4話 幻のとばり、運命の夜
前より長いです
そしてやっと他キャラ登場します
ーージリリリリ!!
「...寝かせてくれよ...」
2度目の目覚まし音を止めて体を起こす。布団の温もりが恋しいが今日は月曜日、遅刻をするとこれでもかという程怒られるので体を鞭打って制服に着替える。
階段を降りてリビングに入ると朝のいつものニュースが流れている。今日は12月5日の月曜日、天気は曇のうち雨、傘を忘れずに持って行こう。星座占いは4位、今日のラッキーカラーは黒、ラッキーアイテムはチューベローズの花、あまり手に取ることのない花だ。
「母さん?」
いつもは母がキッチンで味噌汁をかき回している時間なのだが母の姿が見えない。
「っと危ねえな」
鍋の火がついたままだ、火事になるといけないのですぐに火を止める。急な腹痛でトイレにでも行っているのだろうか?
「母さん、先朝ごはん食べてるからな?」
返事はない、父の姿は...いやあの人は朝は早いのでもういないか。勝手に食べてても何も言われないだろうと思い、食器棚から茶碗を取り白米をよそう。
「何か忘れているような...」
何か大事な事を忘れているような気がする。
「あ、そうだ課題をカバンに入れるの忘れてた」
今日は提出が必要な課題が多い、レポートもいくつかあるが忘れてしまったら昨日の夜更かしの意味がなくなってしまう。
「手に書いておいて、また後でにするか、腹減ったしな」
カバンから取り出した水性ペンで手に必要なものを書く、これで忘れることはないだろう、自分は物忘れが激しい方なのでこうやって書いておかないとすぐ忘れてしまうのだ。
「さて、今日の味噌汁の具材は何かな」
沸騰しかけだった鍋の蓋を開ける、なめこだったらいいなと適当な希望を胸に。
「!」
入っていたのは........豆腐だ。
「...まぁ...豆腐も好きだけどな」
期待も懐疑もするほど感情豊かではない、ただ切り替えて椀に入れるだけだ。ただそれだけの、ただの日常。
ーーただその日常が突然消えたら、どうなるのだろう。
ガシャァァァン!!
「ッ!?」
手だ、お玉を持つ手首を手が掴んでいる、横からではない、後ろからでもない、前から捕まれている。
「うぁぁああッ!?何、なんだこれッ!?」
その手は鍋から伸びている、ひどく焼け爛れた手が折れんばかりの力で手首をガッチリ掴む。鍋の中から誰かが見ている、恐怖で振り解こうにも振り解けない、熱湯が飛び散り白いカッターシャツが茶に汚れる。
「離せ!...離せ...よぉ!!」
「....オキロ」
「え?」
ーーこれは夢だ。
「うわぁぁぁぁ!?」
ガンッ!
「ォアア!!頭がぁぁぁ!!」
「起きた」
悪夢を見たせいで慌てて飛び起きる、それと同時に額に衝撃が走る。その痛みは眠気を覚ますのに十分だった。
「ねぇセルシさん!頭割れだよぉぉ!!いだいよぉぉ!見て、割れでる!割れでるよぉぉ!」
「割れてない、静かにしろ」
「ゔぇぇええぇぇええぇぇッ!!」
「珍しくもないのに覗き込むからだろ」
「だっでぇ!変なふぐぎでるがらぁぁ!!」
「...何だ?」
喧しく泣き叫ぶ少女。数時間前に会った魔法使いによく似ている、サイズの大きいローブと桃色の髪を腰まで落としており静かにしていればそれなりの美少女ともいえる風貌だ、涙で顔がグシャグシャになっているため判別はつかないが。
「お前は連中に彼が起きた事を伝えてこい、後は好きにしろ」
「はぃぃいい!!」
「ここは...?」
「隠れ家だ、昔はダンジョンと言われてたけどな」
長身銀髪で片目の隠れた男はそう言う、黒と緑を基盤とし現代のスーツを想起させる服装の上に片方のエリが派手にせり立っているマント、それよりも驚いたのは彼の頭に立派な2本角が立っている事だ。
「もしかして、魔族っていうやつか...?」
「だったらなんだ」
ファンタジーの世界観における人間を襲う魔物の中に言葉による意思疎通が可能な個体を他の魔物と区別するためにそう呼ぶ。
「この世界では齧ってこない人はみんな仲間ですぅ〜」
「何で戻って来た」
「好きにしろって言ったのはそちらです〜、スープをお持ちしました〜」
「あ、ありがとう...?」
一杯の温かいコップを受け取り、スープを口に運ぶ。...いやまてこれスープじゃない、お湯だ。だがないよりマシだ、少し体が温まった所で頭を整理し、一つずつ質問を投げかけてみる。
「何が...あったんだ?」
「何があった、とは?」
「外の奴らだよッ!なんで街にゾンビが蔓延ってるんだ、一体ここで何があったんだ?」
「ゾン...?あぁ、『堕ちた獣』の事か?」
「ビーステッド?」
「お前本当に何も知らないんだな、よほど辺境で暮らしてたのか」
男ははぁっとため息をつく、この世界ではそれほど常識的な事なのだろうか?
「まずこの国が魔王と戦争を起こしていたのは知ってるな?」
「お、おぅ」
知らないがこれ以上聞くと話が進まなそうなので知っているふりをする、ファンタジーでよく聞くフレーズなので省いても大丈夫...と思いたい。
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魔王軍は数十年前に突如としてこの世界に現れ、次々と国や村を支配していった。かつて栄えていたチルド国は抵抗すべく兵士を送ったが魔王軍の力があまりにも強大すぎたため、戦争とは言っても一法的な虐殺となっていた。
窮地に立たされたチルド王は打倒魔王の最後の手段として古くより秘匿されていた異世界より勇者を召喚する儀式を行い、これを成功させた。
勇者は記憶を失っていたため「救世主」という名を授かり僧侶、魔法使い、武闘家、老公と仲間を集めて魔王の討伐に向かい、見事激戦の末魔王を討伐し、実質魔王軍を壊滅に追い込んだ。勇者は自身と仲間の力で国を、世界を救ってみせたのだ。
ーーとまぁここまで聞けば咲太郎がやるゲームや小説でよく見る展開であり正しい歴史なのだ。
...しかし、凱旋の夜に運命の歯車は狂い出した。突如発生した「疫病」の蔓延である。
最初の感染者は皮肉にも世界を救った勇者であった、凱旋パーティの夜気分を悪くした勇者は部屋に戻り眠りに落ちた。飲み過ぎだと仲間は笑い飛ばすが恋人の魔法使いは唯一彼を心配して薬を持って部屋を訪れた。そして彼女が戻ることは無かった。
帰ってこない魔法使いを心配した仲間が1人、また1人と足を運ぶが誰1人として帰って来る事はない。重臣が今後の事について話そうと勇者一行を探し始めようとしたその時だった。
ーーーー王城に断末魔が響く。
不審に思った国王とその重臣達は兵士を向かわせるが、安全に事態を解決するには全てが遅かった。疫病が既に勇者を起点に城に蔓延していたのだ。
ーーー疫病を患った者は知能が消え際限のない食欲に支配される。
血走った目をした兵士や貴族が同胞を食わんと城内を駆け回る、噛まれた淑女が冷たい床の上をのたうち周り血を吐いて金切り声を上げる。しばらくすると飛び上がり他の人間に襲いかかる、この疫病は傷つけた人間に感染し、拡大させる性質を持つのだ。
貴族達のわずかな抵抗も虚しく城で行われていたパーティは一夜にして地獄絵図と化し、この疫病が大陸を支配するまでそう時間はかからなかった。
それから数年の月日が流れる。
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「そうして感染して実質獣と化したかつての人間や我らの同胞を「堕ちた獣」と呼ぶようになった。」
「...お前は?」
「元魔王軍魔王直属の幹部が1人セルシ=アルバイエンだ」
魔王軍直属の幹部、服装や発するオーラが只者ではないとは思っていたがそれほどの地位の人(?)だったとは。
まじまじと角を見ていると突然桃色のカーテンが横切る、否、それは膝まで伸びるほどの長い髪であり甘い匂いを漂わせながら自分の横に腰掛け顔を覗かせる。
「ミーク=キャメルですぅ〜、勇者御一行の1人、魔法使いとして活躍したマンダカミア=キャメル様の妹ですぅ〜」
「ち、近い...」
顔が近い、首から下の大きな二つの果実が腕に触れかける。
「お兄さんの名前を教えてください〜」
「わかった、教える。教えるから少し離れてくれ!あ、藍村咲太郎だ!」
思春期の男にこのシチュエーションは危なすぎる、早々に離れてもらう。
「サックタロウ?」
「藍村咲太郎」
「...ふむ、よしアイザック」
「なんでそうなる!?」
「そっちの方が呼びやすいだろ」
アイザック...アイザックか、この世界では藍村咲太郎という名前は呼びづらいのだろうか。
「そうだ、ところで俺をここまで運んで来てくれた爺さん知らないか?お礼が言いたいんだけど」
「お爺さん?」
「...?」
2人が顔を見合わせる。
「この隠れ家に老人なんかいないが」
「アイザック君はこの隠れ家の近くで倒れてましたよ〜?」
「え?」
「なにより老体ではこの時代で生き残れないぞ」
「で、でも俺は...」
「目が覚めたか!」
派手な声が洞窟内で響き渡る、ミークが「きぃ!」と小動物のような声で飛び上がる、声の方へ振り返ると見上げるような巨体の男が見下ろしている。まるで要塞のような物々しい青銅の鎧を纏い一振りで家を砕けそうな大剣を背負った男。顔は兜で見えないが、鎧や大剣についている傷の数々が彼を歴戦の猛者であると物語っている。
「...」
「ヒィ〜」
その姿を見たセルシが苦虫を噛み潰したような顔をして部屋の隅に移動する。ミルクの姿が見えなくなったと思ったら近くのボロボロの机の下に隠れていた、尻が出ているせいで隠れきれてない、隠れると言うにはあまりにもお粗末なやり方だ。
「どうした2人とも?」
返答を待つより早く低い声が自分に質問を投げかける。
「元王国騎士団副団長、ドリア=マッカニだ、君の名は?」
「え?藍...いや、アイザックです」
「よしアイザック、辺境で暮らしていたため知らない事も多いと思う...ので少し話そう、敬語はいらない」
「あ、お、おう」
自分の隣に腰掛けるドリア=マッカニ、ギシィとベッドが悲鳴を上げる。
「この時代1人で行動するとすぐに奴らの餌食だ、故に魔族も人も協力していかねばならない。協力、協調性が個人の運命を分けると言ってもいい。」
「なるほど...?」
夕方の出来事を思い出す、あの時は誰かに助けてもらったが2度と同じ奇跡は起こらない。次1人で行動しようものなら1時間もしないうちに「堕ちた獣」という化け物に噛み殺されるだろう。
「君もただの人間だろうが、それでも今の時代では貴重な人手だ。故に我々は君と協力関係を築きたいと思っている、お互いの為にな、君さえ良ければしばらくこの拠点に留まらないか?」
「え...」
少し考える、自分勝手なのはわかっているが、やはり元の世界に帰りたい。
一刻も早く元の世界に帰りたいが殆ど何も持たない今の状況1人で行動するのは確かに危険すぎる。
しかし自分はただの高校生であり、身体能力にはあまり自信がない。運動なんて小学生の時サッカークラブに入っていたくらいだし中学に上がってからは帰宅部でろくに体を動かしていないのだ。こんな筋肉が今にも脂肪に変わりそうな自分が役に立てるとは思えない。
首を右へ左へかしげども答えはでない、どうすればいい?自分はどうすればいいのだろう?
まずはなにより...死にたくない、だが情報が無さすぎる、もう少し、もう少しだけ情報が欲しい。
「ごめん...考えてもいいか?」
「...いいだろう、命に関わる問題だ」
バキッという音を立てながらベッドから起き上がり静かにアイザックを見下ろす、先ほどよりも空気が冷たい。
「1日だけ待つ、答えを示さなければ出て行ってもらうから、よく考えなさい」
「あぁ、わかってる」
「早速なんだが...セルシ」
こっそり退室しようとしたセルシが呼び止められた、嫌そうな顔で振り返る。
「俺が必要な要件か」
「当然だ、今日行った調達だが今回のアクシデントのおかげで1人が負傷2人が死亡してしまった。故に後日隊を再編成しなければならない」
「ンイィィ!!」
机の下に隠れていたミークが足から引き摺り出される、蜘蛛の巣まみれの頭を抑えながらプルプルと震えている。
「え、まさか」
「人手が足りない、君達にも食料調達に行ってもらう」
「嘘だろ」
2人が避けようとした理由がなんとなくわかったかもしれない、食料の調達とはいえあんな地獄に自分の足で戻るなんて冗談じゃないからだ。怯えるミークがセルシの方へ目をやると彼は首を横に振る。
「...はぅぅ...」
ガクンと項垂れるミークを尻目にドリアは重い鉄の音を響かせで出ていった。
「いいいーーッッ!」
「...嫌とは言わなかったな、お前」
「...ぁぃ」
「アイザック」
「んあ」
急に声をかけられ少し体が跳ね上がる。
「まだ時間はある、今日はゆっくり休め、あとから考えればいい」
「...わかった」
まだ時間はある、そう思いたいが...この決断を迫られたらそう簡単に休めるものだろうか。
ただ自分の価値を考えながら、アイザックは眠りにつくのだった。
...
..
.
「ドリアさん」
「なんだ」
薄暗い一室で2人の影の会話。
「伝書鳩から、別の拠点の近くでヤツが目撃されたそうです」
「そうか」
「遠征は中止しますか?」
「いらん」
「え?」
「続行だと言っているんだが?」
「...わかりました」
そして夜は更ける。
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