8話 這い出る悪鬼、響く殞地の奏
ーー小道を入ってすぐ横の家の扉を開ける、ミシィと音を立てながら埃が舞う。使われなくなってどのくらいの時間が経過したのだろうか、二つに割れた机とガラスや食器の破片が散らばりそれすらも砂まみれになっている。一度は『堕ちた獣』で大パニックになったであろう形跡、血や何かを引き摺った跡が痛々しく残る。
各自それぞれが屋内の物資を探す。戸棚やタンス、ベッドや隠し扉なども徹底的に、そこでアイザックは一つの違和感を覚える。
「なぁ」
「何〜?」
「ここに死体が無いのって」
「まぁ、そういう事だろうね」
「だよな...」
自分もこの世界で死ぬか、傷つけられると病が感染して『堕ちた獣』...奴らの仲間になるという事だ、ゾンビと同じだ。
「アイザックは知り合いが『堕ちた獣』になる所見たことある?」
「...ない」
「私はある」
ついラザニアの方を振り返る、地面をコンコンと小さく叩いて隠し扉の有無を調べているようだ。しかしその背中にはどこか哀愁が漂っている。
「中には奴等になる事なく食い尽くされる事もあるけどね、まぁ...あんなのになるよりはずっとマシだよ」
「そうだな...おぃ、いつまで引っ付いてるんだよ。お前も食料探せぇ」
「あぅぅ!!」
かれこれ城下町に入ってから腕にしがみついていたミークを引き剥がす、思春期の男なら嬉しいシチュエーションだが状況が状況だ。
「帰りたいよぉ...帰りたいよぉ」
「お前...」
少し腹が立ってきたが彼女の気持ちはわからなくもないので怒るに怒れない。
自分だって同じだ、できる事なら来たくは無かった。しかし自分を救ってくれたあの少女を助けるためには行くしかないのだ。
「ヤバくなったらアイザックさん囮にしますぅ...」
「女ァ....ッ!」
ちょっと聞き捨てならんぞその言葉は、『堕ちた獣』が出たら真っ先に置いて逃げてやる。
「はいはい喧嘩しない、次行くわよ次!」
「けっ」
「いーだ!」
「はっはっは、心配してましたが大丈夫そうですな!」
次、さらに次と家をあさっていく。数時間経って日が上りやがて落ちていく頃、手に入れた食料は10人分にも満たないが荷物持ちのアイザックが背負うには重すぎるくらいの量だ。
そして材料やポーションや目的の「秘薬草」は...驚くほど大量に入手することができた、あの少女の治療にあててもあまりすぎるほどに、大漁だった。
「変ね、秘薬草は希少で中々生えないって言われてんだけど」
「そうなのか?」
「うん」
「さて、この地域は漁り尽くしたかな〜」
「そろそろ皆んなと合流致しますかな?」
「やっと終わった...」
「終わりましたぁぁ〜〜」
「終わってないよ、休憩するだけ」
「「うへぇ〜〜」」
噴水の広場に戻り近くの低い段差に腰掛ける、ただでさえ筋肉痛なのに食糧運びはさすがに堪える。この調達遠征は5人1組×4の20人で手分けして調達し、ある程度時間が経てば指定した地点で合流するという手筈だ。合流地点までは距離があるためまだまだ先は長い。
「んも〜男ならしゃんとしなさい!」
「おかんかよ...」
「ほらあそこ、彼はピンピンしてるよ?」
ナルボは周辺の見張りに達している、彼は荷物運びと戦闘を兼任しているがラザニアと同じく冒険者業で鍛え上げられた肉体なだけあってこの程度は苦にもならないようだ。
「遠征から帰ったらあったかいシチューが待ってるんだから、あともう少しの辛抱だからね」
「シチュー!」
液体のように地面にへばりついていたミルクが突如起き上がる、先ほどまでヘトヘトだったのにどこにそんな体力があるのか。しかし数時間が経って慣れてきたのか彼女に朝のような怯えはない。
「私頑張りますぅ!」
「えらいえらい」
「調子いいなぁ」
しかしあともう他の班と合流して拠点に戻るだけだ、これだけの量があればあの少女を救える。
「...そういえば、名前聞いてなかったな...」
ナルボが手に持っている何かを見つめている、覗き込むとどうやら写真のようだ、小さな子供が写っている。
「それは?」
「アイザック殿、これは私の息子です。名前はユリウス=バジル」
「息子!?子供いたのか!」
「はっはっは、しかし今はどこで何をしているかわかりませんがな」
「はぐれたって事か...?」
「運命の夜の日に混乱の中、彼は足が弱い、このご時世今頃生きてるとは思えませんが」
そう言いつつもナルボの手は震えている、できれば生きていてほしいという想いが込められているのがわかる。
「子供だったらきっと誰かが保護してるよ、今頃どこか別の拠点にいるんじゃないかな、戦況が落ち着いたら探しにいってみようぜ」
「はっはっは!!アイザック殿は励ますのが得意ですな」
「いやあそれほどでも」
「...しかし、セルシ殿の連絡が遅いですな」
別行動をしたセルシの連絡があれからずっと来ていない、王城近くで光を見てそれの確認に行ったきりだ。
パァッン!!
またあの音だ、実は物資調達している間も数回この破裂音が鳴っている、『堕ちた獣』の注意を引けるので楽なのだが何度も鳴るとさすがに不審に思う。
「何かあったのかな」
「もしや...例の魔法使いでは」
例の魔法使い、勇者と共に旅をした凄腕の魔法使い、マンダカミア=キャメル。昨日アイザックを襲ったのも『堕ちた獣』となった彼女なのだ。
「だとしたらやばいね、救援に行ってもこのメンバーじゃかえって足手纏いだ」
「どうする...?」
『聞こえるか』
「「!!」」
突如頭の中に響く知っている声、セルシ=アルバイエンの渋い声だ。
「セルシ、何かあったの!?」
『緊急事態だ』
空気が一気に張り詰める、ナルボが背中に担いでいた斧を手に持ち替えりミークは震えながらも杖を取る。
彼女の持つ杖は自身と同じ丈のある長い、所々装飾の入ったら木製のものでいかにもファンタジーに出てくる魔法使いの武器って感じだ。
「魔法使いが現れたのね」
『違う』
「違う...?」
『ーーー武闘家』
「武闘家ッ!!」
「武闘家...?」
武闘家その名の通り武術を用いて戦う職業を指す、剣を使う戦士や魔法を使って戦う魔法使いとは違って基本的に素手や手甲を使って戦うことが多い。この世界でも勇者一行の1人として魔王軍と戦ったと聞いている、魔法使いに続き武闘家も現れたと言うのか。
「武闘家...まさかドリンクバァが現れたの!?」
「なんと...魔法使いに加えて武闘家までもが...タイミングの悪い...」
...え、なんて?
「ドリンクバー?」
『あぁ、今すぐ撤退だ』
「彼が現れたのは非常にまずいですな...」
「えぇ、皆んな荷物纏めてッ!撤退するわよ!」
「は、はぃぃ!」
「待ってくれ、なんなんだドリンクバーって!!」
この空気感にそぐわない単語が出たので二度聞き返してしまう、ミークもナルボも切羽詰まった表情で持てる物資を纏めている、2人は知っているのだろうか。
「ドリンク=バァさんですよ〜!」
「ドリンク=バァを知らぬとは...」
「ドリンク=バァ、世界最強の武闘家!!」
...なんだって?
次回投稿は11/2 18:10!!
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ちなみに次で死人が出ます




