9話 デス・アンド・アンダーハイ
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纏めた荷物を担いで走り出す、どうやら聞き間違いでは無いらしい。『ドリンク=バァ』、魔王軍の雑兵の半分を1人で殲滅したと言われる最強の武闘家。彼も『堕ちた獣』の病に侵されており、100人以上もの生存者を喰らっているそうだ。
「魔法使いは対策を練ればなんとかなるかも知れない、でも武闘家は無理!私達が束になっても勝てない!」
「そんなにやばいのか!?」
「5回目の調達遠征に行った30人は彼に皆殺しにされた!!」
「嘘だろ...!?」
「彼はもっと南の地方にいると思ったのに...!!」
その時、アイザックの頭上を何かが物凄いスピードで通過する。
ーーードガァン!!
「なんだ!?」
背後で爆音と衝撃が鳴り響く。
「セルシの矢だ!」
「矢ぁ!?今のが!?」
明らかに威力と音がロケットランチャーのそれだ、弓矢でその威力を出せるなら魔王軍幹部という肩書きは伊達じゃないという事か。
『...全滅した』
「...くぅ!!」
「チーノ班が全滅...!?」
『違う』
「え?」
『ラザニア班以外全員死んだ』
ただ一言、それが状況の重大さを物語り、その言葉が重くのしかかる。
「...ラザニア班は撤退を始めるわ、貴方は援護をお願い。」
『...了解』
「ひぃぃぃいいい!!」
『健闘を祈る』
脳内の声が途切れる、アイザック達は引き続き外壁を目指して走る、その時見覚えのある通路が目に入った。
「ここって...」
忘れるはずもない、昨日アイザックがこの世界で初めて目にした場所だ。件の魔法使いに襲われたこともあってか並び立っていた立派な家々は瓦礫の山と変わり果てもはや見る影もない。
「あれ...?」
「どうしたの?」
その時、一つの違和感を覚える。
アイザックは魔法使いマンダカミアに襲われる前、マンダカミアの行動を思い返す。
そうすると...あるはずのものがないのだ。
ーーー『オーク』の死体が無い!
「なぁラザニア教えてくれ!この疫病って魔物も感染するのか!?」
「するけどそれがどうしたの!?」
「あぁ...やべぇ!!」
ここにいるのはまずい!そう思って引き返すには全てが手遅れだった。
ーーーガァァァンッ!!
衝撃と共に地中から何かが勢いよく飛び出す、天地がひっくり返りアイザック達は吹き飛ばされて地面に激突する、背骨が悲鳴を上げ激痛が走るが致命傷には至らない。
先日行ったセルシとの受け身の訓練の成果である。
「一体何が...みんな大丈夫か!!」
「ひぃぃぃ!!」
「この程度ォ!!」
ナルボは吹っ飛ばされながらもうまく着地する、ミークはゴロゴロと転がって壁に激突するが意識は保っている。
「ラザニアはどこだ!!」
「...!!」
「あ...あぁぁ!!」
2人がある方向を凝視する、アイザックも見てる方向に振り返ると、ーーーそこに凄惨な光景が広がっていた。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーーッッ!!」
「い"だい"ぃ"ぃ"ぃ"い"だい"い!!誰かぁァァァ!!!あぁぁぁああああぁぁ!!!」
至る所から血肉を露出しているオーク、そしてオークがボロボロの牙で咥えているのは絶望の表情を浮かべるラザニアの姿。一噛みでは橙色の光に覆われるラザニアの体を貪るには至らず、二噛みで纏っていた光がガラスのように砕け散る、そして三噛みでーーー
ーーグチャ、バキッ、グチャ!!
「や"だあ"ぁ"!!誰がぁぁ!!い"だい"よ"!!い"だい"!!や"め"!!」
「あぁぁぁぁぁ!?」
胴体を咀嚼する不快な音、茶色のレザーは紅く染まり腹部から赤いナニかが漏れ出す、牙がボロボロになっているせいか噛もうにも噛みきれず何度も咀嚼する、その度にラザニアの断末魔が響き渡る。
「ラザニアぁぁ!!ぁぁぁあああ!!」
「ひぃぃぃぃ!!お"っ」
ミルクが見ている光景に耐えきれずに嘔吐物をぶち撒ける、甘酸っぱい匂いが嗅覚を刺激しさらに吐き続ける。アイザックもこの光景を見て何もすることができない、恐怖からか混乱からか足が動かない、どうしていいか判断ができずに目の前の惨状に釘付けになる。
誰もが動けない状況、しかしそれでも真っ先に行動を始める者がいた。
「ふっ!!」
「ナルボ!?」
ナルボがアイザックを、次にミークを担ぎ上げ全速力でこの場から退避する。
「や"め"でぇぇぇ!!お"い"でがな"い"でぇぇぇ!!」
「ラザニア...私を恨みなさい!!」
ーーーヒュ ドッ
「お"」
去り際にナルボが短剣をラザニアの額目掛け投げる、短剣は見事にラザニアの額に命中し事切れた。ラザニアは抵抗する事なくオークの腹の中に少しずつ収まっていき、その光景をアイザックはただ見ることしかできなかった。
「なんで...なんでだよぉ!!」
「せめてもの介錯です」
「ひぐっ...えぐっ...!」
ラザニア、今日会ったばかりだが班のムードメーカーでありまとめ役でもあった、場の空気に馴染めないアイザックやミークを優しく歓迎してくれたのも彼女だ。今日遠征から帰ったらシチューを食べながらもっと色々な事を話したかった、だがそんないい人が会ったその日に死んで何もできない無力な自分は生き残った。
ーーーチルド王国は丸い円形の外壁で覆われており、その外壁を用いて魔物から街を守れるようになっている。脱出するべき外壁からはかなり遠ざかってしまったが、木造の施設に逃げ込みひとまず安全を確保する。
「......」
「...見回りをしてきます、体を休ませておきなさい。」
「.....」
ミークは施設の隅でうずくまっている。彼女も精神的にそうとう疲弊しており、今のままでは帰還は困難と判断しての決定だ。
「...」
体が動かなかった無力感とラザニアを見殺しにしてしまった罪悪感、少しでも現実から目を逸らして寝つこうと部屋の一つに閉じこもり汚れたベッドに潜り込む。
数刻経って昨日今日と続く悪夢がフラッシュバックし目が覚め、そしてまた寝込む。これを数回続け夕日がいよいよ地平線に呑まれようとする頃にはアイザックは眠ることを諦めていた。
空腹感を覚えなにか口に入れようと部屋から出て階段を降りる。
「ここは...?」
自分達が無意識に駆け込んだ施設の内装に目をやる。
丸い机と椅子がら雑に並べられている大部屋、見たところ酒場のようだがどこか違うのはカウンターの奥にある書類の山と壁に引っ提げられたボード、そしてそこに貼られている見たことのない文字の書かれた紙の数々。
アイザックは不思議とこの場所を知っている気がした。
「ギルド...だった場所ですぅ...」
「ミーク...!」
部屋の隅で水を啜っているミークを見つける、飲んでいるものはよく見るとそれは水ではなく白い液体、牛乳だ。
「それ、腐ってないのか、大丈夫なのか?」
「ラザニアさんが言ってた蘇生魔法の応用ですぅ...鮮度を復活させれば腐ってるものも食べれるようになりますぅ...」
「お前も使えたのか」
「はい〜」
鮮度を復活させたとはいえ腐っていた牛乳をよく飲む気になれるものだ、だがアイザックはなんでもいいのでとにかく何かを口に入れたかった。
「そうか...それ、俺ももらっていいか?」
「んぅー」
渋々ミークは牛乳をコップに注ぎアイザックに差し出す、ホットでもアイスでもなく、ただ常温の牛乳。
「...コップそれしかないのか?」
「他は全部割れてますぅ〜」
「そうか、ん」
注がれたミークを一気に飲み干す。やはり冷えていないぬるめの牛乳は喉を潤すには至らず、しかししばらく何も入れていなかった腹の中が満たされる感覚だけが残る、ていうかこれ間接キスにならないだろうか。
「...えっち」
「お前が渡したんだろ!?」
「ふんです〜」
そんな言い合いをした後コップを返してミークの隣に腰掛ける、しばらく静寂が包んだ部屋でミークが牛乳を全て飲み干し口を開く。
「...私達...どうなるんでしょう」
「...わからない」
静寂、なんの話題もなく、喋る気力もわかず、ただ時間だけが過ぎていくのだった。
調達遠征に駆り出された人数は20人、5人1組のグループに別れて行動を始めた。しかし今はどうだろうか、グループは殆ど壊滅、こちらの班はリーダーが死亡し指示系統は崩壊、絶望的な状況だ。
「...」
静寂が流れる。
「さて...」
心の傷も時間が経てば癒えてくる、すっと立ち上がり体をほぐす。
「どうしたんですか?」
「くよくよしてても状況は良くなるわけじゃない、ラザニアは...そりゃ悔しいけど、だからってずっとナルボに負担をかけるわけにはいかないからな」
「でも私達なんて足手纏いになりそうな気しかしないです...」
「昨日の自信に満ち溢れたお前はどこ行ったよ、俺にはこれがあるからな」
あの少女から借りた丸い盾、これを借りたのは護身のためではあるが他にアイザックにとって重要な意味がある。
「これをあの子に返すんだ、あの子に返して、そんで命を助けてもらった礼をして名前を聞く、それまでは死ねないんだよ」
元の世界に帰りたい、というのもあるがまずはあの少女に借りを返さないといけない。帰る方法を探すのはその後だ。
「勝手に借りて返すために生きて帰る...やっぱり変な人ですぅ」
ミークは立ち上がり聞いた事のない言語による詠唱を始める、その瞬間アイザックの持っていた盾が橙色に輝き丸盾の中心に花を象った紋章が浮かび上がる。
「これは...?」
「ーーー『転送障壁』...マンダカミア姉様の作った魔法です〜、『2回まで』ダメージを無効化できます、どのような攻撃も無効化できますぅ」
「どのような攻撃も!」
「注意してください〜、『どんなダメージも2回まで』ということは、弱い攻撃もカウントされますのでタイミングには注意してください〜」
「わ、わかった...でもありがとう」
「えへへ〜どういたしましてぇ」
ふと思い出す、ラザニアがオークに食われたあの光景、2度と思い出したくはなかったがオークに噛まれる瞬間僅かに彼女の体が橙色に光っていたのを。あの時は何が起こっていたのかわからなかったが今なら理解できる。
「お前、もしかしてこの魔法ラザニアにもかけていたのか?」
「かけましたよ、あまり意味なかったけど...」
自分の体を見ると僅かに橙色の光が身を包んでいる、ラザニアの時はそのような光が見えなかった、いつの間にかけたのだろうか。ーーーもしかして、襲われた瞬間に魔法をかけたのか?
「セルシの言った通りだな...」
セルシは彼女を『素質はある』と言って連れてきた、このような震える様子を見せながらもその判断力と反応速度は確かに素質があるかもしれない、さすがは魔法使いの妹だ。
それに比べて自分は...ただ転がる事しかできなかった。
「ははっ、結局一番の足手纏いは俺か?」
「え?」
「なんでもない」
ーーー考えるな、それは考えてはいけない。絶望的な今の状況だからこそ、この感情は押し殺さねばならない。
バンッ!!
「ひっ!」
「!」
突然木を叩く音が響く、自分たちが会話をしていたすぐ隣の壁からだ。
「なんだ...?」
「...」
「...アイザック?」
「え!?」
それは聞いた事のある声、アイザック達はこの声を知っている。いや、聞いていたはずだ先ほどまで。
「...ラザニア!?」
「ラザニアさん!?」
「よかった...アイザックとミークちゃんだね...よかった、本当によかった」
ラザニアは生きていた、この声は聞き間違いようのない爽やかながらも落ち着きのある温かい声。
「そっちは無事...噛まれてない?」
「あぁ、噛まれてない」
「良かった...私もミークちゃんの魔法のおかげでなんとか...ね」
先ほど聞いた防御魔法の事だ、幻だと思いたかったあの光景は見間違いだったのだ、それを理解すると同時に肩の荷がどっと降りる。
「今はどんな状況?」
「ナルボさんが気を利かせてくれて...いったんここで休ませてもらってるんですぅ」
「これからナルボと合流して外壁を目指す予定だ」
「他のみんなは?」
「...ごめん、わからない」
「あ、そうかそうだよねごめんね」
ーーーガチャッ
2階でドアを開ける音がした、階段を静かに降りてくるナルボの姿が見える。
「アイザック殿、ミーク殿、お体の調子はどうですかな?」
「あぁナルボ、ごめんな気を使ってくれて」
「ナルボさん〜ラザニアさんが生きてたんですぅ〜!」
「...は?」
呆気に取られるナルボを置いてラザニアはコンコンと叩きながら続ける。
「このドアちょっと硬くてさ...『堕ちた獣』が入ってこれないようにしてるのかな?...私も休みたいから開けて欲しいな」
「あぁ、わかった!」
「待て!!」
「待ってください!!」
「!!」
ナルボが呼び止める前に異変を感じたミークがアイザックにまったをかける、先ほどまでラザニアを迎え入れようとしていたミークの言葉とは思えずナルボも驚いた表情を見せる。
「このドアって...どのドアなんですか...?」
「え?」
「ーーーそこ...壁ですけど」
「...」
「...あ」
...ふと、隙間から覗く。
ーーー赤い目と視線が合ってしまった。
「!!!」
ーーーガァァァアン!!
刹那、壁をぶち破り手が伸びる。アイザックとミークはとっさに身を引いたが倒れてしまい、その上から木の破片がバラバラと降り注ぐ。
「がぁぁ!!」
「いいい!!」
「むぅ!」
「アハハハッハハハッハハハッハハハッッハハハハハッハッハハァァァ!!」
ーーーこの甲高い笑い声は恐怖の絶望の始まりを告げる鐘でもある事を、この時の彼らは知る由もなかった。




