の幹部、及び現場サイドの中核が顔をそろえる。


「それでは、これより本件戦争に関する会議を開始いたします。」


 司会が話をはじめる。


 各人は机に置かれた厚い資料に目を通す。


「まず、資料にもあるとおり、外務省としての本件戦争に関する方向性の提案をいたします。

 今回の戦争が始まったことにより、日本はすでに後に引けない状況となっている事は皆さまご存じのとおりと思います。」


 皆がうなずく。


「日本がパーパルディア皇国に提示した首謀者の引き渡し、これについては譲歩出来ない状況ではありますが、朝田大使の報告によれば、日本人虐殺の死刑執行宣言は、皇族のレミールが行っています。

 よって、このレミールを捕らえる事は、絶対条件です。」


 説明は続く。


「本来ならば、皇帝の関与も疑われますが、皇帝まで捕らえてしまうと、対外関係にも影響が出ますので、皇帝の身の確保までは行わない方向で行きたいと思います。」


 場がざわつく。


「しかし、それでは反日的な国が存続するだけではないのか?いずれ力をつけ、日本に刃を向けられたのではたまったものではない。」


 外務省の提案に対し、文部科学大臣が疑問を呈す。


「はい、ですので反皇国連合とは友好関係を築き、皇国と敵対させ、交易も制限し、死なない程度に生かさず殺さず、国力をつけさせないようにいたします。」


「いったいどうやって?それに、その方法では根本的な解決にはならないのではないか?」


「はい、皇国に反日教育をされると根本的解決にはなりません。」


「……まさか、情報統制を?」


「日本が情報統制をするというよりは、皇国が生きるために自主的に親日的な政策をとらざるをえない状況を作り上げます。」


「どうやって?」


「具体的な方法については、施策が多岐にわたりますので詳細は後日にしたいと思いますが、概要としては、今後皇国内の第3外務局長カイオスが間もなくクーデターを起こすと伝えてきています。

 現在皇国は、連合軍に攻められ、文明国のリーム王国も連合国側として参戦し、我が国の自衛隊によって大きく戦力が削られており、自国の防衛すらもままならない様子です。

 カイオスはクーデターによって皇帝を幽閉し、レミールを日本に引き渡し、その後我が国との講和を望んでいます。

 又、日本によって連合国の侵攻を止めてほしいとも。

 カイオスのクーデターが成功すれば、彼は我が国の意のままに動く駒になります。

 親日的教育をさせるなぞ、造作もないことです。」


 話はづつく


「我々としては、カイオスに新たな指導者になってもらい、皇帝については政治に関与できない政策をとってもらいます。

 また、反日……日本に対する悪意をもった教育を行わないように釘をさすつもりです。

 そして、政権が代わっても政府主導で反日教育を行わないよう指導いたします。

 皇帝については、実質的権限をすべてはく奪し、又日本人虐殺の事情聴取については行うつもりですが、先ほども申したように、身体の日本による拘束は行いません。」


「……ちょっと伺いたい。」


 財務大臣が手を挙げる。


「何でしょうか?」


「戦勝国としての権利はどうするおつもりか?」


「カイオスのクーデターが成功し、すべてがうまくいったという前提の話ですが、皇国内の資源採掘権等を考えていますが、まだ何処にどんな資源があるのかもわかりませんので、戦後の交渉しだいです。」


「あらかじめ決めておいた方が良いのでは?」


「実質的に皇国の情報が少なすぎて不可能です。

 皇国が、戦後日本の言う事を聞かないといった内容を心配しておられるならば、日本人虐殺の罪の適用範囲をちらつかせて黙らすつもりです。」


 日本の皇国戦後処理についての議論はつづく。


◆◆◆


 パーパルディア皇国 皇都エストシラント カイオス邸


「よし……準備は整った。」


 朝日が照り込むカイオスの自宅、カーテンは風にゆられ、カイオスは外を覗く。


 雲一つ無い青空、小鳥たちは歌い、すがすがしい朝、動物たちはこの日、何事も無くいつもの日常を終えるだろう。


 しかし、パーパルディア皇国の国の幹部や国民にとっては歴史的な日となるだろう。

 成功すれば国の幹部として皇国に残り、失敗すれば一族のすべてが殺される。

 いや、失敗すればどのみちパーパルディア皇国は亡ぶ。


(成功するか?)


 近衛隊には自分の息のかかった者が何十人もいる。

 皇帝の束縛はうまくいくだろう。

 軍の味方は数百人、これで本日行われる国家議員会議及び行政大会議に突入させ、各議員たちの束縛はできるだろう。

 しかし、戦力は圧倒的に不足しており、軍が本気で奪還してきたら終わりだ。


 議員の束縛後、すぐに日本と通信を行い、軍や国民の目に見える結果を出す必要がある。


 日本とのやりとりは、すでに話がついているので、これについてはうまくいくだろう。

 又、隠密活動が得意な文明圏外のジーミ王国の隠密500名もすでに私の指揮下にある。

 何かあったらうまく使うとしよう。


 カイオスは通信用魔法具で指令を飛ばす。

 彼は意を決し、部屋を出た。


◆◆◆


 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 行政大会議場


「いったい軍は何をしているんだ!!属国72ヵ国の反乱を許すどころか、まさか北方都市アルーニまで落ちるとは!!!」


 行政の幹部が集まり、国の運営に対する実質的な対策が会議される行政大会議は、皇国始まって以来の未曾有の危機を前に紛糾していた。

 皇国主力海軍はすでに無く、残るのは日本に対するにはあまりにも貧弱な艦隊が残るのみであり、大陸軍基地もすでに2つが消滅している。

 さらに属国の大反乱、これによりパーパルディア皇国の国土は大幅な縮小を余儀なくされ、属国の穀倉地帯までもが国の支配権から離れてしまった。


 大穀倉地帯が無くなった事により、国の食料自給率の大幅低下が予想され、最悪の場合飢饉となる可能性すら出てきた事が彼らの頭をさらに痛める。


 軍の最高司令アルデは相次ぐ罵倒を受け止め、胃を痛めながらも説明する。


「現在軍は再建中であり、再建が整いしだい……」


「いつだ!!それはいつになる!!!」


 アルデの発言を遮り、農務局局長が発言する。


「すぐにでも穀倉地帯だけでも取り戻していただきたい!!

 このままではもって……6カ月、たったの6カ月でおそらく食料の底がつく。

 統制すればもう少しもつが、いずれにせよ8カ月程度しかない!!!」


 話はつづく。



「一時的に日本国と休戦し、穀倉地帯の反乱を押さえるような手続きは出来ないのか?」


 出来る訳がない。

 日本はそもそも、国内問題だとは見てくれないだろう。

 敵国が弱っている時に手を抜くバカがいるか。

 アルデは農務局長の無知に怒りを覚えながら返答する。


「第一外務局長とも話し合いましたが、無理です。」


「では、穀倉地帯を取り戻せるのか!!蛮族の戦力など、たかが知れているだろう!!何故さっさとしないんだ!!」


 ヤジが飛ぶ。


「穀倉地帯は取り戻せるよう全力を尽くします。

 しかし……北方都市アルーニが落ちた際、73ヵ国連合のみではなく、リーム王国の軍も混じっておりました。

 文明国と戦うとなると、やはりある程度の戦力を整える必要があります。」


「確かに、貴局作成の資料にあったな。リーム参戦と……あの小国が!!すぐに寝返りよって!!!」


 会議は熱を帯び、紛糾する。

 不意に大会議室のドアが強く開かれ、武装した軍人70名がなだれ込んでくる。

 軍人たちはパーパルディア皇国歩兵に正式配備されているマスケット銃を構えながら、会議室に押し入る。


「いったい何だ!!何事だ!!!」


 アルデは声を荒げる。


「各人動かないでいただきたい!!

 この行政大会議場は、たった今掌握した!!

 勝手な行動をされると命の保証はない!!!」


 リーダー格の軍人が声をあげる。


「この国家の未曾有の危機を前に革命ごっこのつもりか!!!指導者のいない国は全く動かんぞ!!!お前たちは、パーパルディア皇国を滅ぼしたいのか!?」


 アルデの言葉に場が静まりかえる。


「この未曾有の危機を作り出したのは、あなたたちだ。

 我々は愛するパーパルディア皇国を大崩壊から救うためにここに来たのだ!!」


「バカ者が!!ただ行政機構を押さえただけでは何の解決にもならん!!!

 相手がいるんだぞ!相手が!!!

 具体案か、代替案を示してみろ!!!

 それが出来なければお前たちは本当の大バカ者だ!!!」


 軍人はフッと笑い、軍の最高司令アルデを見る。


「具体案なら……ある!!!

 すでにカイオス様が日本国と話しをつけておられる。

 我々が皇国内の……部内を大掃除すれば、皇国は救われる。」


 場がざわつく。


「ほうけが!!日本を押さえただけではどうにもならんわ!!!

 反乱軍を……73ヵ国連合軍と、文明国を押さえない事には我々の未来はない。

 仮にそれがうまくいったとしても、我が国は日本国に対し、殲滅戦を宣言している。

 彼らが皇国を守るとは到底思えぬわ!!」


「あなた方は、私よりも日本の事を知らないと見える。

 情報は上に行くほど簡素化され、都合の良いように捻じ曲げられるのだな。

 まあ良い。

 もう問答する気はない。

 動かないでいただこう。」


「……後悔するぞ。」


 行政大会議場は、第3外務局長カイオスの軍により、無血制圧された。


◆◆◆


 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 皇城


「……カイオスよ、これはいったいどういうつもりだ!?」


 皇帝ルディアスはカイオスをにらみつける。

 ルディアスの横には、屈強な軍人が5名、皇帝を囲むように立つ。

!?

「皇帝陛下……皇国のために、しばし動かないでいただきたい。」


 カイオスはルディアスの目を見つめる。


「フン……革命か、小癪な事を。

 こんな事をしても、国民はついて来ないぞ?すぐに軍により、おまえたちの首ははねられる。」


 あくまで威厳を保ちながら、皇帝ルディアスはカイオスに話す。


「私が……日本との戦争を止めます。そして、反乱軍からも皇国を救います。

 もうあなたには任せておけない。」


「我を、どうするつもりだ?」


「皇帝陛下は、今後政治に口を出す事は許されません。

 国の皇族として、儀礼的行事には参加していただき、政治に関しては未来永劫口を出さない。いや、出せないようにいたします。」


「フン!!文明国の一国を列強まで押し上げたのは皇族ぞ!!

 国の運営に皇族の介入無くしてパーパルディア皇国が成り立つはずもなかろう!!」


「このままあなた方に任せると、日本と73ヵ国及びリーム王国の連合軍によって、近い将来、皇国はこの世から消え去ります。

 私が国を掌握すれば、必ず日本や他国とも講和し、国を存続させる事を約束いたします。

 講和の後は、皇族の方々の強い発言権がやはり必要です。

 陛下、ご英断をお願いします。」


 沈黙。


「……レミールはどうなる?」


「レミール様は、今回日本の虐殺の首謀者と……日本からは思われています。

 日本国外務省の職員の前で、日本国民間人に対する処刑宣言を行っています。どうやっても救う事は出来ません。

 レミール様の日本への引き渡しは、日本との講和の絶対条件といっても過言ではありません。」


「……そうか。」


 皇帝ルディアスとカイオスが話をしている最中、息を切らし、武装した軍人が部屋に飛び込んでくる。

 同軍人は、息を整えながら第3外務局長カイオスに敬礼する。


「どうした?」


 軍人の状況から異常を感じ取ったカイオスは、早口で軍人に尋ねる。


「レミール様を……取り逃がしました!!レミール様の邸宅に到着したところ、すでに立ち去った後だったとの事です。」


 カイオスの血の気が引き、全身の血が抜けるかのような感覚に襲われる。


「なっ!!なんだと!!絶対に見つけ出し、必ず捕らえろ!!!」


 日本国との講和の可能性が遠のく現実を前に、カイオスの頭はフル回転する。


(……まずは、日本と講和を……日本の提示した条件はすべて達成可能と日本に報告し、反乱軍を押さえてる間にレミールを探すしかない。

 くそっ!あの女め!!

 いつまでも手間をかけさせやがって!!!)


「はっはっは……カイオスよ、現実というものは、計算通りにはいかないものだな。

 貴様がどう皇国を運用するのかが見ものだ。」


 この日、パーパルディア皇国運営の実権は皇帝ルディアスから離れる事となった。


 カイオスは日本に対し、革命はすべて順調に成功した旨報告を行い、国の実権を握ることになった。


◆◆◆


 第3文明圏 列強国 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 某所


「はあ、はあ、はあ……」


 太陽はすでに落ち、月明かりの下、裏路地を一人の女が走っていた。

 女の体は汗でグショグショに濡れ、擦りむいた足は何度か転んだ事をうかがわせる。

 女が裏路地に隠れた後、表通りでは軍人たちが走り回る。

 彼らは口々に


「探せ!何が何でも探し出せ!!!」


 と口走っている。

 皇都のすべての者が自分を探している。そんな気さえしてくる。


「くっ!!!何故この私が……こんな目にぃ!!!」


 彼女にとってその姿はあまりにも無様なものだった。

 しかし、捕まれば、おそらくは……死。

 その恐怖が彼女を限界以上に突き動かす。

 

 自宅にいた時、仲の良かったメイドが危険を察知し、動きやすい服と現金、そしてナイフを1本持たせて逃がしてくれた。

 彼女がいなければ、もうすでに捕まっていただろう。


「おい、娘さん、こんな所で何をしているんだい?

 夜道は娘さんには危ないよ。」


 突然後ろから声をかけられ、全身に緊張が走る。

 レミールは声のした方向にゆっくりと振り返る。

 月明かり以外に照明は無く、男の顔は見えにくい。


「……掃除夫か?」


 薄汚い服を着た男がレミールの前に立つ。

 男は続ける。


「そのまま路地を進むと、陸鳥の小屋の前を通る事になる。

 ここの陸鳥は気性が荒いから、唾をかけられてしまうよ。」


 良い事を聞いた。

 まず私を目撃したこの男を殺し、その後陸鳥を奪って逃げる。

 人よりは速い移動が可能となり、周辺国に亡命できる可能性も上がるだろう。

 まずは目の前の男を倒さねば……。


 私も皇族として、一通りの格闘訓練は積んでいる。


 奇襲で倒せるはずだ。

 レミールは無言で男に近づく。彼女は右手を後ろに回し、ゆっくりとナイフを男に見えないように取り出す。


 もう少し……。


 間合いに入る。


 彼女は左足を強く踏み込み、男の喉を一撃で刈り取るべく、最速の動きをもってナイフを振りぬく。

 ……手に何かを切った感触は無い。

 彼女の一撃は空を切る。


「お……おめえ!!何すんだ!!!」


 男は大声をあげ、レミールを威嚇する。


「ちっ!!!」


 レミールはさらに右足を強く踏み込み、男を斬り付けようとする。


「なぜ!!!」


 レミールのナイフはさらに空を切る。

男は一瞬でレミールの左手に回り込み、男の放った一撃が彼女の脇腹にめり込む。


「がっ!!」


 男の拳圧は強く、レミールは吹き飛ばされ、地面を転がる。


 ……!!!立てない!!!


「どうした!!何があった!!!」


 大きな怒鳴り声と争う音を聞きつけた軍人が数人、走って近づいてくる。


「くっ!!!」


 レミールは必死で体を動かそうとするが、立つ事が出来ない。

 男は軍人に向かい、話始める。


「私は臨時職員として、港で掃除をしていますシルガイアと申します。

 この女がいきなり私に斬りかかってきたのですよ。

 私が格闘技の上級者でなければ死んでいました。」


 軍人たちは、女をまじまじと見る。

 手に持った紙と何度も見比べ、その顔は徐々に驚愕へと変わる。


「れ……レミール!!すぐにその女を捕らえよ!!レミールだ!!!」


 軍人たちは素早く動き、彼女を拘束する。

 レミールを捕らえる命を出した指揮官の男がシルガイアにゆっくりと振り返る。


「よくやったぞ!!ええっと、名前は……。」


「シルガイアと申します。」


「うむ、シルガイアよ!この女は国家の存続の危機を作り出した大罪人として手配がかかっていた者だ。

 つれていった我々も、階級が上がる事は確実だな。

 最初に見つけたお前には、暫定政府の元首カイオス様から直々に褒美をもらえるだろう。」


「え!!こっ国家元首様から?」


「うむ!!!」


 この日、皇族レミールは、カイオスの手に落ちた。

 レミールを運よく捕まえたシルガイアは後日、名誉職としての軍幹部に抜擢され、学生時代の友、皇国海軍の将バルスほどではないが、シルガイアの満足のいく役職に就く事となる。


 なお、彼は後の人生で何冊か本を出版し、中でも『人生は運』という本はベストセラーになった。

◆◆◆


 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 行政大会議室

 皇帝を掌握したカイオスは、行政大会議室で仕事を行っていた。


 早急な課題は、皇都エストシラントの北方にある地方都市、聖都パールネウスに迫る反パーパルディア皇国連合軍の処理である。


「敵軍を追い返す事は、お前に出来るのか?」


 カイオスの軍により、軟禁状態となった元軍の最高司令アルデは、カイオスを見下した口調で言い放つ。


「手はうってあるよ。」


 カイオスは不敵に笑うのだった。


◆◆◆


 北の地方都市アルーニを落とした73ヵ国連合軍は、アルーニの南に位置する聖都パールネウスに向け、新たに街を落とすべく、進軍していた。


 リーム王国の使者カルマは73ヵ国連合軍の将ミーゴと進軍しつつ、話をしていた。


「さすがに、次の都市を落とすのは被害が出すぎるのではないか?」


 73ヵ国連合軍を束ねる元属領カースの将ミーゴは、不安をもってカルマに話始める。


「何を言うか!今皇国は弱っている。これほどのチャンスがあろうか。」


「しかし、今回奇襲は出来ない。皇国も、1地方都市が落ちているので警戒し、軍備も強化しているはず。

 リーム王国がワイバーン150騎を投入したとしても、難しいかもしれませんぞ。」


 カルマの眉間に縦しわがよる。


「……確かに、奴らの竜は想像以上に強かったが、人員を継続的に投入できる能力は、現在我らの方が上だ。

 大きな犠牲を払ってでも、パーパルディア皇国に1撃を加え、弱らせるべきだ。」


「何をそんなに焦っているんだ?」


「お前たちは何も解っていないな。

 自分の国を取り戻せればそれでよい。そんな程度だ。」


 話は続く。


「我々は戦争の先を見ている。

 今回の戦争で、世界は大きく変わるぞ!!

 日本国の影響は、第3文明圏にのみとどまらない。

 仮に、文明圏外国家が日本の技術に触れると、その国は文明圏の列強をも脅かす国になる。

 神聖ミリシアル帝国よりも技術的に強力な国が、第3文明圏近郊に現れ、しかも技術を劇的に向上させる事を可能とする本が、書店で簡単に手に入る。

 日本にいかに取り入るか、そして技術向上に関し、潜在能力の高いパーパルディア皇国を少しでも弱らす事がリーム王国の未来を大きく左右するのだ!!!」


「そうか……。」


 理解半ばにカースの将ミーゴは相槌をうつ。


 ピピピッ……ピピピッ


 リーム王国の魔力通信機が赤く発光している。

 カルマは怪訝な顔をして通信機を手に取る。


「……え!!そんな!!!パールネウスは目前というのに!!」


 何やら驚いている。


「しかし、それでは……はい、わかりました。

 それにしても、対応があまりにも早すぎると思うのですが……。はい、調査をお願いいたします。」


 彼は通信機を置き、連合軍の将に振り返る。

 その顔は悔しさに満ちている。


「進軍は……中止だ!!」


「!?あれほどまでに進軍したがっていたのに、一体何故か?」


「パーパルディア皇国内で、クーデターが起き、皇帝が実権を失った。

 また、パーパルディア皇国暫定政府は日本国に講和を申し入れ、日本はこれを了承した。

 日本国は73ヵ国連合に対しても、停戦を呼び掛けている。

 今、日本の心象を大きく損ねる訳にはいかないからな。

 我がリーム王国は進軍を中止し、さらに地方都市アルーニも放棄、撤退する事を決めた。」


「なんと…。」


 同日、日本国政府の呼びかけにより、73ヵ国連合及びリーム王国はパーパルディア皇国への進軍を停止、聖都パールネウスを前にして撤退し、地方都市アルーニからも撤退した。


◆◆◆


 パーパルディア皇国 皇都エストシラント


 この地に足をつけるのは、何カ月ぶりだろうか……。


 数カ月ぶりに、皇都の地を踏むスーツ姿の男たち、日本国は皇国との講和のために、使節団を派遣していた。

 その中には、かつて皇国との国交開設のために奔走した朝田大使の姿もある。

 

 今回の講和のための使節団は、講和するための根回しはもちろんのこと、フェン王国で日本人を虐殺した被疑者の中でも最重要人物、レミールを日本に搬送する任を負う。


 レミールの身代わりを立てられぬよう、直接面談した朝田大使が確認作業を行うこととなっていた。

 朝田大使は、同行していた警察官数名と共に、皇国の特別刑務所に案内される。


 小さな草が生え、小鳥がさえずる特別刑務所の庭、一見のどかに見えるこの風景、しかし建物内部は光が十分に届かず、薄暗い。


 湿った階段を朝田は降りていく。

 静かな廊下に靴音が不気味に響き渡る。


やがて牢屋の前に達する。


 牢屋は堅牢な鉄で出来ており、床は石畳となり、ベッド等の就寝用器具は一切無い。

 石は冷え、この中で1夜過ごす事自体、日本人ならば耐えられないだろう。

 

 そんな中、鉄の首輪と重りを取り付けられた女が1名、朝田大使をにらみつける。

 朝田は女を一見し、警察官に伝える。


「この女で間違いありません。」


 圧倒的優位にある朝田、無様な姿をさらけ出すレミール、数カ月ぶりに2人の会話が始まる。


 ブログ「くみちゃんとみのろうの部屋」

 http://mokotyama.sblo.jp/

 で、第41話 悲劇の終焉

 と、第42話 異界の太陽は東から昇る

の2話を先行配信中です。

 よければ覗いてみてください。

 パソコンの方は、ブログの右側にある「日本国召喚」のタグを押していただけると、一覧が表示されます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そのリー厶王国も何れ日本と戦争する道を選ぶ・・・・
[一言] 本音を言えば、元凶たる皇帝こそ斬首して欲しかった。 が、国同士のやり取りでは、最高責任者は生きて屈辱の人生を歩むパターンが多いのもやむ無しか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ