平和の終焉
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
軍の最高指揮官アルデは困惑していた。
ムーが観戦武官を日本側に送り、かつ日本がフェン王国での戦いに勝つと分析していると知った時、日本は大軍をもって対応したと考えた。
であれば、ムーの分析も理解できるし、敵の出方を見誤っただけかとも思った。
しかし、トップ会談中に飛び込んできた情報は、彼を困惑させるのに十分な威力を持っていた。
フェン王国派遣部隊の全滅、皇国陸上戦力として見れば損傷は軽微だが、皇国海上戦力としては実に3分の1が消失したに等しい。
この情報がもたらされた事により、彼の頭の中は混乱の極みとなる。
仮に文明圏内の国家が戦列艦数千隻を使用し、今回の派遣部隊に襲い掛かったとしても、僅かな被害と作戦の遅延が予想されるのみであり、決して全滅にはならない。
ロウリア王国と日本国の海戦経緯から、日本国の戦力を算出していたが、どこかの情報が根本的に間違っているのかもしれない。
「一度日本に関するすべての情報を洗いなおせ!!情報源まで特定しろ!!!」
「ムーは……いったい何を掴んでいるのだ!!!まさか!!?」
アルデの脳裏に最悪のシナリオが思い浮かぶ。
まさか……、ムーは今まで決して行ってこなかった、自国の機械科学兵器の輸出を開始したのかもしれない。
自国のある第2文明圏から最果ての地である日本に輸出すれば、自国が被害を受ける可能性も無く、そして我が国への攻撃にもなる。
万が一第3文明圏が日本の手に落ちたとしても、間には第1文明圏があり、神聖ミリシアル帝国を挟んで牽制できる。
文明圏外国家であれば、文明差がありすぎて複製も出来ないだろう。
ムーにとっては自国の兵器が他の列強にどれだけ効果があるのか測定でき、輸出費も儲け、そしてパーパルディア皇国への牽制も出来るため、一石二鳥ならぬ一石三鳥である。
「もしそうだとすると……マズイ!!マズすぎる!!!!」
軍の最高指揮官アルデは、日本国に関して再調査するよう部下に下命した。
◆◆◆
第1文明圏 列強 神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス とある酒場
酒場では、平面水晶体に酔っ払いどもが注目する。
最上位列強国、神聖ミリシアル帝国ではカラー映像の魔信ニュースが送信され、平面水晶体の受信機で見ることが出来る。
方式は違えど、映像付きのニュースが流れるのは、神聖ミリシアル帝国と、第2文明圏の列強ムーのみだろう。
そして、カラーで見ることが出来るのはこの世界最強の国、神聖ミリシアル帝国のみである。
平面水晶体には、週1回流される、世界のニュースが映し出される予定だ。
貿易で働く者たちにとって、このニュースはとても価値のあるものだった。
「始まるぞ!!」
音楽が流れはじめ、ニュースが始まる。
「こんにちは、世界のニュースの時間です。
今日は皆様に信じられないニュースをお届けします。
それでは、最初のニュースです。
覇を唱え、周辺国に対し、繰り返し侵略を行ってきた第3文明圏の列強パーパルディア皇国が、フェン王国の攻略に失敗し、派遣軍は事実上全滅いたしました。
今回の全滅により、パーパルディア皇国は、海上総戦力の実に3分の1を失った模様です。
パーパルディア皇国を退けたのは、東の果てにある文明圏外国家、フェン王国と日本国の2カ国連合です。
どのような兵器を使用したかは不明ですが、今回のパーパルディア皇国の敗戦は、第3文明圏のあり方に、大きな影響を与えると考えられています。
変わって次のニュースです。
グラ・バルカス帝国、通称第8帝国は神聖ミリシアル帝国に対し、2年に1度我が国が主体となって開催される会議、先進11カ国会議に参加させるよう、要求をしてきました。
政府はこの申し出に対し、検討する旨を回答している模様です。
グラ・バルカス帝国は列強レイフォルとの戦争に圧勝しており、列強の自覚があるため、今回このような要求をしてきたものと思われます。」
ニュースが終わる。
「おいおい!!聞いたか!??」
今日の酔っ払いたちの話題は1つだった。
「聞いたぜ!!第3文明圏列強パーパルディア皇国が、フェン王国に攻め入って、文明圏外の2カ国連合と戦い、返り討ちにあったらしいな!!!」
「列強が、文明圏外国家にやられるとは、信じられねぇ。」
「またあれか!新興国の日本とかいう国が絡んでいるな!!ロウリア王国の侵攻からクワ・トイネ公国を救った国だ。」
「そういえば、日本は第3文明圏の神話に出てくる魔王ノスグーラが復活したとき、小隊を送って魔王を倒してしまったらしいぞ。」
「魔王って、大層な名前だが、どの程度のものなのだろうな。しかし最近レイフォルが崩壊したり、局地戦で列強が敗れたり、話題に事欠かないな。」
「まあ、しかし、日本がどれだけ凄かろうが、中央世界は安泰だよ。神聖ミリシアル帝国は格が違いすぎる。」
「はっはっは、そうだな!!!」
酔っ払いどもの話は続く。
◆◆◆
パーパルディア皇国 西部 島国 属領クーズ
市民たちは失意のどん底にいた。
20年もの長きにわたり、パーパルディア皇国の度重なる搾取の末、かつて豊かと繁栄の象徴、クーズ共和国と言われた面影は見る影も無く、人々は貧困とそこから抜け出せない絶望に喘いでいた。
魔石鉱山で鉱石を掘り出しながら鋼夫のハキは思う。
自分の家は、名のある騎士族だったと聞かされていた。自分が5歳の頃、父はパーパルディア皇国と戦った。
しかし列強たる皇国の兵は圧倒的に強く、父は戦死、国が落ちた後、母は皇軍の兵につれていかれ、自分は鉱山に連れて行かれた後、ひたすら魔石を掘り続けている。
当初あった反感は大人になり、皇国の圧倒的国力と最強とも言える軍の強さを知るにつれ、絶望と共に消えていった。
逆に思ったのは、クーズ共和国は何故この負けると解っていた戦いを始めたのか?といった疑問だった。
先日、中央世界の神聖ミリシアル帝国の魔信ニュースで、パーパルディア皇国が東の島国、フェン王国を攻めるといったニュースを聞いた。
神聖ミリシアル帝国では、画像付のニュースが流れているらしいが、私が持っているのは家に残っていた安い魔信機、音のみでニュースを聞く。
又、不幸な国が1つ増えると思った。
属領クーズの誰もがそう思っていた。
この世界には絶望しかない。生を自ら断ち切ろうかとも思う。
今日もニュースが始まる。
「……フェン王国に遠征していたパーパルディア皇国軍は、文明圏外国家であるフェン王国と日本国の2カ国連合に敗れ、全滅しました。
今回失った皇軍の艦数は皇国海軍総戦力の実に三分の一にも渡り、……。」
「な……何!!?」
聞き間違いではない。
皇国は相当の被害を受け、敗れている。
「何だ!!この気持ちは!!!!」
ハキは涙を流していた。
決して勝てぬと思っていた者たちを文明圏外国家が退けた。
どれほど被害が出たかは不明であるが、彼らはその偉業を成し遂げたのだ。
ハキの心には、生きる力がよみがえってきた。
◆◆◆
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 皇宮
皇族レミールは、日本に対する殲滅許可をもらうため、皇帝の下に訪れていた。
「もう報告書は読まれたと思いますが……。」
レミールは概要を説明する。
「……結果、皇軍はフェン王国の攻略に失敗しました。
そして、日本国内からアルタラス王国王女、ルミエスが臨時政府の樹立を宣言いたしました。
他の属領もわき立っております。
このまま日本国をのさばらせておくと、皇国の癌になりかねません。
よって、日本国に対する正式な宣戦布告と、同国国民に対する殲滅戦の許可をいただきに参りました。」
皇帝ルディアスはゆっくりと話始める。
「今回の失敗、アルデは奢ったか……。奴の処遇についても考えねばならんな。
しかし、たかが文明圏外の蛮族どもに……列強たる皇国がこれほどまでに、なめられるとはな……。
私は不愉快だよ。
レミール、流石だな。最初からおまえの言うとおりだった。
私が甘かったようだ。
やはり、このような蛮族は殲滅し、皇国に逆らった愚か者はどうなるか、世界に知らしめなければならない。
……今、ここにパーパルディア皇帝ルディアスの名において、日本に対する宣戦布告及び殲滅戦を許可する!!!」
第3文明圏列強パーパルディア皇国は、日本国に対し、民族浄化を原則とした戦争を行うことを決意した。
◆◆◆
皇族レミールは、第1外務局の会議室に向かっていた。
本来なら「敵」となった日本のために出向く事は考えられないが、
『フェン王国での戦いの後に会談をする』とレミール自身が日本側に伝えており、日本国外務省の担当もこれを了承していた。
局地戦とはいえ、決して負けるとは思っていなかったため、会議室へ向かうレミールの足取りは重い。
今回は、つけ上がった日本が前回よりもさらに高飛車な態度に出てくる事が予想された。
「……小賢しいな。」
しかし、考え方によっては、日本に早急に宣戦布告を伝える事が出来るため、組織としての事務手続きは楽になる。
そして、日本国の外交官の口から蛮族の国民どもに、列強たるパーパルディア皇国が本気で殲滅戦をしかけてくる事が伝えられ、日本国民は恐怖のどん底に叩き落されることだろう。
まあそれも良いか。
レミールは会議室のドアを開ける。
中には見慣れた顔が2人、朝田大使と補佐の篠原である。
会議が始まる。
「……フェン王国での戦いの結果は知ってのとおりと思いますが……。
パーパルディア皇国の民のためにも、前回提示した日本国からの要求、考えていただけましたか?」
日本国からの要求は、大まかに言えば重要参考人(皇帝)を含む、日本人虐殺に関与した被疑者の引渡し、そして被害日本人への賠償及びフェン王国への謝罪と賠償であった。
なお、被疑者には皇族レミールも含まれる。
「フ……解りきった事を聞くのだな。断る。」
「そうですか、では日本国としましては……。」
「こちらから伝える事がある。」
レミールは朝田の発言を遮るように話し始める。
「おまえたちは、我が国の属国の独立を促す者を保護する等、皇帝陛下の怒りを買いすぎた。
自分たちが何をしているのか、全く理解できていない蛮族はこの世には要らぬ。」
話は続く。
「お前たちは列強の力をなめ過ぎている。そして、お前たちの国の意思決定を行う者たちは、自分たちだけは安全だと思っているのではないか?
甘いな。
その愚かな考え方が、自分たちを滅ぼすことになる。
その考え方が……皇帝陛下の猛烈な怒りを買う事になり、自らを滅ぼすことになってしまうのだ。」
「哀れな日本国民よ、我が国、パーパルディア皇国は日本国に対し宣戦を布告、全国民を抹殺する事を決定した。」
朝田は驚愕の表情を浮かべる。
「な……宣戦布告は理解できましたが、全国民を抹殺するとは、どういう事ですか?」
「その言葉のとおりだ。」
「あなた方は、国をあげて、日本国民に対し、民族浄化を行おうとしているのですか?」
「そうだ、お前たち2人も、国に帰った後、侵攻してきた我が国の兵により殺されるだろう。
今殺さないのは、私からの慈悲だ。」
「……呆れましたね。」
朝田は怒りのあまり、無表情になる。
「自分たちの置かれている状況が見えないばかりか、虐殺を良しとするとは、あなた方ほどの愚か者と交渉したのは初めてでしたよ。」
朝田、篠原は席を立つ。
「この世界、列強と虚勢を張っていてもこの程度ですか……。あなた方のような蛮族どもとは、個人的には2度と交渉したくないものです。」
「ふん、その言葉、死に行く者の戯言として受け取ろう。」
日本国外務省のパーパルディア皇国交渉担当の朝田と篠原は退室した。
◆◆◆
日本国外務省の朝田と篠原は、第1外務局を出た後、荷物を取りにホテルに向かっていた。
途中、急に馬車が停車する。
「!何だ!?」
黒い服を着た男が1名、馬車の前に立つ。
男は馬車に近づき、朝田に話し始める。
「少し話しがしたいのだが、その先に私の屋敷がある。そこで話は出来ないか?」
話しかけてきた男に、朝田と篠原は見覚えが……パーパルディア皇国第3外務局局長の姿がそこにはあった。
「カイオス殿!?申し訳ないが日本国と貴国は戦争状態に突入した。
もう申し上げる事は何も無い。失礼する。」
朝田たちは立ち去ろうとする。
「待ってくれ!!今後戦争がどのように推移するにせよ、双方に全く話し合いの窓口が無いのは不幸な事だ。
せめて私と貴国だけでも連絡手段を確保しておきたい。
魔信を渡そうとも思ったが、信用出来ないようであれば貴国の準備する通信機器を私の屋敷に置くといった方法をとっても構わない。」
「正気ですか?貴国の事だ。内容が上に知れたら、貴方もタダではすまないのではないですか?」
「ああ、タダではすまないな。
しかし、貴国も唯一の窓口である通信機が置いてある場所には『空爆』はしないだろう?
皇族の近衛隊には、私の息がかかっている者が何人もいる。
通信機を設置するだけだ、貴国にとっても悪い取引ではないと思うが。」
「空爆!?……貴方は我が国について、少しは調べたようですね。
解りました。その話、本日中に上に報告しましょう。」
カイオスの屋敷は海に面しており、敷地も広大であったため、後日秘密裏に通信機と発電機が設置された。
◆◆◆
その日、NHQのニュースの視聴率は70パーセントを超えた。
日本国民がテレビを見守る中、そのニュースは繰り返される。
軍事に知識の無い日本国民は恐怖に震える。
「第3文明圏で列強国を名乗るパーパルディア皇国は、日本に対し宣戦を布告、民族浄化を行うと、日本国政府に宣告しました。
繰り返します。
民族浄化、つまり国家の意思をもって、日本国民をすべて虐殺すると、日本国政府に宣告しました。
これに対し、総理は1時間後に緊急記者会見を開く模様です。」
ニュースキャスターは困惑しながらニュースを流す。
ニュースでは戦力比として、艦や兵の数の比較のみの情報が流され、その兵力差から日本国民の不安を煽る。
「今回の宣戦布告により、日本国は第二次世界大戦以降、実に70年ぶりに戦争状態に突入しました!!!
70年ぶりに、日本国は戦争状態に突入しました!!!
敵は民族浄化、つまり私も含めた全ての日本国民を殺すと宣言しています。
日本はいったいどうなってしまうのでしょうか!!!」
平和を求めた日本国は、異世界の理不尽により、戦争状態となった。
70年もの長きにわたる平和は、一方的な理由によって終焉を迎える。
日本国民は、不安をもってテレビを見つめるのであった。




