35話 幽玄たる颶風が紡ぐ
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前話のラストです!
激しい爆音と戦闘の衝撃が聞こえなくなって数十分が経った頃、シオンはようやく廃城にたどり着く。右肩には血塗れのアイザック、左肩には寝ながらすんすん泣いていたミークを担いで。
「なに...これ」
見晴らしのいい教会の屋根から王城を見る、しかし、そこには地獄同然の光景が広がっていた。
「なんでこんなに「獣」が...さっきまでいなかったじゃない!」
王城はまた一つ高い壁、その周囲の水堀に囲われており、入るには前後に位置する橋を渡る必要がある。
しかしその橋が上がっており入ることはできない、橋が上がっている理由は目に見えて明らかだ。
「堕ちた獣」の大群が城を取り囲み城を囲っているからだ。水堀は「獣」に埋め尽くされその上をまた「獣」が走り、壁をよじ登っている。
そんな「獣」を撃ち落とす魔法使いや戦士、盗賊が小さく見える。なんとか持ち堪えてはいるがこれでは時間の問題だろう。
「2人とも舌噛まないように口閉じててよ!」
「え?」
「ふぁ...?」
ーーーダッ!!
屋根から飛び降り、王城に向けてダッシュを切るシオン、そして「獣」の群れに躊躇なく飛び込んで行く。
右、左、そして真上、隙間がなく完全に埋め尽くされている時は担いでいる「荷物」を真上に投げる。
突然の重力の変化に「荷物」、アイザックとミークは目がまわる。
「ぉぉぉぉーーー!?」
「ふぁ...あがががが」
シオンはその「獣」の股の下を滑り込み布陣を突破、「荷物」をキャッチし先へ進む。
「はぁ!!」
ーーードンッ!
「獣」の間をすり抜け水堀に飛び込む、埋め尽くされた「獣」の頭や背中を踏み抜き素早く飛び越えてゆく。
その洗練された無駄のない動きはアニメや映画の中で見ていた「忍者」の動きによく似ていた。
「とぁー!!」
そして城壁に差し掛かる、両手足を使えばよじ登る事は可能だがシオンは2人を担いでいる。さすがに2人を担ぎながら登りきる事は不可能で城壁の反対側へ投げ込む筋力も無い。
「行くわよ!!」
「ーーー!!」
「.....!!」
だが、この状況はシオンにとってはなんてことはない、なぜならよじ登らなくても足場がある。
ーーーバキッ!
「ガギャパッ!?」
ーーーグシャッ!
「キィァァ!?」
壁に張り付いていた「堕ちた獣」を踏み抜き飛び越えていける。壁をのぼる「獣」を落とし、自分は上へ駆け上がれるのだ。
(すげぇ...)
アイザックもシオンの身体能力にただ感服するしかなかった。
ーーーダンッ!!
「お嬢!?」
「ロットォ!何があったのッ!」
「知らねぇ!いきなり湧いてきやがったんだ!」
「レーチェ様は?」
「中庭で他の魔法使い達と術式を組んでる!」
「ありがとう!!」
壁を飛び越えた先にロットォと合流、すぐさまレーチェのいる中庭まで走り抜ける。
「レーチェ様!」
「シオン...って大丈夫かお前ら」
「多分大丈夫だと思います、この子は...えっと、落ちてたので拾ってきました」
シオンは満身創痍のアイザックとミークを担いでレーチェ達と合流する。
「そこに寝かせろ、治療を施す」
「はい」
2人を川の字に並べて寝かせ、レーチェの応急処置の上回復魔法を施す。
回復魔法はただ怪我を直すわけではなく鎮痛魔法、止血魔法、消毒魔法、組織修復魔法に再生魔法、繋げられる傷は縫合魔法を施し、それらを同時に行使して初めて「回復魔法」と呼ばれるかなり複雑な魔法なのだ、これを2人同時にやってのけるレーチェは賢人と呼ぶべき魔法使いなのかもしれない。
「時間稼ぎでいいと言ったのに...だいぶ無茶をしおったな、なんで腹に大穴開けて生きてるんだコイツ、いや死にかけじゃけど」
そう言いながら淡々と2人の治療を進める。
「ごめんなさい...」
「幸いミークはズタボロだが芯を外しておる、感染しているが...症状は遅い、なんとかなるじゃろ」
「よかった...え、アイザックは?」
「...」
「レーチェ様?」
「...」
「んぁ...師匠?」
「おぅ」
アイザックがむくりと起き上がる、痛みはほとんど治り体が軽くなっていた。
「あ!そうだシオン、ドリンク=バァは!?」
「倒したわよ、アンタが」
「そっか...よかった、...ミークも無事...ではないけど生きててよかった」
すやすやと眠っているミークを見て安堵のため息をつく、しかしシオンはおどおどしながらレーチェの顔を見る。
「...」
「何?」
「...」
重い空気が漂う中王城から1人の魔法使いが駆け寄ってくる。
「レーチェ様、準備できました!!」
「よし」
「師匠、状況はどうなってんだ?」
「あぁ、そうじゃなついてこい」
レーチェに連れられ3人は王城の巨大な扉を開き廊下をひたすら走る、中庭に続く扉を開くとすぐ目の前に肉の壁が立ちはだかる。アイザック達と肉の間に立つ黄色く透き通った壁がグロテスクな光景を僅かに遮っている。
「うぉっ」
「結界じゃ、これなら破裂しても大丈夫なはずじゃ」
「結界?確かどこかに飛ばすんじゃなかったか?」
先日の会議によると、肉塊の中身は空洞になっており有害な気体を含んでいる可能性が高いとの事で、作戦ではこの肉塊を丸ごとレーチェの「奥義」で転送するという話だった。
「問題が発生した」
「問題?」
「中見てみろ、アイザック」
「中?...わかった」
神経を集中して魔力を探ってみる、有害な気体しかない空洞である肉塊になにか秘密があるのだろうか、それとも魔力が深く関わる何かでもあるのだろうか。肉塊の中、事前に共有された通り中は何もない、文字通りの「無」、結局なんのことをいっていたのかわからなーーーーー
ーーーー...。
「.........なっ!?」
「.....ひっ!!」
同様に魔力を探っていたミークも何かを感じたようだ、この巨大な肉塊の恐ろしい『何か』を。
「どうしたのよ2人とも...?この肉塊を見て...んん?」
「ッ!!やめろシオン!!」
シオンも僅かではあるが魔力の探知はできる、動揺する2人を見て肉塊を探ろうとするが、アイザックがそれを制止する。
「えっ、なんで?」
「ーーーー何かいるッ!!」
「...!?」
「し、刺激したらダメ...かもです〜」
「なに、なにか見えたの?」
「いや...でも、わからないです...魔力を探ったら...何もないはずなのに...何かがこっちを見た...」
「なんですって?」
「この肉塊、爆弾かと思ってたが違う。...これは『卵』じゃ」
「...卵」
「こいつがなんなのか、どこから生まれたのか、全くもって謎が多い。だから調べる必要がある、処理はその後じゃ」
「お、おいなんだよアレ!!」
「何?」
ロットォの叫び声に全員が反応する、急いで声のする方へ駆けつけるとロットォが体を震わせ指をさしていた。
「あ...あれ...!!」
「...何よアレッ!?」
「.........ドラゴンゾンビだ」
「獣」を踏み潰しながら現れる城と同等の大きさの巨大な影、巨大な竜、だが至る所から肉や骨が見え隠れし、翼はボロボロで飛べそうにもない、頭部に至っては下顎の白骨がよく見える。
「ドラゴンゾンビ」、こちらもアイザックがファンタジー小説で読んだことのあるモンスターだ。既に屍となった竜がなんらかの形で復活した状態、内臓の器官が腐り切っているため口から炎やら氷やらを吐く事はできないがその分肉体のリミッターが外れており、すさまじいパワーを持っているとか。城壁では一撃を喰らえば簡単に砕かれる。
腕利きの冒険者が数十人集まったとしても一体抑えられるかどうかの強さを持っているそうだ。
混乱する現場をレーチェは一喝で抑える。
「狼狽えるなァッ!!この程度なんでもないじゃろうが!」
「そ、そうなのか?」
「この場には精衛の冒険者や兵隊が何人いると思っておる、ワシもドラゴンゾンビは討伐した事がある!」
「俺も仲間とドラゴンは倒した事あるぜ」
「ロットォ、お前もか」
「俺ってばこう見えてキャメル姉妹並には名が知れてんだぜ?」
「シオン!指揮ッ!」
「はいっ!「ドラゴンゾンビ」はブレスを吐かないわ、つまり近距離以外の能力を備えていないのよ、弓兵と手の空いてる魔法使いは奴の手足を集中砲火!動きを止めて!城壁に辿り着かれたら負けと思って!!」
「「「了解!!」」」
「戦士職をはじめとした前衛は城壁に集中!遠距離部隊をドラゴンゾンビに割く分あがってくる「獣」の対応が遅れる!投石で撃ち落とすか手足を斬ってやれ!!」
「「「了解!!」」」
「ミーク!!」
「はいぃ!!」
「アレ!」
「わかりましたっ!」
「え、なにゃぁぁあああああああーーーーッッ!!?」
ミークに手を掴まれた瞬間、急激に力を吸い取られ地面に崩れ落ちるアイザック。
「では渡して来ますー!」
「いったい何が...」
「全魔法使いへの魔力供給よ、ミークに魔力を吸い取らせて他の魔法使いへ供給する」
「先に言ってくれよぉ!!」
足ががくがくいっている、魔力を吸う際に生命力を少し吸うので多用は禁物とのこと。
「アイザックは私と着いてきて、補佐してもらうから」
「わ、わかった!」
「ここからが正念場じゃ、堪えろ!!」
魔法使いの魔法、弓兵の放つ弓が綺麗な弧を描き「獣」の群れ、そして「ドラゴンゾンビ」の足元に降り注ぐ。
「獣」は肉片となって弾け飛び、「ドラゴンゾンビ」は少しだけ怯む。
城壁をよじ登る「獣」の手を斧や大剣で叩き斬る戦士、頭を貫く元王国騎士、巨大な瓦礫を落とし複数を巻き込ませる武闘家、激しい爆音、戦闘音、「獣」の咆哮。
「シャァーー!!」
「ガガガッッ!」
シオンは城壁を走って「獣」をバッタバッタと斬り伏せる、ただ脚力が凄いという事ではない、マフラーだ、アイザックとシオンのマフラーを連結させ、それをシオンの体に巻きアイザックが落ちないように引っ張る、まさに「命綱」の役割を果たしている。
レーチェ特製のマフラーは特殊な加工を施しており、魔力を流す事で強度を自在に変化できるのだ、それ故に魔力が尽きない限り千切れる事は絶対にない。
「おぉぉぉーーーー!!」
シオンが城壁を奔走するに合わせてアイザックもマフラーをガッシリ掴みながら全力で疾走する、他の冒険者の邪魔にならないように隙間隙間を縫って走るのだから心身ともに疲れる。
「次!」
「おぅ!」
ある程度の掃討が終わると即座に移動、次は城の反対側だ、なんとしてもレーチェ達魔法使いの術式が完成するまで持ち堪えなければならない。
「アイザックさん、魔力ください〜!」
「わかっ...ギョェァアアアアーーッッ!?」
「アイザック次行くわよ!」
「シオン、こっち手伝ってくれ!」
この調子なら案外なんとかなる気もする。誰1人犠牲が出てない今、もう少しでレーチェ達の肉塊処理が完了するはずだ、もう少し、後もう少しだ。
だが、そうは問屋が卸さない。
「シオン!!」
「どうしたの?」
「ドラゴンゾンビが...!!」
「すぐ行く!」
「ドラゴンゾンビ」を足止めしていた西方城壁に駆けつけるとそこには異様な光景が広がっていた。
「なんだ...アレ?」
「...わからない...誰か!アレ知ってる人いない?」
「ドラゴンゾンビ」は「獣」の群れの中心で丸く蹲っている、それから少しずつ背中を震わせ腹部を赤色に染め上げていく。
心なしかその腹部が少しずつ膨れ上がっているように見える。
「どうした?」
「ロットォ、あんたドラゴン倒したことあるんでしょ?ドラゴンゾンビのあの行動なにかわかる?」
「あのなぁ、ドラゴンとドラゴンゾンビは違うんだぞ、そういうのはレーチェ様をよんだほ...」
「ドラゴンゾンビ」の様子を見て言葉を詰まらせるロットォ、だんだんと顔が青くなっていく。
「どうしたの?」
「......................ブレスだ....。」
「え?」
「ブレスが来るぞッ!!」
「はぁ!?」
ブレス、ドラゴンが口から放つ炎や氷の息だ。
「ちょっと待って!ドラゴンゾンビはブレス吐かないんじゃないのッ!?」
「知るかよっ!でもアレは間違いなくブレスの挙動だ!!ブレスが来るぞぉぉぉぉぉ!!!」
「ッ!? ...全員衝撃に備えて!!」
「ミーク!!」
「ッ!」
全員がその場に伏せる、反応が遅れたミークをアイザックはすかさず盾で覆う。
「ドラゴンゾンビ」の異様なまでに膨らんだ腹、その姿をチラリと見た瞬間。
ーーーー竜の口から放たれた熱線が城を貫いた。
次回投稿日は12/18 18:10!!
いよいよ最終決戦です。
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