34話 無情の決着 マンダカミア=キャメル
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「ハオウヲタオセファ...ぃンナガシアワセニナルッテ...ガンハッタノニ...!!スゴクツラカッタノニ...!!ナンデコンナコトニ...ドウスレハ...アトドレダケツライオぉイヲスレハイイノ...!!終ワリガぃエナイ...終ワリガ...ナイ...あぁぁァァァ!!」
「ミーク...」
誰も救われなかった。
妹が自分の代わりに旅に出た後、姉は何もしなかった。家族を戦地に向かわせた罪悪感と1人で村を守らなければならないプレッシャーに押しつぶされ食事もまともに喉を通らなかった。
妹に村を任されたが村を守っていたのは実質師であるレーチェだ、時折山から降りて残された姉の様子を見つつ村を守るための結界の管理をして、そのおかげで魔物の襲撃は最後までなかった。姉は家に引きこもり、魔法の研鑽も何もしなかった、ただ一つ、延々と妹の帰りを待つだけなのだった。
妹も終わりのない戦いに苦しみ、戦いの後も苦しみ、姉も罪悪感で苦しみ、今の妹の姿を見てまた苦しむ。誰も幸せになれなかった、ただそれだけの。
「アアァァァァァァーーーッッ!!『電影波紋』ッッ!!」
無理やり己の虚しさをかき消さんと雄叫びを上げるマンダカミア、地面は雷の衝撃で捲りあがり、光と土の混ざった津波となってミークを呑み込もうと覆い被さる。
「『電光塞火』ッ!」
「...ッ!!」
しかし、土の津波の中から一筋の光が差し込みミークの腹に直撃する。
ーーージャッ!!
光が鳩尾を焼いた瞬間、その部分を中心に激しい雷光がミークを包む、体の至る所が悲鳴を上げ血液が沸騰する感覚がじわじわと襲いかかる。
「ガッ...!!」
「『昇熱雷』ッ!!」
次は下からの閃光、下半身を焼き空中に打ち上げられる。相次ぐ閃光によって既に視覚は機能していない、魔力の流れを読む事はできるがミークはマンダカミアの攻撃をあえて受けていた。
「...」
弱い、詠唱が不十分なのか、威力はあまりにも弱かった。しかし、避ける気にもなれなかった、この痛みは、なにもせずただ閉じこもっていた自分に対しての罰、魔法を直接受けたことにより既に感染してしまっているが、ミークは意に介さない。
そんな無防備なミークにマンダカミアは無慈悲に最後の追撃をかける。
「『厄渦雷』」
ーーーゴォンッッ!!
雷鳴と共に放たれた魔法、マンダカミアの全力で振り翳した杖から赤と黒の混じった稲妻が走る。
踊り狂うように周囲に放った稲妻が無数に枝分かれし一つ一つが光の速度で廃墟を軽く吹き飛ばし、瓦礫の嵐が舞う。その軌道を目で追うことは困難であり、小さな集落であればこの魔法一つで崩壊させられるほどの威力、まさに『災害』とも言える魔法。
少しでも早くこの地獄を終わらせたい、この戦いを終わらせたい、魔王軍との戦いの日々で編み出したマンダカミアの一つの究極、一つの『答え』。
「......」
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「『奥義』?」
走馬灯のように蘇る幼少の記憶、目の前には師であるレーチェ、隣には自分の妹。
使い古されたボロボロの魔導書を手に持つレーチェは胡座をかきながら淡々と正座する双子に教える、いつか忘れてしまった当たり前の日常。
「戦士でも、魔法使いでも研鑽と努力を重ね、人生の経験を経て最後にたどり着く『答え』。魔法でもいい、体術でもいい、自分だけの『答え』を『魔法/技』として昇華させたもの、それをこの大陸では『奥義』と呼ぶ」
「な...なんか凄そう!!」
「まぁとは言っても超ド派手なものである必要はない、小回りの効いて連発できるものもあれば己の全てを賭けた一撃の技もある。どんなものになるかは自分次第じゃよ」
「私もできるようになるかなぁ!」
目を輝かせながら喋る妹、姉のマンダカミアはまだ自分に自信が持てずそんな自分に『奥義』など夢のまた夢、そう思っていた。
「頑張って修行すればいつかは見つけ出せる、日々研鑽を怠らん事じゃ」
「頑張る!!」
「頑張ってできるもんなのですか〜?」
「できなかったらお姉ちゃんが腹を切ってお詫びします!!」
「ひどいよぉ〜」
「お前たまに腹黒いのう」
「じゃあさ!じゃあさ!」
そう言って妹は姉の手を引っ張る、持っていた本は地に落ちページを靡かせる。
「師匠師匠ッ!私達2人で作った技を『奥義』にする事はできるかな?」
「人生における『答え』に限りも制限も無い、できるもんならやってみろ」
「不可能じゃないって事ね!」
「まぁ...合体技を『奥義』にした事例は未だかつて無い、やってみたらいいんじゃないかの、もしできたら王国保有の書物に一筆加えてやろう」
「やった!お姉ちゃん、さっそく練習よ!!」
「あっ、待ってミーク...!」
あまりにも幼い頃の記憶、アレから自身の突出した才能を開花させ、勇者に誘われて、色々あって妹と姉を入れ替えて、こんな記憶など思い出す暇もなかった。
妹もきっとこの頃の思い出なんて忘れてるだろう、それほどまでにどうでも良い記憶。忘れてしまっていたけど、忘れたくなかった暖かい思い出。
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「それが...あの子の『答え』...か」
苦しい思いを一瞬で終わらせたい、だからこそその一瞬に、全てを一瞬で、考える暇も命を奪う罪悪感も一瞬で。
だからこその稲妻、だからこその閃光、だからこその雷。
「ごめん......お姉ちゃんのせいだね...」
ーーーごめん、私のせいで。今まで辛かったよね、私の代わりに色んな修羅場を経験して、思い出なんて霞んでしまう程に、本当なら自分が味わうべき苦痛だったのに。
「お姉ちゃん...失格だよね」
魔法の撃ち合いの際、妹は一瞬だけ顔を間近で見た。涙を流していた、アイザックから聞いていた通り、今までずっと...そして今も苦しんでいる。
その苦しみを分かち合う事ができればどれほど楽だろうか、どれほどお互い満たされるだろうか。
「でも...ダメなんです」
ーーー私はずっと現実から目を逸らして、ずっと殻に閉じこもっていました。このままではダメだって自分もわかっていました、ドリアさんの遠征に何度も志願しようとしたけど「拠点に戦力は置いておきたい」と拒否されました。
残念に思う反面、安心していました。そうやって言い訳して一歩を踏み出せず、殻に閉じこもるのが...すごく楽で、とても気持ちが悪くて、暖かくて、とても惨めで、幸せで、死にたくなってました。
「...」
ーーーでも、そんな私の殻に...無断で入り込んで来た人がいたんです。
私よりもずっと弱く、才能のない男の人、力がないくせに何か役に立とうと必死で、私とは正反対の人。
でも、その人が私の殻を破って...無理矢理外に出してくれました。結構酷い目に合いましたけど、それでも私に決着を付ける機会をくれた、私にここに立つきっかけをくれた。
あの人は私の背中を蹴り飛ばしてくれたんです。
「...だから、ごめんなさい...」
ーーーなので、私も少し頑張ってみようと思います
ーーーだから...貴方の痛みは分かち合えません
「アァァァァアアアァァァァァアアアアア!!!」
更に激しく暴れる稲妻、赤黒い輝きは次第に濁り遂には赤の色すら見えなくなっていく、人の色すら失っていく。
「...これが私の『答え』...アイザックさんと作った魔法、決別の刃。」
『魔光斬・断光』
ザッ!!
「カァッ...アッ...?」
振り払われた横一文字の一閃、雷鳴はピタッと止まり二つに裂けた稲妻は次第に薄れ茜色の空に溶けていく。
マンダカミアは上半身から下半身にかけて綺麗に両断された。
「私は思い出も罪も、全て絶って先へ行きます。だから...ミーク」
「...?」
「お疲れ様でした...おやすみなさい...『死は敵ではない』」
「...ッ!」
姉の言葉を聞いた妹は穏やかな表情に代わる、肉の弾ける音を出しながら地面に叩きつけられる。
この魔法は自分が眠っている間に誰かにかけられた魔法、誰がかけたかはわからない、しかしそれに包まれた時はまるで母に抱かれるような安心感があった。
見様見真似の術式、しかしあの時の自分と同じように妹を安らかに眠らせるには十分だった。
ーーードンッ!!
追撃の魔法はかつて妹だった者の額を貫き完全に頭部を破壊する、「堕ちた獣」は頭部を破壊するか燃やさないと死なない、唯一の家族であれどトドメを刺さなければいけない、そうでないとまた苦しませてしまう。
「...はぁ...はぁ...」
ミークはマンダカミアに勝てた事は一度もない、最初からこの結末はわかりきっていた、当然の勝利だった。
だが勝利の高揚感も、妹との決着をつけた達成感も無い、あるのは唯一の肉親を亡くしついに天涯孤独となった虚無感だけ。しかしそれは今に始まった事では無い。勇者との旅で離れ離れになると共に既に道は違えていたのだ、姉は妹の味わった苦痛を理解する事は永遠に無いし、妹は姉の抱えた罪悪感を理解する事は永遠に無い。
「最後まで...あの子の事を理解してあげられなかった...」
そう呟いてその場を後にしようとする、その前にせめて遺体を火葬しようと肉塊となった妹に向き直る。
「...あ」
骸となった妹のローブの膨らみを見つけ、探ってみる。何かを考えたというわけでもなく、無意識に手が伸びていたのだ。
「...」
装飾の一つもない表紙すら破れて内側が見えそうな程のボロボロの本。本をとめるための糸は今にもほつれそうで、本の中身は魔法で修復した痕跡がいくつも見受けられる。
「...あ...ぁぁあああ」
本開くと書かれていたもの、それは一つの魔法を行使するための術式だった。魔法の名前は書かれていない、ただ術式の構造や必要な魔力量、必要な状況と環境など事細かに記載されている、理論上は発動可能で、強力な魔法だった。
その内容を、名前を知らずともミークは知っている、知っていた。
「...あぁぁぁぁあああ!!」
それは魔法職2人で行使する魔法、幼い頃描いた2人の夢、それを目指した少女の研究の跡、そして本の最後の一文にはこう書かれていた。
『お姉ちゃんとの夢』
「あぁぁぁぁぁああああ!!!」
どれほど遠く離れていても姉妹の絆は絶たれる事はない、隔たりがあったとしても生きていれば必ず分かり合える日は来る、しかし、その日はもう来ない。
妹を手にかける事に後悔はない、自分以外の人達のために自分はやるべき事をやった、それはわかっている。
「あぁぁぁ...ぁぁあああああ!!!」
理屈ではいくらでも並べられる、だが無性に涙が止まらない。全ての感情がぐちゃぐちゃに、なにを考えていいのかわからず、ただ涙を流し嗚咽と共に流しきる事でしかこの感情を抑えきれそうにない。
「あああああああぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁあぁああぁぁあーーーーーーーーッッ!!」
泣いた、ただ、少女は1人泣いていた。
そして涙を流した後はただ、忘れていた全身の痛みと泣いた疲れで眠る事しかできなかった。
姉はすでに骸と化した妹の手を握り、泣き疲れた赤子のように眠りに落ちた。
この世界の秩序を思い出す、誰が言ったか思い出せないが勇者が魔王を倒しこの世界が変わり果ててから新たにできた秩序。
ーーー『この世界は「真の平等」と引き換えに、誰の願いも叶わない』。
次回投稿日は12/16 18:10!!
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