36話 這い出る悪鬼
彼らのミスはただ一つ、その醜い見た目から「ドラゴン」を「ドラゴンゾンビ」と判断してしまった事。
この「ドラゴン」は死して蘇ったわけではない、「獣」の疫病に侵され、腐りかけながらも生きていたーーそれだけ。
「クソッ!どこがブレスだよ!!破壊光線じゃねぇか!!」
「あぁぁぁやばい!」
「みんな無事?」
「無事も何も...今のは俺達を狙った攻撃じゃない!あそこだ見ろ!!」
「あ...あぁぁあ!!?」
城壁に巨大な穴が空いている、「獣」達はその穴を見つけると雪崩れ込むように殺到する。
「くそっ!あぁぁぁああああーー!!」
「いぃぃだぃぃ!!やめ...ぎゃぁぁぁああッッ!!」
近くにいた冒険者が「獣」の波に飲み込まれる、呻き声と「ブチブチブチ」と何かを引きちぎる音が響き渡る。
「畜生やりやがったなッ!!」
「ま、魔法使いは穴の補修を...」
「魔力で編んだ壁を作るってか!?無理だよ間に合わなねぇ!!」
「こっちにも上がってくるぞッ!!」
「走れ走れ走れッ!!」
まるで軍隊アリのように大地を侵略していく「獣」の群、逃げ遅れた冒険者達が1人、また1人と解体されていく。
こだまする悲鳴、金切り音、阿鼻叫喚、地獄があるとしたらまさにこの光景を指すだろう。
次第に城の地下へ追いやられ、薄暗い小道を走っていると...
ーーーバンッ!!
先に並ぶ扉の一つが勢いよく開く。
「!」
「あそこに入るわよ!」
扉に滑り込むとそこにいたのはレーチェと数人の魔法使い、そして数人の冒険者達。
「...他のみんなは?」
「...」
「嘘だろ...!?」
「一撃で西門と東門両方に穴ァ開けられた、両方から入られて...」
軽く40人は超えていたように見えた部隊が今では数人程度しかいない。レーチェと側にいた魔法使い2人、シオン、ミーク、そしてアイザック、ついてきた冒険者3人。
城壁を守っていた弓兵や魔法使い、兵士も何人かいたのを覚えているが全員死んだ、全員が、だ。
そして兄弟と呼んでいたロットォ=キルツの姿も見ていない。
「くそっ...ッ!」
「アイザック、落ち着いて...」
「レーチェ様、これからどうしますか...?」
レーチェについていた白いセミロングの魔法使いマシュマは指示を仰ぐ、冷静を装っているようだがローブの先や声が震えている。
彼女は志願者であったが他の比べて実力が足りていないため初めからレーチェのそばにいた。
「状況は最悪じゃが何も悪い事ばかりではない、件の『卵』の件じゃが...」
「...」
「間に合いませんでした」
「...!」
メガネをくいと上げる緑髪の魔法使いリチュウ、マシュマと同じローブを着ており、眼鏡を外せばマシュマと瓜二つなのだが双子なのだろうか。
「た、卵が生まれたのか?」
「おちつけ、なにもそのまま放置したわけじゃ無い」
「どうしても『昏黒・虚数孔』の詠唱が間に合いそうになかったので急遽別の魔法で、小さなガラス玉サイズにまで圧縮しました。急いでたゆえ回収まではできませんでしたが」
「お前落としたせいじゃろが」
「言わないでください」
「じゃ、じゃあ...」
「ドリンク=バァ、マンダカミアの脅威は去り卵は封印して土深くまで隠した、ということにする。ドラゴンという新たな脅威はでてきたが処理はまた後日やればいい、とりあえず脱出するぞ」
「そ...そうか、そうか」
今回の遠征での目的はチルド廃城に発生した物体の除去(生物だったわけだが)、当面の目的は既に達成されており言ってしまえばあとは脱出して終わりなのだ。
「それじゃあ今すぐ脱出しよう!」
「急ぐなって、問題はあるじゃろ」
「「獣」の布陣をどうやって乗り越えるか、そして」
「どうやってあの「ドラゴン」から逃げるか、ですよね」
「...あのさ」
「なんじゃアイザック」
「師匠、この前ミークをなんか魔法で遠くまで吹き飛ばしてたよな?あの魔法使えるんじゃねぇか?」
「『無作為転移』か...」
数ヶ月ほど前、レーチェはアイザックと2人きりで話すためにミークをはるか彼方まで吹き飛ばす魔法を使っていた、すっかり忘れていたがこの魔法なら「獣」と「ドラゴン」、両方から逃げ切れるかもしれない。
「確かにそれを使えば脱出は可能です」
「じゃあそれ使おうぜ!」
「無理じゃ」
「なんで!?」
「ここ室内じゃぞ」
「あ」
この状況で『無作為転移』を使うと飛ばされる対象は天井に激突、肉体が潰れてしまうとの事だ。
特定の場所へ転移する魔法はあるにはあるが膨大な詠唱の時間と魔力が必要になるそう。
「バカねアイザック」
「うぅ...」
外は「獣」が蔓延っており、一歩外に出た瞬間バラバラにされてしまうだろう。
「ミーク...なんか瞬間移動できる魔法とかない?」
「あるにはありますけど...障害物があるとそこに激突しちゃうんですよね...」
「そうか」
アイザックは必死に頭を巡らせる。
何か使える魔法はないのだろうか、いや...なにかあるなら既に師匠は何かやっているだろう、ここで使える魔法は無い。
では使える魔法に何かないだろうか、攻撃系の魔法を連発して布陣を強引に突破するか?いや、多勢に無勢だろう。
天井に攻撃魔法で穴を開ける?この深い地下の場合だと1発で穴を開けるのは難しい、その間に衝撃音を聞きつけた「獣」が雪崩れ込む可能性がある。
「...」
「だぁぁもう!!」
痺れを切らした冒険者の1人が立ち上がり声を上げる。
ガート、黒い鎧を身に纏った冒険者だ。
「こうなりゃ無理やりにでも突破するしかねぇだろうが!」
「自殺行為よ!奴らの攻撃を無傷で突破できるわけないじゃない!」
「...でなきゃどの道野垂れ死ぬだけだろうが!」
「そんな事ない!きっとみんなで協力すればなんとか...」
「...」
「アイザックさん、どうしましたか...?」
「...なぁ、師匠」
一つ気になる事がある、それはレーチェの言っていた『無作為転移』は天井がない場合でのみ発動ができる仕様についてだ。
「なんじゃ」
「あの魔法って、天井があるとできないって言ってたけどさ。いや、例えばさ...この天井に一つ隙間か穴が空いてて、それが外に繋がっていたらさ」
「そこから無理矢理出そうと思えば転移させる事はできる、ただ隙間に押し込められる圧力で肉体が潰れペーストになって転移される」
「...『転送障壁』でそのダメージを無効化するのは」
「やってみるか?」
「...どうなるんだ?」
「試した事ないからわからん。過去にその魔法を囚人にかけて毒物を投与した実験があったが、発症を遅らせるくらいしか効果がなかった」
継続的に襲い来る圧力が『転送障壁』で無効化できるかどうか、これは正直賭けになる、しかも考えうる限りかなり分が悪い。
「『転送障壁』」
「え、ミーク?俺で試すの?」
「え?違うんですか?」
「やめて?怖いよ?」
『ーーーーーザーーー?』
「いや失敗したらミンチになるだろ、別の方法を考え...」
「...?」
「あれ?」
流れる沈黙、今の会話の違和感を全員が感じたからだ。
「...アイザック、今のあなた?」
「いや...俺じゃない」
「...」
「...」
「........今言ったの誰だ?」
なぜならその声は...ここにいる誰のものでもないから。
...
ーーー風が吹く。
「下ァーーーッッ!?」
ーーードガァンンッッッ!!
地面が弾けたと同時、その中から飛び上がってきた巨大な『なにか』と天井の板挟みにアイザックは押しつぶされる。
「ギッーー!?」
「ぬぅぅぅ!!」
しかしアイザックの体は潰れない、橙色の光に守られているからだ、ミークの『転送城壁』がかけられていたのが幸いした。
その声の主をアイザックは知っている、否、誰もが知っている。
今は亡きナルボの声を奪い、それを使っているその声を、皆が知っている。
着地した、アイザックのその上に
「ドリンク......バァァァァァァァアアアアア!!!」
次回投稿日は12/20 18:10!!
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