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勇者は感染してました ーThe Beasted eMpireー  作者: 鶴見ヶ原 御禿丸
1章 戦慄廃国チルド:蹉跌編

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5話 元々ただの町娘

おまたせしました〜

今回は主人公がヒロインに振り回されます


 この隠れ家は森の奥深くで宝探しや魔物の巣窟として使われていたダンジョンを再利用して住めるように改築したものだ。

 ここでは力のない街の住人やドリアに似たような鎧を纏った兵士、意思疎通が可能な魔族が共生しており、ダンジョンの奥深くには牛や鶏などの家畜の子供が飼われている。最奥なのは鳴き声で隠れ家がバレないようにするためなのだろうか。

 4層ほどしかないこの小さなダンジョンで多数の人間や魔物が生活しており一つの社会が形成されていた。


「ん?なんだこれ...畑か?」


 その一部では石造の床を無理やりこじ開け土のスペースができていた、一定の規則性で盛り上がっておりそれはアイザックの知る畑のような形に似ていた。


「これからいつ食糧が足りなくなるかわからないからね、今のうちに自給自足の基盤を作っておくのよ、まぁ今はまだ遠征での物資頼りだけどね」


 通りがかった白衣の女性が答える、どうやら近くで医務室を構えている医者だそうだ。


「成る程...」


 一通り案内された後はシャワー(とは言い難い、洞窟内の水辺で体を洗っただけ)を浴びて部屋(とは言っても洞穴の一つ)に戻り再びベッドで横になる、寝ないよりは幾分マシだ。寝転ぶと少しガタと揺れる、先ほどの「バキッ」と言う音はベッドの足が一本へし折れた音だったのだろう。


「硬いし汗臭い...」


 昨日までは暖かくふかふかのベッドで寝る事が当たり前のようになっていた学生にこの環境は少しきつい、今までの生活が恋しくなる。少しでも気を紛らわせるため天井の土を眺めながら自分の目的を確認する。


「...元の世界に帰りたいな」


「元の世界とは何ですか〜?」


「!?」


 慌てて飛び起きる、いつからいたのかミークがアイザックの隣で寝そべっていた。


「な、なんでここにいるんだ!?」


「元々ここは私の部屋ですぅ〜」


 もしかして先ほど汗臭いと言ってしまったの聞こえてただろうか。


「それは...ごめん、床で寝るよ」


「大丈夫ですよ〜お疲れですのでアイザック君が使ってくださ〜い」


「いいのか?」


「私は一日中ここで引きこもってましたので」


 それはそれでいいのだろうか、先ほどドリアに働かざるもの食うべからずと言われている。彼がいい顔をするとは思えないが。

 というよりそう言いつつも彼女は動く気配がない、どうしていいのやら。


「私はここの見張りと負傷者の治療を任されていたんですよ〜」


「あ、成る程」


 納得がいった、確かに調達遠征で何人か出るとしても隠れ家の見張りは必要だ。


「でも私や他の人の魔法で完璧に隠していますのでそうそう見つからないですよ〜、負傷者もあんまりいませんですし」


「負傷者がいない?」


「みんな「堕ちた獣(ビーステッド)」になっちゃいますし...」


「あぁ...そっか」


 また手が震える。


「...怖いですか?」


「あぁ、怖い、怖いよ」


 ホラー映画やゲームでは絶対に経験することのない死の恐怖、「すべてが終わり無になる恐怖」だ。現代の高校生がそうそう味わうような恐怖ではない。

 あれからずっと考えていた、自分の価値を。


 ーーーそもそも俺は何ができるんだ?


 ここで自分ができる事はなにもない、料理もできなければ狩猟もできない、魔法もろくに使えない、戦闘ができるわけでもない、現代でぬくぬくと過ごしてきた自分に何ができるだろう。

 アイザックの進む道はせめて「堕ちた獣(ビーステッド)」を相手に囮になる程度だ。


「外に行きたくないよ...死ぬかもしれないのに、でも俺がここでできることってなんなんだろうって...別になにかを努力したわけでもないし、人より優れてる所なんて...何もない」


「...」


「俺でもここに来て、この世界に呼ばれた自分は何かすごい才能が眠ってるかもって思ったんだよ、でもいざ修羅場に立って、魔物や奴らの顔見ちまった...腰抜かした、ちびった、現実を見たよ...俺ってなんて弱いんだろうって」


「...」


 沈黙が流れる、ミークは答える気配が無い、自分にも少しでも心当たりがあるのか思い詰めた顔をしていた。

 しかしその静寂を破る者がいた。


「...ミーク、応急処置終わったわよ」


「わかりました、アイザック君も行きましょう」


「え?」


 医師の声がした後ミークと共に部屋を後にする、招かれるままについていくと一つの洞穴にたどり着く。


「ここですね〜」


「ここに何が?」


「失礼します〜」


 入っていくミークに続く、内装は自分達がいたものと殆ど変わりはないが既に中には2人いる、1人はベッドに横たわっている少女、もう1人はその人を座って見つめている2本角...セルシ=アルバイエンだ。


「どうですか〜?」


「見ての通りだ」


「...あ..ぐぁ..はぁ..はぁ!」


「...」


 残り1人は怪我人だ、大量の汗をかいて苦しんでいる。16.7くらいの少女だろうか赤色に染まる包帯を身体中の至る所に巻いており、見ていて痛々しい。茶色で長い髪は汗でベタついている。


「...ぁあああ!!」


「ミーク、魔法を!」


「『簡易鎮痛魔法(トランキライザー)』!」


「え」


 ミークが詠唱した瞬間、怪我人の身体が黄色く光り暴れ出そうとした少女は少しずつ落ち着きを取り戻す。

 それよりも自分は彼女に見覚えがあった、いや、この()()()に聞き覚えがある、この声を知っている。


「あの時だ...」


『貴方そこで何をしてるの!?』


『早く逃げなさいッ!そこにいたらやつらに食われるわよ!!』


 自分を助けてくれた少女だ、甲高く力強い声、そうそう忘れることはない。


「例の魔法使いにやられたそうだ、生きて帰ってこれただけでも奇跡だ。いや、そもそも簡単に隙を見せるような女じゃないが」


「生存者がいたので逃げるための時間稼ぎをしたらしいです」


「生存者?ふん、あの街でずっと隠れられるとは思えんがな」


「それ...多分俺だ」


 瞬間、2人が目を見開く。


「そ、そうでしたか。うん...よかったです、この子の頑張りが無駄じゃなくて」


「あぁ、この人は命の恩人だ。この人が助けてくれなかったら俺は死んでた」


「そうなんですね...」


 彼女の額に乗せている布を取り替え、脇や首元を拭き取る。先程まで苦悶の表情を見せていた少女の顔が少し和らいだ、そんな気がするだけ、だが。


「この世界になる前、この子は何をしてたと思います?」


「何をって...強そうだから、戦士とか?」


「ただの町娘です」


「え」


「町の花屋さんでした」


 全然イメージがわかない、包帯ごしでもわかる引き締まった筋肉と包帯の隙間から垣間見える傷の跡が彼女が歴戦の猛者と言うことを語っている、とてもこの少女が街で花を売っていたとは思えない。


「もちろん魔王軍との戦争で震えていましたし、勇者様一行が魔王を討伐した時にはお祭りに参加して家族みんなでご馳走を食べたりして、本当にどこにでもいるような子だったんです」


「俺は席を外す」


 セルシがバツの悪い顔をして立ち上がり部屋から出る、敗北した魔王軍にいた身として少し居心地が悪いのだろうか。確かに自分達を負かした相手が祝杯をあげたら気分がいいものではないのかもしれないが。


「魔族は命よりプライド優先ですからね〜、まぁそんなこんなで貧しいながらも必死に頑張って生きてたんです、ただ...」


 話を区切ったミークの表情が曇る。


「もしかして...」


「えぇ、『運命の夜』がやって来たんです...疫病が蔓延し、かつて肩を組んで飲み交わした友は我が身を食わんと襲いかかる、地獄のような夜が」


 勇者が凱旋パーティの夜、感染する疫病にかかりその病気は勇者一行、兵士、貴族、そして町へ、人も魔物も魔族も関係なく瞬く間に広がり大陸を飲み込んだ、まさに『運命の夜』。


「この子は愛していた自分の父や母、兄妹が殺されたんです、感染した奴らに」


「.....」


「この子は強い子です、自分みたいな悲劇を生まないためにもこうして前線に出て戦っていて、私は怖くて引きこもっている、情けないんです...拠点を守ってるとは言っても単に戦いたくないだけのこの自分が」


 ミークが俯いてる、表情を見なくても背中から悔恨が滲み出ている。


「私の姉は...私と違って強い人でした、すごい魔法使いでした。もうあんなのになっちゃってますけど、国のために自分から死地に赴く勇敢な人でした。」


「ミーク...」


 ...まて、()()()()


「もしかしてあの廃墟にいた魔法使いって」


「私の姉です」


「...そうか」


 つまりアイザックがあの廃墟で出会った魔法使いは勇者一行の1人ということ、そんなやばいのと遭遇していたとは。


「姉やこの子みたいに強くなりたい、だから私はあの時拒否しなかったんですよ。全力で拒否しまくればさすがにドリアさんも連れ出すわけにはいかないですし」


「確かにそれはそうだけど」


 確かに嫌々連れて行っても足手纏いにしかならない可能性が高い。

...しかしそれは自分も同じだ。


「あぁぁぁぁーーー!!」


「え!?」


 突然少女の容態が急変する、先ほどまでの安らかに眠るその顔は苦悶の表情へと変わり、激しい呼吸と共に汗が滝のように流れ出す。


「はぁ...!はぁ...!はぁ...!」


「アイザック君、体を押さえてくださいぃい!」


「あ...あぁ...うぉっ!」


 今にも跳ね上がらんとする体を押さえつける、すごい怪力だ、全力を待ってしても完全に押さえきれない。叫び声を聞きつけたのか、セルシも駆けつける。


「セルシさん!アイザック君と一緒に押さえてください!」


挿絵(By みてみん)


「押さえてるようには見えないが!?」


 セルシは上記を察知する。


「そうか...ミークッ!」


「『簡易鎮痛魔法(トランキライザー)』!」


「ぁあああーーーッッ!!」


 またも黄色い光に包まれるが、少女は一向に落ち着く気配がない。


「『簡易鎮痛魔法(トランキライザー)』!」


「お、おい大丈夫なのか、全然落ち着かねぇけど!?」


「...嘘...効かない?」


「なんだと?」


 魔法をかけても少女の顔色は次第に悪くなっていく、ミークは魔法の詠唱をやめて静かに呟いた。


「......手遅れです」


次回投稿は10/26 18:10!

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